「…………ただの与太話として聞いて欲しいんだけれど」
僕は目の前の、パソコンと格闘している友人に声を掛けた。
「んァ……?」
彼は気怠げそうに身体をこちらに向けた。……若干態度が悪いように見えるが、それが僕と話すのが面倒臭いからではなく、慣れない作業のせいで疲弊しているからだということを知っている。……実際、彼は悪魔になってから慣れないことばかりしていると言っていた。
『みんな忘れがちだけどねぇ、僕は凡人なんだわ。そこまで大した奴じゃねぇのよ。どうして全身焼けたりラーメン屋の経営してたりするんだ…………僕の人生設計おかしくねぇか?』
どの口が……と言いかけたけれど、彼の人生が歪んだことと、今彼がやっていることが普通とはかけ離れていることは事実なので口を噤んだ。その割には手馴れているというか……覚悟が決まり過ぎているようにも思えるけど。
「なんでェ、ボーっとして。ま、考えが纏まる前に話題を振るってのも良くあることだとは思うがな」
「いや、ごめん。イッセー君に聞いていい内容かどうか考えてしまって」
普通を装っただけの、普通じゃない彼に聞いて納得できる答えが返ってくるのか……と悩んでしまって、そして頭を振った。そもそもの話、僕も普通とは言い難い。それに……納得が欲しいわけでもなかった。ただ、この変わった友人ならどうするのだろうという、気の迷いが生まれただけだった。
「ンまァいいけどサ。で、その与太話ってのを聞かせてもらおうじゃないの」
「……仮に僕のような出自だったとして、君ならどうしていたのかな、って」
「聖剣計画の主導者ぶっ殺す。あとは計画への出資者とか指示出したヤツとかをどうするかを考えて、そこにケリが着いたら後は終いだな。エクスカリバー自体は放置。道具恨んだところで不毛過ぎる」
「……えらくバッサリ言い切るね」
適当に答えたわけでは無いのは分かる。適当でちゃらんぽらんな風を装っているだけで彼は基本的に真剣で自分のこと以外に対しては真摯だ。けれど、エクスカリバーに対する僕の執着を簡単に『不毛』と言い切られると、流石に苛立ちが顔を出す。
「怒るな怒るな、気持ちは分かる。『坊主憎けりゃ袈裟まで憎い』とはまさにこの為の言葉だろうし。でも結局、お前の復讐の大元はエクスカリバーというより計画の主導者にあるわけだろ? そこを見誤ると目的を見失うじゃん」
「目的?」
「そらァもう、『何のために復讐するか』以外にあるわけないだろ」
「何の、ために……」
何のために復讐するのか、と考えると。どうしても『殺された同志達の無念を晴らすため』と『エクスカリバーへの憎悪』となる。そうだ、同志達が復讐を望むのならば僕は……
「復讐は虚しいだけ、なんて言葉は嘘っぱちだ。何処かのハゲが言ってたけれど、これ以上に自分の尊厳を回復する手段も無いし……何よりそうしないと精神的に先に進めない。でもね、虚しいという点は時に真実でもある。復讐の理由を死んだヤツに託してるのならば、特に」
「っ!」
見透かされた、と思った。気付けば疲れが覆っていた彼の顔はいつの間にか、罪を量る裁判官の如く冷淡なソレとなっていた。
「復讐とは区切りを付けることだ、と僕は思う。自分の人生に、心情に、因縁に。だのにそれで終わりの無い苦行になっちまえばそれは復讐とは呼べないと思う。先の無い先へ彷徨うソイツは最早亡霊と言って差し支えない、死んだも同然だ。…………分かってるんだろ、木場祐斗? 死んだお前の同志が、本当の意味でお前に語り掛けてくれることは無いことを」
分かっている……本当は分かっている。そんなことは、分かっている。もしかしたら、彼らは復讐を望んでいないかもしれない。……エクスカリバーのことなんてどうでもいいかもしれない。……それでも、
「……それでも僕には、彼らの
「自分の無念を誰かのせいにするんじゃあない」
そんな僕の感情の発露は、あらゆる欺瞞を許さないとばかりに切り捨てられた。
「エクスカリバーが憎いのはお前だ。聖剣計画が、教会が、バルパー・ガリレイが憎いのはお前だ。復讐したいのもお前だ。お前の同志達がそれらを憎んでいて欲しいのも、お前だ。…………誰よりも無念だったのは、同志を殺され、独りになったお前だ。悔しいのは、今を生きてるお前だろ。そこを歪ませるんじゃあない」
