黄金と勝利の魔王   作:クリストフガルド

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遅くなりました。
長いです。よろしくお願いします。

※追記※
お気に入り百人ありがとうございます。そして、評価を入れていただき本当にありがとうございます。

※修正しました。


最後の晩餐(ばんさん)

「もぉー、早く()ぎなさい……強情な男ね〜」

 

「いや、だからさ」

 

「このエリカ・ブランデッリに酌を出来るなんて光栄に思いなさい。 はやくつぎーなーさーい」

 

「だから……」

 

()ぎなさいよー」

 

酔っ払っている。完全に酔っ払いのノリで優に空のワイングラスを突き付けて注げと催促してくる。

なぜ、()えある《赤銅黒十字(しゃくどうくろじゅうじ)》の大騎士が酔っ払いのように───実際酔っ払いだが──ウザ絡みをしているのかを説明するには暫く前まで時を遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

オリエーナの街はずれに住む『ルクレチア・ゾラ』邸へと着いた優、エリカと従者兼メイドのアリアンナの三人。

アリアンナに荷物を任せ、二人はルクレチアと話し合い、此度の『まつろわぬ神』降臨の顛末と対策を話し合っていた。

 

「それで、これからどうすればいいかしら?」

 

これから、それはどういう今なのかそんなバカな質問をする者はこの場にいなかった。メルカルト神ともう一柱の正体不明の神、黄金の剣を持った剣の神らしい説明を終えてルクレチアは今晩はこの館に泊まればいいと宿泊の提案をしてくれた。勿論日本育ちの優は最初こそ遠慮したが、気にするなという言葉に了承した。

そんな時だ、エリカが口を挟んできたのは。

 

「どうすればいいか……どうにもできないだろう?」

 

大魔女と言われる彼女がどうにもできない。最高峰の魔女である彼女でさえ神々相手では逃げの一手でどうにか生き延びるしか出来なかった。

未だ若輩の、大騎士とはいえエリカ一人ではこの問題を片付けられない。封印だけならと高を括っていたといえる。そこで、ルクレチアはまさかと思い尋ねる。

 

「エリカ、まさかと思うが神殺しをするつもりなのか?」

 

「叔父様も同じことを私に質問したわ。 けどね、私は出来ることとできないことの区別は出来る女なのよ。 たとえ百度神と戦う機会を得ても私は一勝も出来ないでしょう。 それくらいの判断の余裕はまだ持っているわ」

 

神殺し。懐かしい響きに優の瞳に陰りが落ちる。わからないが、その出来事がなければ、優はここにいないし、生きてもいない。神を殺さねば自分が死んでいた。だけど、そのせいで自分は人として何かを失った気がすると思っていたりする。

そんな優の気持ちを知ってか知らずか、エリカはとんでもないことを言い出す。

 

「七人目が来てる可能性があります」

 

「……………まじ?」

 

ここにきて初めて見たルクレチアの驚いた顔、鳩が豆鉄砲、リスが砂糖菓子を舐めた、言い方は様々だが彼女は驚愕の表情を浮かべていた。エリカは未だ驚愕の顔を浮かべ半信半疑のルクレチアに理由を述べた。

 

「先日のサルデーニャの港で起きた事件をご存知? あの場に現れた『猪』の神獣と『風』の神の死闘の間際、私は第三の強大な呪力を感じ取りました。 そして、空の彼方に稲妻が走るのを見た……これを私は七人目のカンピオーネの仕業だと推測しるわ」

 

勿論、一瞬の出来事だったが、そう言ったエリカの顔は確固たる自信が浮かんでいた。不敵な笑みを浮かべてルクレチアを見る。対してルクレチアはうーんうーんと唸るばかり。そしてポツポツと話し出した。

 

「そうか、あの方が来てるのか。 そうかー、いつぶりだったかな、一年? 二年前か? それとも三年だったか? 会ったことがある御仁でね」

 

衝撃の事実にエリカは動揺する。それもそのはず、七人目は素性を隠し一切の接触を絶っている。声や外見、性別さえもわからない。見ようとするとその全身が靄のように不透明になりボヤけてしまう。霊視能力のある魔女を使って調べようとした事例もあるが悉く失敗に終わった。どうやら七人目の隠秘の権能は高位の霊視能力でさえも歯が立たないほど強力な権能だと言える。だからこそだろうエリカは聞きたくなった。

 

「どんな人物だった?」

 

好奇心だった。正体不明、年齢、外見や声もわからず性別も不明。いつカンピオーネになったのか、いくつの権能を保持しているのか、どこの生まれなのかもわからない。もしかしたら、自分が七人目に近づくことのできる最初の一人になれるかもしれない。エリカは少なからず興奮を覚えていた。

 

「どんなと言われても、あの御仁は私の前に突如現れてふっと消えていった。 聞きたい様だけ済ませて、あとは一言二言他愛な会話しただけさ」

 

勿論、顔はわからなかった。それを聞いてエリカは少なからず落胆した、だが、初めから望み薄だったのはわかっていたからまぁいいか位に考えていた。そしてここまで会話に入っていなかった優をチラッと見る。置いてけぼりにしていた為、つまらなさそうにスマートフォンの時刻を確認していた。

 

(まあ、そうよね)

 

