GBF-L_ガンダムビルドファイターズ Lost 作:杉村 祐介
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ロストフリーダム
黒田涼介との戦いを経て強化された。
破損した頭をZZに、腕をバンシィに差し替え
全てをガンダムマーカーで塗装されたガンプラ。
朱い粒子、そして遊が最初に出会った黒い影との関連性は──
朝。身体の痛みもなく息苦しさもない。気がついたら朝になっていたという感じで、今日はとても寝覚めが良い。いつものように蒸し暑い空気が重くのしかかっている不快感があるだけで、なんともない一日の始まりを迎えることができた。何より昨日は、夢を見なかった。
部屋の空気を入れ替えようとカーテンと窓を開ける。もう日が差してきてもおかしくない時間なのに、その空は薄い暗雲に沈んでいて、部屋の電気をつけようかと思うくらいの天気だった。こういうときはもうすこし気温も下がってくれれば良いのに、高い湿度のせいか生ぬるい風が部屋に流れてくるだけで。
こんな天気なのに調子の良い身体だということに違和感を覚えながらも、今日すべき大事な目標を、机の上に立たせていたガンプラを見て思い出す。両腕を異形の武装で覆い固めた、漆黒のストライクフリーダム。遊の新たなロストフリーダムは、片付けられた勉強机の上に凛々しく仁王立ちしていた。
「ロスト、フリーダム」
これを使って早川魁斗を倒す。それが今の遊の願いであり、アイちゃんの願いでもある。彼女が望むならきっと僕は何とだって戦うだろう。
「……母さんは、僕がガンプラバトルしてるって知ったら、怒るかな」
ふと改造前の姿を、そしてそれをプレゼントしてくれた母のことを思い出して、少年の表情は少しだけ綻んだ。
──ガンダム ビルドファイターズ ロスト──
〜 第十一話 切られた火蓋 〜
小学生の遊にしてみれば見上げるほどの大扉は、いつにもましてヒンヤリと冷たく感じられた。それを押し開けて入ったバーのような空間のさらに奥、薄暗い照明の闘技場は、今日もいくつかのバトルシステムが織りなす光に満たされていた。
「よ、思ったより早かったな」
入り口付近にたむろしていた小学生グループの中から一人、声をかけてきたのは黒田涼介だった。
「俺とのバトルからまだ3日しかたってねぇじゃん。新しいガンプラ、もうできたのか?」
遊は涼介という少年に驚いていた。彼とはつい先日戦って、ガンプラを奪い取ったばかりだというのに。それに涼介とさっきまで談笑していた同学年の子たちは遊に距離を置いている。これが正常だと遊自身も思うが、この心の距離感は一体なんだというのか。
「黒田、くん」
「涼介でいいって。ほら、新しいの見せてくれよ」
黒田は遊がガンプラを出すのをしっかりと待ってくれていたが、その言葉に遊はいじめっ子の武田を連想してしまった。苦手なタイプだ、と身体が自動的に強張って警戒するのと同時に、逃げたくなってきて、黒田の横をすり抜けて、稼働しているバトルシステムに近づいていく。
取り出した愛機の姿は黒田にも見えただろう。見慣れた両腕の造形にピンときた彼が口を開く前に、遊がGPベースをセットする。
「もう負けないよ、黒田くんにも、早川くんにも」
New Fiter Field In. Battle Star!
