「そう考えれば、辻褄のあうことが幾つかあるのよ」
息は整った。頭も平常運転。どうなろうが、私のすることは変わらないと確信できたら、猛毒のような真実だって飲み込める。
「直近で言うと…………そう、まさにアーシア・アルジェントの追放の件。いくら悪魔を癒したからと言って、『聖母の微笑み』の様な強力な神器使いを追放するとかありえないのよ」
癒す力も然ることながら、癒す対象も選ばない。放逐したら絶対に利用される。神器だもの、維持コストはその人間の生活費と神器を使うために必要な精神力しか要らない。腹の底は置いといて、蝶よ花よと軟禁すれば誰だって使える救急キットの出来上がり。私なら追放じゃなくて…………殺してるわね。使われるぐらいなら、ってことよ。そうでなくても記憶処理という方法がある。でも、何故かそれをしなかった。
「放逐されることに意味があった。異端者として処刑するのではなく、化け物として指差す必要があった。多分、そこにミソがある」
堕天使は……ニヤニヤと嗤うだけだ。学生のレポートを読み進めるいけ好かない教師の様な目だ。色んな意味で楽しくて仕方がないのだろう。
「……主がお亡くなりになったのがいつからかは分からないけれど、それでもシステム事態が運用されているのは間違いないわ。私達の状況再現術式はちゃんと機能したし。けれど以前程の力は無くなった。今は誰が運用してるか分からないけれど、以前程の力は無く……おそらく付け入る隙が存在している。例えばそうね……
そうなると理解はできる。アーシア・アルジェントの件を例とするなら、差別無く……特に悪魔も含んだ対象を癒す様な力は、神の不在に気付く切っ掛けに成りかねない。信徒に悪魔を癒すような力を神が与えるはずがない、なんて。一度芽吹いた疑惑の種を焼き切るためには、アルジェント氏を信徒では無かったことに……魔女とすることで綻びを消していたんだ。信徒自身に指を差させることで思考は安定し…………なんて人の心が無い対処法だ。嫌になるわね。
「そも、神ってーのは信仰によって力を保っている……ってのは、日本に住んでたら何かしらで耳にする知識よね。不在を知られないために、不在を知られて力を失わないために、と色々工作していたわけね、私達の上は。…………気が付きたく無かったわ、こんな真実」
「見事。ならば今、自分がこの場にいることの想像も付こう?」
「ええ。この真実に辿り着く可能性があったから死ぬ前提の任務につかされたのね。諜報部の入れ替わりが激しかった理由も分かったわよ、畜生」
「クハハハ、そう言ってやるな。おそらく今、あのシステムの運用をしているのは
同情と憐憫、そして嘲りの含んだ表情でヤツは吐き捨てる。
「この事実はな、一部を除いて誰にも知られるワケにはいかなかったのだ。システムへの影響もそうだが、人間とは縋る対象がなければ自分を律することもできない不完全な獣だからな。そして堕天使、悪魔にも知られるワケにはいかなかった。これ幸いと付け入る隙を産んでしまうからな。尤も、この事実を知った所で他勢力が教会勢力に攻め入ることは不可能だったろうがな。…………ああ、そうだ。あのクソッタレの神は死んだとも。先の三つ巴の戦争で、あの憎き二天龍もが割り込んで来たあの戦争で、神も魔王も……二天龍も死んだのだ。残されたのは、トップも末端も大きく数を減らした三つの勢力だけだ」
今を生きる歴史の証人としてのこの男が語る真実は、あまりに重いものだった。現在の拮抗状態が作られる原因となった先の大戦で、魔王のみならず我らが主すら亡くなっていたとは。……メンツがメンツだけに、もしかしたらとは思ってしまうが、それでも信じたくないというのが本音。
「今や何処の勢力も、人間と交わらなければ種を残せないまでに落ちぶれた。悪魔が『悪魔の駒』とかいうアイテムで転生悪魔を増やしているのは有名な話だが、天使や堕天使だって
「…………全く、知らなかったとはいえ始末書モノね」
というか神の不在も知っちゃったワケだし……素直に帰れないわよねこの状況。ま、生きて事件に始末をつけられたら、の前提だけども。
「しっかし……その上で戦争起こそうとしてるとか……アンタはアンタで相当救いようがない堕天使ね。自滅願望でもおあり?」