当然の反応。魔術師でもない優には関係のない話。神だの神獣だの神殺しだなと話されてもつまらないだけ。だが、優はというと。

 

(あ、胃が痛い)

 

スマホの画面に表示された時刻には午後五時半過ぎ。陽もだいぶ落ち始め夜の気配を出し始めた頃か。優は七人目の話が出た瞬間、急な腹痛に襲われた。痛む腹に顔が歪みそうになるのをなんとか堪えてスマホに気をやる。必死にやせ我慢をしているのだ。

二人の会話が終わるのを待ち、優はルクレチアが持っている石板を指差し言った。

 

「じゃあ、その石はちゃんと返しましたよ」

 

不遜にも神代の遺物を石呼ばわりにした優にルクレチアは愉快そうに笑う。手に取った石板『プロメテウス秘笈(ひきゅう)』を眺める。要件が終わったといい優は部屋を立ち去ろうと身を翻した。

 

「うむ、確かに受け取ったよ少年………いやまて」

 

呼び止められた。あと一歩で部屋の外に行けるところで止められた。なんだよとジト目でルクレチアを睨む。

 

「おいおい、薄着のレディの肢体をそんな目で見てはいけないよ」

 

薄着なのは自分のだらしなさのせいだろうがと声にでかかったがなんとか堪える。何か用でもと言う優にルクレチアは答えた。

 

「なぜ君は今回の旅を決意したんだ?」

 

「なぜ、とは?」

 

「だってそうだろ。 まだ十代の若者が見知らぬ土地に来るのは躊躇われる。 旅行で行くならまだしも、いくら家族のためとはいえ考えさせられたんでね」

 

確かにそうかもしれない。普通の高校生一年生は確かに一人で海外へ旅に出るなどなかなかできる経験じゃない。

 

「まっ、そうかもしれないな。 でもせっかくの連休なんだ、海外に出かけられるならラッキーくらいに思ってのことだったんだけどな」

 

まさか怪獣と神様、それに魔術師なんかに出くわすなんて。間の抜けたような口ぶりでそう語る優。ルクレチアはふーんと鼻を鳴らし先程までの勘ぐる様な眼差しをやめた。代わりにつまらなそうな顔で。

 

「なんだつまらなん。 一郎の孫だというからてっきり女を買い漁りに来たと思ったのだがな!」

 

「俺はあの人(一郎)みたいに女関係で爛れてない!」

 

あの人(一郎)と同じ扱いされた事に憤慨する優。良い歳した男が近所のご婦人等と怪しい関係になってたりなど勘弁してもらいたい。

そして、よく言われる“あの”一郎の息子さんなのという決まり文句。そう言われて色眼鏡で見られるのにも慣れたものの、だが、一郎さんによく似てるわねと言われるのだけは我慢ならない。その事を義妹の静花に話した時、呆れるようにハイハイそうですねーと軽く流された、解せない。

もう話は終わったと言わんばかりにドスドス出口へ向かうとまたも呼び止められた。今度は何の用だと振り向いた瞬間、目の前に長方形の物体が迫っていた。それには見覚えがある、なぜなら先程サルデーニャに来る目的となり、ルクレチアに返却したものだったから。放物線を描いて落ちてくるそれ、石板を見事にキャッチした、おおと感嘆の声を出す人物を睨む。

 

「なんです、これは?」

 

「うん、君にやるよ」

 

「はぁああ!?」

 

大きな声を出したのはエリカだった。あんぐりに口をだらしなく開けて驚きを隠せない。こんな風に驚くなんて珍しいなと優は別の意味で驚いていた。

一歩前に立てエリカは叫んだ。

 

「お待ちください! なぜ彼にそれを渡すのですか!?」

 

「ん、気分」

 

「き、気分ですって……!?」

 

またも驚愕に顔をひきつらせる。美しい美貌が怒りと驚き、そして呆れに塗りたくられる。口元はピクピクと引きつり笑顔の仮面も半ば取れている。我慢ならないと沈んでいた顔を勢いよくあげた。

 

「ありえません! 彼のようなズブの素人に神代の魔導書を渡してしまうなんて、それならば、その役目はこのエリカ・ブランデッリが相応しいはず!」

 

「常識的に考えればそうだろうなぁ」

 

「ならば……!」

 

「だがな、そちらの少年はどうやら石板を返しに来ただけとは思えんのだよ」

 

確かにそうだった。ここに来た目的は石板をルクレチア・ゾラに返すためだった。だが、途中からその目的の優先順位は降格されていた。無意識だったといえる。優の頭の中には既に闘争のふた文字しか浮かんでおらず、まさか見抜かれていたのかと感心と共に、流石は当代きっての魔女だと心の中で賛辞を贈った。

話の矛先が優に向いていたため二人の視線が向けられていた、ルクレチアの新しいオモチャで遊ぶような人を食った表情とは対照的に、眉間に寄せたシワと納得がいかない顔で優を睨んでいた。

 

「やはり愚行と言えるわ。 その魔導書は神を封じる為に有効かもしれないのに」

 

「おや? 君は神を封じる為に来たのか」

 

てっきり神殺しをして新たな王になろうとしてるかと。ルクレチアの言葉に首を横に振る。

 

