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「おっ、カツアゲに会うのは久しぶりだな」
「なんじゃおぬし、この様な輩に絡まれるのに慣れてあるのか?」
「もう慣れたもんよ」
陽気で声で自信満々に胸を張る優に少年は苦笑い。わかっていたことだ、絡まれることなんて普通に生きていれば殆ど訪れない運命的出会いに等しい。
優は何度も家を開けるがその度にトラブルに会い、いや
そんな波乱万丈な物思いに耽っていた優にいい加減、話を進めたいのか眉間に皺を寄せたエリカと名乗る美少女が口を開く。
「ここ最近、この辺りに『まつろわぬ神』が来臨したのは間違いないの。ボーザ、オルゴソロ、バルミニ…続けざまに不可思議な住宅や自然への破壊現象が立て続けに起きてるの、そして、その現場には必ず異様な格好をした不思議な少年の目撃情報があるのよね」
これって偶然?と怪しむ目で少年を睨むエリカ嬢。彼女が口にした名前はいずれもサルデーニャの地名、そして優自身も気づいていた、この少年は普通ではない、先程から体の奥から力が
「改めて自己紹介をしましょう。 私はエリカ・ブランデッリ。 ミラノ結社《
右手を二人に突きつける様にその手に獲物を呼ぶための言霊を紡ぐ。
「
命令し、讃え、闘争を滾らせる言霊に応えたのは眩しい銀色の
「騎士、エリカ・ブランデッリは汝に戦の武運と栄光を願う。 汝、獅子の鋼は我が武勇を
戦闘準備完了、そう告げる様に切っ先を二人、優と少年へ向ける。
「さぁ、早く得物を出しなさい。 戦いの準備くらい待つ余裕はあるわ」
その物言いに少年と優は顔を見合わせる。普通ならここで斬りかかればそれは奇襲と言える。敢えてそれを捨て相手の準備を待つと言うのは、余程腕に自信のある
だが、今回は前者だと直感的に優はわかる。彼女の剣の構える姿は言葉に表せないほど洗練で美しい。きっと想像もつかないほどの鍛錬を重ねた者達が行き着く気迫さえ感じて取れる。
でも、そんな一流と呼べるエリカ嬢の威嚇にさえ、優は微塵も脅威を感じない。蟻が像に威嚇しても意に
エリカ嬢は不審に思う。一般人相手なら剣で脅せば十分、魔術師でもエリカ・ブランデッリ個人の名を知らずとも、『赤銅黒十字』の名を名乗れば大抵の輩は厄介そうに顔を顰めるものの、目の前の二人は飄々としており、プライドを突かれたのか少しばかり苛立ちを覚える。
顔を見合わせてどうする?と目で訴えてみる優。すると少年はやれやれと大袈裟に顔を振り優よりも一歩前へと出る。
「我と剣で武勇を競うか…古の勇士にすらその様な蛮行をした者はおらぬな!」
愉快そうに言い放つ少年の言葉に眉を顰めるエリカ嬢。
「《赤銅黒十字》のエリカ・ブランデッリの武勇を知らないなんて、どんな田舎から来たのかしら? 」
「うむ、我も自分の故郷の場所はわからぬ、だがーーー」
自分の名前さえも知らない少年が何を知っているのか、手を挙げゆっくりと下ろしていく動作にいよいよかと緊張が走る。そうして両者は対決をーーーせず、少年は彼女、エリカ・ブランデッリの後方に広がる海原を指差し言う。
「あれが何かはなんとなくわかる」
その瞬間、地震がサルデーニャ島を襲う。突然の地震に三人ともバランスを崩し、エリカ嬢は膝をつくが、優と少年はなんとか持ち堪えていた。
「おいおい嘘だろ」
優は目の前に現れた全長五十メートル超える巨体を眺めて呟く。天を衝く様に伸びる牙が二本、体を覆う漆黒の毛は夜の闇の様で見るものにその巨体も相まって圧迫感を増幅させる。現れた怪獣は『