乱入した世界は青々とした快晴の空に覆われた孤島が一つ。それをぐるりと囲う一面の大海原。遮蔽物の少ない海上と、特殊な海溝が作り出す渦潮が多発している海中という両極端なフィールド。その決闘場とも見て取れるモビルスーツにとっては小さな陸上で、相撲を取るかのように剣を交える2機のガンプラ。
彼らにもアラートは響いただろう。それでもなお切り結ぶ両者に、遊は愛機のテストプレイを開始する。
「まずは牽制代わりに一発!」
右手首を回しスロットの3番目、右腕部に装備された二枚の板からなる強力なビーム兵器、アームドアーマーBS(ビームスマートガン)と名付けられたそれが唸る。蜘蛛の糸のような深紫の閃光が走り、それは発砲者すら驚かせるほどの速さで空を駆け抜け、ターゲットにしたガンプラの一機を貫き、抉った。
爆散する敵機を眼前にして、やっと視線をこちらに移した片割れが、バーニアを点灯させて跳躍する。白い機影、控えめなトリコロールカラーに加え流線型のデザインが施されたボディ、随所から露見する黒鉄色のガンダム・フレーム、サムライを思わせる鉄刀を一振り握ったそれの名は──バルバトス。
より人間に近いデザインのモビルスーツだった。その動きも、ロボットのそれとは思えないほど美しく、たくましさを感じさせる動きだった。機械のもたらすそれではない強さを持ったガンプラは、バーニアに物を言わせた飛行ではなく、脚力を中心とした跳躍でロストフリーダムの高度まで迫る勢いだ。その速度は並ではない。
ロストフリーダムはアームドアーマーBSをもう一度放つ。だがそれを、バルバトスは避ける素振りも見せず、その純白の装甲で受け止めた。紫の花が散るように流れる光。その本体にダメージを与えられた様子はない。
「効いてない……でも」
遊はスロットを回し、今度は左腕の武装、アームドアーマーVN(ヴァイブレーションネイル)を選択する。サイコフレームという特殊金属でできた四本の爪が唸りを上げて金色に輝けば、それはどんな分厚い装甲も斬り裂く獅子の爪となる。
甲高い音とともにぶつかりあった両者の武器。地上から飛び上がったバルバトスの振り上げられた鉄刀を、ロストフリーダムは左腕の甲で受け止め、弾く。そして空いた懐にもう一撃、左腕の鋭爪が食らいつく。リーチは短い、だがその威力は先ほどビームを弾いた装甲さえもやすやすと切断し、コクピットをバラバラに斬り裂く。
たった一撃。心臓を抉られて行動不能になった鉄塊は、力なく海面へと落下していく。そのしぶきが最後の叫びのように打ち上がると、重力に負けて消えた。
「……強い」
荒れる海面を見下しながら、遊は手応えを感じていた。右腕のビームスマートガンもそうだが、左腕のヴァイブレーションネイルは絶大な威力だ。どちらも遊の予想より上を行く火力、スピードを備えていて、それがまるで最初からこうあるべきだったような、しっくりと手に馴染む感覚に包まれていた。
始めてガンプラバトルをしたときに出会ったロストフリーダム、あれとは姿形こそ異なるものの、あのロストフリーダムを目にしたときに受けた感覚が今、自分の手元にある。パワー、スピード、風貌、そして朱く染まった粒子……この力が何であれ、もはや誰にも負けやしない、そんな自信を沸き立たせるような、強さ。
New Fiter Field In.
背後からのアラート。不意打ち気味に現れた乱入者に反応して機体を転身させる遊。装甲のわずか数センチ先にまで及んだ大振りの刃は空を切り、風を呼ぶ。ロストフリーダムの判断力をもってしても、ここまで差し迫るほどに敵は迅速かつ大胆だった。
モビルスーツはさらなる一撃を加えんと空中で一歩踏み出す。だがその切っ先は装甲を食い破ることもできず虚空を撫でるのみ。ロストフリーダムにとってそれはもう見たことのある武装でしかない。大剣は朱い粒子を斬り裂くのみで、その切っ先は本体には届かない。残像のように粒子を散らすロストフリーダムはその速度を上げ、紅の敵に向けて腰のビームサーベルを振り抜く。だが同時に敵もまた機体を巧みに操り、サーベルを大剣で受け止めてみせる。ほんの数秒にも満たない間、ぶつかりあって散る火花。両者はそれを良しとせず距離を取る。
紅色の機体。触れれば即死を意味するであろう身の丈ほどもある大剣を、やすやすと片手で振り回す猛者。曲線と直線の織りなす美と胸部に輝くGNコンデンサの光。遊にとってそれは見たことのない姿をしていたし、画面に表示される機体名も聞いたことがなかった。
「ガンダムスローネ、ツヴァイ」
そしてさしたる興味も無かった。二度の斬撃を見て、こんなものかと吐き捨てるのみで。