「私は高望みこそすれど、自分の力量をしっかりと見ているの。 確かに魅力的かもしれないわ。 でも、(アレ)等と戦うなんて御免(こうむ)るわ。 命がいくつあっても足りないしね」

 

エリカのその言葉を聞いて心底ホッとしたのは他でもない優だった。彼女の言葉はごもっとも、神々と戦うなんて命がいくらあっても足りない、たとえその先に栄光が待っていようとも、決して定命の者達では太刀打ちできない超越者なのだから。その超越者を弑逆してしまうカンピオーネは(まさ)しく怪物と表現が相応しい。

 

「故に、私はあの魔導書を欲します。 ルクレチア、再度のご検討を要求します」

 

エリカは引き下がらない。獲物を決して離さない、赤みがかった黄金の髪が王冠のようで宛ら獅子、いや雌獅子というべきか。食らいついた狙いを定めた獲物を欲してやまない強い瞳に射抜かれるルクレチアはと言うと。

 

「だが断る」

 

「なんですって…!?」

 

なぜここでそのネタを言うのか。ちらっと部屋の片隅に積まれていた本を見た。八十六年頃から連載していた様な大人気漫画が山のように積まれていた、その隣には投げ捨てられたA○a○onの絵柄が書いてあるダンボールの残骸があった。

 

「私は相手が絶対にYESの返答だろう思い込んでるところにNOといってやる女だ!」

 

額に青筋が浮かぶ。エリカと優は同時にこいつウゼェと思ったに違いない。ルクレチアはなんとも澄ました顔で続けた。

 

「私は面白いものには幾らでも時間と労力をかける性分でね! だからこそ、その少年にかけたくなったのさ。 第一、そんな魔導書を今更渡されてもめんどくさい───もとい今の私では手に余る。 故にこれは私的に妥当言える判断だと言えるな!」

 

寝転がりながらいろいろ消耗してると言いつつもなんとも元気に声を張るなとここまで来て仕舞えば呆れを通り越して感心さえ覚える。

速攻で諦めモードの優とは違ってエリカはますます機嫌が悪くなった。

 

「信じられないわ、彼のサルデーニャの大魔女がこんないい加減な人物なんて……もういいわ、好きにして頂戴。 私も好きにするわ」

 

「まさか、栄えある《赤銅黒十字》の大騎士様が一般人相手に脅しをかけることはないと信じているよ」

 

「当たり前じゃない! バカにしないで!」

 

部屋を後にしようとしていた所にそんな事を言われつい声を荒げてしまったエリカ、失礼と一言だけ残して乱暴な足取りで部屋を後にした。完全に取り残された優、まさか自分を置いて話をどんどん続けられ剰え結局この魔導書どうすんのと言いたげにルクレチアを見る。

 

「おいおいそんな顔をするな少年。 君は運がいい、神々と出会って無傷でここまで辿り着いたその幸運、いやこの場合悪運か? どっちでもいいが、君はついてる」

 

「全然嬉しくないんだが」

 

この部屋に来てどっと疲れた優も部屋を出ようとした瞬間、目に入った懐かしのゲーム機。黒くて四角い本体と丸みを帯びたコントローラーが有線で繋がっている。まさかこんなものまで持ってるとは、魔女とは一体っと考えて更に目に入る物がある。そのゲーム機専用のソフト、名前は確か──。

 

「ド○クエじゃねぇか!?」

 

思わず叫んだ。扉の向こうでガダっと物音がしたが気にしない。今はそれよりそのソフトだ、なぜこれがここにあるのかは別にいい。問題はその名前を叫んだ瞬間、ルクレチアが妙にそわそわし始めたことだ。

 

「や、別に私はただ面白いことが好きなだけで最近ハマり始めたゲームの世界観に感化されたわけでも、氏の描いた漫画キャラのセリフがカッコ良すぎでつい真似したくなったわけでもない」

 

早口で捲したてるルクレチア。真顔で言われても、そそっとゲーム機に布を被せ、漫画を横になっているベットの陰に隠そうとしてるあたりがすでにダメだった。

冷めた視線を送りつつ優も部屋を後にした。

ドアを開けた先には部屋に備え付けられたイージーチェアに腕を組みながら待っていた。

こちらをチラッと見た後はそれだけ。何か言うわけでもなく、アリアンナに出された紅茶を手を付け優雅に呑んでいた。優も何も言うわけでもなく向かい合う形で椅子に座る。

 

「あの人、変わってるわ」

 

誰のことか一目瞭然だった。大変だったななどの言葉はいらない。そんなこと言っても、このエリカという少女は次の次の策などすでに思いついているだろうと結論づけていたからだ。代わりにポケットに非常食として入れていたチョコを差し出した。

 

「………なに?」

 

「いや、食べるかなって」

 

「………いただくわ」

 

「アリアンナさんもどうぞ」

 

「ありがとうございます」

 

だいたい三分の一程度に割って分け与えた。エリカだけにあげるのは見栄えが悪いのでアリアンナにも当然あげた。すると食べ終えたエリカはおもむろに立ち上がり、ルクレチアの部屋ではない別の部屋へ行ってしまった。アリアンナにどっちと聞きそれにアリアンナが左ですと答える。なんだろう。

 

「おい、なぜ持ってきた」

 

