黄金と勝利の魔王   作:クリストフガルド

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サルデーニャの魔女、王対(おうたい)する

「ねぇ、いい加減にしない?」

 

そんな彼女の言葉を無視する優。今、二人はカリアリ駅のホームに備え付けられたベンチに腰を据えていた。サルデーニャの魔女こと『ルクレチア・ゾラ』がいると目されるオリエーナへは鉄道、車を使って二、三時間といった距離と聞いていた優は鉄道を移動手段として選んだ。

イタリアの鉄道は必ず遅れてくるそう聞いていたが本当にそうだったとはと驚愕しながらもこれも旅の味であると楽しんでいた。

だが、もう一時間も待たされている二人、優はこの状況を面白がっているがエリカ嬢は違った。端正な顔立ちに皺がより苛立ちが見て取れる。

 

「私、言ったわよね。 鉄道が時間通りに来るわけないって」

 

「そうだけど、やっぱり自分の目で確かめたかったと言うか、それでも乗りたいというか」

 

「要はただの馬鹿ね」

 

ごもっともだった。散々エリカに言われていたが頑固なのかなあなあで駅まで引っ張ってきてしまった。少し申し訳ない気もするが優からすれば勝手についてくるお前がいけないんじゃないかであった。だがそんな事よりも、彼女は優を見て信じられない様な目を向けている。

 

「貴方、その格好暑くないの?」

 

そう、優の格好は温暖な気候のサルデーニャ島ではまず着ない上着を着ているからだ。動きやすさを重視したジーンズと丈夫そうな靴、そしてエリカが指していた言葉の正体は黄金色混じりの赤いモッズコートだ。

この質問は今日で何度目だっただろうか、たしかに道行くすれ違う人々も奇妙なものを見るまでみていたのにも気づいてはいた。

 

「何度も言うけど暑くないの」

 

「本当に? 明らかに異常だわ」

 

そう言ってくる彼女の格好といえば、黒いノースリーブに黒いパンツ、その上から薄手の赤い上着を合わせている。シンプルなのにそれすらも彼女の美貌のお陰でモデルの様なファッションになる辺り、エリカという少女が持つ美しさはとどまるところを知らない。

会話が途切れて数分後、漸く鉄道が駅に着いた。

 

「待ちなさい」

 

乗り込もうとした時待ったをかけられた。振り返れば不機嫌そうな顔のエリカが立っていた。

 

「なんだよ、この鉄道であってるだろ? 何怒ったんだよ」

 

「本当に貴方は気が利かないわね。 レディと一緒にいるのだからエスコートするのは紳士の務めでしょ」

 

そう言ってエリカはふんっと鼻を鳴らして先に列車に乗ってしまう。一体、なんなんだろうと思い優も後を追い列車になろうとし気がつく。

 

「おいエリカ! お前荷物、荷物忘れてるって!?」

 

エリカのキャリーバックを持ってきて慌てて列車に飛び乗る。冷や汗をかいた後、車内を見ればそこは昔見た昭和を舞台にした映画に出てくるレトロな雰囲気の座席が幾つも並べられていた。エリカ探し、すぐに見つかった。車内には誰もいない様で、丁度車両の真ん中窓際座席に彼女は座っていた。

 

「おい」

 

「女性に対して乱暴な口の聞き方ね。 少しは優雅で洒落の効いた事も言えないの?」

 

「大きなお世話だ! だいたい人に荷物運ばせておいて礼の一つもないのかよ?」

 

「そう、感謝するわ。 そこに置いといて」

 

この女泣かしてやろうか。本気でそう考えたが、思いとどまる。エリカと向かい合う様にどかっと座る。キャリーバックはエリカの隣の席に置いてやった。少々腹の虫の居所が悪いが、ゆっくりと進む旧式の鉄道から見える田舎風景に優の心は癒された。

 

「そういえば、お前一人だけなのか?」

 

「何が?」

 