けれど、厳しい口調とは裏腹に。それは、赦しの言葉だった。……僕が感じている、生きていることへの罪悪感に対する、赦しだった。……酷いなぁ。本当に全部分かった上で、そんなことを言うなんて。
「……別にね、こうは言ったところで死者に理由を託すのは悪いことじゃないとは思うんだけど。それで君が生きた屍になるのは違うだろ、君にとっても……亡くなった君の同志にとってもね。もしもかつて居た誰かに理由を託すなら、それは願いのソレであるべきだよ」
「願い……?」
「うん。……友人を亡くしたことの無い僕が言うと、とてもチープに聞こえるかもだけどさ。あるかも分からない無念を晴らす為に復讐するんじゃなくて、先に逝った誰かを安心させたいと願って復讐する。そういうのは、至極真っ当な理由の託し方だと思わない?」
本当にチープに聴こえて仕方がない。だって間違いなく、彼は僕に生きていて欲しいだけだ。それらしく理由を付けて、生きることに後ろ向きな僕を踏みとどまらせたかっただけだ。
それでも。否、だからこそ。投げやりだった僕を思い留まらせるに十分だった。…………僕が、彼らに生きていて欲しかったと思うだけ、余計に。
「だからさ、祐斗クン。君は自分のために頑張るんだ。それが何より、君のかつての仲間のためになるはずだ」
「……」
目を閉じる。そしてかつてを想起する。…………辛く、悲しい出来事もあったけれど。思い出の中の彼らは、確かに笑っていた。
◆◆◆
キュピピピピーン! ……と脳裏に音が響いた。
「………………やっとか」
新人類のアレかよ、となんか自己主張の激しくなってきた警鐘に頭を抱える。僕が接続してる大いなる知識さん、ちょっと愉快にも程がない?
だが音の愉快さと反比例してその中身は真面目な内容そのもの。閉店して2時間ぐらい待機してて良かったよ、ホント。
「注目、警鐘鳴った」
「「「!!」」」
バックヤードの休憩スペースで、各々のやり方で集中力を高めている悪魔ズにそう声を掛けると、流石に緊張感が場を支配する。
「……ん? いや待てよ、グレモリー先輩から連絡が無いじゃないか」
「所詮簡易報知器未満のカラクリだよ、罠だって解除されてる可能性は高いわけだし」
視線を向けると祐斗クンも軽く頷く。ゆーて罠について勉強始めたのこの間のレーティングゲームんときからだしね、粗の一つや二つは余裕であらぁな。
「というわけで、この日の為に準備してたコレが役に立つわけだな。ホレ」
そう言って僕は一見チープに見える端末を各々に渡す。赤、青、黄、緑の4色のそれに、ちゃちい画面、輪っかの付いた紐…………そう、これは、
「……キッズケータイ?」
「小猫チャン大正解。部長にうっかり社用ケータイがあると便利かもって話したら色々貰っちゃって」
ちょうど『働き過ぎ』とお叱りを受けた時に考えてた話で、その時は『部長もフェニックスの涙の件で忙しいからなぁ』と思っていたのだが、ついうっかりその話をしてしまい、トントン拍子で……。
『九頭龍亭の業務連絡で使うなら、冥界で流通してる物の方が都合がいいかもしれないわ。色々とコネも使えるし』
そして渡されたのがカタログである。好きなのを選べ、ということなのだろう。常に部長がお嬢様なことは意識してたけど、こともなげに金持ちムーヴされると……すげぇ気後れする。
「それでキッズケータイ、なのかい?」
「うん。いやコレは改造品なんだが。別件……丁度今みたいな事態で使うには丁度いいかな、と。本来の目的とは逸れてるんだが」
見た目こそキッズケータイで、機能の方もそう大差は無いのだが、壊れたり紐を引っ張ると互いの端末と部長、支取会長に緊急通報を送り場所を表示するように改造してもらったのだ。
「この手のことはてんで分からないンだけど、コレも伝があったのか部長がなんかしてくれたんだよなぁ」
「最早なんでもアリだな……」
「「…………」」
匙クンと神妙な顔で頷き合ってると、何故か微妙な顔をするグレモリー眷属先輩組。心当たりがあるのだろうか?