「あら、別にいいじゃない。 減るものじゃないし」

 

「では私は料理を作ってまいります。 草薙様、エリカ様の相手をよろしくお願いしますね」

 

「ちょっと、アリアンナ。 それは言葉がおかしいわ、私が遊んであげるのよ」

 

「あっ、そうでしたね。 ではそういうことで」

 

なにやら話が片付いてしまったが、優の視線はエリカの持っているボトルに注がれている。酒だ。ワインだ。赤ワインだ。

 

「エリカ、歳は?」

 

「女性に年齢を聞くなんてマナーがなっていないわね。 十五よ」

 

「ダメじゃねぇか」

 

このイタリアの法律では十六歳から酒類を飲むことが許される。優は十六、エリカは十五歳。つまり年齢的にクリアしてないのだ。

 

「私がそんなこと気にすると思って?」

 

「ハイハイそうですねー」

 

この女、法律など知らん我が道を往く!って人種か。やはりとんでもないのに目をつけられたなぁと今になって後悔し始めていたが、すでに飲み始めているエリカの酒に優も在り付く。

 

「結局飲むの?」

 

「俺は十六歳だし、別にいいだろ」

 

「あなた、私より年上だったの?」

 

そういえばそうかもなと対して気にせずに飲み出す。かんぱーいとグラスを軽く当てる。半分ほど飲み始めたところでアリアンナが料理を運んできてくれた。そこから更に飲むペースは早まっていく。余談だが二人と一人の誰もこの酒と食べ物が誰のものなのかツッコミを入れないところ神経が図太い。

そして話は冒頭に戻る。

 

 

 

 

「早く注ぎなさいよー」

 

「…………なぁ」

 

「どうしてそんな顔してるの?」

 

「………だから」

 

「この私の酌を断るというの? 万死に値するわ〜!」

 

「……あのな」

 

「早く注ぎなさい!」

 

「だからそれは俺じゃない!」

 

完全に酔っ払ってしまったエリカは部屋に飾り付けられた仮面を優だと勘違いして空になったグラスを向けてくるが、勿論仮面にそんなことできるわけなくただエリカの機嫌が下がっていくだけだった。

途中からルクレチアも部屋から出てきて更に飲むペースが加速したのがいけなかった。

ルクレチアは黒猫と何やら戯れてほろ酔い気分と言ったところか、勝手に酒を出して料理までしたというのに怒りもしないあたりこの魔女、存外に器がデカイのかもしれない。

 

「いったぁ!」

 

エリカの悲鳴。するとそこには右の人差し指を抑えるエリカ、仮面の一つにヒビが見えるが、まさかデコピンでもしたのか?デコピンで仮面割らせられるのかとか、エリカの心配はしていなかった、寧ろ割られた仮面の心配をした。

 

「私の指になんてことしてくれたのかしら! ちょっとそこに直りなさい………なぜ顔色一つ変えないの? おかしいわ、絶対おかしいわ優!」

 

「ああもう、だからそれは俺じゃないって言ってるだろう!? ルクレチアさん! あんたからも何か言ってくれ!」

 

「おおそうかここか? ここがいいのかニャンタローよ」

 

わしゃわしゃ猫を撫でて全く話を聞いていない。斯くなる上は。

 

「アリアンナサァァァーーーン!」

 

「ぶっあははは!!! あ、アリアンナさーんですって、ちょっ、ちょっとおか、おかしい、くっぶふー、あっはははは!!」

 

階段上で何やらツボっているアリアンナも最早ただの酔っ払い。普通の人だと思ったのだが、どうやらエリカと一者に行動できるあたりこの人もダメだったらしい。いや、車の時点で気づけよと言いたいところだが。

響くエリカの罵声とアリアンナのゲラゲラ笑い、そしてトドメにルクレチアの(いびき)。収集は───不可能だった。

 

 

 

 

それが漸く落ち着きを取り戻し始めたのは夜中の一時を回ったごろだった。馬鹿騒ぎの夕食兼飲み会は既になく、みんな好き勝手に寝ている。アリアンナは階段で寝落ち、ルクレチアもベットがある部屋へ行かずソファーで寝ているし、顔には黒猫がアイマスクよろしく乗っかっている。あのエリカでさえも床に丸まって空の瓶を抱きしめて眠ってしまってる。

 

「はぁ…」

 

結局、片付けは優が一人でやりルクレチアを起こさないように抱き抱えてベットへ放る。ぐふっとか聞こえたが気にしない。階段で寝ているアリアンナをおんぶして一階にある別の部屋へと運び込む。最後に、エリカだったが。

 

「むぅ、なによー」

 

どうやら少し起きてしまったらしく、こちらを睨んでいる。

 

「悪い起こしたな」

 

「ホントよっ」

 

悪態をつきながらもこちらに手を伸ばして早く起こしてなポーズをしてくるあたり、本気で怒ってる訳ではないらしい。

手を掴んで引き寄せる。高い香水なのだろうか、鼻の奥へ甘い香りが通っていく。握手した時も感じたが、あの怪力がどこから出てくるのかと思うくらい小さな手をしている。背格好も優と比べれば二十センチは違う。一人で歩けるわと言いうが足取りがおぼつかない。フラフラと歩いては止まって、また歩くして漸く階段へたどり着き一段、二段、三段目に足をかけようとした瞬間、後ろに倒れた。

