黄金と勝利の魔王   作:クリストフガルド

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遅くなりました。なかなか仕上げられなくて、申し訳ありません。
それではどうぞ。

※修正しました。


()が名は───

「それで、目的地はあるのか?」

 

まず訪ねたのは優だった。ルクレチアの元を離れ車へと乗った三人、勿論運転手はアリアンナだ。代わりに運転すると名乗り出た優だがそこに侍女がーーー。

 

『私からお仕事を取らないでください!!』

 

涙ぐみ、必死感全開で言われてしまい、引き下がるしかなかった。なんでもアリアンナは魔術師としては優れているとは言いがたく、エリカに声をかけてもらえなければ《赤銅黒十字》を追い出されているところだったらしい。だが、致命的に運転が荒い。初見で乗れば間違いなく酔ってしま、いや、吐く。なぜ雇ったのかと聞けば。

 

『だって面白いじゃない』

 

だそうだ、エリカもルクレチア同様面白さに重きを置く人間の様だ。確かに気立てもいいし顔も可愛い料理も美味しいと三拍子揃っているが、なぜ変なところでダメなのか。世の中には不思議な人もいるなーと関心を覚える優。

そして決まった行き先はドルガリ、沿岸部にある小さな街にこれからいくという。

 

「理由は?」

 

「貴方があの女(ルクレチア)と密会していた最中に報告があったわ。 強大な呪力の塊がドルガリ方面に向かったとね」

 

なかなか優秀な部下を持ってるらしい。この短期間でそこまで調べられるとは、さすがは魔術の本場というところか、それともエリカが所属する結社の情報がすごいのか、おそらく両方だろう。

海に近い山間部にあり、自然豊かな場所、長閑(のどか)な山道の風景を車内から眺める。ここから先に文字通り生死を賭けた戦いがあるなどと誰がわかるだろうか。

 

「エリカ様、見てください」

 

当然アリアンナがそんなことを言ってきた。エリカはアリアンナが指差すフロントガラスを見る、つられて優も覗き見ると雨粒がポタポタとガラスを打つ。

 

「…………雨?」

 

「はい、山の天気は変わりやすいからでしょうか? 珍しいですね」

 

本当にそうだろうか。エリカとアリアンナの会話を聞いて不自然に気づく。ここサルデーニャは地中海性気候だ、温暖で乾燥している雨など滅多なことでは降らない。しかも、先程まであれ程晴れていたのだ明らかに異常だ。どうやら、エリカも気づいたようだ。

 

「いいえ違うわ。 この雨は自然に降ったものじゃない、この先にいる何かが起こしてるものだわ」

 

アリアンナに急いでと告げアクセルを全開にして走り出す車。緩やかな山道が死を予感させるデスコースに早変わりした瞬間だった。

一同はドルガリへとついた。山の(ふもと)にある小さな街だ、街にあった交番前まで下車した後はアリアンナを退避させる。

 

「貴方も逃げなさい」

 

「断る」

 

「っ、本当に死ぬわよ!?」

 

「死なないから安心しろよ」

 

エリカに宣告されながらも一歩も引かず並行して走る優。街は三人がついた時には既にパニックに陥っていた。突如降り出した雨と降り注ぐ雷、家屋に直撃し火事も起こっている。逃げ惑う人々、我先にへと走り出す人の雪崩の中を優とエリカは避けながら進む。

街の中心へたどり着いた途端、それは来た。

 

クェエエエエエエエエエエエ!!!

