怨敵は、向こうの方からやってきた。首魁である堕天使コカビエルが引き連れる形で。
舞台は駒王学園、その広い校庭。校舎を背にして立つ僕らの眼前に、宙に浮く玉座で脚を組むコカビエルと……3つの剣を佩く初老の神父が。
「初めましてかな、グレモリー家の娘。反吐が出る程美しい紅髪だ、貴様の兄を思い出すよ」
「ごきげんよう、堕ちた天使の幹部。どうやら独特な感性をお持ちのようね。お里が知れる、とはこのことかしら?」
「……フン。サーゼクスは来るのか? それともセラフォルーか?」
「……ええ、どちらかは。それとも両方か。どちらが貴方にとって都合がいいのかしらね?」
コカビエルに対峙する部長。緊張からかわずかな震えは見て取れるが……それでもその顔に挑戦的な笑みが浮かんでいる。
「懸命な判断、と言うやつだな。俺にとっては残念なことだが……彼我の戦力差が分からん程の雑魚では無いらしい。成程、奴らが来るまでの暇潰しには丁度いいかもしれんな」
「暇潰し、ね。それで終わればいいのだけど」
そう言って部長は右腕を掲げ、魔力を集中させる。そして形作られていくのは……長さ100mm程の大きさのライフル弾の様なものだった。
「敵わない、と理解していても。時には立ち向かう義務がある。それが貴族というものよ。死ねば戦争になるかもしれなくとも、ね」
「ククク、面白い! ああ、それは確かに俺を殺し得る一撃だ! まるで力を感じない、矮小な一発なのにだ! いいだろう、ソレに限界まで力を込めるがいい! ……但し、」
パチン、と鳴らされる指と共に現れた闇の中から、魔物が顔を出す。三つ首の巨躯、剥き出された鋭い牙。誰もが名前だけは知っているであろう、ケルベロスだ。
「この余興を、生き残れたらの話だが」
『『『ギャオオオオオオォォォォンッ!!!』』』
咆哮と威圧と共に地獄の番犬は僕達に襲いかかる。……全く想定していなかった相手だが、それでも僕らの立ち回りは大きく変わらない。
「足留めに専念! 時間は掛かるけれどケルベロスは私が確実に殺す!」
『『『了解!!』』』
部長の指示と共に学園は結界に覆われる。シトリー様とその眷属の半数による、中のものを外に出さないための結界だ。以前、副部長が使ったものの原型にして、術者を増やした事でより強固にしたものだ。
「木場、お前はアイツに専念しろ!」
「……犬っころ程度で、苦戦はしません!」
そして小猫ちゃんと匙くん、シトリー様の騎士と戦車の4人がケルベロスに立ち向かう。
そして、僕は。喜悦を顔に浮かべた男と対峙する。
「あの実験台が居ないのは残念だが……エクスカリバーは自分で使ってこそ、か。試し斬りの相手が木っ端の悪魔なのが勿体ないが」
「……僕は、少し安心したよ。貴方を殺してもなんの心の凝りも残りそうにないからね」
そして生み出すのは、血を吸う赤黒い魔剣。イッセー君と相談した結果選択した、敵の血を吸うことで所持者を癒す呪いの魔剣だ。
「……『魔剣創造』か。使い手の技量次第では無類の力を発揮する。確か、検体の中にその神器を持っていた子供がいたな」
「ああ、そうだ。バルパー・ガリレイ、僕は『聖剣計画』の生き残り。貴方に殺され、悪魔として生き長らえた……間違いなく、最期の一人だ」
「なるほど、であれば納得もいく。……ふふふ、数奇なものだ。よもやこんな極東でかつての検体と巡り会うとは。良いだろう、復讐者よ! そうであるならばエクスカリバーにも箔が付くというもの! 存分に錆にしてくれる!」
「ふふっ…………くくくくく」
僕は、目の前の男の。まるで運命に出会ったかの様な台詞に、笑いが込み上げて来てしまった。
「くくく……あっははははははっ!!」
「……何がおかしい?」
「くくっ……ああ、おかしい。おかしいとも。貴方はおかしい。言ったじゃないか、木っ端悪魔だと。こんな僕を斬ったところでエクスカリバーに箔が付くワケないじゃないか。それに…………」
……決別の時だ。今日、この時を以て僕は人生に一つの区切りを着ける。
「
「なんだと?」
だってそうだろう。僕は、
「ああ、イッセー君の言う通りだ。悲しくて、苦しくて、無念だったのは僕だ。いや、僕だけでいい。同志達を思い出す度に、貴方とエクスカリバーを思い出したくない。血と苦しみで彩られるのは僕だけで充分だ。だから、」
僕の為に、僕の中の思い出のために。貴方を殺す。
◆◆◆
「オラァ死ねェェェエエエエエ!!」
「っぶねェ!!?」
間一髪、虚飾で装甲マシマシにした右腕の一撃が少年神父の凶行を止めた。
「くっそ、死んだんじゃなかったのかにゃーん!? 憂さ晴らし止められるとは思って無かったゼ!」
「現在進行形で死にかけだわ阿呆!! 面倒臭いことしやがって!!」
かひゅー、かひゅーと喉から喉から瀕死の声がする。それもそうだろう、だってこの状況に持っていくまでに31ループもしたんだぜ!? 何度やっても家が燃えるか2人が殺されるかでどうしようもなかった末にやっと掴んだトゥルーエンドだ!! まだ終わってないけども!