 

「おいおい大丈夫かよ」

 

「だ、大丈夫よ。 でも一応お礼は言っておくわ」

 

間一髪のところで優が背後に回り背中合わせの様にエリカの背中を支えた。ばつが悪そうにそっぽ向きながらお礼を述べてくるエリカにどういたしましてと言っておく。階段を登り終えるまで一緒についていく。

二階に上がり、一番奥の部屋ドアへと進み中へ入るとセミダブルのベッドが一つ。

 

「感謝するわ……ふふ」

 

突然エリカが不気味な笑いをしたことに驚いた。なんだよと目を細める優。するとエリカは微笑みながら。

 

「いえ、あなたもレディをエスコートすることが出来るんだなって思ったら可笑しくてね」

 

「流石の俺だって酔っぱらいの女一人を心配するくらいするさ」

 

「ええ、なんかそれがおかしくて」

 

ひどい言い草だ。ベット上に横になりながらうーんうーんと唸るエリカを見て、なんだかこっちまで笑えてきてしまった。いつも優美な姿を崩さない彼女がだらしなくしている姿が面白かったからだろう。まだ二日しか合ってない間柄だが、このエリカという女性がプライド高くそれでいて真っ直ぐで時々ズル賢い性格の持ち主だということがなんとなくわかってきた。だから、だから優は思う。これでいいのかと。

 

「なぁ、エリカ」

 

「なによ、悪いけど話なら明日にしましょ──」

 

「今からでも遅くないし、今回の件から手を引いたらどうだ」

 

場が静まり返る。バタつかせていた足も唸り声も止め、枕に顔を埋めたままエリカは一切の動きを停止した。そこから一分、二分と時計の針が進み、やがてエリカはベットから身を起こした、ぺたんとベットに座る形だ。交差する二つの瞳、サファイアの瞳と黒曜石の瞳がぶつかる。口を開いたのはエリカだった。

 

「何故そう思うの?」

 

「相手は神様だろう。 人が勝てる奴じゃない、だったら勝てる人を呼んでくればいいじゃないか」

 

イタリアに住む魔王、剣の王を呼べば、たとえ神相手だろうと───寧ろ神が相手ならば悠々どころか嬉々として向かってくるに違いない。剣以外は闘争と食うことしか能がない奴だ、神は倒せても後始末で結局プラマイゼロどころかマイナスになることもある。

勿論、本気で言った訳じゃない。あの馬鹿にまかせるなど自殺行為にしかならない。では、あの老カンピオーネに?ない、それは絶対にあり得ない。本当の理由はこの少女を戦いから遠ざけたかったからだ。

 

(ここまで付き合った仲だ。 ここで死なれたら目覚めが悪すぎる)

 

たった二日の仲だが、それでも他の誰よりも濃い時間を過ごしたように思える。プライド高く、剣、魔術、美貌等の才気に溢れる喪うのは惜しいと“王”として考える。それが自分の考えるべきことだと結論づける。なにをおいても、まず守るべきは民草の安寧なのだと。なのだが……。

 

「それはできないわ」

 

彼女は引かなかった。驚くことはなかった、そうだろうとわかっていたから。

 

「この任務は私が叔父様に───ブランデッリ卿に無理を言って来たのよ。 私にはどうしても手に入れなければならないものがあるの」

 

「その為に死んでもいいのか?」

 

「死ぬつもりなんてないわ、危なくなったら引くつもりだしね」

 

「嘘だな」

 

それは絶対嘘だ。彼女はあの手この手を使う女狐だが、同時に雌獅子ような獰猛さと勇猛さを兼ね備えてる。そして、なにより彼女は騎士だ。民を見捨てて自分だけ逃げる選択肢など始めからあるはずない。メルカルト神と少年神がぶつかればこの島は海に没するかもしれない。それをこのエリカという大騎士は分かっている。優の言葉にエリカは何も言わないが、初めて見せた苦笑いが答え代わりだった。

 

「私は騎士として、この島の人達を守る義務があるの。 もしここで私が何もせず逃げ帰ったりでもしたら臆病者だと一生、後ろ指を指されるでしょう。 それは私の、エリカ・ブランデッリのする事ではないわ」

 

胸に手を当てながら宣言する。

ああ、やはりそうだ。人がどれだけ言っても聞きやしないこの無茶を通す感じ、本当に嫌になる。

そして、それを止める術を持たない自分に。曲げられないものを持つ者に幾ら止めてもどうしようもないことを優は身を以て知っている。

 

「…………そうか」

 

絞り出せたのはたった一言だ。これが精一杯の返答だった。身を引き裂かれるようなこの思いを優はかつて味わったことがある。後悔を、たった一つの後悔を忘れない為に。

 

「なに、心配してるの?」

 

「なわけないだろ」

 

そう、心配などもうしてない。こんな女にいちいち心配などしていたらこっちの身がもたない。知ったことか、俺は俺のやり方を貫かせてもらうだけだ。

優の心情を知ってか知らずかエリカいやらしい顔でふーん、へーと繰り返す。

 

「貴方みたいな一般人よりも私の方が適してるわ。 だがらね優。 貴方は明日の便で日本に帰りなさい」

 

