コイツはまずいことになった。祐斗クンの復讐対象が、7本に分裂した聖剣エクスカリバーというある種あやふやなものだったからそういう前提で動けていたけれど、明確な復讐対象がいるんなら話は変わってくる。
…………が、
「イリナちゃん質問」
「えっと、私に聞いちゃう? ゼノヴィアじゃなくて?」
「うん、だって多分イリナちゃんが所属を明かせないのって
「……ちょっと喋りすぎたわね。まあいいわ、バレたところでしっぽ切りに合う下っ端だし。で、何かな?」
「そのバルパー・ガリレイなる人物は、ぶっ殺しても大丈夫そうな人間?」
これこそまさに単刀直入。それさえ分かればうちの闇堕ち騎士の身の振り方も変わってくるというもの。
「75%、堕天使の出す声明文次第」
「半々じゃないのは?」
「方々に恨みを買ってるかつ、コカビエル一味は『神の子を見張る者』から離脱状態と言っても過言ではないから」
そこに結構な額の賞金首よと付け加えられて首を捻る。その条件だと9割ぶっ殺しても良さそうなんだが。一応悪魔と堕天使は、冥界の権利で争ってはいるが、一応はハト派の連中だと僕は聞いている。つまり異端であり、こういう場合だと真っ先に切られてもおかしくないと思う。
「うん、だいたいその通り。けれどこういう連中に限って……あまりこういうことを言いたくはないのだけど、天才なのよ」
「うげぇ…………もしかして、2人の仕事にバルパー・ガリレイの身柄を、とかもある感じ?」
「直属の上司には言われてはいない。……が、それを暗に仄めかすようなことを、別の人間に言われたな」
「正直切って捨てたい話だけれど、ソイツが結構なタヌキでね……」
なるほど、悪魔にバルパーなるヤツを奪われると少し具合が悪いわけだ。まあさっき死んでこいしたんだしって言ってたから、上手くいけばめっけもんぐらいの話か…………まあ、政争の話か、なんだろうね。
「言ってはなんだが、私たち2人は少々敵を作り過ぎていてね。イリナに関しては察して貰えると思うのだが、別の理由で私もそれなりには疎まれている」
「だからまあ、歴戦の堕天使一味相手にしてこい……なーんてふざけた命令が下ったわけだけど。万が一生きて帰って来られると困るから、その時の為の保険ってワケ。本当、嫌んなっちゃう」
「じゃあ殺してもいいわけだ」
「話聞いてたイッセー君???」
おう、勿論聞いてたとも。隣の部長も同じことを考えてたみたいで、とても綺麗な笑みを浮かべていた。
「要は僕らが此処での話を聞かなかったことにして、君らが接触する前にこっちがバルパー・ガリレイを殺せばゲームセットだろ。流石に先に接触してしまえばその事を報告せざるを得ないけど、既に死んでりゃ何もできない。でしょう?」
「それはそうだけど、じゃあそっちが堕天使陣営の人間を殺して、それが戦争の火種になればどうするの?」
「暴走した連中が、悪魔の根城に、悪魔に対して強力な兵器を持って潜入してる。十分向こう側が有責だろ。後こっちは堕天使側に対して1つ、貸しを作ってるからね。だから堕天使の持ち物になった聖剣をぶっ壊してもいいと思ったワケだが」
「あぁ、そういうカラクリだったワケ? じゃあいいかもねソレで」
交渉成立である。
「でもいいの? 君ら個々人にとってはウィンウィンだけど、組織としては違うでしょう?」
「良くはないが悪くもない……一応堕天使と悪魔の潰し合いの延長線にある取り決めと言えなくもないからな」
「身柄持って帰ったら帰ったで異端者の烙印押されかねないし、そっちで厄ネタ処理してくれるなら万々歳よ。それに、そっちの彼のことを思うとね」
「……正直、教会の戦士に復讐を許可されたところで遺憾にも程があるけれどね」
「だが君は頷くしかあるまい」
「…………」
あーもうバチバチすんなって……。一応お前の思う方向に話が纏まりそうなんだからさ。……んまあ、教会側も同罪だって思う気持ちは分かるけれどさ。
「ではこういうことでいいのね。我々はお互いに不干渉、但し悪魔側が聖剣を破壊した場合はその核を教会側に引き渡す」
「ええ、正直助かるわグレモリー。いやー、一時はどうなることかと思ったけれど、これなら無事に生きて帰れそうじゃない?」
「私が裏切る、とは考えないのかしら?」
「貴女が? 私達を? ハッ、それは無いでしょう!」