「……つーか、お前生きてたのかよクソ悪魔」
「そっくりそのまま返すぜクソ神父。素晴らしきかな元鞘未練剣ってか?」
軽口を叩いた次の瞬間、切っ先が喉元に迫っていた。間一髪、喉元に装甲を張ることで何とか弾く。
「……俺の前で、センセを侮辱するんじゃねぇ」
「してねぇよ、僕が侮辱してんのはお前だし、そのお前のセンセとやらを侮辱してんのも……てめぇだろ」
「黙れ!!」
ガイン! ガイン! と金属同士のぶつかる音が続く。コイツの持ってる剣が余りにもな聖剣だからか、それとも家族の危機を目の当たりにしてしまったからか、僕の中での脅威度が更新されてしまった。故に警鐘は違うことなく次の攻撃を予測し、そこに装甲板を置いて防ぐ。自分の力の理解が深まって戦いやすくなったはいいが…………装甲板を操作するのに思考がいっぱいで反撃ができない。なんと醜い千日手の塩試合だろうか? やってるのは殺し合いのはずだが。
「ああ、言うとも。言うともさ。殺しを愉しむ外道神父。師匠と較べてなんと無様か? 聞いたぜ僕は。教会の戦士は悪魔を殺しても関わりを持った人間はむしろ更生のために手厚く面倒見るってなぁ! 妄想できるぜ、テメェのセンセとやらの高潔さもよォ! ……ハハハッ、お前の手の震えが答えっぽいなフリード・セルゼン!!」
「黙れって言ってんだろうが!!」
バサリと一閃。装甲板ごと叩き斬られた僕に、赤い袈裟が掛けられ、仰向きに倒れる。見上げる夜の空は、なんだか残酷な程に遠く見える。
「ガフッ……おお痛え痛え。……どうした、トドメを刺さないのか?」
返事は無い。荒い息が聴こえるだけだ。
「さっきの自爆を警戒してるのか? それなら実はもう打ち止めだ、溜めておいた魔力がもう無いんでね」
またも、返事は無い。呼吸を整えているのか、荒い息が段々と収まってくる。……激昂させようとおちょくったケド嫌に冷静だな、コイツ。準備していた策の2つぐらいが機能しなくなったんだが。
「……なんでだ」
「あん?」
「なんで、お前はそこまで冷静なんだ。家族が、殺されようとしたってのに」
僕の顔を覗き込み、ガラティンを心臓に向けてヤツは問うてくる。……いや冷静じゃねぇよ、10ループぐらいトチって無駄にするぐらいには慌ててたわ。
「例の顛末を聞いた時、俺はムカついたが……同時に安心したんだ。ああ、悪魔になる様な人間でも、人間の心は捨てちゃいないんだってな。じゃなけりゃ殺し甲斐がない」
「…………それはそれは、どうやら悪魔のよーな人間に、手酷く裏切られたらしい」
「詳しいことは分からねぇ。だが、センセは謀殺された。それが全てだ。神の教えなんてウソっぱち、信じる側もクソ野郎だ。ああ、正しく『免罪符』かもなぁ? ……だが、そんな分かりきったことなんざどうでもいい。どっちにしたってぶっ殺す対象でしかない」
月明かりが逆光となり、男の顔を隠す。口はニンマリと三日月型なのに……何故だろう、僕にはコイツが泣いているように見える。
「安心した、ああ本当に安心した。殺して殺して殺しても、殺し足りない様な連中でも、俺と同じ様な気分になるんだと。そう思ったら幾分かスッキリする。……………………だが、詳しく聞いて俺は酷くガッカリした!」
叫ぶ様に、居てはならぬ者の名前を呼ぶ様に、赤い双眸が僕を貫く。
「堕ちたヤツとはいえシスターを庇う悪魔なんぞ聞いたこともねぇ。居ちゃダメだろうがそんなヤツは。そんなヤツが悪魔になっていいわけ無いだろうが。気持ち悪い……気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い!! 」
「………………」
「もしそんなヤツがいるならどうして…………どうして、嵌められたセンセを助けてくれなかったんだ!!?」
…………なんとなくではあるが、僕は思った。別にコイツはイリナちゃんが評した様に純粋というわけではなく。記録に残っている様に殺しを楽しむ狂人というわけでもなく。悲しい出来事のせいで、狂わないと生きていけない程に普通の人間だったのだろう。涙を流さずに泣くコイツが、根っからの狂人だとは……僕には思えない。
「だから、俺はお前を殺したくて殺したくて堪らなかった! 俺と同じ思いをしてやりたかった! その上で…………同じことが言えるのか、試したかった!」