「いや、お前がそんな神様神様って言うからにはよっぽど大事なんだろう? 現に各地であの『猪』みたいな怪獣が暴れたって言ってたじゃんか」

 

「ええ、言ったわ」

 

「なのにお前一人なのか?」

 

「ええそうよ。 正確には私の従者もいるけど」

 

「その従者は?」

 

「別行動中よ」

 

そう言ってエリカは窓の外を眺める。優もつられて外を眺める。照りつける太陽とゆったりとした自然の風景に心が洗われる。彼女もそうなのかとチラッと横目で見たエリカの顔は退屈そうに目を細めて、ため息も出てきそうな雰囲気だった。

 

「貴方はどこまで知ってるの?」

 

しばらくの沈黙の後、エリカがふと聞いてきた。知ってるとは何か?

 

「あの少年と、港に現れた神獣、それに『まつろわぬ神』についてよ」

 

ああそれか。呑気に相槌をして、どうしようかと考える。いっそのこと全部ゲロってしまおうか、こうして隠滅している自分の存在を洗いざらい解いてしまいどうだ、参ったか!と声高らかにふんぞり返ってしまおうかとも思ったが、やめた。

 

(なぜかわからないけど。 今解いてしまうと、アイツとの戦いに変な鈍りが入ってしまう様な気がする)

 

別れを告げたあの少年、アイツとはまた会う。そんな気がしてならない。だが、それはあくまで『草薙(くさなぎ)(ゆう)』として会うのであって、決して“王”としてではない。ならば今は人としてあろうと決める。故に芝居を打つことにした。

 

「何度も言ってるけど、俺はアイツとは無関係で、巻き込まれたただの一般人だから!」

 

「ただの一般人が神代の魔導書を持ってるわけないじゃない。 早く全部白状しなさい」

 

「そもそも神とかなんなんだよ、あの怪獣とかさ」

 

「本気で言ってるなら貴方はただ捨て駒に過ぎないってことかしら? 組織立って動いているなら下っ端に余計な知識はいらないしね、後でいくらでも処分できるし」

 

「本人を前にして物騒なこと言うな! あと、俺はそんな物騒な組織に属してもないし下っ端でもない!!」

 

「口でならなんとでも言えるわね」

 

だめだ。どうやらエリカと言うこの女は絶対に俺の言うことを信じるかがないらしい。深い溜息が出てくる。

結局、どうあがいてもエリカに身の潔白を証明できなかった優だが、当初の予定は達したため良かったりした。また暫く無言が続く。レールを走る音と時折聞こえる鳥たちの囀りが眠気を誘う。

 

「……もし」

 

「ん?」

 

「もし貴方が言っていることが事実なら、貴方は知っておいたほうがいいわ」

 

先程までこちらを怪しむような目つきのエリカの目が変わった。こちらを心配というよりも危ぶむと言ったほうがいいか。

 

「知っておくって?」

 

「今回、私は私の所属する組織の総帥から任を任されたわ。 『まつろわぬ神』の調査及びそれに関与したものたちの調査」

 

ここ数日間で発生した怪奇事件、神獣による家屋、街の破壊。そしてその場に必ずと言っていいほど件の少年の姿が確認された。そして、少年が現れた土地では同時に『風』を待とう神の到来で神獣は倒される。

まつろわぬ神などと呼ばれるもの達は実際のところ本当に神なのか、それは彼女たち魔術師でもわからないという。ただ彼等は突如として現れたよな災厄を撒き散らす、神話の枠から抜け出してしまった神々、まつろわぬ、故に『まつろわぬ神』と呼ばれるそうだ。丁寧に説明してくる彼女に優は疑問を持った。

 

「どうして急に?」

 

「貴方が本当に無関係だとしたら、その魔導書を持ってる貴方は巻き込まれやすいわ。 騎士にとって民草は守るべき庇護すべき存在、例えそれが異郷から来た者たちでも私たちは民を守る騎士なのよ」

 