 

天より飛来する雷がエリカと優の二人は襲いかかる。

 

「危ない!」

 

「えっ…… きゃあ!?」

 

反応したのは優。素早くエリカを横抱えにして避ける。轟音を立てながら雷は路面へクレーターを付ける。じゅうじゅうと肉が焼け焦げたような音がその威力を物語る。

 

「あ、ありが──」

 

「礼を言うにはまだ早いぞ、早く立て!」

 

「わ、わかってるわ! 命令しないで!」

 

立ち上がる二人は天を睨む。雲の上に、いや、中にナニかいる。あきらかに自然に生まれた大きさじゃない。雲にその影を落とし存在をアピールするがの如く雷を落とした元凶はその威容を示す。

四足の足に蹄を持ち、王者の冠のような立派な角を掲げ嵐を中を天翔ける『山羊(やぎ)』。『(いのしし)』によく似た波動を感じる、間違いなく神獣だといえる。その大きさも『猪』に負けず劣らずの程、翼もないのに空を駆ける巨躯を見上げる市民達、ある者は指を指し驚き、ある者は惚けたように見上げ、ある者は怪獣の存在に恐れをなして逃げ惑い、ある者は神の神罰だと膝を屈し赦しを乞う。

ある意味では神の神罰だといえる、だが、それがどうしたと優は敵を睨みあげる。

 

「やはり現れたわね……だいぶ遅れてしまったみたいだけど」

 

街の惨状をみてエリカは悲しげな表情を浮かべる。雷の落ちたところは漏れなくクレーターができて、家屋に落ちた雷は炎となって民家に燃え移る。嵐の影響で物が飛び人に当たるかもしれない、そして何より、二次被害によるパニックが心配だ。逃げる人々の中には足腰の弱い者や病人もいる。こんな田舎町では若者よりもお年寄りの方が多いと相場が決まっている。すれ違う人々の中にはいずれも年寄りが多かったからだ。

 

クェエエエエエエエエエエエエエエエッ!!!!

 

まるで勝利の雄叫びように甲高い啼く『山羊』に優は身の内から湧き出る力の奔流を表そうと自身にかけた呪縛を解こうとするも。

 

「……バカにして」

 

エリカから漏れたその一言で我に帰る。普段の優雅な彼女からは想像もできない怒りを含んだ口調だった。ルクレチアの前でも似たような雰囲気を現したが今回はその比ではない。

 

「この島には何万を超える人が住んでいるのよ、それなのにたかが(・・・)神獣如きが荒らしていい権利なんてありはしないわ!」

 

「……………………くはっ」

 

たかが。エリカ・ブランデッリという大騎士は神の獣をたかが(・・・)と罵ったのだ。これが笑わずにはいられなかった。何という不遜、大胆さ、そして怒りを抱いていようとも害われることのない美貌と優雅さ、そして勇猛。まさしく雌獅子(めじし)。そんな優の心情を知る由もなく、エリカは笑われたと思いジト目で睨む。

 

「何よ、何か文句でもあるのかしら?」

 

「いや、むしろ逆だ! 最高だと思ってな。 そうだよな、あんな訳も分からない生き物に()られてたまるか!ってな!」

 

愉快そうに笑う優にエリカは一瞬、惚けたが、すぐに吊られて笑う。何度見ても黄金のような笑顔だ、といつまでも見てみたいと思ってしまうほどに優はエリカの笑顔が好きだった。

 

「ちょっと自分でも暑くなってしまったのは歪まないけど、言いなおすつもりはないわ! 私は騎士として民の平穏を守る義務があるの! だから──」

 

チラッと優を見る。何を言いたいのかわかってる。ここで自分が離れることは優を危険に晒してしまうかもしれないという懸念があるからだ。今も天翔ける『山羊』が雷を落とし続けてる。それを止める術を持つのは彼女『エリカ』と()だけなのだ。そして今は王の力を出せない。今はその時ではない、この力を振るうべき相手が近くに来ていると直感する。その者の真意を今一度問う為に。

 

「わかってる、俺のことは気にせず行ってこい!」

 

「………ありがとう─────()けよ! ヘルメスの長靴(ちょうか)!」

 

魔術を使い、空目掛け跳躍し『山羊』を追うエリカ。残された優は後ろを振り返る。

 

「いるんだろう? 出てこいよ」

 

「なんじゃ、バレておったか」

 