スローネツヴァイはサイドアーマーに装備したGNファング──宇宙世紀の設定で言えばファンネルビット、遊の知っているガンダムSeedの世界設定で言えばドラグーンと呼ばれている自立飛行兵装──を解き放つ。周囲に展開されたそれら六機は、舞い踊るように弧を描き、羽蟲のように散開する。うっとおしい、と言わんばかりにロストフリーダムもドラグーンを八機全て展開し、光の翼とも形容される、ヴォワチュールリュミエールを開放する。
快晴の空を駆け回る無数のファンネルビット達、それらが繰り出すビームの乱気流をかいくぐり交わる二機のガンプラ。方やGNドライブの残光を紅く散らし、方や変容したプラフスキー粒子の残光を朱く残す。
紅と朱とはしだいに混ざり合い犯し合い、互いを己のものにせんと取り込み溶け合う。モビルスーツの距離も次第に近づいていき、もはやその剣先が触れようかという距離にまで近づき──
切り捨てた。両腕に装備されているビームトンファーが、紅の装甲を分断した。心臓であるGNドライブを焼かれたスローネは、刹那の沈黙を経て爆発する。GNファングは主を失い命を枯らす。
自信は確信に変わった。この強さなら、必ず。
「待っていたよ、長谷川遊くん」
場外からの声に、ふとモニターから外へと意識を向ける。
「早川、魁斗っ!」
「思ったよりも早かったね、もう少し時間がかかるものと思っていたよ」
此度の目的、倒すべき宿敵。早川魁斗は遊の戦いを一部始終眺めていた。
「この試合は一度終わりにしよう。補給して、完全な状態で戦うのがフェアってものだろう?」
そう言って彼は自前のガンプラをチラつかせながらも、GPベースをセットして乱入する素振りは見せず、むしろ周囲のファイターたちに目配せをして、これ以上乱入させないように圧をかけている風に見えた。その流れを他のファイターたちも良しとしているのか、誰も遊に試合を挑もうとはしなかった。
フィールドに独り取り残されたロストフリーダムはその試合の勝者となり、ファイターである遊の手元におとなしく戻ってくる。被弾もなく、破損もない。これならばすぐにでも決戦に出せる、最高のコンディションだ。
「……勝負だ魁斗!」
「おうおう焦るなよ。まずはここのルール通り、戦利品を回収してからってもんだろう?」
戦利品、と言われてバトルシステムに残されたガンプラを見返す。先程打ち倒した三機のガンプラが、持ち主に回収されることなく無残に転がっている。それを遊は、手元に寄せてナップサックに入れた。
魁斗はいつもの余裕ある笑みを浮かべて言う。
「新しいストライクフリーダム、すごく強そうじゃないか。奪った機体で強化するってのはどんな気持ちなんだい? さぞ気持ちがいいんだろうね!」
その言葉選び、イントネーション、表情、どれもが遊の神経を逆なでするような苛立ちを感じさせた。
「おっと、怒らないでくれよ。ここのファイターのほとんどはそんなもんさ。少ないお小遣いで沢山のガンプラは買えない。だから奪ったガンプラそのままで戦ったり、改造パーツとして使ったりするのが当たり前……あいつのバルバトスも、そいつのスローネツヴァイも、本当の持ち主は別人っていう現実──」
ふと先程まで相手をしていたファイターの表情に目をやる。確かに負けて悔しそうにしているが、それほど酷いものではない。そして遊は、彼ら以上に苦い表情をしているファイターたちが別に居ることにやっと気づいた。
言葉に出せない感情がふつふつと煮えたぎってくる。魁斗が作ったルールを破壊し、ここにあるねじ曲がったルールを破壊し、アイちゃんの願いを叶える。そのためにロストフリーダムを作り、今日ここまでやってきた。
Please set your GP-base.
「魁斗、俺はお前に勝つ!」
このロストフリーダムでお前を倒す。GPベースをバトルシステムに叩きつけるようにセットし、認識させる。
「そうかい! けど残念だな……君が作ったそのツギハギの機体は、僕が回収してやるよ!」
魁斗もGPベースをセットする。
そして両者は愛機を、己の手で作り上げた心の形をバトルシステムに乗せる。
「長谷川遊、ロストフリーダム。出る!」
「早川魁斗、ジャスティス、出撃する。僕は正義を執行する者だ!」
孤島を中心とした大海のフィールド上に、同時に解き放たれた二機。一方は黒く塗られた異形の、自由の名を冠する機体、ストライクフリーダム。一方はローズレッドで丁寧に塗装された、兵器であるのに美しささえ感じる丁寧な作風の、正義の名を冠する機体、ジャスティス。
因縁浅からぬ両者は、セルリアンブルーに彩られたプラフスキー粒子の風を受け、操縦者の心を乗せて洋上の大空を羽ばたく。