真っ直ぐ、サファイアの瞳が優を射抜く。あれだけ偉そうに踏ん反り返っていた彼女からは想像もできない真っ直ぐさに驚きはしたが納得できた。最初にあった時、港で奇襲できたにもかかわらず彼女はそれをしなかった。わざわざ身を晒し口上を述べ降伏まで進めてきた。人を食ったようなーーー否、人を丸呑みにしたような魔性様な少女はたしかに騎士道を歩む“騎士”その者だった。

 

「けど、もしかしたら『風』の神だけじゃないかもしれないわ」

 

彼女のその言葉の意味がわからず疑問を投げる。

 

「どういうことだ?」

 

「私、あの時、神獣を食い止めようと立ち向かったのだけれど、逃げ遅れた人がいることに気づいたのよ。 でも、次の瞬間に逃げ遅れた人たちが消えたのよ」

 

「………へぇ」

 

「そして感じたのは膨大な呪力の存在。遥か空の彼方に稲妻が走っていくのを確認したわ」

 

嫌な予感がする。汗が頬を伝う。

 

「もしかして………来てるのかしら」

 

「………ナニガ?」

 

「『カンピオーネ 』が、よ」

 

聞きたくなかった。そう思わずにはいられなかった。いくら人命救助だとしても見られたくなかった。そこは神様の仕業だと思ってくれれば良かったのにと頭を抑える優。

 

「もしそうなら、“七人目”かしら」

 

エリカが呟いたその意味がわからなかった。六人目ってなんだ?と質問してみたが、エリカが呆れた様に溜息を吐く。

 

「貴方、本当に知らないの? 『カンピオーネ』よ、知らない?」

 

「知らない」←(大嘘)

 

真顔で嘘をつく。罪悪感など微塵もない。騙されたほうが悪いとさえ思ってる優は人間としてクズかもしれない。

エリカは残念なものを見る様な目で優しい口調で話し始めた。少し腹が立ったが黙って聞くことにした。

 

「『まつろわぬ神』が招来した場合、間違いなくその場所は荒れるわ。 具体的に言えば、港だ起きたあの事件の数百倍の規模で災害が世界を襲うわ」

 

「そうか」

 

「どれだけ偉業をなした魔術師でも、世界最高峰の剣技を誇る大騎士でも、神には勝てない。 私達は神々に対して無力なのよ」

 

そういうエリカの表情は暗い。それがこの世界の常識、『まつろわぬ神』が顕れたならば何もせずじっと過ぎていくのを待つしかない。

 

「神には誰にも勝てない。現代兵器、魔術などによる攻撃は一切効かない。 だから、誰も何も言わない、何もしない」

 

でもと続ける。

 

「そんな無敵の神々を殺戮する存在があるわ」

 

それがカンピオーネ。神を神たらしめる至高の力を奪い、その権能を振るい地上を支配する魔王。如何なるものも彼等を縛ることはできず、彼等のいうことは何よりも重く逆らえば容赦はないという。

現在まで、確認された魔王は七人。誰もが身元がわかっていると言えばそうではない。

『剣の王』サルバトーレ・ドニ。通称“天才(バカ)

 

『老王』サーシャ・デヤンスタール・ヴォバン。通称“ヴォバン侯爵”

 

羅濠教主(らごうきょうしゅ)() 翠蓮(すいれん)。通称“魔教教主”

 

『黒王子』アレクサンドル・ガスコイン。通称“黒王子(ブラックプリンス)

 

『冥王』ジョン・プルート・スミス。通称“ロサンゼルスの守護聖人”

 

『永遠の美少女』アイーシャ。通称“アイーシャ夫人”

 

エリカはここまで話すと会話をやめた。というか、最後の一人に関しては聞かなくてもわかっていた。

 

「最後の一人に関してはわかっていることは少ないの。 なにせ姿を消したり偽ったりする権能を持ってるみたいなの」

 

「そんなことが?」

 