あんまりすんなりと信頼するものだから、不審に思って聞いたのだろう。そんな部長の問に対する返答は、心底おかしいと言わんばかりの笑い声だった。
「逆に聞くけれど、貴女自分を客観的に見て裏切ると思う? この状況で! 貴女達一族程、情とプライドで雁字搦めにされた悪魔を、私は知らないわ」
「ま、それは同感だな。貴女ならば穏便に話が済むと踏んで行動したわけだからな。我々だって相手は選ぶ。……だからこそ、そんな悪魔の下僕であるそこの君を殺そうとしたイリナの正気を疑ったワケだが」
「今のやり取りでそれなりに性格の悪さは確認できたでしょ? 不可抗力よ」
「それとコレとは話が別だ!」
「あはは……」
昔の相棒は僕だったけれど、今の相棒はゼノヴィア女史なのだろう。ソレの相手は大変だろう……と若干菩薩の気分になって眺めていたら……何故か警鐘が。それも自分の隣から、だ。
「…………そうね、それに関しては聞いておきたいと思っていたのよ」
底冷えした怒りの発露に、やっべぇとなったのは言うまでもない。忘れてたワケでもなく、なんなら現在進行形でそういう話をしていたが、このヒトは眷属に対する愛が深い。そして僕に関しては別のアレコレがあるワケだから、普通にイリナちゃんに対してブチ切れててもおかしくなかったのだ。話が纏まるまでは我慢していたのは部長なりの理性だったんだろう。
「その件はお互い様だから、そのことでどうこうするつもりは無い。けれど答えて欲しいわ。どうしてウチのイッセーを殺そうとしたのか」
「さっきも言ったでしょ? 危険だから」
「…………それ、理由の1割位でしょ?」
ここは流石に部長を援護しといた方がいい、と思って理由の内訳を推測してぶつける。案の定困った顔をされた。
「うーん……ちょっと私の心のデリケートな部分なの。有耶無耶にできない?」
「してもいいけれど、私は
「………………はぁ。イッセー君、だいぶ毒したのね」
「これ僕のせいか?」
「そりゃそうでしょ」
どうしたもんかなと悩む様を見て、この時ばかりはざまぁとは思えない。……僕が悪魔になったことでかなり葛藤してるのは分かっていたからね。
「……ただの介錯よ」
「介錯? 悪魔になったことが不憫でならない、と?」
「まさか。そこの男はちゃんと、今は幸せだと抜かしやがったから。だけど、人間だったころの兵藤一誠にとっては違う」
……それは、そうだろうな。多分否定できない。なんなら今も悩んではいる部分だ。そうでもなければ今頃生きてはいないわけだが、人間として死にたかった気持ちは無い、と言い切ったら嘘になる。
「少なくとも私は、そこの男が自分から悪魔になるような人間ではなかったと確信してる。悪魔のような性根だったけれど、それでも根幹も根幹のところはドの付くお人好しの善人で、普通であることを尊ぶ人間だった。どんな事情があって転生したかは分からないけれど、そんなこと私の知ったことじゃあない」
「…………」
「少なくとも、私の中で『人間:兵藤一誠』は死んだ。私の幼なじみは死んだのよ。なりたくもなかっただろう異常に成り果て、人間として死ぬことすら許されずに死んだ。だから今の私ができる、せめてもの手向けとして介錯しようとした、それだけの話。…………独りよがりなのは分かってるけれど」
「…………そう」
……だろうな、とは思ってたけれど。だから遠慮されても困るなってんで本気で応戦したワケだが。多少の申し訳なさは感じていた、多少だが。思うところがあるだけで後悔は無いし、やっぱりそれは、本人も言ってたけれど独りよがりな行動だ。
「……ヘマして死んだのは悪かったよ。堕天使に殺された」
「だと思った。……うん、図らずも堕天使と共謀する可能性が減ったし、結果オーライね」
「オーライかなぁコレ……」
◆◆◆
「そちらの女悪魔さんは、アーシア・アルジェント氏で間違いないのかしら?」
もう僕の仕事は終わったな、と席を外して隅で控えていたアーシアの隣に移動したら、着いてきたらしいイリナちゃんから声を掛けられてしまった。
「……ンで来るんだよ」
「そっちと同じよ、纏まった以上引っ掻き回しても損するだけね。一応リーダーはあっちなの」