海面から港に上がりオオオオオオオン!!と雄叫びをあげると突進する。行く手にある倉庫やコンテナを悉く粉砕し突き進みこのままでは街に入ってしまう。
「うそだろ!?」
「嘘ではない! 走れ小僧、こっちだ!」
「ちょっと!? まだ私の話はーーああもう!」
優と少年は『猪』とは別の方向へひた走る。重要参考人を逃すまいと追いかけようとするエリカ嬢、だが、すぐ近くで轟音が聞こえ騎士として最優先にすべきは何か考え、怪獣ーー“神獣”めがけ駆け出す。
「ここでよかろう」
走り着いた先は港の出口。優が入ってきた場所とは反対方向と言える場所。振り向けば今もなお怪獣によって破壊活動が行われてる。
いくつもあった倉庫やコンテナは特撮映画で使われるミニチュアの様に瓦礫と化している。最悪なことに引火したのか炎まで出ている。燃え盛る業火の中でも『猪』は怯まず破壊を継続する。街に突撃するかと思われたが何故か港で破壊活動に勤しんでいる神獣。
「時間の問題か」
もし、破壊するものがなくなればアレは直ぐに移動を開始する。ならばその前にカタをつけるしかない。どうする、ここで使うかと優はそのせいで起きる面倒ごとなどを天秤にかけている。だが。
「小僧、ここで別れよ」
突然、少年はそんな事を口にした。驚いたように優は少年を見るが、隣にいたはずの少年はいつのまにか自分よりも前方に、『猪』を見ていた。
「我は“
ならば、責任は我にあると少年は言う。その声には僅かだが哀しみが混じっているように思えた。港で街の若者たちと戯れていた陽気な声でもなく、どこか威厳のある上に立つものが見せる諭すような口ぶりでも無く、ただ、自分のしでかしたことに、そしてこれから起きるであろうことに憂いている様に。
「じゃあ、どうするんだ?」
ならばどうする、この少年の真意を確かめたかった。だから、少年から出た返答が予想外すぎた。
「向こうの方から助けを求む声がするのでな、ちと向かうとする」
「………正気なんだな?」
「勿論じゃ。 我の
あり得ない。絶対にあり得ない答えが返ってきた。記憶がないとはいえこうまで変わるものなのか、これではまるでーーーとそこで考えをやめる。
今はこんな事を考えてる暇はないのだと首を振る。
「記憶もないのによく言うよなあ」
「ははは、これはしたり一本取られたわ」
そんなやりとりをしながら笑い合う二人。本来、あり得ざる交わり、怪しみながらも数刻の間共に遊び、語らい、時を同じくした両者はここが決別の時だと悟る。
優にはもう、迷いはなかった。
「よし、わかった。 逃げ遅れた人は俺に任せろ」
ならば、俺は俺のすべき事をする。
その発言に少年は驚いた顔をする。
「なに?」
「代わりに、あのバケモンはお前に任せた。 逃げ遅れた人は俺に任せてもらう」
「お主ーーわかっておるのか? あの神獣は我に近きモノ、故にアレを我が打倒すると言うのはーーー」
「それでも、お前がやらなきゃいけない事だろ」
もうわかっていた。この少年は俺の敵だと。何故記憶が消失しているのかは分からないが、あの神獣はこの少年に近い何かを感じる。きっと今ここで神獣を斃すべきは俺かもしれないと、けれども今は敵ではないと。ならばそれでいいじゃないか、今考えてもしょうがない事は後で考えてその時決めればいい。今日のことは今日の俺に、明日のことは明日の俺に任せればいいと。
そんないい加減な事を考えて、一人で納得して、完結する。少年は優の考えを読んだ様に大笑いする。
「はははは!
