兵藤一誠は『異常な普通』です   作:しにかけ/あかいひと

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水着回のはずなのに、なんでこんなに重苦しいんだ……?


その5

 

 突然だが、小学生の頃スイミングスクールに通わせてもらったという人は意外と多いのではなかろうか? まあ僕もそうなんだ、という話なのだが。イリナちゃんが海外に引越し(今思うとイギリスだろうな、行先)した後、両親がそこそこ凹んでいた僕を立ち直らせるために色々手を尽くしてくれた中の一つだった。中学に入る手前でスクール自体は辞めてしまったが、そこそこにそつなくこなしたお陰か四泳法はきっちりコンプしている。去年プール掃除手伝ったのも、メドレーリレーの助っ人として呼ばれたのの一環に他ならない。今年はバタフライ泳げる新人が入ってきて良かったなと思う。

 だからと言って、今素直に泳ぐか? それは無い。悪魔になって前より速く泳げるようになりました〜とかなったら(多分なってるだろうけど)心が死ぬ。なんかこう……あるでしょう? あるよね?(誰に向けてか分からない同意)

 

「Go! ラッチューくん!」

「わぁ、波乗りラッチューくんです!」

「……器用なことしますね、先輩」

 

 というわけで水泳インストラクター役をシスターズから引き継いだ僕、その休憩中に余興としてこんなことをしている。氷で作った波乗りラッチューくんを水分制御でプールを操作していい感じに波立たせてサーフィンさせている。素直に泳ぐのが嫌だからこんな感じでお茶濁したが……ちょっとした練習になるな、これ。楽しい。

 

「……でもあのラッチューくん、溶けないんですか?」

「そこも水分制御の応用さ。日に当たって熱が与えられる分をずっと制御してやれば溶けない氷像の完成だ。ずっと魔力使うからコスパの面で最悪だけどね」

「……無駄な技術」

「無駄なものか。確かにコレは宴会芸だけど、魔力で水分の運動制御するの結構難しいんだよ。いい練習さ」

 

 いやもう本当、僕は極端な操作しかできなくってェ…………水分子に運動を際限なく与えるか、水分子の運動を際限なく奪うかのどっちかしかできなくってェ…………。最初に僕に『紅茶を淹れろ』という課題を出した朱乃サンはマジで慧眼だったよ。ポットを暴発させたことに始まり、温度を下げる操作でも一歩間違えたら凍傷に……なんてことにもなりかねなかった。あん時の僕は頭の中で基準を設けて、100°Cと0°C、あと0°Fの調整をできるようにした。仕切り板でしか調整できなかったところに決まったところまで魔力の操作をできるようにする弁を搭載した、みたいな感じだ。

 ただ、それで終わりにするには勿体ないのでずっと魔力制御を頑張ってきたわけだが……今華麗にターンを決めた氷像のラッチューくんが成果ってわけだ。運動の向き、細かい調整に維持などなど。もっとも、魔力がある程度僕の意思を汲み取ってくれてるので粒一つ一つまで制御してるってわけでもないんだが。

 

「…………もしかして、周囲の気温を一定に、とかできます?」

「できるできる、自分の周りを24°Cとか」

「……一家に一台、イッセー先輩」

「僕は家電か何かかな???」

「でも、それができるのにイッセーさんってここ最近ずっと暑がってますよね」

「そりゃあ、アレだよ。風情が無いもの」

「ふぜい……?」

 

 首を傾げるアーシアに、なるほど確かに風情ってのは元々海外に住んでいたあまり馴染みの無い概念かもしれない、と思った。そう感じる感覚はあっても、一言で表現できなかったりするよね。ラッチューくんを波の上で宙返りさせながらなんて返したものか悩む。

 

「地球温暖化だなんだと、季節が分かりづらくなってると言われる日本だけど、それでもまだ四季は感じられる。春になれば穏やかな気温と共に花が芽吹き咲き乱れ、夏は入道雲や宵の頃など空を彩る変化が綺麗。秋は葉の色付きと共に散る姿が物悲しく、冬は厳しい寒さながらも吐く息と視界の白が美しい。そんな季節の変化は気温の変化と共にあるわけだ。冬の寒さがあるから春の訪れが待ち遠しいように、夏の暑さがあるからこそ秋の訪れに良い意味で寂しさを感じるように」

 