この暴力装置の前にアーシアを晒すのはどうかと思ったので、庇うように前に立つ。必要になったら急に行動を起こすから油断ならねぇんだよ、このかつての相棒は。
「イッセーさん、私は大丈夫ですから」
「…………はァ」
ちょっとした睨み合いの末、その均衡を破ったのはアーシアだった。ちょっと不服そうな声音だったのは、心が折れるかもと無駄な気をつかった僕への叱責か。
「はい、間違いなくあなたの知っているアーシア・アルジェントで間違いありません」
「やっぱり。消息が此処で途絶えてたから、『神の子を見張る者』に行ったか、死んだのかと思ってたの。お会いできて光栄だわ」
「皮肉か? ドの付く皮肉か?」
そう茶々を入れると、心外だと言わんばかりにプリプリと怒り出した。
「失礼ね、私は彼女を高く評価してるわ。悪魔を癒してしまったことに関しては運が悪かったと思うけれど、それだってアルジェント氏が誰に対しても分け隔てなく癒しの力を使ってきた証拠だもの」
「それは……そんな大したことではないです。そうすることが正しいのだと思ったからやってきただけで」
「いえ、大したことよ。貴女も知ってたでしょ? 自分が裏でどんな風に扱われていたか。その上で追放されるその時まで自分を貫いたのだもの。他の誰がそう言わなくても、私は貴女のことは『聖女』と呼ぶに足る人間
「…………恐縮です」
『だった』、と言うのが悲しいところ。…………半分、僕のせいで悪魔にしてしまった所があるから余計に。
「……あー、その。イリナちゃん。彼女は半ば僕が、」
「バカね、そンぐらい想像もつくわよ。イッセー君と同じで、彼女だって何も無く自分から悪魔になるような性根だとはこれっぽっちも思っちゃいないわ。……どーも信仰も抜け切ってはいないみたいだしね」
「……捨て切れないだけです。ずっと、それが正しいと信じてきたものですから。例え悪魔になった今でも、それを曲げることはできません」
「……意外と根性もあるわね。まあ、いいんじゃないかしら?」
「現役信徒的にいいのかよ」
「欠片も良くはないに決まってるでしょ。でも、前例がいるからね」
前例、と聞いて足りない頭を回すが、そんなことあったっけ? そんなヤツがいたら部長辺りが例外事例として教えてくれるようなものだけど……
「それはもしかして、必要悪のマスティマ様のことでしょうか?」
「マスティマ?」
「流石、博識ね。ざっくり説明すると、信仰心や善性を試すために信徒に対して悪魔のような誘惑をする、神に許された悪魔とも言うべき方よ。……先の大戦で亡くなったと聞くわ」
それはまた……成程必要悪と言うに相応しいヤツだな。
「それに神の子の信徒にだって、裏切ったりした方々がいるもの。だからまあ、大っぴらには口にしないけれど、信徒の悪魔堕ちに関して私はそこまで深刻に考えてはないわ。ある種の試練なのかもしれないし。第2第3のマスティマ様になれるのか、あるいは本当に性根まで腐り落ちるのか。まぁ大概は後者でしょうけどネ」
「その……イリナさんは、かなり奇特な考え方をするのですね」
「異端者って言わない辺り僅かな善性を感じるけど、結構ズバズバ言うわねアルジェント氏……」
まあ実際変わり者だからね。だからお互いコッチを見るのはやめなさい。毒してない、毒してないから。
「それであの……このことが明るみになると、そのぅ……」
「呆れた、この期に及んで他の人の心配? ちょっとイッセー君、この子底抜けに善人じゃない。どうやって悪魔堕ちさせたのよ」
「流れが分からねぇよ、底抜けに善人なのはその通りだと思うけどさァ。……僕が死にかけた時に、僕のことを癒しても大丈夫な立場になることを選んでしまっただけだ。いや本当にこれは僕が悪い」
「それは違いますイッセーさん。私は、悪魔であるのに『それでも』と私を助けてくれた貴方のように、」
「あー…………順調に脳みそ焼いてんなこの男」
大方グレモリーにもそんな感じの挙動かましたのでしょう? とイリナちゃんは呆れた顔。否定したいけど状況が許してくれない。
「いい、イッセー君。アルジェント氏は自分が悪魔だと知られたら、故郷の教会が異端者の集まりとして処断されてしまうことを恐れてるのよ。誰一人彼女に手を差し伸べなかった人達をね」
「…………えぇ?」