「存在は確認されているその方の権能は三つ、一つは炎、あらゆるものを焼き尽くす業火を操る権能。

二つ目は、今話した姿を隠蔽する権能。これが一番厄介なの、そのせいで『賢人議会』のお歴々も存在を掌握できないでいる。

そして最後が───」

 

「雷ってことか」

 

ここまで言えば誰だって察しはつく。その三つは最も好んで使われる権能故、みられていても仕方ない。というよりもみられたところでバレるわけがない。そういうものなのだから。

 

「あの時走った稲妻は間違いないわ。 きっと七人目が来てるのよ」

 

自信満々に言い切るエリカに何故そう思うのか尋ねる。

 

「その方はね、どうやら戦いが好きみたいなの。 各地にその方がいたかもしれないっていう爪痕がたくさん残されてるのよ」

 

また嫌な予感がする。聞きたくないと思った優は質問をしなかった。だが、それとは別にエリカが喋ってしまった。

 

「ギリシャのエレクティオン神殿粉砕、ならびにアクロポリスの両断なんて傑作だったわ」

 

言いやがった!意が痛くなってきた。お腹を抑えて苦痛に歪んだ優の顔に怪訝に見つめてくるエリカは話を続けた。とても愉快そうに。

 

「それからその方はね、『冥王』とも旧知みたいでね、LAの一帯を停電にしちゃったのよ。 それから“ヴォバン侯爵”ともやりあったみたいでね、彼が表舞台に立ったのはそれが原因みたいなのよね!」

 

ふふふと笑いながら様楽しげに語るエリカとは対照的で優は胃薬を飲んでいた。

そんなこんなで、エリカと少しだけ距離が縮まった鉄道の旅は終わりを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「着いたわね」

 

「着いたね」

 

鉄道から列車に乗り換え、バスに揺られること三時間弱。ようやく目的の場所についた。時刻は午後四時、夕方と言ってもいい時刻。

オリエーナにいるという『ルクレチア・ゾラ』という魔女を訪ねてここまできた二人、目的地までもうすぐというところだろう。

あたりを見てもどう見ても田舎町。観光できそうな物はあまりなさそうで、丘や丘陵などに囲まれている、何処にでもありふれた田舎風景だが、落ち着いた雰囲気が都会に住んでいる優には心地いい。

 

「取り敢えず、宿を探して一晩泊まるか、すぐに目的地に向かうか、どうする?」

 

「目的地わかるの?」

 

「ああ、地図があるからな」

 

義祖父、草薙一郎から貰った地図を見せる。意外と細かくどうやら町外れの森に近いらしい。オリエーナは一万にも満たない小さな街だが見知らぬ街でこの時間で探し回るのは流石に躊躇われる。優ともたろんエリカも魔術師であるため下手な輩など相手にもならない、だが、あくまで一般常識言えばここはおとなしく宿でもとって明日また出直すというのがセオリーかもしれないという意味だった。

 

「大丈夫よ、行きましょう」

 

そう言って歩き出してしまったエリカ。勿論手ぶら、なぜなら優に全部持たせているから。最初は文句言っていた優だが、とうとう諦めて大人しく荷物を持っている。

 

「どこに行くんだよ」

 

「着いて来なさい」

 

そう言われて大人しく着いて行った先は駅から程なくしての所だった。ポツンと赤いボディの車が待機しており。その隣にはなぜかメイドが……。

 

「お待ちしておりましたエリカ様」

 

「待たせたわは『アリアンナ』。 でも私のせいじゃないわ、この男が鈍臭いからよ」

 

「ちょっと、俺と話してないのに俺を罵倒するのやめてくれない?」

 

「あら、鈍臭いところは否定しないのね」

 

「鈍臭くないよ! お前が荷物を俺に任せっきりだから足が重いんだよ!」

 

「レディの持ち物を率先して持つのは男性の本能みたいなものでしょう?」

 

「男にそんな野生の本能的要素はない! 断じてない!」

 