 だから快適だからとずっと自分の周りを適温に保つのはちょっとどうかな、と思うわけだ。もちろん度が過ぎればエアコンとか暖房はガンガンにつけるが。心の余裕あってこその風情である。

 

「今みたいな水浴びだって、暑さがあるからこそより楽しく感じるし、そういうのを楽しむ余裕は忘れちゃいけないのかな、って僕自身は思うんだ」

「…ちょっと意外です。イッセーさんって、なんというか合理的な部分があるので」

「意外と言うねぇアーシア……」

 

 僕自身は合理的とは思わないが、どうやら気遣いの仕方が機械的とかは言われることは多い。……なんでなんだろうね? ついこの間も優男から『イッセーくんの心遣いって人の心が無いよね』なんて言われて頭をグリグリしたわけだが。

 

「というか、僕ほど感情的に生きてる人間もそうはいないよ? ……いや、悪魔だけど」

「……それこそ本当に意外です。先輩って、必要だったら自分の命投げ捨ててまで自分の策に殉じるじゃないですか」

「それはそうしようと思ったからだけだよ」

 

 心が乱れ、集中力が途切れ、ドポンとラッチューくんが沈む。……まあ、余興というかお遊びはここまでかな。

 

「たまたま僕の感情的な部分がある程度現代倫理に沿ってるだけで、マジで好き勝手生きてるよ。誰かの力になりたいのも、助けたいのも…………死のうと思ったのも、僕がそうしたかっただけだ」

「「…………」」

 

 今はまあ、生きていたいなぁと思ってるから生きてるだけで。…………そうだよな、じゃなかったら僕は今頃皆を必要に駆られて、

 

「…………んぁ?」

 

 何故か、リンリンと優しく警鐘が鳴った。……なんでこのタイミングで? っと思ったら、空気がひえっひえになっていた。うわやっちまった。

 

「いやすまん、今言ったのは忘れてね」

「「流石に無理です」」

「だよねー……ごめん、なんか空気読めなくて」

 

 どうしたもんかなぁ、とバツが悪くなって頭をかくが、何も思いつかない。しかし救いの手は目の前の二人から差し出された。

 

「だったら、もう少し練習に付き合ってください。今度こそ50メートル泳ぎきってみせます!」

「……私も、あと少しなので」

「うぇーん、ありがとねぇ二人ともぉ……」

 

 本当に僕には勿体ない友人と後輩である。割と本気で涙ぐみながら二人の心遣いに感謝した。よし、今こそスイミングスクールで学んだことを活かすとき!

 

 

◆◆◆

 

 

「今は生きていたいって思ってくれてるのね」

「手招きで呼んだ挙句心を読まんでくださいよ」

 

 僕の教えが良かったのか、二人の物覚えが良かったのか(めいびー後者)、クロールで50メートルを泳ぎ切るまでになった二人。流石に慣れないことして疲れたのか、仲良くプールサイドに敷いたシートの上でばたんきゅー。焼けると大変だろうからパラソルだけ用意してスポドリやなんやらを渡していたら、反対側のプールサイドからお呼ばれ。そしたら開口一番コレだ、ぶっこみすぎでは?

 

 ……しっかしまあ、ビーチチェアで脚を組む姿が様になるよなこのヒト。

 

「というかガンガンに日光当たって平気なんです? 悪魔なんで日焼けはしないと思うのですが」

「ちょっとした魔力バリアを展開中よ。ダメージは受けちゃうものね」

 

 確かに(肌面積のことを脳裏から叩きだしつつ)よく見ると、何やら薄らオーラの様なものが見える。

 

「本当ならあなたに美容オイルでも塗ってもらおうかと思ったのだけれど、怒るでしょう?」

「ええ、もちろん。正座パート2です」

「……本当に真面目というか、頑なよね」

 

 しかし、それならもうちょっと日陰に寄ってもよろしいのではなかろうか。いくらこっちもパラソルさしてるとは言え。

 

「あら、貴方に言わせればこれも風情なのではなくて?」

「全部聴いてたんです……?」

「悪魔の聴力を舐めない方がいいわよ。慣れてくれば距離も可聴域も自由自在なのだから。よく言うでしょう、地獄耳って」

「それ、悪魔のことを指した表現では無かったと思うのですが」

 

 まあ、聞こうとしなくてもこのプールの範囲内なら普通に聴こえる距離だったってことか。つくづく悪魔って人外だ。…………僕も人外か、あはは。

 

