「……ここにいたか」
「ん? ……ああ、ゼノヴィア。ごめん、ちょっと……いやかなり取り乱しちゃった」
「後学のために聞いておきたいんだが、構わないか?」
「わぉ、ド直球。でもそれがあなたのいい所よね。というか後学のためにって……何にこれが活かせるのさ?」
「それは…………うん? そうだな、分からない」
「……アンタって本当に、いや私は可愛いと思うわよ、うん」
「相当バカにしているな? 誰もがお前のような機転の良さを備えているわけではないのだが。それに何に活かせるかも分からないこと程大事だったりするだろう?」
「それも……そうね。はァ……なんでこんな失恋みたいなセンチなことになってるのやら?」
「……好きだったのか?」
「恋愛的な意味で言うなら、まさか! って言うしかないわ。なんて言うのかな……近過ぎて無理って感じ。どっかの小説から引用するなら、還暦越えて互いに独り身だったら籍を入れるか、ぐらいの距離感よ」
「少々喩えが具体的かつ独特過ぎないか?」
「ふふっ、そうね。実際甘い感じの話じゃないから。でも幾ら言葉を尽くしても、なんだか負け惜しみみたいになっちゃうから困るわね……」
「…………」
「人としての話なら……好きとか、もうそんな次元には無かったかもしれない。ある種の信仰心すらあったと思う」
「あの男に対して、か?」
「うん。そんな凄いヤツには見えなかった?」
「その……まぁ、なんだ……」
「いいわよ、濁さなくて。実際の所はともかく、あの男は割と存在が悪性だもの」
「悪意に満ち溢れてる、ということか?」
「んー、違うかな。自分の選択、手段が、傍から見れば悪意に満ち溢れてるように捉えられるということは理解してるけど、本人は悪意なんてこれっぽっちも無いわ。ただ、そうしたいからそうするだけね」
「余計悪くないか、それは」
「うん、本当にね。ただ、彼にとってそーゆーのが必要な場面ってのが、だいたい誰かの為なのよ。……殆どの場面で、アレは自分の為に悪辣さを振り撒いたりはしなかった。偽悪的とも違う、偽ってなんかないから。必要悪とも違う、それが必要だと思ってないから。それでも彼はいつも、正しい事のために悪いことをしてきた」
「…………」
「例えばあの男、いじめられっ子を助ける為に、クラスの教師から校長を総とっかえさせて、加害者達の一家がこの町に居られないように追い込んだのよ。あの時は私も手伝ったけれど、まあ酷いものだったわ。村八分という言葉が日本にはあるけれど、それが郊外とはいえ都市部で起こるなんて……今考えると相当ね。イッセー君は巧みに、周りの子供と大人の恐怖心と正義感を煽って、敵を社会的に殺して回ったのよ」
「……それは、過剰防衛というヤツだろう」
「防衛ですらないわ、当事者じゃないから。……今でも覚えてるわ。寄ってたかって大人達に詰め寄られて、それでも厭らしく嗤う彼の姿を。一歩間違えたらタコ殴りにされて、死ぬかもしれない状況で……彼、なんて言ったと思う?」
「こんなことに意味は無い、とかか?」
「顔は覚えました、よ」
「…………」
「ぶん殴られることまで折り込み済みで、でも実力行使をしたら今より酷いことをする、と脅したのよ。心が強いなんてものじゃないわ、クソ度胸にも程がある。それが小学生の男子なんだから、末恐ろしいってレベルじゃないわ。別件で実際に殴られてたけど……その相手は死ぬより酷い目にあったとだけ言っておくわ」
「本当に、元々は人間だったのか?」
「恐ろしいことに、人間だったのよ」
「……分からない。自分の為に悪行に手を染めないのは信じよう。正しいことのために悪を成すのも理解しよう。褒められた人間ではないが、それでも認めざるを得ない人間なのも分かる。だが、お前が信仰に足る、と表現する理由が分からない」
「…………イッセー君は、何でもできる超人というわけではないわ、むしろ凡人と言っていい」
「……?」
「普通に考えてみて。ただの小学生が、町全体を巻き込んだ敵の社会的抹殺を敢行できると思う?」
「だが、やったのだろう?」
「ええ、やったわ。何がなんでもやったのよ。彼は自分の能力の低さを諦める理由にはしなかった。人の心を揺らす言葉もなかった、人を動かせるコネもなかった、そもそもどうすればそういうことが可能になるのかという頭もなかった。それでも、彼にはいじめられっ子が泣いてる現状をそのままにするという選択肢はなかったのよ」
「…………」