激しい(?)口喧嘩をし始めた二人の様子を見てアリアンナと呼ばれた黒髪のメイドはクスリと笑う。彼女が笑ったことで二人の注意が彼女に向けられた。

 

「申し遅れました。 私、エリカ様の従者兼世話係の『アリアンナ・ハヤマ・アリアルディ』と申します、お見知り置きを」

 

「え、あ、どうも。 草薙優です。 ご丁寧にどうも、こちらこそよろしく」

 

綺麗なお辞儀をするアリアンナにつられてついつい(へりくだ)ったように頭を下げる優にエリカは眉間に皺をよせる。

 

「私の時とは随分な差ね」

 

「お前の時は剣で脅して来たり、肩をゴリラみたいな力で握って来たりといい思い出がなかったからな!」

 

「ゴリラっていうのはこういう力かしら〜?」

 

ゴゴゴゴと効果音がつきそうな笑顔で肩を掴んで来たエリカに絶叫をあげる。その光景にアリアンナはまたも笑う。

 

「ごめんなさい、エリカ様が楽しそうでつい」

 

「………アリアンナ、もし本当にそう思うなら悪いことは言わないわ、病院に行って詳しく検査してもらいなさい。 いい? 目だけじゃなくて頭も見てもらうのよ?」

 

「初対面で失礼だが、こいつに賛成だ。 絶対それ何かの病気だぜ」

 

息ぴったりで勧めてくる二人に三度目の笑みを浮かべたアリアンナ。

 

「取り敢えず、お二人とも、目的地まで向かいますので荷物はこちらに」

 

「ええそうね、お願いアリアンナ。 ……貴方も早くしなさい」

 

「言われなくてもそうするよ!」

 

痛む肩を抑えながらトランクに荷物を詰めていく優。そこでふと気がつき口が開く。

 

「あと、俺の名前、優だから」

 

「………いきなり何?」

 

「お前さっきから俺の事、“貴方”って呼んでただろ? だからだよ、俺の名前は草薙優、好きに呼んでくれ」

 

「わかったわ」

 

「よし、じゃあお前の所のメイドさんに道を教えてくるよ」

 

「待ちなさい」

 

トランクに積み終えてアリアンナのところへ向かう優を制したエリカ。振り返った優は不機嫌そうな顔のエリカ。腕を組みながら私、怒ってます。と言わんばかりの顔だった。

 

「なんだよ、俺何かしたかな」

 

「貴方、私に名前言わせておいて、自分だけ逃れられると思っていたの?」

 

「………ああ、そういうことか」

 

優はここに来て漸く自分の失態に気がつく。たしかにこれでは鈍臭いと言われても仕方ないかもしれない。相手だけ言わせておいて自分は言わないだなんて、そんな都合のいいことはない。

 

「悪かったよ。 じゃあ、『エリカ』、改めてよろしく」

 

「ええ、改めてよろしく『ユウ』。 短い付き合うだろうけど」

 

そう言って手を握る両者。華奢な手だと思ったが、今はそれよりも、目の前の美少女の眩いばかりの微笑みにただただ魅入っていたかった。

 

 

 

 

そして二人から三人になった車旅は『ルクレチア・ゾラ』邸で終わりを迎えた。まず最初に降りたのは優、大急ぎで木の陰に走り胃から込み上げてくる吐瀉物をなんとか呑み込んだ。

 

「あ、危なかった……!!」

 

「出せば楽なのに」

 

ボソっと呟いたエリカの言葉に突っ込みする気力もないのか顔色の悪い顔で戻ってくる。

 

「……エリカ、黙ってやがったな」

 

「ネタバラシしたら面白くないかなーって思ったのよ、それに一応エチケット袋あげたでしょ?」

 

そうなのだ。この女、車が走り出す瞬間、突如としてビニール袋を渡して来た。何事だろうとエリカを見た優は彼女が酔い止めの魔術をかけているのを見てしまった。そこで気づいた、そして終わった。爆走する車、揺れる車内、過ぎ去る駅と横切られる車たち。驚きと悲鳴のオリエーナの善良なる人々の声、稲妻のごとく走り去る車に誰もが指をさし言う

