※加筆しました。
イタリア北部、ミラノ。その
イタリア、“最高の騎士”『パオロ・ブランデッリ』卿。
イタリアが生んだ“
高級感のあるそれでいて趣味のいいスーツのパオロ卿。艶かしい彼女の足を覆い隠す程の丈の長い紅いドレス。どちらの服装にも紅い色が混ぜられていた。
両者は互いに沈黙だった。なぜなら彼女、エリカ・ブランデッリが放った言葉があまりにも荒唐無稽でパオロ・ブランデッリの頭の中は正に驚天動地であった。
「エリカ、自分の口にしてる事が分かってるね。そしてそれに対する私の答えはnoだと分かるね?」
「ええ、きっと叔父様───ブランデッリ卿ならそういうと思いましたわ」
敢えて叔父と呼ばなかったのはこれが家族水入らずの会談では無いからだろう。ふふっと微笑みティーカップに口を付ける。桜蕾の唇がそっと縁につけられ熱々のエスプレッソを喉に通す。そんな一つ一つの動作が男の欲望をかき乱し、遠目に見てくる観衆の野郎共、そしてそれがわかっていてやってのける彼女は正しく当代の騎士にして“魔女”であった。
パオロ卿はそんな孫を、エリカの父と母が遺した忘れ形見を心から愛している。だからという事もきっと今回、エリカが持ちかけた『まつろわぬ神』調査の尖兵、つまり
無論、孫可愛さだけではなかった。
「エリカ、お前にはまだ『まつろわぬ神』の案件は早すぎると思うのだ」
「だからこそ、ここで経験を積んでおきたいのです」
「神と呼ばれる者達がどれ程の存在か、わかっておらんな。 かつてそれに近しい者と矛を交えた事がある私が言おう」
アレ等は化け物だと。そう静かにいう叔父の姿に表面こそ微笑みを崩さないも、背筋を蛇が這い出るような怖気を感じざる得ない。
「存じております。 かつて《
「その通りだ。 アレ等と対峙するということは人界の武技など
「はい。 ですが、その神をも
「私の時は二十五歳だった。 正に肉体の絶頂期と言えるあの頃、若気の至りもあったとは認めよう。 だがエリカ、今のお前は当時の私よりも十も歳が離れている。 些か急かしすぎている」
もう少しまてとそう言ってくる叔父パオロにエリカはきっぱりと告げる。
「いいえ遅すぎます。 もしここで私が武功を挙げなければ、叔父様が守ってきた《紅き悪魔》の称号があの粗野で野蛮で、下品で幼児向けアニメを嬉々として鑑賞している変態の『ジェンナーロ』が受け継いでしまいます。 私、あの男にだけはあの称号を渡したくありません。 もし彼が栄えある《
そんなに嫌なのか。思わず口にしてしまいそうになったがエスプレッソの入ったティーカップを口に運ぶ事で防いだ。『ジェンナーロ・ガンツ』はエリカが最も嫌う人物像だった。まずむさ苦しい、品がない、そして何よりかつて彼の車に乗った時延々と幼女向けのアニメを見させられ熱弁された。
もう最悪だったと今でも記憶に残ってしまう。人間、忘れたいと思っていることほど忘れられないものなのだ。
しかも首を
「だから叔父様、私を行かせてください」
いつもの悠々としたエリカでは無く、覚悟を決めた騎士の目で叔父パオロを射抜く。
《
(私が《紅い悪魔》となる絶好のチャンス。 逃す手はない)
彼女の心情を知ってか知らずか、パオロ卿は溜息を零した。
「一度決めたら絶対に諦めないなお前は! ここまで言って止めないならもうこれ以上私の話など無用なのだろう、どうせ下準備は済ませてきているのだろうしな」
「あらやだ叔父様ったら、私そんなに腹黒くありませんわよ?」
ふふふと
話は終わり席を立つエリカ。そこにパオロが疑問を投げかけた。
「エリカ───まさか、神殺しに挑むつもりではないな?」
背を向けて歩き出したエリカの足が止まった。実は、少しだけ、本当に少しだけ、そんなありもしない夢物語を夢想したからだ。
「安心して叔父様。 確かに魅力的な事だけど、そこまで自惚れてませんわ。 第二の『