吹き抜ける風と共にあの少年は現れた。初めて会った時と同じくアルカイック・スマイルを浮かべ、ボロマント。端正な顔立ちなのにどこか年寄りめいた口ぶりで物を語る少年と二日ぶりに再会する。

だが、違和感がある。初めて会った時と同じように体が熱くなるのは当然だが、その熱が強まっている。まさかと少年を見る。

 

「やっぱり、お前は『神』か」

 

「そういうお主は『神殺し』で相違ないな」

 

青年と少年としてでなく、あの港で共に遊んだ友人ではなく、神と人、『まつろわぬ神』と『神殺し』として二人は対峙した。

 

「お前、名前は?」

 

「分からぬ。 未だ思い出せず……アレを倒せば或いは……かの」

 

今一度名を問うても知らぬという少年は空中で騎士と踊り狂っている『山羊』見ていう。ルクレチアが言っていた砕けたというメルカルト神と相討ちした『剣』の神の秘密が漸く直で見て取れた。

 

「お前は、あの神獣を殺せば殺すほど力を取り戻すのか」

 

「左様。 我は砕かれし器の一部、そしてあの獣も我と同じく本来の姿の一つに過ぎん。 今我がアレを誅殺すれば、我はまた我として地上に舞い戻るであろう」

 

「お前は、本当にそう思っているのか?」

 

だとしたら何故、あの時俺を助けた、何故港に現れた『猪』を倒し住民を救った。その問いに少年は初めて言葉を噤んだ。

何故そうしたのか、自分でも分からないという風采(ふうさい)だ。優はこれまでに多くの宿敵と対峙してきたが、このように人間臭さ残した相手など二人しか知らなかった。この少年はもしかして他とは違う?と考えを巡らせていると一際大きな落雷が響く。

 

「エリカ!?」

 

「あの娘、危ういかもしれぬぞ」

 

今向かえば助けられる。だが、正体を現した少年を放って置くわけにはいかない。慌てて向かおうとするが、後ろを見て立ち止まる。少年は優の懸念を晴らすかの如く。

 

「我も行こう」

 

そう告げた。駆ける両者は急ぎ、大騎士の元へ向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(きた)れ、我が剣、『獅子の魔剣(クオレ・ディ・レオーネ)』! 獅子の魂よ、今こそ我に強き意志と鋼の剛強さを授けよ! 願わくは我が身を天高く聳える彼の者らに我が剣を届かせ給へと!」

 

現れたレイピアの魔剣と彼女の体に紅いケープを巻き付け戦闘準備を開始した。紅の下地に幾重にも黒を重ねたケープは《赤銅黒十字》の証、それを纏うことを許された彼女は当代の大騎士。天を(かけ)る神獣目掛け宙を飛ぶ。使ったのは『跳躍』の魔術。魔女でない魔術師では空中戦は苦手、だが、それを補って余りある程の獲物が彼女の手にある。だが。

 

(高い……っ!)

 

このドルガリの街に高台はない。屋根伝いに『山羊』を追っても彼女の剣は届かない。それ程までに『山羊』は空高くいるのだ。エリカの得手は『鋼』を基礎とした魔術全般、鋼鉄を操りそれを武器として初めて彼女はその本領を発揮できる。神童と謳われて空を跳ぶ事は出来ても“飛ぶ”事は出来ない。『山羊』はエリカに見向きもせず街を蹂躙する。

 

「なら、こういうのはどうかしら!?」

 

飛ぶのを止め、一番高い屋根の上に降りる。剣を額に来るように構え、呪力を練る。エリカの周りの気温が急激に下がる。まるで極寒の大地に立っているかの如くあらゆる熱を奪っていく。エリカは紡ぐ、究極の術を、神すら傷つける言霊を!