そいつはちょっと……度を越したお人好しにも程がないだろうか? 僕なら僕を裏切ったヤツはどんな手を使ってでもドン底に叩き落としてやるけれど。
「善人なんかじゃありません。……心に余裕ができたから、だけです。私はもう独りではありませんから」
「ま、そういうことにしておいてあげる。なんにせよ私の方もこのことはちゃんとした報告には上げられない。貴女の危惧した最悪の事態を絶対に起こさないことを、私の信仰心に誓って約束するわ」
「ありがとうございます!」
悪魔と約束していいんだろうか? ……いいんだろうなぁ。僕もそれなりに無法者と呼ばれるけど、僕に言わせりゃこっちの方がガチモンの無法者だ。最低限のルール以外で拘束できないと見ていい。逆になんでイリナちゃんが教会から追放されてないのかが不思議な位だ。
しかし、アーシアの顔を見て、イリナちゃんみたいなのがいてもいいか、と思い直した。彼女が救われた表情をしているのなら、それが全てだ。……やっぱ変わらない、イリナちゃんは今でも『すげーやつ』だった。
◆◆◆
「ところでイッセー君は、なんではぐれになってないの?」
「それ聞くべきこと? というか僕のことをどんなだと思ってるのさ」
「んー……だって、イッセー君ならどっかで自分から死ぬか、逃げるかぐらいはしそうだもの。悪魔なんていう非常識とは死んでも関わりたくないでしょうから」
「僕に対しての理解度がヤバくない?」
「何年相棒してたと思ってるのよ」
ゆーて小学生までの話だけどな……と思って少し頭を回す。適当にでっち上げてもいいが…………部長の言葉を借りるなら、
「一言で言うなら、救われたから」
そう言って反応を伺い、それに合わせて言葉を続けようとしたら、少し警鐘が鳴った。慌ててイリナちゃんの顔を見ると、まるで信じられないようなものを見たと表現するしかない、虚無の如き驚き顔だった。
「────えっ」
それは、イリナちゃんにとってはとても衝撃的な一言だったのだろう。…………僕と長く一緒に過ごして、多分僕の根幹あった悩みも朧気ながら知っていたハズだ。だから余計に驚いたのかもしれない。
「命を救われたから……じゃないのよね?」
「うん。心が折れてどうしようもなくなったときに、もう大丈夫だと言って、手を握ってくれただけだ。……それでも僕にとっては、間違いなく救いだったんだよ、イリナちゃん」
「そんな……だって、え? どうして……」
「君は結構買い被ってるけどね、それなりに心は弱いんだよ僕は、心だって普通に折れるよ」
「嘘、でしょ? だってイッセー君だよ? どれだけ悪い大人に囲まれても、悪い笑顔を絶やさなかった……」
……ちょっと予想外、だ。ここまで狼狽えられるとは思っていなかった。警鐘が鳴った時点で、オブラートに包むぐらいはした方が良かったか? と考えて、心の中で首を振った。多分、ここで逃したら、この先永遠とこの心情を吐露する機会は訪れなかっただろうと判断する。
「その、ね。イリナちゃん、」
「イリナ、細かい話が纏まった。そろそろお暇するとしよう」
言葉を続けようとすると、タイミング悪く話し合いが終わったゼノヴィア女史がイリナちゃんに声を掛けてしまった。
「っ! そ、そうね、いつまでもいるとご迷惑だものね! ありがとうねグレモリー、お互い生きてこの件が終われるといいわね」
「あ、おいイリナ!?」
逃げるように、という言葉がピッタリと合うぐらいに、そそくさとイリナちゃんは部室から出ていった。……出ていってしまった。
「お前、イリナに何かしたのか?」
「……分からない、イリナちゃんの質問に答えただけ。でも、イリナちゃんにとっては相当ショックだったみたい」
僕も……多分ゼノヴィア女史も、動揺したイリナちゃんを見たことがなかったんだろう。困惑した顔でお互いを見つめてしまう。
「ごめん、ゼノヴィア女史。僕が言うことでは無いけど、イリナちゃんのことをお願いね。結構危なっかしいんだ」
「愚問だな、悪魔に言われるまでもない。それでは失礼する」
そして部室には、悪魔だけが残った。
「分からない…………なんでだ…………?」
イリナちゃんがショックを受けた理由がわからず、僕は部長に手を引かれるまで呆然と、その場に立ち尽くしていた。
主に主人公の負の部分を見てきたのが部長とするなら、主人公の正の部分を主に見てきたのがイリナちゃん。