 

ーーー『イカレてんのか!?』と。

 

それほどまでのライディングだった。だが、なぜか事故は一つもない。そこだけが不思議。

 

「彼女、なんでも(そつ)なくこなすんだけど、運転と煮込む料理だけはダメなのよね」

 

「それを早く言え」

 

「だから、言ったら楽しくないでしょ?」

 

この悪魔めと心底思った優。

ルクレチア・ゾラの家は如何にもと言った感じの館だった。どこか古びていて、鉄格子の門の奥に館の中へ続く扉がある。石像の置かれた庭は雑草だらけで手入れはされたない。この辺りはこの一件だけ、寂しい所だと言えた。

 

「行くか」

 

「ええ」

 

いざ入ろうと鉄格子の門の横に備え付けられてるインターホンを押す。待つこと数分、返事はない。時刻は午後五時過ぎ、夕方もだいぶ落ちて来て夜に変わろうと言う時間。しかもここは町外れの森、いてもおかしくないが居ないのならしょうがない、待つことにしようとエリカは伝えようとした瞬間、ギィィィと門が独りでに開く。

 

「まじかよ」

 

勿論魔術で開いたのは知っている。だが、場所が場所なだけにちょっとしたホラーだった。振り返ればエリカは肩を竦め大した事もないような顔、さらにその後ろのアリアンナも別段驚いたりもせず自然体だった。

 

「…………取り敢えず入るか?」

 

「それ以外ないでしょう。 行きましょう」

 

「はい」

 

三人は門をくぐり館の扉の前にやって来た。案の定三人が近づけば扉も勝手に開いた。中に入れば薪の暖炉、鮮やかな絨毯と高級感あふれるソファーと一人がけの椅子。上にはシャンデリアと意外にもテレビもある。電話もありとても魔女と呼ばれるものが住んでるようには見えない場所だった。チラッと壁を見れば変な仮面が何個か飾られてるが不気味というよりも変だと思った。

 

ーーーニ゛ャ゛ャ゛ャ゛ャ゛ャ゛ャ゛ャ゛ヤ゛

 

なんか聞いたことのある声。声のする方を見れば、そこには太々しい一匹の黒猫が此方を見下ろしていた。一目で使い魔だとわかる。黒猫は二階に上がるための階段を下って来て優、エリカ、アリアンナの横切りながら一つの扉の前で止まり、此方をチラチラと見てくる。

 

「来いってことか」

 

「流石にあからさま過ぎるけどね」

 

「荷物は私が見ておきます」

 

アリアンナに荷物を任せて二人は猫のいる扉を開ける、するりと猫は中に入っていき続いて二人も入る。

 

「よく来たな少年」

 

中から聞こえて来たのは甘ったるい女性の声。真っ暗な部屋だったが、声がした瞬間ゆっくりと部屋に明かりが入っていく。

そこにいたのは亜麻色の美しい髪の美女だった。人前、しかも男の前だと言うのにネグリジェを着たままでベットに横たわっている。最初に出会ったからも変わらずだらしない格好だった。どこか艶かしい色艶があるこの美女こそが『ルクレチア・ゾラ』その人だった。

 

「草薙一郎の義理の息子、いや、孫だったか? どちらでもいいか……。 ともかく、草薙優で相違ないな?」

 

「ああ、間違いないよ」

 

「そうか、一郎の手紙にあった通り、なかなか肝が座っているな。 こんな美女の肢体を眺めて眉ひとつ動かさないとは感心したよ」

 

「もし仮に俺が獣でも、そんな格好でいるあんたが悪いな。 肉食獣に草食獣を襲ってはいけませんと同じくらいタチが悪いしな」

 

「それでは君が肉食獣で、私が草食獣ことか、おお怖い怖い、私は食べられてしまうか」

 