「へいへい、考えておきますよ」

 

やなこった。

誰が人の言うことを聞かない女の言うことを聞いてやるもんか。それに、俺には俺の約束があるんだ。あの少年神との再戦がまだ残ってる。

笑い合う二人はどこか不気味で、これから起きる波乱の前触れを楽しんでいるように見えてしまう。こういうところで妙な親近感みたいなものが生まれる。話すことがなくなったのか手持ち無沙汰となったのかそわそわし始めた優。冷静に考えてここは寝室で、今この空間にいるのは自分とエリカの二人、しかもエリカは先ほどのベットでダラけたせいか服が乱れている。目のやり場に困っていると、ウトウトし始めたエリカは電池が切れたおもちゃのようにポフっとまたベットへ倒れこむ。完全に寝てしまったようだ。いつまでも男が女の寝室にいるのは良くない、早々に退散しようとドアノブを回すが………っ!

 

「んんんん!? 開かない!」

 

そう開かない。そして聞こえてくる幻聴、いや、魔術によって送られてくる声がする。

 

《んふふふふふ。 さっき私をぞんざいにもベットへ放り込んだ報いだと諦めたまえ》

 

そうこの家の主人にして大魔女ルクレチアの声だ。たしかに面倒な魔導書を渡して来たその報復の一環としてベットへ放ったがまさかここまで実力行使に出るとは。

破るのは簡単だ。魔術で閉まってるわけではない、純粋に鍵が掛かっている。一般人ではない優が本気になればこの程度紙屑同然、だが、破れば正体がここで露見してしまう。バレてもいい、だか、出来ることなら神と戦うまで正体は隠し通したい。最高のタイミングで最高の戦果をあげる為。扉を叩き外のアリアンナを呼んでも返事はなく、結局、優は部屋の中にある椅子で一夜を過ごす羽目となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「優、私、昨日貴方と最後に話した後の記憶がないの」

 

「うん」

 

「私、昨日貴方がベッドルームまで運んでくれた事には感謝してるわ。 貴方にも紳士的な一面があることに嬉しく思ったから」

 

「うん」

 

「でも、昨日の言葉は撤回するわ。 貴方はケダモノよ」

 

「なんでさ!?」

 

「女性の淫らな寝起き姿を視姦しておいてどの口が言うのかしら」

 

草薙優、絶体絶命である。昨日、エリカと同じ部屋で寝てしまった。勿論何もしてない。本当だ。結局ドアを開けられず一夜同じ部屋で寝たわけだが、朝起きたエリカは起きた瞬間、優がベットのすぐ近くにある椅子で寝ていた事に激怒。優を叩き起こし今、出口ドアに押し付けながら取り調べをしている最中だった。その手には勿論、『獅子の魔剣(クオレ・ディ・レオーネ)』が握られていた。

 

「だ、だから違うんだ! 俺はお前と話し終わった後部屋を出ようとしたらドアに鍵がかけられてて出れなかったんだ!」

 

「百歩譲って事実だとしても、処女(オトメ)の寝室で寝ることが許されると思って?」

 

「そ、それについては申し訳ない」

 

指一本触れてないが、寝顔を少しだけ見たのは本当だ。ダラシなく涎も垂れてたなぁと笑いそうになるが、今笑ったら死ぬ、間違いなく死ぬ。いや、死なないが精神的に社会的に死ぬ、この女ならやりかねない。だが今はまだ別の問題が先だ。

 

「そ、それよりも頼むから服を着てくれ」

 

そう、彼女は下着姿なのだ。流石に恥ずかしいのかシーツを引っぺがし体を隠すように抱いている為あまり見えない。でも不思議だ、寝る前には来ていた服はどうしたのか、よく見ればベットや床に落ちている。寝相が悪いのか着ていた服を寝ながら脱いだみたいだ。白の上下、レースの入った下は左右の紐で締めるタイプみたいだ。エロい、間違いなくどエロい。これはいける、いいぞもっとだと心のオヤジが歓声をあげる。シーツで隠したとはいえその抜群のプロポーションは隠せない、細くそれでいて肉付きのいい脹脛(ふくらはぎ)、その上にある真っ白な太腿、腰のラインはカーテンの隙間から刺す太陽の光でうっすらとシーツ越しに浮かび上がる。そして何よりもその柔らかそうな二つの──。

 

ヒュン────ガンッ…………。

 

優の顔の真横を通り過ぎた銀の流星。暗がりで怪しく光るもその美しさは損なわれず、真っ直ぐ敵を刺し殺すため鍛えられた獅子の鋼。

優がエリカの露わな肢体を見ていたのがバレたのだ。エリカの顔を見れば怒った顔を真っ赤にしてる。色白な為、肩先まで赤みが広がってる。

 

「どこを見てるのよ!?」

 

「すいません!!!!!」

 

渾身の土下座、それで許してもらえず謝り倒して三十分以上エリカの機嫌を戻すため費やした。

 

 

 

 

 

 

「朝から賑やかだったな! 昨日はお楽しみか?」

 

朝八時過ぎ、ようやく朝食だ。クロワッサンなどのパン類とコーヒーという簡単なものだが、ガーリックバターの香ばしい匂いが鼻を伝い食欲(しょくよく)を唆る。

 