「ああ、そうだ、そうだとも! 神器所有者を……人間を招きいれねば生きていけぬ堕天使に、なんの価値がある!? そもそも、アザゼルの野郎もこれ以上の戦争は無意味と断じて『二度目の戦争はない』と断言する始末だ! ふざけるな、ふざけるな!! この振り上げた拳を、俺は何処に降ろせばいい!? 神を信じるクソッタレも、未だしぶとく生き続ける悪魔も、日和った堕天使も、全て滅んでしまえばいい! 俺は、その為に火種を作ろうとしている…………この、『神の不在』という事実と一緒にな!」
なら死ね、と言ってやりたかった。他人を巻き込まず独りで死ね、と言ってやりたかった。だが、コレはもう止まれないのだろう。……憐れな男だ。だからあの男がキレるワケだが。さて、どうしたもんか。
「……それで、貴様らはどうする? 信じるべき神を、崇めるべき魔王を失ったお前達はどうする? 無意味な信仰に殉じるならばそれでもいいが。思うところがある、と言うならば、戦列に加えてやってもいい。戦争は、派手な程面白いものだからな」
「…………ふふっ、ははははは」
ちゃんちゃらおかしいコト言ってやがんな、この堕天使。いや、堕天使に失礼か。駄天使とでもしておこう。
「神に殉じることも、自分独りで死ぬこともできないヤツだもの、だからそんな自分に甘い言葉を吐けるのね」
「……なんだと?」
「神がいなくなった程度で、私達の信仰が揺らぐと思ってるのがそもそもの間違いなのよ、この駄天使」
そうだ、変わらない。変わる必要もない、揺らぐこともない。たかが神が死んだところで…………私の信仰は、何一つとして欠けるものはない!!
「神が死のうが、上が黒いことやってようが、システムの力が薄まろうが……何も変わらない、変わらない!! 死んだって、亡くなったって、悪魔になったって!! 遺された教えは、言葉は、何一つとして歪むことは無いんだから!!」
そうだ、変わってないとも。悪魔になったって、イッセー君がイッセー君のままだったように、私が信じたいと思った主の教えは、イッセー君の言葉は、死んだ今でもちゃんとそこにある!!
「それを無意味と断じやがって……お前は何様のつもりだ畜生が! 私は信じたいものを、いつまでも信じるとも! 私が信じる、尊い教えをいつまでも信じるとも!」
「……ッ!」
「我が信仰に、一遍の歪み無し! 天使でいることに耐えられなかった堕天使如きが、私の行動に価値をつけるんじゃねェよ!!」
だから、だから………………
「────やって、イッセー君」
「────よしきた」『Transfer!!』
そしてコカビエルは、破裂音と共に赤いずた袋と化した。
◆◆◆
本当に、機嫌が悪いというか、虫の居所が悪いというか。立ち上がって何とか傷を治しても、ずっとむしゃくしゃして仕方がなかった。こんな男を生んでしまうような世界が、普通でないこの世界が憎くて憎くて仕方がなかった。
だから余計にムカついたのだ。戦争出来ないからって、不甲斐ないからって、火種を作ろうとするあの堕天使が、自分と被ってムカついてムカついて仕方がなかった。反吐が出る程に、ムカついたのだ。
そしてその八つ当たりの結果…………堕天使は墜落し、血溜まりの中に沈んで蠢いている。
「ガ……グッ……なんだ、これは…………なんなのだ…………!?」
「古傷と、傷に9回分の譲渡。都合512倍だな。無様なもんだぜ堕天使…………お前は、その自分の強さのせいで負けるんだ」
こんなズタズタにしたのに、無事な部分がない程に傷が拓かれているのに、それでも怒りが治まらない。おそらく腹だった部分に蹴りをいれて更なる八つ当たりをする。
「本当に無様だぜ、堕天使。お前は強いヤツと戦って死ぬんじゃない。満足するような闘争の果てに沈むんでもない。……どこにでもいる、ただの路傍の石の一発で死ぬんだ。それも、姑息な手段でな」
傷の数々が、これまでのこの堕天使の戦歴を物語る。死ぬような傷もあったのだろう、それに耐えてきたのだろう。…………僕は、それに乗っかっただけだ。この男の尊厳を、踏み躙るように。
なんでこの男は、傷には耐えることができたのに、現状に耐えることができなかったんだろうな。…………みんなそうなのか。分かんねぇよ、僕には。