「ならいい。 お前の事だ、それ相応の策を用意しての事だろう。 よかろう──《赤銅黒十字》総帥、パオロ・ブランデッリが騎士、エリカ・ブランデッリに命ず。 直ちにサルデーニャ島へ向かい『まつろわぬ神』の調査を遂行せよ」
「御意───騎士、エリカ・ブランデッリ、確かにその任務、拝命いたしました」
「お前には出来るだけ、平和な世界で生きてほしいものだがーーーどうやらお前は平和な世界では飢え死にしてしまうのだな」
「私は彼の将軍の様に戦に飢えてる訳ではありません。 ただ……」
「ただ、なんだ?」
珍しく言い淀んだエリカに驚いたものの一体、この娘が何を望んでいるのかが知りたい。何が彼女を駆り立てるのかを。
エリカは礼を解き、真っ直ぐ、
「新しいもの──私の知らなかった物をこの目で確かめたいんです」
どこまでも真っ直ぐで美しい宝石の様なこの美少女に、パオロは彼女が立ち去った後でも目に焼き付いたエリカ・ブランデッリの笑顔に見惚れていた。
サルデーニャはイタリア半島西方、コルシカ島の南の地中海に位置する島。地中海ではシチリア島に次いで2番目に大きな島である。
そして、周囲の島を含めたサルデーニャ島はサルデーニャ自治州を構成している。首都カシャリ(カリアリ)と呼ぶここは島の南に位置する港街であった。紀元前八世紀頃にフェニキア人が気づいたと言われる場所はどこか古めかしい家々が並ぶところでもあった。
そして今そのサルデーニャ島に地に草薙優は立っていた。普段から愛用している白のTシャツと動きやすさを重視したジーンズに、荒事などでも問題なく走れるように丈夫そうなゴツメの靴を履き、この時期には暑いと思われる赤を基本とした黄金色混じりのモッズコートを羽織っている。流石に暑いのではとすれ違う人の中には優を見て驚いたような反応をする者もいたが、対して優は涼しい顔のまま汗ひとつかかず歩いている。
「うーん、やっぱり変だ」
なぜ、わざわざこんな遠回りをしたのか、その気になれば
「ここに来てからやけに体が疼く。 つまりそういう事なんだろうけど」
この体になって便利なのは危険が迫れば本能的にそれを知らせてくれるということ。お目当ての魔女の家はここから一日ほどかければ着く。それを身体が待ったをかけた。
「とりあえず、チェックインは済ませたし、街を散策すれば何か出るだろう」
木製トランクをベットに投げてホテルのフロアまで降り、ホテルを出る。現在、昼前の十一時を回った頃。日本との時差は八時間。思ったより早くついたなーという程度の感想で街をぶらぶら散歩。
「とりあえず飯」
お腹が空いてきて何か適当な飲食店を探す。ここはホテル街で飲食店が少ないのかなかなか見つからない。ようやく見つけ即決で最初に目に入った
しばらくして注文した料理が出てくる。
サルデーニャ伝統のパスタ料理、フレーゴラと切り分けられたフランスパンにガーリックバター、香ばしい匂いが鼻をくすぐりお腹が鳴る。
フレーゴラとは一般的に知られる麺を使わず、あられの様な粒を麺の代わりに入れフライパンでオリーブオイル、ニンニク、唐辛子、
ちょっと豪華だが、金ならある。財布を出し先に支払いを済ませいただきます。
「
良い食べっぷりに店主も笑顔で返してくれた。店を出てまた辺りを散策する。イタリアへ来たのは実はこれが
以前来たのは別の用事があったからではあるが、その時はろくに観光などしなかった。あの頃よりもだいぶ落ち着きがではじめたが、暇さえあれば──いや、暇をつくり学校などをサボり家を開けることも多い。
(爺さんや、真世さんは何も言わないけど、静花がなぁ)
草薙家に引き取られ三年、たった三年。高校へは一年遅れで入学した、行く必要がないと伝えれば静花がそれに反発、優の意思を半ば無視して無理矢理入学をさせた。私立の学校へと入学を果たしたが、小学校、中学校と通ってない優が入学できたのは、これも草薙一郎の人脈がなせる離れ業だった。
(けど、ある意味良かったかもな)