「お前、覚えてろよ」

 

ニヤニヤと他人事のように言ってくるルクレチアを睨んでおく。その肩にはあの黒猫が鍵を加えた状態でこちらを見ていた。ニヤッと笑った気がしたあたり使い魔共々似た者同士ということか。

あの猫も許さん。そう心に誓った優。サクサクのクロワッサンにバターを塗りたくり齧り付く、うまい。コーヒーも豆から挽いている為、インスタントにはない若干の苦味と香ばしさがある。イタリア人はコーヒーをこよなく愛する人種だ、一日平均して三杯飲むと言うし、締めにコーヒーと言う日本でいうお茶感覚なのだろう。食事もそこそこに本題へと入る。まず切り出したのはルクレチア。

 

「それで二人はこれからどうするのだね?」

 

「まず、『まつろわぬ神』を見つけ封印を目的に動こうと思っていますわ」

 

「当てはあるのか?」

 

「ええ、勿論ですわ」

 

優美にそう答えるエリカの顔には今朝の怒髪天のような感じはない。よかったもう怒ってないようだとホッとする。エリカの目的はわかった、そして今度は優の番だった。

 

「少年、君はどうする?」

 

楽しげに何かを期待するように目を細めて尋ねてくる魔女。組んだ手の上に顎を載せるように若干前屈みにすれば深い谷間が覗ける、というか男の前で薄手のキャミソールはないだろう、眼福眼福。

 

「いっ!!!?」

 

鈍痛が足先から走る。見ればエリカのヒールの踵が優の足を踏みつけてる。エリカを睨み何すんだと抗議の声を上げようとすれば凄んだ眼光で黙らされた。ダメだ、まだ怒ってる。横目でエリカを見れば赤と黒のツートンカラーTシャツに黒いパンツで合わせてる、正直似合っていると言いたいが今は褒めても返って火に油を注ぐだけだと判断し諦める。対して優は白い無地のTシャツとジーンズと言うラフな格好だ。尚も攻撃は続行されてるが構わず優は言った。

 

「俺もあの少年を探してみようと思います」

 

その返答に誰一人として驚いたり止めたりするものはいなかった。昨日、すでに話は済んでいる、エリカはバカねと小声で優にしか聞こえない声で呟くとルクレチアはそうかそうかと頷いた。

 

「いや、さすが一郎の息子だよ。 トラブルに事欠かない所とかあいつそっくりだな君はぁ!」

 

心底愉快そうに笑う。うるさいよと苦言を漏らすと効果なし。

 

「よし! 前途ある若者を激励してやろうじゃないか! 頑張れー!」

 

ウザい。二人の気持ちが一つになった。

朝食を済まし、優とエリカ、そして侍女アリアンナはルクレチアの館の門の外へ出ていた。

 

「付いてくることにしたのね?」

 

「ああ、俺がいないとこれが使えないだろ?」

 

石板をチラつかせながらそう言ってくる優にふんと私、不機嫌ですアピールをしてくる。そんなエリカを可愛いと思っていたら横からアリアンナが耳打ちしてくる。

 

「エリカ様、本当はすっごく心配なさっているんですよ。 草薙様は一般人ですからもしもの時は私がなんとかするって張り切ってましたから……!」

 

「ほほう?」

 

それはそれは。なんとも可愛げがあるじゃないかとエリカを見れば。

 

「気持ち悪い」

 

本気で傷ついた。美少女に本気声で気持ち悪いと言われたことがない優に取って予想をはるかに超える攻撃だった。膝が力をなくし地面に四つん這いになる程に。

 

「く、草薙様!?」

 

「ほっときなさいアリアンナ、そこのバカは一生そこにいればいいわ」

 

「そ、そんなエリカ様……!」

 

心配してくれたのはアリアンナだけ、エリカはサッサと優の横を通り抜け歩き出してしまった。アリアンナもアワアワしながら優とエリカを交互に見ながら微妙な距離感を保ちながら後を追う。

 

「俺、ちょっと忘れ物したかも」

 

未だ四つん這いになっている優が突如、忘れ物をしたという。振り返るエリカは呆れたようにため息を一つ。

 

「だらしないわね。 早く取ってきて」

 

ここでまっててあげる。そう言われてる気がして急いでルクレチアがいる館に戻っていく。門を潜り館の扉を開け、二階──には上がらず、真っ直ぐルクレチアがいる寝室へ突貫した。

 

「おい少年、歳も考えず、はしゃぎ過ぎと言えど女の部屋の訪ね方としては零点以下だ」

 

不機嫌そうに壊れたドアの前にいる優をジト目で睨む。やはり美女などという人種に凄まれればその破壊力は凄まじい。普段の優ならたじろぎ額を床に擦り付けていたが、今の優はもう、誰もが知る温厚な性格の人ではない。

 

「ん? ああ、悪い。 だが、あんたに聞きたいことがある。 勿論、答えてもらう、拒否は許さん」

 

「………少年?」

 

明らかに様子が違う。昨日まで人畜無害そうな少年だったのに、今目の前にいる彼はそう、まるで────。

 

「まるで“王様”みたいだって?」

 

「っ!」

 

ここで始めてルクレチアの顔に警戒の色が映る。

 