「ヒュー、さっすがー。マジで一撃で沈んだわね」
「……イリナちゃんが気を引いてくれたからだよ。流石、運だけは凄いね」
「はァ〜!? 運だけじゃありませんが〜!?」
物言わぬ骸と化したタイミングでイリナちゃんが声を掛けてくる。心が果てしなく鬱々ムシャクシャしてたから、少し助かった。
「それで、御家族は?」
「無事。あの男も始末した。戦利品だぜ、コレ」
そう言って、ヤツの墓標代わりに拝借した聖剣ガラティンを見せる。相変わらず聖なる力ビンビンなので、手が焼けて仕方がない。
「……おっかしいわね。いくらイッセー君が混ざり物だとしても、消滅するぐらい焼け焦げてないとおかしいのに」
「あん?」
「ガラティンの格ってほぼ最上位なのよ。幾ら硬さに重きを置いてるとしても、放つオーラで下級悪魔なんか一瞬で消滅よ、消滅」
「ほへぇ〜」
ま、そんなことはどうでもいいのだけど。コレは墓標として持ってきた。それ以上でも以下でもない。使うつもりも今のところないし、教会勢力に返すつもりもない。というかしれっと僕がドラゴン化してる事がバレてる方が問題である。どんだけコイツの耳は良いんだ。
……………………で、だ。
「イッセー? あまりこういうことは言いたくないのだけど、真っ先に報告すべきは私じゃないのかしら?」
「あはー……負い目があるので報告しづらいと言いますかー…………えへ?」
やっぱ怒ってるよねぇ、僕の上司サマ! そもそも自爆もいい顔されなかったしなァ!! ……でも、何はともあれ、ですよ。
「……無事で良かったです」
「お互い様よ、バカ。ちゃんと報告してなかったら、今度こそ首輪着けるところだったわ」
「わぁ……冗談がお上手ぅ……」
冗談、だよねェ!? 目が全く笑ってないケド、冗談だよねェ!? 美人がそんなおっかない笑顔すると肝が冷えるんだよこっちはよォ!!
「……ともかく、やれることはお互いやった様ね。詳しくは後で聞くから、今は後始末と休息よ。よくやったわ、イッセー」
「ありがとうございます、部長」
ホント、よくやったよ僕も……。まあいいところだけ戴いた感じが半端ないけれど。それでも力は抜けそうだから、やっぱ相応に頑張ったということにしておこう。
えー、あとは……
「よう、優男。ケリは着いたか?」
「ああ、お陰様でね」
「そりゃ何より」
声をかけると、祐斗クンは全てを吹っ切ったような澄んだ目をしていた。涙のあとは見えるが……それを突っ込むのは野暮ってものだ。多くを訊ねるのも、ね。
まったく、だいたい狙い通りにことは運んだけど、疲れることと爆弾情報が追加されて頭が痛くなることばかりだったな、今回の件。イリナちゃんも、ゼノヴィア女史も気丈に振舞っちゃいるが、特にゼノヴィア女史の方は精神的ダメージが大きかったのかイリナちゃんに肩を貸されてる程度には爆弾発言だったんだろうな、神の不在。……それでもやけっぱちにならない辺り、あの二人はすげぇよ。
さぁて後始末後始末、終末大戦って程にゃならなかったから、手を加える所も修繕箇所もそんなに多くは無い。どうしようもないところは、僕の『強欲』で補填すりゃあいいわけだし。最後の一仕事、気合い入れて………………
「ッ!?」
警鐘、それも特大の。命の危機に直結するような、いつかの如きアラートが脳内を占拠する。
まだ終わってない……と、言おうとした瞬間、空から言葉が降ってきた。
「……ふふふ、面白いな。コカビエルがやられるとは思ってなかったが」
天を仰ぎ、心臓を掴まれた様に息が詰まる。
白い鎧、青い宝玉、そして背中から生える四対の翼。ザワザワと、心臓が、心が、左腕が疼いていく。
「…………ウソでしょ、なんでアレが此処に来るのよ」
イリナちゃんは、その正体を知っている様だった。そして僕も、その正体が分かった。分かってしまった。本能が、アレの正体を知っていた。
アレこそが僕の敵、立ち向かうべき片割れ。
「『
今度こそ、僕は。生きて帰れないかもしれない。
2章で練習だけしていた『傷への譲渡』をここで使いました。不死鳥相手にはほぼ無意味でしたからね。
感想、ありがとうございます。とても励みになります。