半ば無理矢理だったが、普通の生活なんて送れるはずがないと諦めていた優に草薙家のみんなが、それに関わる多くの人が彼の手を掴み離さなかったため、今の草薙優がいると言えた。なんだかんだと言って学業や友人と呼べるものたちと楽しみもあるので満更でもなかったりした。
歩き着いた先は大聖堂、さらに歩き大広場へ出る。遠目にはエメラルドグリーンの海が広がり、古く歴史を感じさせる家々と美しい海は神秘的で、日本では決してお目にかかれない光景が広がっていた。
ローマ通りへと進もうとした瞬間、全身が警戒態勢に入る。やはりいる。なぜ自分がこんな遠回りしてまでここに来たのか漸く自分自身に合点がいった。究極の獣の本能が警告を告げ、力を漲らせる。
(こっちか)
警戒心を高め、体内を駆け巡る“
そして目にして近づいて気づく。あの少年からは微塵も力を感じない。たしかに人とは違うものを感じても、今のあの少年は脅威ではない、本能的に直感し暫し少年と若者たちのサッカーを見守った。
「おい、お主」
ゲームを抜けて少年が優へと近づき声をかける。
「先程から見ているだけではつまらぬもの、お主も混ざれ」
最初から気づいていたのか、妙に上から目線ではあるが、見守っていた優が混ざりたがっている様に思えたらしい。丁重に断ろうとすれば、若者たちもピューピューと口笛を吹き早く来いと急かす。断りづらくなった。
「…………じゃあ、混ざろうかな」
結局、押し切られ混ざってしまう。即席のゴールは漁網を使い見立て、いざ試合開始。若者たちは皆、体格のいい体つきでタックルでもされればひとたまりもない、が、優はそれに食らいつき必死にボールを守る。だが、件の少年が出てくれば風の様にひらりひらりと若者たちの間をすり抜けボールを掠めとる。だが、優も負けてられない、この体のずるい所は勝負事になればそれに応じて力を底上げしてくれること、ひらりひらりと避ける少年のボールを電光石火で奪い返す。これには少年も目を丸くしたが、次の瞬間には獰猛な獣の様に優を敵と捉え、迫り来る。試合は殆ど優と少年の独擅場だった。若者たちは二人のプレーに熱中し、わざと前に出ず二人にボールが行きやすい様パスを出した。日差しが傾き出し夕焼け空が出てきた頃にゲームは終わりを告げた。
結局、若者たちは一度も仕事に戻らずサッカーをしていたが誰も何も言わないのでこれがサルデーニャ風なのだろうと納得した。
優と少年以外、誰もいなくなった広場の一角に二人は仲良く腰を据えた。
「お主、やるではないか。 まさか我がああも押し留められるとは」
「いやいや、お前の方こそなんだよあの躱し方、ふわってしてたぞ!」
ふふふ、はははとお互いに互いの勇姿を称え笑い合う。だが、少年はぽつりと呟く。
「だが、決着がついておらぬ」
「ん?」
「たしかに、遊戯自体は大変盛り上がりを見せただろう。 しかしじゃ、我とお主とよ戦いは終わっておらぬ。 ならば延長戦と参ろうか」
「別にいいけど、何すんだ」
まさか、さっきまでのは演技でこれからが本当の
「お主達はこれを使って球遊びをするのだろう?」
「まぁ、たしかに球遊びだけど。 ルール知ってるのか?」
「知らん」
はぁと溜息が漏れる。立ち上がり少年に野球のルールを説明する。
「なるほど、攻守と別れて互いに得点を競う競技なのだな?」
「まぁ、そういうことだ。 本当はもっと大人数なんだが、今は俺とお前の一騎打ちになるな」
「では早速始めるとしようか」
相談も迷いませずグローブを持って行ってしまった少年。残るバットを見つめまぁいいかと配置に着く。いざ勝負。
「
「おっしゃ!」
振りかぶり、投げた。たったそれだけの大したことのない一連の動作、フォームは我流なのか優が知る野球選手の投球ではない。めちゃくちゃと表現としてもいい、だが、早い。
一球目は掠った、二球目は完全に空振り、三球は見送った。とりあえず、ワンアウト!