「多分……そういうことだよね?」
「……恐らく」
まあその事は置いておこう、正直今みたいにダラダラと話する時間も惜しいワケだし。
「というわけで、コレを持って各々行動だ。廃教会、廃工場、学校、悪魔達の寮……先にこれらを確認して先輩方と合流。そして何らかのトラブル、もしくは下手人がいれば……」
と言って手に取った赤い端末を揺らす。若干一名鳴らしそうもないのがいるが、まあソイツは派手に戦いながら壊してくれるだろうからモーマンタイ(問題アリ)。
「じゃあ諸君、死ぬなよ!」
「「「お前がな」」」
激励のつもりで言ったのに総ツッコミである……酷いィ……。
◆◆◆
「……で、廃教会担当の僕なんだけど」
ある意味で勝手知ったる……だったんだけど、既に瓦礫の山と化していた。どういうこっちゃねん。
ここを拠点にしてた教会組のことが脳裏を過ぎり、目覚めが悪くなるので適当に瓦礫を退かしたり簡単な探査魔力を飛ばしてみるが血も反応もない。……とりあえず何もなさそうで良かった。
「せっかく掃除したんだけど……どうしたもんかな」
アーシアと2人で結構頑張って掃除したもんだから、地味ィに思うところがあるんだけど。まあそれは置いとくとして、だ。
ざり……と足音らしき音が耳を打つ。流石の僕だって分かる、犯人は現場に戻ってくるって定番は。
「なぁ、どうしたもんかな? 僕さァ、それなりにビビりのつもりがあるんだけれど、今そんなに怖くはないんだよね」
「はぁー? そんなもんコッチは知ったことねぇな! つーかなんだなんだ? 教会を掃除する悪魔ぁ? そんなチンミョーなヤツがいるとは思わなかったZE☆」
「うーん、意外といるかもしれねぇ。僕ともう1人いたしなァ」
「けーっ! きもっ、キモチワルイっ! クズの悪魔のクセに、善行とか意識してんじゃねぇよ」
殺気、それと共に斬りかかられる。…………警鐘は鳴ってない。その得物から底無しの嫌な気配はするけれど、その程度。
「…………っ!」
『Boost!!』
1回で充分、脚力に全てを回し袈裟斬りをギリギリでかわす。目の前を刃物が過ぎる瞬間は流石に肝が冷えたが。だからこそ冷静に、大きく隙のできた身体に脚力の乗った一撃を、
「甘ぇ甘ぇ!」
「っ!?」
振り上げられる剣、大きく仰け反って何とかかわすが…………。どんな体勢から攻撃してんだ、気持ち悪っ!
一先ず距離を取る。早撃ち勝負の前のような緊張感。きっかけがあればすぐにでも殺し合いが始まる空気が、場を支配する。
「…………。教会の戦士は皆そうなンかよ? 挙動が人外じみてる」
「人外からのお墨付きなんぞ、嬉しくもなんともないっての〜。つかあんなところ辞めたし、温すぎるんだよアイツらは」
「ま、だろうな。…………調べたぞ、お前のことは。殺戮に酔った堕ちた神父。フリード・セルゼン」
眼前の白髪の男は、喜悦と憎しみの混ざった奇妙な表情をしながら口の端を吊り上げた。
「ピンポンピンポン大正解〜! そういうてめぇは……俺の元・上司を殺した『龍の手』の転生悪魔くんじゃあ、ありませんか〜?」
「人違いじゃないかな、まだ人間は殺してないんだよ。多分、お前が1人目だ」
「わぁお大胆! 熱烈なラヴコール!? いいねぇ気が合うねぇ! 俺も…………お前みたいなのを殺したくて仕方がねぇんだよッ!!!」
破裂した様な空気の音。さっきの殺気は三味線でも弾きながら出してたのか。段違いの速度と、的確に首を横薙ぎにしようと、5mはあった距離が一気に詰められる。
「し、」
あ、こりゃダメだ間に合わん。と思ったけれど、しかして警鐘は鳴ってない。ああ、こりゃ僕の明確な弱点かもしれないなぁ。警鐘が鳴ってないと危機感を出せなくなってしまっている。道具に頼り過ぎた結果の末路に近い。
が、タダで死ぬつもりも、毛頭ないのだ。
「ねッッッ!!!」
薄皮1枚、首にチリチリと焼ける感覚を覚えたタイミングで、それは起動した。
僕の血液を使った、魔力による水分操作。如何に龍の心臓と成り果てていても耐えられない、超高音と膨張!!
…………そして僕は、左の胸から赤より赤い熱を放出しながら、意識が飛んだ。
コイツいっつも死んでるなぁ……
原作との相違点:フリードの持つ聖剣は……