会話を楽しむかのようにケラケラ笑うルクレチアだが、一向に動こうとしない。隣に丸まっている猫も同じく。

 

「随分と弱っているようですわね、ルクレチア・ゾラ」

 

ここでようやくエリカが口を挟んできた。優の隣にいるエリカに視線を動かすルクレチア。

 

「そういえば君はどこのどなたかな?」

 

「申し遅れました、私、《赤銅黒十字(しゃくどうくろじゅうじ)》の大騎士、エリカ・ブランデッリです。 お見知り置きをシニョーラ」

 

丁寧だが、どこか不遜な態度。だが、それが彼女らしかったのでつい優は鼻で笑う。そんなルクレチアだが、不機嫌になるでもなく少し驚いたように口にする。

 

「ああ、パオロ卿の姪御(めいご)殿か、お噂はかねがね耳にしてるよ。 若き天才、獅子の魔剣を手にした魔女と」

 

「あら、光栄ですわ」

 

それから女子トークが始まる。少々居心地が悪くなったが、気を取り直して目的のものを出す。古びた石板を。

 

「やはり、プロメテウス秘笈(ひきゅう)か……」

 

受け取った彼女はブツブツとコーカサス懐かしいなーとか、あの時は面倒だったな、たく一郎め、雨にでも降られてしまえなど、独り言を言っている。

そこにエリカが割って入った。

 

「シニョーラ。 質問をよろしいかしら?」

 

「構わないが、年寄り扱いはやめてくれ、気軽にルクレチアと呼んでくれて構わないよ」

 

「なら私もエリカでいいわ。 それでルクレチア、ここにいる優は一般人なのよね?」

 

「ぅん? ………ああそうか、そう言うことか。 合点がいったよ、大騎士がなぜそこの少年と一緒に行動を共にしているのかを。 大方、『まつろわぬ神』の起こした事件に巻き込まれたか、当事者として疑われていると言うことか」

 

なんという洞察力だろう。優はたったこれだけの会話と状況でここまで見抜いてしまう魔女に驚嘆を覚える。というかいい加減服を着ろと言いたかった。

 

「それで、やっぱり」

 

「私の知る限り、一郎は学者で、その家族構成も一般人と変わらない。 当てが外れたな」

 

ガックリと肩を落とすエリカ。失態だわ、私としたことがとか、なにやらいってるが、すぐに気を取り直して話を変える。

 

「では、ルクレチア。 今回、招来した神の素性はわかるかしら?」

 

「ああ、わかるとも。 何しろ私は二柱の神々の闘争に巻き込まれて絶賛呪力を使い果たしたばかりでね」

 

呪力を使い果たしたーーそれを聞いて優はようやくなぜルクレチアから殆ど呪力が感じなかったのか理解した。

 

「五日前サッサリに異常なほどの呪力が柱状列石(メンヒル)に集まった。 私はそれを霊視(れいし)し調査に向かった」

 

「それで巻き込まれたのね、神々の闘争に」

 

「その通り、辛うじて逃げ延びた私が見たのは二柱の神が相打ちする形で倒れる姿だった」

 

ぐったりとしたように息を吐くルクレチア。どうやら本当に辛そうだと二人は感じて取れた。それもそうだろう、エリカが話していたように最高峰実力を持つ騎士や魔術師でさえも神には遠く及ばない。必死で逃げてきたのだろう。

そしてエリカは恐る恐るといった感じで、口を開く。

 

「その神の名は?」

 

「───メルカルト」

 

メルカルト。古き多くの名を持つその神が地上に顕現したと言う証拠だった。だが、話はまだ終わりではない。ルクレチアは二柱(・・)と言ったのだから、まだもう一柱の神の名を聞いていない。

 

「もう一人の神は?」

 

「すまないがそっちは見れなかったんだ」

 

もしかしたら、そちらの方が重要だったかも知らないのに、渋い顔でエリカは唇を噛む。

 