「無理だな。僕も似たようなことになりゃ、狂い果てるに決まってる。自分を薪にくべて全部に始末を着けるだろうよ」
「じゃあこの状況はなんなんだよ! この期に及んでなんで……なんでこの俺を哀れんでいやがる!?」
哀れみ、なのだろうか? 共感の方が近いかもしれない。だって多分、コイツは何かあった場合の僕か、もしくは未来の僕だろう。その道行を悲しみこそすれ、笑うことなどできやしない。
「たかが堕天使一匹仕留める位で留まる様な怒りだったのか!? 未遂で済んだから怒りも湧かねぇのか!? そんなヤツが、なんで悪魔なんかやってやがるんだ!! ふざけるな……ふざけ──」
「セットNo.8」
『Frame No.8:Vanity!』
ガチャン! と音がしてフリード・セルゼンは仰向けに倒れた。起き上がって見てみれば……僕の思い通りに、その身体にゴテゴテと装甲を着込まされていた。あまりの重量に動けない様だ。
「…………『
さて、僕はこの男になんと声を掛けようか。まあなんと言ってもこれからコイツを殺すのだから、自己満足にしかならないのだけど。ああ、そう考えるとちょっぴり気が滅入ってくるな。
「……怒りが無いわけじゃない。ふざけんなってずっと思ってるよ。お前が、友達の婆さんを殺したと分かってから、ずっと。お前がこの街で最後にやっただろう殺しだ。覚えてるか? それともたくさん殺し過ぎてもう分からないってか?」
「…………いや、覚えてる。か細い声で『ケイタ』って言っていた」
「そうか。……まあ、その日から暫く、ずっとお前に怯えていた。
嫌なお揃いがあったもんだと思ったが……コレはお互い様なんだろうな。
「理由が分からないから恐怖する、気色悪いと感じる。教会の戦士からお前の背景を聞いた段階で、理解した。だから殺すことに変わりはないが…………まあ理解してしまった以上、納得してしまったんだろうな」
実際に殺されたら、多分どうにかなってしまうのだろう、止まれなくなるのだろう。でもそうなってないのに加えて、分かってしまったから、怒りも湧かねぇ。大切な人が殺されたら、そりゃ狂う。凶行に走ったりするかもしれない。実際に行動に移せるかはともかく、その情動は
「僕自身が殺されたことに関してもさ、許しちゃいないしまだ怒りは燻ってるよ。だけどコレは当事者殺して区切りにしたからね。それ以上何をしろってんだ」
「……………………」
「お前と僕に、そう大差は無い。別に僕はそれ程善良じゃあ無いし、アーシアを助けたのだってそうしたいって理由があったし。じゃなきゃ悪魔がシスターに手を差し伸べるわきゃねーっての。差があるとするなら……被害者意識の強さ位じゃないか?」
僕のことを気持ち悪いと、認められないと思ったのも、その被害者意識によって成り立たせた正当性を揺るがされそうだったからというのがある…………と見ているが。ま、妄想の類だよな。
「なんてこたァない。僕もお前も、ありふれた一般ピーポーだった。自分の思う正しさを振りかざした、どうしようもないヤツだ。お前はやり過ぎたと思うが。だから今から殺す」
立ち上がり、ヤツの傍らに転がる聖剣ガラティンを握る。柄の部分だけでも聖なる力は相当なものなのか、ジューと手のひらが焼けていく。
「フリード・セルゼン。僕の心の安寧の為に死んでくれ。お前はさんざそうしてきたんだろうし、遠い未来僕もそうやって殺されるだろう。……愚痴なら地獄で幾らでも聞いてやる」
「ハッ……悪趣味な野郎だ」
それは、コイツの師匠の遺品で殺そうとしていることか……それとも僕なりの配慮で言葉を掛けたことか。まあ多分、両方だろうなぁ。自覚はしてる、嫌な気分になったから嫌がらせである。
「…………俺は、どうすればよかったんだよ。センセ────」
グチュリ、と首を断つ音がする。
今際の際、彼が何に想いを馳せていたのか。そんなことを思いながら、クソッタレな神に捧げるように呟く。
「…………Amen」
神の力に寄るものか、僕の気分に寄るものなのか。酷く、頭が痛かった。
本当はもっと時間を掛けて書きたかったのですが、精神的に鬱々してくるのと単純に腕が無くてかるーく流してしまうことになりました、無念。
感想等、本当にありがとうございます。