 

「エリ、エリ、レマ・サバクタニ! 主よ、何故我を見捨て給う!」

 

これこそ『ゴルゴタの言霊』。憎悪と嘆き、怒りと祈りの呪文。

 

「我が骨は悉く(はず)れけり。 我が心は(ろう)となり溶けり。 御身は我を死の塵の内に捨て給う! 狗どもが我を取り囲み、悪を()す者の群れが我を苛む!」

 

これこそゴルゴタの丘にて磔にされし子が、死に瀕した我を何故救わぬのかと主への怒りと絶望を込めた禍詩(まがうた)

 

「我が力なる御方よ、我を助け給え、急ぎ給え! 剣より我が魂魄を救い給え。獅子の牙より救い給え。 野牛の角より救い給え!」

 

これこそ賛美歌。怒り絶望せよと主への帰依する絶対の意思もこの呪文の真理であった。

 

「主よ! 真昼に我は呼べど御身は応え給わず。 夜もまた沈黙のみぞ! されど、御身は聖なる御方、イスラエルの諸々に讃歌をうたわれし者なり!」

 

ここに術は完成する。『主よ、何故我を見捨て給う(エリ、エリ、サバクタニ)』これこそ《赤銅黒十字》の秘術、体得するのも至難、神をも傷つける呪いの祈りの言霊だ。

神の子を磔にしたゴルゴタの丘の霊気を再現する御技。神に属する者たちならば、神の子を傷つけそして死に至らしめたこの言霊から発せられる冷たき力を感じ不快に思わずにはいられないだろう。

『山羊』はエリカを睨む。漸く邪魔者()として認識してもらえたようだ。突進してくる『山羊』から街を離すべく外へ駆ける。

駆ける、駆ける、駆ける。街外れの平原、まばらに木々が立つ場所まで逃げる。そして、街の外へ出て『山羊』と初めて対峙するエリカ。

 

「我が剣、『獅子の魔剣(クオレ・ディ・レオーネ)』に命ずる! 今こそ我が言霊を吸い、偉大なる主への叛逆としロンギヌスの聖槍と()せ!」

 

『変化』の術を施した魔剣は細剣(レイピア)から一本の投擲槍(ジャベリン)へと早変わりする。その先端は鋭く滑らかな曲線を描き滲み出る霊気は『ゴルゴタの言霊』。

 

「はぁ!」

 

突貫するエリカ。勿論、ここは平地、飛び上がる為の足場はなく、地を走るしかない。そんなエリカを見て刺激されたのか甲高い啼き声で突進してくる『山羊』。

 

「引っかかったわね!」

 

ぶつかる直前にてヒラリと跳び躱すエリカ。大地を抉る暴風と共に雷鳴を轟かす。強靭な足はその巨体を支えるには脆すぎる。だが存在そのものが異常な獣に物理法則を説いても意味はない。

今はエリカ見てあるのはガラ空きとなった『山羊』の横っ腹。『豪腕』の魔術を使い投擲の威力をあげる。体を弓として()を引き絞り放つ!

 

グェエエエエエエエエエエエエエエッ!?

 

断末魔に似た叫びをあげ地面を滑るように落ちていく。ロンギヌスの聖槍の呪詛は効いている、余程のミスを犯さない限りまだ粘れると。

前足で自重を支えながら尚も立ち上がろうとする『山羊』の喉元目掛け再度呼び寄せた投擲槍を構えた。だが。

 

クァアアアアアアアアアアアアアアッ!!

 

今度の雄叫びは怒りによるものだ。雷雲から放たれる青白い稲妻がエリカを襲う。二度、三度、十を超えた辺りからエリカの表情に焦りが見える。ただでさえ難易度の高い術を行使しているのだ、その分集中を高めなければならない、だが『変化』、『跳躍』と並行して術をかけっぱなしのこの状態から神獣の波状攻撃。魔力も減る一方でエリカは槍を盾へと変え防御の姿勢を取る。ここに来て初めての防戦に歯軋りするエリカ。

 

「しまった………っ!?」

 

吹いた暴風のせいで着地のバランスを崩されてしまった。非情にも稲妻はエリカへ落ちてくる。

 

「きゃあ!?」

 

落ちてきた稲妻を盾で防ぐもバランスの悪い状態からでは踏ん張ることもできず吹き飛ばされてしまう。しめたと言わんばかりに『山羊』はエリカ目掛け再び突進する。衝撃を和らげられなかったエリカは蹲り立ち上がれない。

 

()られるっ!?)