「だが、どちらも軍神としての特性を持っているのはわかる」

 

「どうしてだ?」

 

「戦ってい神が剣を持っていたからさ。 剣は戦士の証、戦う道具だろう? それにメルカルト神に真っ向から挑もうとする神など軍神以外ありえない」

 

そう言うものかと感心する優。ルクレチア曰く、その二柱、軍神メルカルト、もう一方の正体不明の軍神と闘い深手をもらい撤退、そして正体不明の神は散り散りになったと言う。

 

「散り散り?」

 

「うーん、砕かれたと言うべきかな?」

 

「つまり斃されたの?」

 

「それは違う。 その神は黄金の剣を持った軍神だった、だが、最後の一撃をもらった際、体がばらけそれは獣の形をした神獣になり各地に飛び去った。」

 

その獣達が港を襲った神の獣だろう、優とエリカはチラッと互いにアイコンタクトをする。

因みにメルカルトは多くの名を持つ神々の王でもある神格だ。 古き名はバアル、嵐、雷、天空の神だったが、権威の上昇とともに様々な権能を持つようになり最高神として崇められた神だ。

これは最高神としたならば多くの神に当てはまることだった。北欧のオーディン、ギリシャのゼウスも多くの権能を持つ天空の王者である。そして天空神は豊穣も司る役目も担っているとルクレチアは語る。

 

「彼らは多くの名と力を持つ神々だ。 時に名を変えて地上を歩き様々な問題ごとを起こしては帰っていく傍迷惑な神でもある。 メルカルトの別名、と言うかこっちが本名と言うべきか、バアル神もその古典的な神様だ」

 

もともと天空神は暇な神(デウス・オティオースス)と言われるほど暇なのだ。なぜなら天空とはこの地上の上に存在する場所であり、それを支配する彼らは天地を支配した超越者。故に天地開闢などの重要だが、イマイチ理解できないなど、それ以外では殆ど活躍を見られない。それ故に信者ないし礼拝も捧げられないと言ったことも間々あった。ではなぜ、彼等の名が今尚続いたのか、それは彼等が多くの名を持つことに由来する。

 

「神々は多くの特性を吸収して自分の存在をより高めた、天空のみならず、知恵を、王権を、武力としての権威を取り込んであったのさ。 それ故に彼等には多くの名前がある。 その時その時で新たな名前を獲得し、神話の中に自分の名を刻んでいったのだ」

 

感心したように頷く優。話は戻され、砕かれたとはなんなのか、それを説明する番だと言う。

 

「彼はテュロスの町の守護神のような存在なのさ。 フェニキア人が築いたこの街は難攻不落の要塞でもあり、当時地中海の覇者であった彼等の手はもちろんサルデーニャにも伸ばされ島の支配者となった」

 

優れた商人であったフェニキア人は海上交易で繁栄を極めていた。その繁栄は幾たびの戦争により敗北しても尚損なわれることないほどに。

メルカルトは軍神、そしてフェニキア人が崇めていた神。故に彼の神はこの土地とも縁のある神といえる。

 

「メルカルト神はしばしばヘラクレスと混同される。 それはなぜか、ヘラクレスの柱という場所がある。 神話に出てくるヘラクレスは大西洋と地中海の間にある山を棍棒で叩き割った。 その結果、二つの海はジブラルタル海峡で繋がる。 わかるだろう? フェニキア人は海を使ってその版図を広げた、ラテン語にPlus Ultra(さらに向こうへ)、これはヘラクレス(メルカルト)が切り開いた新たなフロンティアへの願掛けのようなものでもあったのさ」

 

メルカルトないしバアルはヘラクレスよりも古い神性、フェニキア人がメルカルトが切り開いたその道をギリシアの民が英雄と混同したとうことだろう。

 

その後、ルクレチアとの話は終わり、今日はここで一泊する運びとなったが、そこでも問題はあった。

片方は知らぬ間に旧知の仲と再会できていたが、それがわかるのは一日経ってからだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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