兵藤一誠は『異常な普通』です   作:4E/あかいひと

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というわけでチャプター2、これにて終了です。
長いことお待たせしてしまい申し訳ありませんでした。


その19

「……………………」

「……………………」

 

 視界は戻らず、ただ沈黙が場を支配する。直に戻るとはドライグの弁だが、見えないせいで余計にこの重苦しい空気を感じちゃうので早く戻って欲しい、切に。

 

 いやもうどの面下げて生き返っちゃったんだろうね僕。冷静に考えなくとも目の前で死ぬとかアレだし、泣いてくれるほどよく思われてるってことはこれもう結構なトラウマになっちまったのではないのだろうか。既に気持ち悪いのに、急速に腹が痛くなって余計に気持ち悪くなってくる。

 

 仕方ない、悪いのは僕だ。意を決して口を開く。

 

「……あー、そのー。どこから聞いてました?」

「全部よ、あなたが起きてから、全部」

「魔王様が寝てるって言ってたのは嘘だったんですね……」

「逆に聞くけれど、あんなことされて寝れると思ってるのかしら? 目を離すといなくなりそうで怖いし、事実そういう話をしていたわよね?」

「うっ…………」

 

 まさにその通りなので反論できねぇ。というか今でも思ってますよ、ええ。ただもう多分……逃げられないよね、僕?

 

「そうよ、逃がすつもりはないわ。こんなに私の心を滅茶苦茶にしてくれたもの、責任を取ってもらわないとやってられないわ」

「それってムカつくからサンドバッグにするみたいな…………あーいえなんでもないです」

 

 突如警鐘がガンガン鳴ったので多分滅びの魔力を出された気がする。ステイステイ、怒るの良くない。

 

「この期に及んでまだ話を逸らそうとするのね? じゃあ逃げられないように直接的に言った方がいいかしら? それで少しは自分のやったことを理解してくれるかもしれないわね?」

「待って、早まらないで!! それされるとどうしたらいいのか分かんなくなりますので!!」

「どうしたらいいのか分からないのは、こっちのセリフよ!!」

 

 涙声混じりの叫びに、流石にマトモな思考が戻ってくる。不誠実でもなんでもいいから逃げようはぐらかそうとしてたけど、これはどう考えても僕がクソ野郎だ。本当に、良くない。

 

「…………よく思われてないと思っていたのよ。あなたにとっては不本意なことばかりだったでしょうから。本当は私のような生徒と交流するのは嫌なんじゃないか、とか。面倒なことに巻き込まれたと思ってるんじゃないか、とか。……だからどこか壁のある対応をされてるんじゃないかって思ってたのよ。いつもあなたの目を見る時、『お前のせいだ』って恨まれてる気がしていたのよ」

「…………そんな馬鹿な。確かに慣れないことばかりでしたが、あの時言ったように僕は、」

「ええ、ええ。そこはもう疑ってないわ。あなたは本気だった。本気で、私のために命を掛けるつもりだった。それを否応なしに理解させられたわ……あんな!! ろくでもない方法で!!」

 

 僕の手が掴まれる。握り潰しそうな強さで、でもどこから縋るような手つきで。それはどこか、迷子のそれを彷彿とさせる。

 

「私のせいだと思ったの……! 私があなたをここまで追い詰めてしまったって……! 私なんかのために、どうして……っ!」

「なんか、なんて言わないでくださいよ。死にかけた僕が馬鹿みたいだ。…………それだけの理由が、僕にはあったんだ」

 

 それはもう存分に、あの場にいた全員の前にぶちまけたワケだが。でもそれをこのヒトの前でもう一度説明するのは気恥しい。代わりに、少しでも安心して欲しくて手を握り返す。

 

「本当に救われて、本当に幸せだったんだ。それだけでもう何も要らないって本当に思っちゃったんだ。でも僕には返せるものが何一つないから。だから僕に何ができることがあれば、それを全力でやり遂げようと、そう思ったんです」

 

 まあ死ぬ云々はいろんな思惑があってそうしようと決めたワケだが……その判断はどうやらいろんな意味でマズかったらしい。

 