 

死を直感したエリカは目を瞑る。激しい地鳴り似た音と共に来る衝撃を待つ、一分、二分と待てど来ない。確認してみるべく目を開いた先には驚きの光景が広がっていた。

 

「優!?」

 

「おおう、ようやくお目覚めがお姫様!」

 

右手一本で『山羊』の突進を止めていた優の背中を見て驚愕の声を上げる。

 

「あ、あなた一体どうやって? そ、それにその力は!?」

 

「あん? ああ、まぁ俺にも事情があってな! 今まで悪かったな」

 

その一言を皮切りに優は『山羊』の額を力一杯掴み持ち上げ、投げ飛ばす!

 

クァアアアアアアアアアアアッ!?

 

まさか、人間如きに吹き飛ばされたのが余程驚いたのか素っ頓狂な啼き声を出す。エリカはその光景に圧倒されていた。人間では太刀打ちできない神に連なる獣を吹き飛ばしてしまった青年に。赤い下地に黄金色混じりのモッズコートを肩で羽織る様にして着こなす草薙優の背中、ただの何も知らない一般人だった筈なのに何故神獣の突進を受け止められるのか、疑問が頭で渦巻く中で高らかに王者は宣言する。

 

「悪いが、もう隠す必要がなくなったんでな。 こっから先は俺が相手だ!」

 

明らかに挑発するよう言い放つ優の言葉によろよろと立ち上がりエリカは向けられていた殺意を優へとぶつける『山羊』。だが優は堂々と仁王立ちし、煽る様に手をひらひらさせ挑発してみせる。

 

クァァアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!

 

我慢の限界を迎え再びの突進。今度はその獰猛な角を突き立てる様にして、ダメだ逃げてとエリカは口に出そうとした、だが、彼女は確かに見た。後ろからだが確かに優の顔は愚かな獲物を見て笑っていたのだ。

放電しながら突進を仕掛けてくる『山羊』、大地と空が雷で切り裂かれ、暴風が吹き荒れる。宛ら小さな台風だ。人間が、魔術師が(かな)う存在ではない、それでもエリカは今、妙な安心感似た感覚に包まれていた。

 

「我が勝利の為、今こそ我が障害()を打ち破れ」

 

それは聖句。勝利の傲慢の聖句。バチバチと優の右腕を包むかの如く雷が舞う。それと同じく、今までどこに隠していたのか途轍(とてつ)もない呪力が優から溢れ出す。

跳んだ。迫り来る台風目掛け、一閃の雷が跳ねた。ぶつかる寸前、突き出された拳、そしてその拳とかち合うかの如く突き付けられた角。勝利したのは拳だった。『山羊』の強靭とも呼べる剛角を粉砕し、苦痛を与える。誇りである角を粉砕された『山羊』は絶叫を上げ仰け反る。だが、その瞬間に既に勝負は次の段階へと向かっていた。跳び上がった優はその身に雷を纏っていた。全長二十メートルを越す『山羊』が仰け反ればそれはビルの五、六階建てにも匹敵する高さを軽々と跳んでみせ、右手を振り上げる。

 

「我が命の火は絶えず、我が敵を焼き殺す!」

 

それは増悪と殺意の聖句。命を根絶やし決して生かさず誓いの聖句。

火、否、炎。業火を纏った右腕を『山羊』の右顔面へ叩き込む。

 

グァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!??