「私は、何も出来ない自分が悔しくて泣いてる彼を見たわ。何度も慰めたこともある。でも彼は悔しさをそのままにはしなかった。いえ、自分の心なんて無視すらしていた。いじめられっ子の件だけじゃない。彼は自分の思う正しさの為に、何度も才能の壁にぶつかりながら、それでもと、それでもと戦い続けていたのよ。…………やり口は、お世辞にも良い方法とは言えなかったケド」
「凄まじい、な」
「本当にそうよね。だからね、昔相談したことがあったのよ。当時はそうとは分からなかったけれど、今なら分かる。私は信仰に迷っていた。本当に、この教えを信じて良いのかと、迷っていたのよ」
「お前が、か? イリナが、迷っていたのか?」
「ええ。私だって人間だもの、それに幼い頃の話よ? ……その時の私にとって、ありもしないものは信じられなかったのよ。実際それで誰が救われたわけでもなかった。当時、ずっと父さんが怒ったような悲しいような顔をしていてね。本当に主がおわすなら、なんで敬虔な信徒であるお父さんが、ずっと悲しいような顔をしてるんだって」
「…………」
「……その頃の私にとって、もし救世主というものがいるのなら、それは主でも、テレビの中に出てくるヒーローでもない。イッセー君だったのよ。どんな困難にも立ち向かって、悪なるモノを打ち倒し、必ず誰かを笑顔にする。だから、イッセー君なら何かが分かるんじゃないかって、内容は暈しながら聞いたのよ」
「彼は、なんと?」
「まず自分を信じなきゃ、だってさ」
「自分を信じる、か」
「うん。まず自分を信じて、それからじゃないと他人なんて信じられないって言ったのよ。でもね、それで腑に落ちる程子供って複雑じゃないのよね。それだけなら、多分私はこうなってなかった」
「…………?」
「……イッセー君が、私のことを『すげーやつ』、と言ってくれた。……信じてくれたのよ。暴れることしかできない迷っていた私のことを、私にとっての救世主が……信じてくれたのよ。そんな私が信じてみたい相手なら、それは信じるに足る存在だ、って」
「…………」
「……今にして思うとね、イッセー君も自分を信じたかったのだと思うわ。迷っていたことはなくても、ずっと嘆いていたから。……自分が普通なのに、普通じゃないことに、ずっと苦悩していた。私もそのことを頭のどこかで分かっていたけれど、イッセー君は凄いヤツだから、それでも自分を信じて頑張ってるんだって思ってた。……思ってたのよ」
「……違っていたのか?」
「ううん、多分大きくは違わない。…………それでも、心が折れる程度には弱かったみたい。諦めることをしなかった彼でも、諦めることがあったみたい。それが私にとって、かなりショックだった。幻想が崩れると言うよりは、気がつけなかった自分に対して、かしら?」
「…………」
「……だからね。ショックは受けたけれど、ちょっと安心しちゃった。イッセー君が救われたって聞いて、悪魔になってしまったけど、現役信徒としては失格かもしれないけれど、安心しちゃった。私がイッセー君に救われたように、誰かがイッセー君を救ってくれたんだって。……………………それが悪魔なのがちょっと、いやかなりムカついてるけれど」
「イリナ……」
「でもね、
「前後が噛み合ってないぞ? ……それがお前なりの手向けなのは分かるが」
「独り善がりにも程があるケドね。でもいつまでも彷徨わせておくのも目覚めが悪いわ。正しさを……いえ、普通であることを何よりも望んでいたイッセー君の末路として、悪魔であることは何よりも悲劇的よ。それで誰に恨まれたって関係無いわ。私情だらけだけど、
「…………だが、今はやめておけ。この状況下でグレモリーを敵に回すのはまずい」
「それもそうね、オマケにイッセー君本人も敵に回すとろくなことがないわ。……ふふっ、とはいえゼノヴィア。私達は運がいいかもしれないわ?」
「何がだ?」
「少なくとも、コカビエルの敵にイッセー君がいる。彼は間違いなくコカビエルのやろうとすることを許さないし、それをなんとしてでも止めるに違いない。例え何もかもが足りなくても、コカビエルが
「あまり悪魔をアテにするのはどうかと思うがな…………。だがまあ、『イリナの幼なじみ』を信じると言うなら、あるいは」
「うん、ありがとうねゼノヴィア。私は、貴女のことも信じてるわ」
基本的には主人公以外の一人称視点を入れたくなかったので、こんな長々とセリフばっかり……