(読まれた!? バカな有り得ない、いくら弱っているとはいえその程度の魔術攻撃など私が見落とすはず、ましてやここは私の館でそんな失態を……)

 

考える。なぜ読まれたか、目の前の少年から発せられる圧倒的存在感と威圧感、そして恐怖。下手を打てば死ぬ、死ぬなど生易しいもっと酷い目に合うのではないかそんな予感がしてならない。だが、目の前の少年からは一切の呪力や魔力が感じられない……。

 

「っ! しょ、少年、君は、いや…御身はまさか」

 

そうだ有り得ない、大なり小なり人はその身に魔力や呪力を宿してる。言い換えれば生命力だ。それが微塵も感じられないなどそれではまるで死人たら同じだ。ルクレチアは現代にまで残る大魔女の一人、その彼女の感知さえ惑わせてしまう程の使い手など世界にそういるものではない、もしいるとすれば“聖騎士”か、同じくらいの魔女、或いは一つしかない。

 

「久しいな、魔女よ」

 

「………やはり、御身でしたか」

 

カーテンに遮られ暗がりの部屋で怪しく光るその眼、懐かしの旧知、数年前に突如現れ知りたいことがあるといい、知りたいだけ知って去ってしまった正体不明の王。それがまさかこれ程若いとは思わなかったと目を丸くする。そしていつまでも寝転んでいたルクレチアは気怠けな身を起こそうとする。

 

「ああ、そのままでいい。 俺も気遣いくらいできる」

 

「……」

 

「それと、御身は辞めてくれ。 さっきの様に砕けた感じでいい」

 

「…………なんと」

 

不思議な王だろう。素っ首斬り飛ばされるか、粉微塵に家ごと吹き飛ばされるくらいの覚悟はしていた。知らなかったとはいえ王に対して数々の非礼、死を持って償えと言わられれば従う他ないがまさかのお許しが出た。

 

「お互い知らない仲じゃない、俺も貴方には貴重な情報を頂いている。 それにあんな事で命を差し出せなんて、どっかの狼害(ろうがい)じゃないんだし、気にすんなよ」

 

優が口にした問題発言の当事者の顔が一瞬脳裏によぎるが、すぐに忘れる。その方がいいと本能的に察したからだ。ルクレチアも優に言われてベットに寝直し楽な姿勢で話をする。

 

「そうか? では、少年。 また何用で戻られたのかな?」

 

「あの時の答えは出たか?」

 

あの時とはまさか突然教えて欲しいことがあると言って来たあの日のことを言っているのか?まさかの質問にルクレチアは答えに迷う。結局、長い時を費やして探し求めた答えも未だ出ず、半ば諦めがある。

 

「………正直に言えば未だ分からぬ、としか言えぬな」

 

「……………そうか」

 

たった一言、そうかと言って身を翻して出て行こうとする。

 

「それを聞くためにわざわざ戻ってきたのか?」

 

「いけないか? 俺にとっては重要なことだったんだ」

 

「……少年、私からも聞かせろ」

 

王に対して命令口調、だが、無礼を許すと言ったのは彼自身だ。優はルクレチアへ振り返る。そこにはいつになく真剣な貌のルクレチアが。

 

「君は、答えがわかったのか?」

 

「いいや、だが、ある意味で答えは出た」

 

「それは?」

 

出口へ歩いてしまう優。ゆっくりと、蹴り飛ばされ壊れたドアがまるで巻き戻しの様に治っていく。ドアが閉まる直前優は言った。

 

「アイツは俺が倒すってことだ」

 

ドアが閉まった。

 

 

 

「随分と長く忘れ物を取りに行ったものね」

 

ルクレチアとの話を終えて戻ってきた優を出迎えたのは不機嫌なエリカだった。隣をチラリと見ればアリアンナが苦笑いしていた。優はチラッと忘れ物と称した黄金色混じりの赤いモッズコートを見せる。

 

「ルクレチアと一体、どんな話をしていたのかしらねぇ?」

 

「ど、どんなって………ん? まて、なぜ話をしていたとわかる?」

 

「貴方みたいに飢えた狼があんな無防備な状態の女性を放っておくと思う? いいえ、思わないわ!」

 

「誤解を生む様な発言は控えてもらうか! 俺、単純にこの石板がどんな力なのか聞いてみただけで」

 

「それにしては随分と長い説明をされていたのね? あらやだ、十五分? 貴方もしかしてそんなに早く事を済ませられるの?」

 

「おい、それは幾ら何でも俺にじゃなくて男に失礼だろ!?」

 

「貴方に言っているのだから、他は関係ないわ」

 

いやらしいと蔑む様な目で言ってくるエリカ、それを全力で否定する優。平行線な二人の不毛な口論をアリアンナが止まるまで暫く続いた。

 

(お二人とも、仲がお悪いんでしょうか?)

 

いがみ合いながらも歩調を合わせて進む二人の背中を見て、アリアンナは考えを改める。そうこれは所謂。

 

「喧嘩するほど仲がいいのですね!」

 

「どこがだ!」

 

「どこがよ!」

 

最後の平穏、これから先の物語に波乱が待ち受けている事をまだ誰も知らない。

 

 

 

 




読了、ありがとうございます。

これからもよろしくお願いします!

※修正しました。
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