「結局、変われなかった部分もあったってことなんですよ。相変わらずのクソ凡人だし、何かと自分の中で抱え込んでグルグルするし。周りを頼るという発想も無くてこうなったワケなので、あなたのせいでは断じてありませんよ部長。100%僕が悪いです。というかそういうことにしてくれないと、今度こそ自分で自分の首括りたくなる」

「次そんなことしてみなさい、今度は首輪付けて監禁するわよ」

「あはは……部長でもそんな冗談言うんですね?」

 

 茶化すように笑うと、何も返事が帰ってこない。おっかしいなぁ、これどういうことなんだろうなぁ。胃が痛くて仕方がない。

 

「だから部長、いいんです。もう流石に死ぬとかは言いませんが、僕のすることで部長が責任感じることは無いです。前にも言いましたよね? 僕は僕の心に殉じて、『普通(あたりまえ)』だと思うことをしただけです。僕は『異常な普通』兵藤一誠、気持ち悪いくらい普通に固執する変なやつなんですから」

 

 だからその、泣かないでくれると嬉しいかなって。いやもう本当、女のヒト泣かせるとか……しかも観賞用レベルの美人とはいえ、僕が惚れちゃった相手ですし。マジでどうしたらいいのか分からない。今度はマジだ。

 

 僕の祈りが通じたのか、少しずつ息から湿り気が取れていく。その間も僕と部長はお互いの存在を確かめるように手を握り合うのだった。

 

 

◆◆◆

 

 

 あれから時間をかけて僕の視界は徐々に徐々に回復し、今ようやっと完全にくっきり見えるまで回復した。原因は分からないがちゃんと見えてるので深く考えないようにする。

 

 僕はどこか病室みたいな所に寝かされてるんじゃないかな? と思っていたが大正解、患者衣を見に纏ってベッドに横たわってたみたい。まあ着てた服はもう着れたモンじゃないだろうしね。

 

 部長は、相変わらずの観賞用美人だったけど、相当に泣き腫らしたのか目が赤い。今はもうほんのり笑顔を見せてくれてるけれど……さっきまで泣いてたことを思うと罪悪感がこれでもかとのしかかってくる。死に…………いや、泣きそう。

 

「どう、大丈夫?」

「ええ大丈夫です、てか近い近い近い」

 

 視界が戻ったことを察した部長が、デコに手を当てて僕の目を覗き込んでくる。心臓に悪いのでその観賞用の面を近付けないで欲しい、切に。

 

「いいですか、付き合ってもない男女の距離じゃないんですよ。前から思ってたんですが距離感バグってます」

「あら、これでも今までは遠慮していた方なのよ?」

「ウソでしょう!?」

 

 だが表情見る限り事実らしい。ああ、眷属愛が深いから距離感もおかしいんだ。なるほどなるほど。……いろんな意味で将来が不安になるなこのヒト。将来の相手がヤキモキする展開が見える見える。

 などと余計なことを考えてると、部長が少し不満げな顔をする。

 

「今余計なこと考えたでしょう?」

「いえ別に」

 

 余計なことではねーでしょう、多分。主の将来を心配するのは眷属の務め、多分。

 

「ところでイッセー、将来のことを前提に私と付き合ってくれないかしら?」

「え、普通に嫌ですけど」

 

 あまりにもサラッと告白されるもんだから、思わず素で返しちまったじゃねーか。しかし部長は想定内の返答だったのか、呆れたように笑うだけだ。

 

「即答ね、理由を聞いていいかしら?」

「観賞用レベルの美人とお付き合いする予定は無いんですよ」

「訂正するわ、私が納得できる理由を聞いていいかしら」

「失礼だったの認めますからその魔力を迸らせる手を下げてください。ビビって話もできません」

 

 あと僕がボケた時に滅びの魔力出してくるの本当にやめて欲しい。そもそもボケるなって? ですよねー。

 

「単純に身分違い、部長はOKでもグレモリー家の方々が認めてくれるのは別の話ですよね? あとは世間体、これも身分ですね。後ろ指さされる生活はごめんです、普通じゃないので。どんなところが琴線に触れたのかは分かりませんが、僕のことは忘れて今度はいい感じに身分の釣り合いが取れた相手に運命感じた方がいいのでは?」