 

それは凄まじい痛みによる絶叫だ。肉を焼かれ、その中な骨まで熱は届き融解させられる。そしてそのあり得ない怪力によって『山羊』の体は吹っ飛ぶ。身体で大地を引きずりながら吹き飛んでいく。

 

「非常識だわ」

 

エリカは地面に座ったままその光景を見せられ呟いた。神獣は本来ならば聖騎士か大規模な騎士の軍勢を用意して対峙する相手、それを投げ飛ばし角を砕き、剰え一人で打倒する人間がいるだろうか?もしかしたら世界には数人居るかもしれない。だが、神性を纏った(いかずち)や炎を出す人間などエリカは一つしか思い当たらなかった。

 

「───カンピオーネ」

 

今、初めて、この瞬間。当代七人目(・・・)の神殺しの正体が判明した。草薙優、いかなる敵をも倒し勝利してみせた。常勝の王がここに存在を示した。

 

 

 

 

 

 

「案外、弱いよな」

 

そう呟きながら『山羊』を見下ろす。ピクピクと痙攣しているところを見るとどうやら生きてるらしい。だが、もう立ち上がる力もないのか起き上がりはしない。流石に正体はバレただろうと、背後に近づく気配を感じ振り返れば、そこにはエリカの姿があった。彼女の結社を象徴する紅と黒(ロッサとネロ)のケープにも汚れが目立つ、弱々しい呪力の反応がどれ程の激戦だったかを物語っている。エリカの表情は厳しい、そして胸に手を置きゆっくりと頭を下げる、それは騎士の礼だ。

 

「まさか御身こそが当代七人目のカンピオーネだったとは。 知らなかったとは言え数々の非礼お詫び申し上げます」

 

「…………は?」

 

なにを言っているんだ、この女。開いた口が塞がらない。

 

「御身の怒りはごもっとも、ですが、どうか我が命一つでそのお怒りを鎮めて頂きたく申し上げます」

 

なんだこれは。優は混乱していた、あのプライドの高いエリカ・ブランデッリが頭を下げている?どう言う事だ、優の考えでは『へぇー、貴方が七人目だったの』位の感想で終わると思っていた。だが、今目の前で起きてるこの状況が完全に予想外。まぁ確かに、初対面で剣で脅されましたし、肩を掴み上げられて痛い目に遭わされたし、機嫌を損ねたせいで土下座までしました、はい。

 

「王よどうかなさいましたか?」

 

エリカがこちらを見ている。だが、それは決してこちらを心配する様な目ではない、まるで此方を値踏みしているようだ。

 

「あー、やめやめ。 エリカ、お前、俺を試したろ?」

 

「あら? バレちゃった?」

 

悪戯に成功した子供のように微笑むエリカ。

 

「でも怒らないのね? 意外だわ」

 

「こんな事で怒ったりなんかしないし、そもそもお互い様だろ」

 

「お互い様?」

 

「俺もお前にカンピオーネだった事を隠していたし、お前がそんな態度をとったのだって仕方ない事だってわかるしさ」

 

自分がいかに危険で制御の効かない存在かは自分が一番よく知っている。その気になれば大都市を蒸発させられるし、天候を操り万雷を降らせる事もできる。仕方ないと言えば仕方ない。

 

「貴方、変だわ。 『魔王』である貴方達はそんな事を考える必要なんてないでしょう?」

 

「それは他の奴等の考えだな。 だが、俺は違う。 俺はいつだって周りへの配慮をしている…………つもりだ」

 

「つもりと言ってる時点で既にダメね」

 

ごもっとも。もしかしたら、いやかなり迷惑をかけてるかもしれない。そう思うとまた胃が痛くなってきた。お腹を抑えていた時、エリカの笑い声が聞こえてきた。

 

「……なんだよ」

 

「いえ、ごめんなさい。 天下のカンピオーネ、その七人目がまさかこんな人だったなんてって思ったら可笑しくて、ふふ」

 

確かに腹痛で顔を歪めている魔王など聞いたことがない。優もつられて笑ってしまう。先程まで命をかけた死闘を演じていたとは思えない気楽さだった。そんな時だ、第三者の乱入があったのは。

 

クァァァァアアアアアアアアアアアアアア!!!!

