それはともかく、前回更新の『幕間』と対になるお話。
「イッセー、イッセー?」
「………………あ、部長?」
何とか部長に手を引かれ、家に帰ってきてからも起こったことが衝撃的過ぎて、僕は茫然自失だった。……だって、あのイリナちゃんが。厳つい不良に囲まれても、自分の気持ちを曲げずに立ち向かったイリナちゃんが、あんな風に狼狽えるなんて思っていなかったのだ。晴天の霹靂、とはまさにこの事である。信じられなくて、何も手がつかなくて、ただベッドに座ってぼーっとしていた。…………明日も早いというのに、既に時計は3時だ。明日どころかもう今日の話である。
……様子がおかしいのを部長は心配していたようで、多分こうして声を掛けてくれたのだろう。でもなんだか、自分でもレスポンスが遅いように感じる。
「すみません、部長。ちょっと調子が出ないみたいで」
「例の彼女のこと?」
「はい。……僕は彼女が、あんな風に狼狽えるという所を見たことがありませんでした。今まで見せてこなかった、と言われたらその通りですが、それでも僕にはその姿を見せたことがなかったんですよ。あの女、見栄っ張りとは違うんですけど、仲のいい相手には弱ってる姿というのを見せたがらないタチでして。まあまあなガキ大将気質なんですよ」
「ヤケに素直に話すわね。貴方にしては珍しく」
「あはは……そうですね。多分普段ならのらりくらりと躱してます」
ちゃんと理性が働いてたら、多分部長にここまで話してない。嫉妬の原因作って墓穴掘るのが嫌だから。……でもそのことを口にしてから気がつくあたり、相当にメンタルにダメージを負ってる気がする。
だから問われるままに、僕はイリナちゃんとの馴れ初めや、どんなことをしたか、やらかしたか、暴れたか、そして遊んだか。僕が覚えている限り、大体のことを話した。
「本当にイッセーは、あの子のことが好きだったのね」
「…………好き、という表現は正しくないと思います。恐らく、信奉という言葉が正確だと思います。イリナちゃんは僕にとってのヒーローでした。自分の言ったことは曲げないし、猪突猛進で自分の正しいと思ったことを為す、迷惑で暴力的でぶっ飛んでるけど、最後にはちゃんとみんなを笑顔にする、そんなヒーローでした」
「まるで貴方の様じゃない。ヒーローみたいでもないけれど、自分のことはなかなか曲げず、視野狭窄で」
「それは……多分イリナちゃんの真似ですね。僕の様、じゃなくて僕がイリナちゃんの様、というのが正しいと思います。……僕はヒーローにはなれないけれど、彼女みたいに誰かを助けることができたら、と何度思ったことか」
そんな彼女の暴走をコントロール……はできなかったか。暴れる先を調整するのが僕の役目だったわけだが。イリナちゃんはそれで僕のことをすげーやつと言ってくれたが、僕の助力がどこまで必要だったものか分かったものではない。
「多少僕の噂が流れる程度には頑張った自覚はありますけれど、それでも僕は卑怯者だ。顔も隠さず、逃げも隠れもしないというのはできなかった。その為の力と、多分勇気が足りてませんでした。今はともかく、僕は自分のことが死ぬほど嫌いでしたから、自分のことを信じられなかったんです。……彼女は違う。どんな時でも前に立ち、どんな時でも逃げも隠れもせず。それでいて、自分が何とかする、なんとかできると心の底から信じていた。僕も、周りも、そんなイリナちゃんをカッコいいと思ってたんです」
「…………」
「そんな彼女が、まるで信じたものに裏切られたみたいな顔をするなんて、思わなかったんです。まるで自分の根幹を揺るがされたような、迷子の子供のようなザマを晒すなんて思わなかった。…………分からない、僕の何がそうさせたのかが、本当に分からない」
「悪魔になったことがショック…………という風にも見えなかったわね」
「ええ、なんなら介錯する気満々でしたからね」
多分そうなるだろうなって思ってたし、それでこそだとも思った。……元気そうな姿と、変わらない無法さで安心だってした。だからこそ分からないのだ、本当にどうしてなんだろう……。
「……案外、貴方と同じ理由かもしれないわよ?」
「えっ?」
同じ理由、同じ理由? 思わず脳内で何度も反芻するが…………する、が。そんな馬鹿な、とは切って捨てられなかった。
「話の前後から察するに、彼女は貴方の心が折れるなんてこれっぽっちも思ってみなかったのではないかしら?」
「……まあ文脈を辿ればそうでしょうが。でも僕、あの女の前でみっともなく泣いたことだって両手の指じゃ数え切れませんよ」
「泣いたからと言って、心が弱いと、心が折れたと必ずしも思われるわけじゃないでしょう? ……私は貴方の心が、それ程強くは無いことを知っている。けれど立ち直りが早いのも知っているわ」
「…………」
……実際、どうだったかなと思い出す。自分の不出来さに悔しくて、泣いて、へこたれそうになったことしか思い出せない。あまりいい思い出でもないし。
「そして立ち直りが早いのは……いえ、立ち直りが早いように見えるのは、心が強い様に見えるのは。貴方が自分の心を置き去りにしてるからじゃないかしら?」
「と言いますと」
「自分が苦しいからって、自分がしたいことを投げ出すタチじゃないでしょう、イッセー。そうでもなければ、ライザーとの一騎討ちに説明がつかないわ」
「あ…………」
そうだ、そういえば戦う前に僕はアーシアに言った。恐怖を感じないことよりも、恐怖を乗り越えようとすることの方が何倍もカッコいいことだ、と。…………無意識に僕は、恐怖を感じないようにしていた、か。あの時だけじゃなくて、今までずっと。
「それでも、イッセーが頑張ってきたことに変わりは無いのだと思うけれど。その認識のズレがあったのには違いないはず」