「…………一応確認するのだけど、あなた、私に惚れてるのよね?」

「ええ。ふざけたりおどけたりしますけど、相手を出し抜く以外で虚言は口にしません。何の間違いかは分かりませんが、確かに僕は部長に惚れてますよ」

 

 凄いですね、快挙ですよ! って言うと、呆れながら睨んできた。器用なことしますね部長。

 

「今ほど自分の身分と顔を恨んだことはないわね。普通逆じゃないかしら」

「えー、僕『異常な普通』だからわかんなーい。……待って、いや本当に待って。おどけるのもやめにしますからアイアンクローの構えはやめてください」

「惚れてることは確認できたし、なんかこう……魔力で何とかできないかしら? この期に及んでまだ嫌われようとしてる馬鹿男の脳味噌いじる感じで」

「ば、バレてらー……」

 

 そしてこのヒトなら実際できそうだから困る。されちゃったらそれはそれで諦めるしかない。

 

「そもそもの話、一般論で考えて欲しいのだけど。自分が困ってる時に親身になってくれて、その上で命を掛けて戦ってくれた男の子がいて、しかもその男の子も自分のことを憎からず想ってくれているの。これで諦めろって言う方がどうかしてる(普通じゃない)と思わない?」

「で、ですねー……」

「だから、私に諦めろって言うのを諦めて頂戴。信じて貰えないかもしれないけれど、これでも本気なのよ」

「この流れで信じないはないですよ……信じないふりも流石にどうかと思いますし……」

「それで、身分が問題だというなら、それはどうにかしてみせるわ。家族だって説得してみせる。それでも嫌かしら?」

「嫌ですね。赤龍帝という厄ネタを抱え込ませるつもりはねーですよ」

「あなただって上級悪魔の下僕って立場を呑んでるじゃない。この場合は私の下僕って意味じゃなくて、『関わりたくもない貴族って連中とお近付きにならざるを得ない』って意味だけれど。だからそれぐらい呑めるわ」

「規模が違いますよ」

「私にとってはその程度よ。見くびらないで頂戴」

 

 ぐぬぬぬ……この逃げ道をひたすらに潰されていく感じ……割と逃げ場が無くてどうしようもないぞ……。

 

「…………ま、いいわ。今は逃げないでいてくれるだけで十分。けれど覚えておきなさい、兵藤一誠。私は必ずあなたの首を縦に振らせるわ。たとえどんな手段を使ってもね」

「嫌な処刑宣告だ……勝てる未来が思い浮かばないんですが……」

「ええ、勝つつもりだもの。私の心を滅茶苦茶にした責任は取ってもらわなくちゃ。好きよ、イッセー。絶対に仕留めてみせるわ」

 

 そう言って笑う部長は……悔しいかな、これ以上なく可愛く見えたのだった。

 

 

◆◆◆

 

 

 …………というわけで、今回の顛末(オチ)

 部長が兵藤家にホームステイすることになりました。

 

「ホントあの女やべーですよ……なりふり構わないのマジで勘弁して欲しいんですけど」

「どこかの誰かのが移ったんじゃないのか? あ、チャーシュー丼を頼む」

「お釣り出すの面倒だから万札で寄越すのやめてくれませんかね……。はい、9550円のお釣りです。少々お待ちください」

「半分は嫌がらせだ、ザマァ」

 

 そして何故か九頭龍亭に来ているライザー氏。先日閉店間際に来られた時は『復讐か!?』ってビビって仕方がなかったんだが、『次は負けない』っていう宣戦布告だった。折角なんで1杯食っていってと提供したら、思いの外気に入ってくれたらしい。今日もこんな感じで豚骨醤油ラーメンを食いに来てる。

 

「はい、チャーシュー丼です」

「おっ、サンキュー。なぁ、この店チェーン展開する予定なんだよな? リアスに言ってウチの領地にも出してくれないか?」

「人員が足りねーですよ。あとマニュアルは人間向けだし、どんなルートで食材調達したらいいか分からないんで暫くは手を付けられません。人間界に領地持ってんなら、ちょっとは融通効かせられますけど」