 

けたたましい啼き声。二人は声のする方、彼方の空、暗雲を睨む。それは金色の『(おおとり)』だ。

デカイ、単純にそう思った。港に現れた『猪』、そしてドルガリに顕現した『山羊』よりも大きく、そして速い。

 

「街が!?」

 

エリカが叫んだ。

巨大な怪鳥がその威のまま羽ばたけばどうなるか、今その答えが目の前にある。港で『猪』を巻き上げた竜巻にも引けを取らない大竜巻。家屋が薙ぎ倒され巻き上げられる。このままでは街は壊滅、死傷者も出る事だろう。

上空を滑空する(たか)に似た『鳳』。だが、悠々と街が破壊されているのを黙っていない者が今ここにいる。

 

「駄鳥がッ!」

 

手を掲げる、それに呼応するかの如く暗雲に稲妻が迸る。異常なまでの呪力、人間など足元にも及ばない神の雷を感じ取った『鳳』の注意が優へと向かう。

 

「待たれよ、(ぬし)

 

今一度神獣と『魔王』の死闘が始まろうとした時、背後から待ったをかける者が風の如く顕れる。エリカは目を見開り、顕れたボロマントを羽織る(くだん)の少年を凝視する。

 

「暫し待たれよ神殺し」

 

「なんだよ、今忙しいんだ。 野球の続きならまた後でな」

 

「クククっ、確かにその件についても未だ我が負け越してるでな、リベンジもいずれ果たそう。 だが、今はあの神獣の話だ」

 

優の言葉に愉快そうに笑ったと思ったら、今度は真剣な顔で現状についてだと言う。

 

「やはり、貴方が招きよせていたと言うことかしら?」

 

「違うな騎士よ、招きよせたのではない。 我を探し奴等は追ってきたと言う表現がしっくりくるだろう」

 

「追ってきた?」

 

「然り。 アレ等は我が姿の一つ、偉大なる神の化身なり。 砕かれて尚、未だ敗北を知らぬ勝利を求める者達よ」

 

わからない。この少年が何を言っているのかわからないと言った風情でエリカは警戒を込めた目で少年を睨む。

 

「優っ、貴方やっぱりこの少年と結託して『まつろわぬ神』を招き寄せたのね!?」

 

「やっぱりてなんだやっぱりって! だから俺は他の魔王とは───」

 

「いいや違うぞ騎士よ。 そこの神殺しとは港で初めて会った間柄、我は如何なる策も弄しておらん。 我にそのような小細工無用であるからしてな」

 

優が冤罪を晴らそうとした時、少年は横からそれを否定する。それに少し安堵するも複雑な気持ちなる。神に弁護してもらう魔王という新しい構図ができた瞬間だった。

 

「お前が真っ向勝負が大好きな神様だって事は分かった。 だから敢えて聞いてやる。 何故きた?」

 

優が口にした神という単語、その言葉で驚愕を露わにするエリカ。まさかこの少年が神だと言うのか、未だ『鳳』を牽制しながらも少年と向き合う優へ訪ねても無言が返ってくるだけ。

 

「我も思うところもある。 我が化身たちが多くの無辜の民への狼藉、詫びても詫びたらん」

 

「詫びをと来たか」

 

「茶化すでない、我は民衆の味方、それが民衆に仇を成すなどあってはならん。 故に我自ら彼奴等を誅殺してくれようと言うわけだ」

 

「その結果、お前がお前で無くなってもか?」

 

その言葉に少年は憂鬱そうに、別れを惜しむような哀しげな表情を出す。だが、次の瞬間には初めてあった時同様、慈しみを含むアルカイック・スマイルを浮かべた。

 

「嗚呼、口惜しい。 我が休息、安堵の日々は決して苦では無かった。 お主との勝負、あれは中々に楽しかった。 勝手気ままに下界へ降り人々と戯れた懐かしい記憶を思い出させてくれた」

 