「さ、立ってないで貴方も隣にいらっしゃい。それとも、二人で一つのビーチチェアで、」

「隣の、失礼しますね」

「つれないわね」

「そーゆーのは未来の旦那様にでもやってあげてくださいねっと」

 

 背もたれは使わず腰を掛けるだけに留める。

 プールでは朱乃サンが綺麗なフォームの背泳を披露し、教会組が何処からか持ち出した水鉄砲を撃ち合っている。……そんな金なかったよな、多分こっちの備品か。

 

「ねぇイッセー。楽しい?」

「えぇ、楽しいですよ」

 

 その質問の意味を、余すところなく理解してそう返す。

 

「こんな日常(あたりまえ)が、ずっと続けばいいのにと思う程度には」

「そう、良かった。それなら、無理を言って都合をつけた甲斐があったわ」

 

 まあ、だろうなとは思う。オカルト研究部がプール掃除をするる学校なんて聞いた事ないからな……。

 

「まあそもそもの話は、貴方にこの水着をお披露目したいってところから始まったのだけど」

「おい、何故に」

「それを私に言わせるのかしら? 自覚はあるようだけれど、酷い男を装うのも大概にした方が良いわよ?」

 

 ……装うも何も、徹頭徹尾酷い男だと思いますが。まあそれは置いといて。

 

「なんとなく、予感がしたのよ。この先、こんなおふざけをする機会は少なくなるって」

「……ですか」

「この後に、三勢力会談が控えていて。そこでどんな話が広げられるにしても、世界は大きく変わるわ。私も貴方達も、ただの学生ではいられなくなるかもしれない」

「…………」

 

 そう、なんだよね。決裂すれば、戦争だ。先の大戦で多くの悪魔を失った悪魔陣営なら、もしかしたら若い悪魔にも出陣要請とか、あるかもしれない。

 和平が成立しても、何かがある気がする。小競り合いでお互いを削り続けるのは不毛だ……ってだけの話では無いような気がする。警鐘も鳴ってるし。

 

「……だから、というわけではないけれど。今のうちに、学生だからできることをしたいな、と思ったの。貴方達と、日常を共有したかったの」

「今のうちに、なんて悲しいことを言わないでくださいな。悲観的になり過ぎるのもよくありませんよ」

「ふふっ、悲観的な貴方が言うと説得力が無いわね」

「むぅ……」

 

 とはいえ、とはいえ、だ。リアスさんの学生生活(モラトリアム)期間はさほど残っては無いかもしれないのは事実だ。彼女は日本の学校に留学しているだけで、そのまま駒王学園の大学部へ進学が叶うかってのは分からない。家の都合か、はたまた世情によってか。

 

「今度、授業参観もあるわよね? 前まではあまり乗り気ではなかったのだけど、こういうことを考え始めると悪くない催しなのかも、と思っちゃうの」

「……ですね。ウチの親は張り切ってますよ、アーシアの勇姿をカメラに収めるんだって」

「ふふっ。私のところも、お兄様とお父様が来る予定らしいの。特にお兄様はこういう場だと少しはしゃぐところがあるから恥ずかしく思うことが多かったのだけど……」

「あぁ……前にお越しいただいた時も随分とフランクなご様子で……」

 

 そう、なんだよな。失って、失いそうになって初めて、その大切さに気が付くんだよな。当たり前ってやつは。ちょっと前の僕が、そうだった様に。

 

「だからね、イッセー。死なないでね?」

「……それは、保証しかねますね。僕は、そうしたいと思ったら多分命を懸けてしまうでしょう」

「ええ、分かってるわ。でもね、貴方にとっては分からないけれど、私にとって貴方はもう日常なのよ。貴方に心を乱されたあの日から、貴方のことを考えない時は一度だってない。こんなに短い付き合いなのに、おかしいわよね?」

「……………………それは、」

 

 僕の方だって、と口に出しかけて噤んだ。どの口がそんなことを言えるのだろう。だって僕は、

 

「さ、折角なのだから一緒に泳ぎましょうイッセー。私、一度バタフライを泳いでみたいの。教えてくれるかしら?」

「……っ。……いやいや、その水着だと色々不都合があると思いますが」

「あら、私は気にしないわ?」

「僕が気にするってンですよ」

 

 ……………………本当に、このヒトはいいヒトだ。僕には勿体ないくらいの。

 

 死ななくちゃいけないのに、まだ生きていたいと、そう思わせてくれるから。

 




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