「任せてもらうか。 次に会う時が俺たちの決着だ」
「よしーーーーでは、さらばだ人の子よ! 否! 我が
そう言い残し、少年は文字通り風に乗って消えてしまった。最後の言葉は核心をついていたが、それは後でいいかと考えて。
破壊活動をしていた『猪』の神獣は突如としてそれを止め、何かに備えて身構える様に周囲を警戒する。微風が吹いた。だが、次の瞬間、微風は強風となり、烈風となった。
下から掬い上げるように巨獣の体を持ち上げる。あの巨体を支えていた蹄が地を離れ天へと持ち上げられ、烈風により発生した竜巻に幽閉される。
港の近くもあったか、水を巻き込みながら巨大な竜巻は中央広場の大聖堂へ『猪』を叩き落とした。鳴り響く地鳴りとダイナマイトの数十倍の爆音。サルデーニャはイタリアでは田舎、それは大都市と比べ歴史ある建築が多い、今その一つ、この島の見どころである恐らく中世からある大聖堂が一瞬でその歴史に幕を降ろした。
「やるなぁ!」
なぜか俄然やる気出てきた優。漸くこの街に来た意味が果たせそうになり、久しぶりの闘争に少しだけ高揚していたりもする。この男、戦闘狂の気質がある。だが、あまり喜んでばかりもいられない、少年、
「向こうは任せた……こっちは俺の持ち場だ」
全身に流れる血が沸騰したかのように熱く滾る。体の内から流れる力、呪力を練り、言霊を紡ぐ。
「我は稲妻となり戦場を蹂躙する! 我が疾走を刮目せよ、凡ゆる者も我を討つこと能わず!我こそは最強にして王者、神王にしてこの世の覇者である!」
ーーー瞬間、雷光が爆炎を貫いた。
次の日の朝、ホテルで目を覚ました草薙優はロビーに備え付けられている新聞を手に取った。昨日の時間がどの様に記事になっているか見るために。だが、問題になっていた昨日の事件は火災事故として片付けられていた。大聖堂の崩落は老朽化によるものと、黒い『猪』には一切触れていない。
フロントにある男性に昨日の時間を聞けば、大変だったなと肩を叩かれておしまい。どうやら完全な情報統制敷かれていることに優は関心さえ覚えていた。ミラノ魔術結社《赤銅黒十字》となっていたあの少女の仕業だろうとすぐにわかった。大都市に構える結社というのはそれだけで力と威厳、歴史を持つ結社だと。
ホテルをチェックアウトし木製トランクを持ってホテルを出る。出た先にはあの少女、エリカ・ブランデッリが待ち受けていた。
「やっと来たわね、いつまで寝ているのかしら」
そんな悪態をつきながこちらを睨んでくるエリカ嬢。時刻は十一時を過ぎたとこ、まぁよく眠ったと言えるだろう。
「まさか、ずっと張り付いていたのか?」
「そんなわけないじゃない。 あなたの宿泊してるホテルを調べて使い魔に監視させていただけよ。 貴方がホテルを出る頃にここに居合わせただけ」
どうやらずっと監視されていたらしい、誰かに見られてる感覚はあったものの敵意が無いと分かればほっとけばいいと思い放置していたが、案の定というべきか、流石の徹底ぶりに感心する。
「そんなことよりも、昨日貴方と一緒にいた少年はどこにいるのかしら?」
「ああ、アイツなら昨日別れたよ。 なんでも人助けが趣味なんだと」
「つまり、まともに答えるつもりはないわけね」
本当の事を伝えたつもりだったがどうやら更に疑われてしまったみたいだ。
事実、昨日あの少年の姿をした何者かは『猪』の神獣を撃破したのだ。
少年と別れた優は自ら火の海に飛び込み逃げ遅れた人を救出した。そしてその途中で見たのは竜巻に閉じ込められた『猪』に金色に輝く何かが神獣を斬り裂いた瞬間だった。
すぐ様優は姿を隠蔽し、ホテルへと帰ってきたと言うわけだった。
「そんなのあり得るわけないじゃない。 あの少年は間違いなく『まつろわぬ神』を招き寄せた邪術師かカルト系団体の一味だと私は睨んでいるわ」
「その中に俺も入っていると?」
「当然じゃない」
自信満々に胸を張るエリカ嬢。発育が実り過ぎている二つの果実が柔らかそうに揺れ一瞬、そちらに目がいく。
だが、すぐ様視線を彼女の顔に戻す、だが、鋭い視線が待っていた。女というのはこういう視線に敏感だと聞いたことがあったが彼女も例にもれないらしい。
「それで、これからの貴方の予定を聞いておこうかしら?」
「とりあえず、『ルクレチア・ゾラ』の元へ向かう」
その名前を出した途端、彼女の表情が一変した。今まで優美で自信に満ちた顔が驚きのあまり崩れ目を丸くした。
「『ルクレチア・ゾラ』…サルデーニャの魔女と呼ばれる、あの魔女に貴方が会うですって?」
「ああ、ちょっと渡すものがあってな」
「………それを見せてもらってもいいかしら?」
どうせ見せないと言っても脅迫するつもりだと昨日の彼女の感じで理解した優は、素直に木製トランクケースを開け例の石板を取り出した。
「あ、貴方、そんなものを平気で持ち歩いていたの?」
「んぁ? 別に平気だろ、こんなもの」
「バカなの!? それはおそらく神代に創られし遺物、聖遺物よ! 一般人はおろか、私達《赤銅黒十字》ですら滅多にお目にかかれない代物よ!」
慌てふためく彼女の姿に思わず後退る。それほどのものだったのかと今思えば確かに中々の神気を感じるが、別段
「そんな代物を素人に持たせるなんて……」
なにやらブツブツ独り言をしている彼女を脇を恐る恐る通り過ぎて行く優。その時だ、ガシッと肩を掴まれた。思わず肩が跳ね、ゆっくりと振り向けばニッコリ笑顔のエリカ・ブランデッリがそこにいた。
「どこに行こうというのかしら? まだ私の話は終わってなくてよ?」
恐ろしく強い握力で優の肩を掴み上げる、ミシミシと軋みをあげる鈍い痛みが走り思わず苦悶の声が漏れる。
「いだだだだだ! ちょ、ちょっと待ったキブ、キブだから!」
苦悶の声どころか悲鳴に近い降参だった。情けなく目尻に涙を溜めてる始末である。
(この女ぁ! 魔術で強化してやがる! とんでもねぇ怪力だ!)