「兄貴と相談するか……」

 

 そこまでするか……とげんなりしつつ、スープ寸胴を混ぜる。なんかもう、疲れるなぁこういうの。

 

「それで、リアスがなりふり構わないって話だったか? いいじゃねぇか、そのまま食われれば」

「リアルにハーレム持てるようなヤツと一緒にしないでくれますゥ? いやもう本当にいつ僕の心が折れるか気が気じゃないんですよ……」

 

 家の方はもう両親懐柔しちゃって外堀埋まってるようなもんだし、学校でも部長が僕に告白して返事待ちってことになってるし、逃げ場がねぇ。

 

「お前自身、悪魔の中の悪魔みたいなヤツだが、少々悪魔を舐めすぎだな。その辺の手際の良さは他の追随を許さない種族だ」

「そういえばアンタもそうでしたね……」

 

 手際のいい部長を出し抜いて今回の結婚話進めてたんだから、やっぱこのヒトも相当な悪魔だよ本当に。

 

「まあ本気で何とかしたいなら手が無いわけでもないぞ。ウチの妹とかどうだ?」

「色々言いたいことあるけど、何よりも先にお前自分の妹半殺しにしたヤツを宛がおうとするなよ。狂ってんのか貴様」

「いやなに、将来性はあると思ってな。直に上級悪魔になるだろうし、唾付けとくのも悪くない」

 

 あーヤダヤダ、お貴族様って本当に面倒臭いねぇ。

 

「ていうかそんなホイホイランクアップできるわきゃねぇだろ……こちとら凡人転生悪魔ぞ」

「凡人かはともかく、100年やそこらで上がってそうな気がするがな」

「それって結構長…………ああ、悪魔の尺度でだと短いのか。その辺の価値観の擦り合わせもしていかなくちゃなぁ」

 

 まあ、先のことは先のことだ。今は目の前の問題を何とかしないと。ただでさえ面倒臭いモノ抱えてるわけだし。

 

「ん、ごっそさん、また来るわ。店の話、ちゃんとリアスにしてくれよ?」

「ありがとうございました、またお越しくださいませ。通らなくても文句言わんでくださいよ」

 

 ヒラヒラを手を振って退店するライザー氏を見送って、深い溜息が出る。恨んでくれりゃいいものを、こんなさっぱり対応されちゃ困る。…………やはり結構優良物件だったのではライザー氏。眷属ハーレムに目を瞑れば、器もデカくていい男。

 

『余計なことを考えると、あの女が飛んで来かねんぞ』

「ははは、まさかー……」

 

 相棒に茶化されて乾いた笑いしか出てこない。そこまではないと思うけど、最近余計なこと考えるとすぐに鋭い視線が飛んでくるのでもしかしたら、とは思っちゃうよね。

 

 …………強くならないと。そう思う。強くなれば、こんなことに悩まずに済む。胸を張って、『何があっても守る』って言えるようにならなきゃ。

 

『ああ、そうしろ。だが自分の持ち味は忘れるな。お前は、お前のまま強くなればいい。力に溺れるような末路を迎えたら、それこそ承知せんぞ』

「うん、分かってるよ」

 

 決意を固めるように、僕はそっと自分の心に火を灯した。

 

 

◆◆◆

 

 

CHAPTER2:バーニング・アップ・ユア(マイ)・ハート

 

The End.

 




『バーニング・アップ・ユア(マイ)・ハート』は、文字通り『自分の命を燃やせ』って感じなんですが、この命はリアスさんからの貰い物だったり、ドライグとの契約で貰ったドラゴンの心臓だったので、自分のものでは無いってことで『your』ということでした。
あとはリアスさん視点からだと『あなたは私の心に火を付けた』という意味でも取れるし、イッセーの方もチャプター1で心に点った熱が燃え上がったという風にも取れるしで、結構複数の意味を込めて考えました。

感想、評価、誤字報告ありがとうございます。非常に励みになります。

この後はサブチャプター2を挟んでチャプター3に突入です。
少し時間を置きますが、2週間以内には次のを出す予定なのでよろしくお願いします。

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