「…………そう、ですか」
まあガキの時分の認識だ、思い出補正だって多分にある。…………僕が今感じてることと、同じこと、か。
「……幻滅されちゃったかなぁ」
「おばか。貴方、あの教会の戦士に対して幻滅したの?」
「…………まさか、そんなことは絶対に」
「では、それが答えよ。事実は違っても、積み重ねたモノの重みは決して変わらないのだから」
「…………リアスさん」
「あ、待って。急に名前で呼ぶのはやめてちょうだい。食べたくなるから」
「一気に台無しですね!?」
「ふふふっ」
感極まってしまった僕の純情ハートを返して欲しい。…………いや、分かってる。僕の調子を取り戻させる為にワザと道化になってくれただけだ。本当に、僕には勿体ない良いヒトだ。
「それはそれとして、かなり妬けるわね……」
「部長の知らない僕を知ってるとかいう話ですか? それとも男と女のアレ的な話ですか? 後者ならあの女はほぼ論外ですよ。客観的にアレが魅力的な美少女なのは否定しませんけど、むしろ美少女だから論外です」
「…………貴方は、全く。というか、ほぼってことは可能性があるってことよね?」
「ええ。その……なんですかね。還暦越えてもお互い独り身だったら籍入れるか、ぐらいの距離感です。あ、人間の感覚で想像してくださいね。悪魔だと60歳はまだまだ若いでしょうから」
「……それはそれで美味しい立ち位置じゃないかしら?」
割と部長も欲張りだなぁ……と苦笑する。気持ちは……まあ、分からないでもないので何も言わない。なんだかんだ、こういう相棒ポジションって憧れがあるよね。……イリナちゃんという相棒は、僕にとっての密かな誇りだった。彼女の方もそうであったなら、とても嬉しい。
「……また顔合わせする機会は、ありますかね?」
「間違いなくあるでしょう。少なくともエクスカリバーを破壊したら、その核を引き渡す先は彼女達になるんだから」
「まあ、そうなんですが。…………まずいですね、祐斗クンには頑張ってもらわないと、出番が無くなるかもしれません」
不安になってそう言うと、部長は首を傾げた。
「……そんなに強そうには見えなかったけれど」
「ええ、多分爆発的に強いとか、そういうことはないと思います。でもアレは僕の知る限り負けたことがなかった」
「人間の範疇の話、ではないということ?」
「ええ。どんなときも、アレは勝てる状況になるまで粘り、細い勝ち筋を見つけてそれを通します。それだけの忍耐力と、運があります」
「運」
「はい、運です」
運、というのは馬鹿にできないものだ。いや本当に。僕が必死こいて蜘蛛糸の如き僅かな可能性を手繰り寄せてる側で、何の気なしにラッキーパンチを繰り出してたことが何度もあった。1度目なら偶然、2度目なら幸運、3度目以降は……それはもう必然というヤツだ。少なくともあの女にはそういう偏りがある。
「そもそも、考えて見てください。普通に考えて、小学生の女児がたくさんの不良相手に戦って、勝てるわけないんですよ。小学生じゃないですからね、高校生ですからね?」
「でも、それを彼女はやったのでしょう?」
「ええ、やったんですよ、やっちまったんですよ。……いえ、全員イリナちゃんがのしたワケじゃあないんですが、相手を瓦解させたのは間違いなくイリナちゃんの一手です。…………不良の鉄パイプフルスイングを避けようとしてしゃがんで、その後何が起こったと思います?」
「その鉄パイプが不良に当たった、とかかしら?」
「半分正解です。……滑り込むようにしゃがんだ結果、不良の股下に潜り込んでしまいまして。勢いよく立ち上がったら、その……」
「…………」
「あまりの痛さに不良は悶絶、すっぽ抜けた鉄パイプが別の不良の……に当たってそっちも悶絶。その様子を見たあの女のこれ以上ない笑顔は、多分死ぬまで忘れられないでしょうね」
その後僕を含めたクソガキ集団にどんな指示を出したかは言うまでもなく、お巡りさんがやってくるまで本当に酷い追いかけっこが繰り広げられて…………。思い出したくない、あの後こってり叱られたからなぁ。
「なので、イリナちゃんにとって都合のいい展開が起こることを想定しておいた方がいいです。下手したらコカビエルだって倒せるかもしれません。強烈な運と、祐斗クンと張り合える剣技……もしかしたら、って思いません?」
「あまりこう……教会の戦士を評価するのはどうかと思うけれど…………。まあ、イッセーの幼なじみだものね。それを考慮して動いた方がいいかもしれないというのは理解したわ」
「うっす、すみませんがよろしくお願いします」
よし、なんだかんだ調子が戻ってきたぜ。だがやる気満々のところだけど寝なきゃいけないんだよな。……もう4時だ、2時間寝れるかどうか。
「……遅くまで本当にありがとうございます、リアスさん」
「大事なヒトが悩んでるもの、いくらでも相談に乗ってあげる。でも、何も無しなのは芸が無いし……」
そう言って部長は立ち上がり僕の額に一つ、口付けを…………口付けをォ!?
「ぶ、部長!?」
「今日はこれだけで十分。ねぇイッセー、貴方は自分をヒーローではないと評したけれど、私にとっては違うわ。……あの日のことを思い出すと今でも胸を締め付けられるけれど。それでもあの日の貴方は、私にとって最高にカッコいいヒーローだった。そのことは忘れないでね?」
「…………はい」
「それじゃあおやすみなさい。状況は大きく動いたわ、ちゃんと休んで次に備えましょう」
ぶしゅう、と湯気を吐いて僕が倒れたことは言うまでもない。やっぱ顔の良い女はダメだね、こっちのハートが持たない。
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