「お前ほんとに初心者だよな!?」
「如何にも、我は初心者であるぞ!」
思わず叫ばずにはいられなかった。無茶苦茶なフォームのくせにやたら早い投球に悪戦苦闘する優。
だが、一番肝心なことをここに来て思い出した。
「そう、言えば! お前のっ名前! なん、て、言うのかな!?」
質問しながらバットを振るも三度目のストライクにツーアウト。そしてグローブにボールを当てながら少年がとんでもないことを口にした。
「わからん」
困った風に笑う少年に残念なものを見る目で見つめ返す。
「そんな風に見るでない。 我にもわからないことがある、世界まっこと広いと言わざるおえんな!」
「いや、お前自分の名前だろ!? なんか覚えてないのか? ほら、その自分が人と違うとか」
やや確信に近い質問をしてみた。この質問次第で、今までの行動も言動の答えが決まる、そう直感する。
「うむ、一つだけわかることがあるぞ」
「………それは?」
行くぞといいボールを構え、投げる。カッーンとボールがバットを掠る金属音が夕焼けの港に響く。
「我は勝者じゃ、いかなる敵も我を討つに能わず、我が勝利は普遍に揺るがぬ。我は常に勝利とともにあり、決して敗北に汚泥を舐めるこのなどない」
なんと不遜な物言いだろう、だが、この少年には勝利こそが相応しいと優も納得がいってしまう。この少年が膝をつき敗北する姿が思いつかない、常に誰と競おうとも、例えどれ程の強敵難敵だろうとも必ず勝つだろうと。
ボールが投げ込まれまたもファール、ツーストライク。
「我も時には敗北を味わいたいもの、だが、我もつい力が入ってしまいなかなか思うようにいかないもの」
「………そうか」
ここでわかったことがある。この少年は嘘をついてない。本当にわからないのだ。だが、なぜ人と戯れていたのかはわからない、だが、この少年からは純粋な好意に近い何かしか感じない、ならば自分がすべきはこの少年との勝負に全力を投じて勝利を収めてやるのみ。
正直に言えば、負けたくない。なにやら負けたいけど負けられないとか言ってくるこの子供の鼻を明かしてやりたい、そう思うと全身に力が漲る。
「なぁ、次の一球で勝負を決めないか?」
「そもそも後一球でスリーアウトなのだろう? よかろう、我が引導を渡してやる」
最後の一球、少年は大きく振りかぶり、投げた!
ここ一番の最速の剛球が放たれる、さっきまでの優ならば簡単に打ち取られていた。だが、今の優は意識が完全に戦いに向けられていた。今の優には豪速球がスロー再生されているように見えていた。流れるようにバットを振り、空を切る音、グリップを引き絞る両手の感覚、全てが鮮明にわかる。
ボールはドン真ん中、バットは中心に吸い込まれるように流れていき芯にボールを捉え打ち上げる。カキーーンと今日一番の甲高い金属音が夕陽に溶けるように遠ざかっていく。最後にちゃぽんと間抜けな音が聞こえボールはサルデーニャの海に落ちていった。
「よっしゃあああああああああああ!!!!!」
渾身のガッツポーズ、子供のようにはしゃぐ優の姿に少年は賛辞の言葉を送る。
「
ははは!と大笑いする少年にこれではどっちが勝ったのかわからないくらい気持ちのいい笑いっぷりだと肩をすくめた。
二人はお互いに健闘を称えて握手をする。
「善き戦いであったぞ────ふむ」
「どうした?」
「いや、我もおぬしの名を聞いて
そう言えばそうであったと優もうっかりしていた。
「じゃあ、改めて自己紹介だな」
「うむ、我は名乗れぬとも、我に勝利を収めたおぬしの名を我は記憶しよう」
「じゃあ、改めて。 俺の名前は────」
「ちょっと待ってもらえるかしら?」
二人だけの広場は闖入者が現れた。耳に心地いいソプラノボイス、凛としていていつまでも聞いていたくなる声の持ち主がかつかつと近づいてくる。
夕陽を背に歩いてくる彼女の姿を、その出会いを優は生涯忘れはしない。赤みがかった金髪は夕陽に照らされその光沢を一層引き立たせ、
そんな彼女は二人の前に立ち、驚くべき言葉を言い放つ。
「今回、
以後お見知り置きをと優美に左手を胸に当て礼をした。
(命令されたのは今日二回目だよ)
なんて場違いなことを考えてこれからの自分の不運を嘆く優なのであった。
誤字などありましたら、お伝えください。
読了、ありがとうございます。
※加筆しました。