痛みが走る肩をようやく離して貰い向き合う両者。エリカ嬢がまず口を開いた。
「その石板は素人が持つには危険よ。 本当は私が回収して然るべき場所に送りたいけど、どうせ抵抗するつもりなんでしょ?」
「当たり前だ」
「なら合理的に考えて私が一緒に行動するのが建設的な考えよね」
「んんんん?」
「だから今宣言するわ。 私、大騎士エリカ・ブランデッリは貴方と行動を共にしその石板の所在を確かめると」
この女は一体なにを言っているのだろうか、そんなことが頭によぎり、そして理解する。
「付いてくるつもりですか?」
「不本意ながらね、本当に遺憾だけれどその魔道書を放って置いておくわけにもいかないし、ましてや一番の容疑者の一人をここで見逃す手はないし、しょうがないけど、私が付いて行くしかないのよね」
はぁと頬に手を当て溜息をつくエリカ嬢、そんな仕草も絵になると場違いな考えをしてるが、優は思う。
(ここで彼女と一緒になると絶対面倒になる、ここはキッパリというべきだ俺!)
そう、先程は情けない声を出してしまったが、先程からこの少女には舐められぱっなしなのだ、ここは男としてキッパリというべきだ。
意を決して優はエリカ嬢の目をジッと見つめる。彼女も優の只ならぬ雰囲気に表情を険しくし、身構える。
優は言った。
「チェンジ」
言った、言ってやった!今優は初めての反抗、叛逆をしてみせたのだ。思春期の男子が悪戯まがいに悪事に手をつけその味をしめた時のようなスリルと高揚感に今、優の心は踊っていた。
だが、エリカ嬢の反応はない。つまり勝ったと確信した。勝ち誇ったように背を向け再び歩く優、だが、またしても肩を掴まれた。
「な、なんだよ、話はもういい、だ、ろ…………」
振り向いた先には紅の悪魔がいた。
「こ、この私、エリカ・ブランデッリに向かって、チェ、チェンジですって? いい度胸ね」
震える声でそう言う彼女の肩はわなわなと震えて、寒いのだろうかと変な考えも出てくる。だが、滲み出る怒気のオーラにそんな考えも吹っ飛んだ。
肩をつかむ力が先程の比じゃない、いだだだだだ!と悲鳴をあげても離してもらえない。
「いい? このエリカ・ブランデッリが一緒に行くと言ってるの。 これはお願いじゃない。 いい? これはお願いじゃなくて命令よ、決定事項なの」
わかった?と凄い剣幕で顔を寄せてくる彼女、端正な顔立ちに鼻の奥を擽る甘い香り、香水の類だろうか、きっと高いやつだと呑気に考えていると肩の力が増した。どうやら早く返事をしろと言うことらしい。
「わ、わかった! わかったから、だからこの手を! この手をどかしてくれーーー!!」
「分かればいいのよ」
そう言って漸く手を離してくれた。痛む右肩、なんてことを約束してしまったのだろうと言う後悔。これから起きる大惨事に巻き込まれる苦悩、そしてこの垢にもお嬢様と言わんばかりの美少女と一緒に旅をしなけれだならない現実。
優の腹は四十に穴が開いてしまうのではないかと思えるほど、お腹が痛かった。
一人旅が二人旅。こうして、騎士と王はその歴史的な一歩を共に歩み始めた。
読了ありがとうございます。
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