少年は昔を懐かしむようにそれでいて楽しそうに微笑む。端整な顔、男だと言うのに細い体つきは女性的で蠱惑的だ。少年はだがと告げる。

 

「だが、あれは我の仕出かした事、故に我は我を取り戻すとする。 そしてその時こそ、決着の時ぞ、神殺し」

 

この言葉でとうとう少年が何を優に期待しているのか気づく、そしてそれに気づき優は毒づく。

 

「……嗚呼、そうかよ。 そう言うことか。 お前、後始末を俺に押し付ける気だな!?」

 

「クハハ! そうとも言うな! だが、仕方なかろう? 我は貴様と未だ決着をつけておらん。 その方法が一つしかない、ではそれを取るのが戦士たるもののつとめ」

 

なんて自分勝手!この野郎と一発殴ってやろうかとも思ったが、優もどこかでこの少年とはキッチリと決着を付けなければならないと予感していた。そして、その結果がどうなるかなど明白。歩き出す少年、その足が目指すのはドルガリ上空の『鳳』、静止しようとしたエリカを止める優、優は何故自分がこの少年のする事を止めないのか自分でも不思議に思った。だが、あの憂いた顔をした少年の後ろ姿を見て漸く気づいた。あの時あの港で出会い、そして競い分かち合った時間、優は初めからこの少年を神などとして見ていなかった。ただ、ひとりの友として、そしてその友が逝くのを見届けたくて、今この凶行を見届けているのだ。

 

「然らばじゃ、お主とのひと時の勝負、まっこと愉快痛快であったぞ! 故に、後のことを任せたぞ神殺し────草薙優!」

 

話し終えた瞬間、少年は風となった。突風が吹き荒れ思わずエリカは視界を覆ってしまう。だが、優だけはしっかりとその姿を最後まで見守っていた。

『鳳』と『風の神』が空中戦を繰り広げる。『鳳』は全長五十メートルはあろう巨躯、その身体から巻き起こされる突風、否、嵐と『風の神』はまともにかち合う。そして、港で『猪』をも虜にした竜巻の障壁へ『鳳』を閉じ込める。

 

「………剣?」

 

エリカがボソリと呟いた。『鳳』の片翼にも匹敵する両刃(もろは)の剣。暗天の中心に公然と煌く黄金剣。それが『鳳』目掛け飛び、その身体を一刀のもと斬り裂いた。真っ二つに斬り裂かれた『鳳』の身体は地上へ墜落する前に塵となって消えた。そして、黄金剣は今度は優とエリカの近くに倒れている『山羊』目掛け飛びその頭を貫く。断末魔を上げることなく同じく塵へと還る『山羊』。

 

「…………来る」

 

何方が言ったのだろうか。空中に鎮座する黄金剣から莫大な呪力が放出される。剣は姿を変え見慣れた少年へ変える。だが、そこにあの少年の面影はない。あるのは狂気染みた闘争心の塊、それをただ一人に向けて放っている。

 

「漸く戻ったか。 なかなか待たせてくれたな。 そして詫びよう草薙優。 お主との決着をつける為、今一度、我は真なる我へと還った」

 

「待っちゃいねぇよ。 お前が勝手に来ただけだ」

 

「そう言うな、我とお主の関係は最早決定した。 故に、我は我が勝利のため貴様を斃し、我が栄光としよう」

 

呪力が漲る。今までの少年の側で湧き上がってきた時とは違う。完全なる戦闘準備が完了した。カンピオーネとしての本能が今こそ敵を殺せと告げる。

 

「今度こそ、お前の名前を教えてもらうぞ」

 

「良い、では聞くがいい我が名を────」

 

今ここに、真なる『まつろわぬ神』が顕れた。その名は勝利、古き東方の軍神にして民衆の守護神、光の戦士。名を────。

 

「我こそは『ウルスラグナ』! これより貴様を斃し偉大なる勝利をかかげるもの!」

 

 

 

 




後半、早歩きしすぎた感があります。
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