GBF-L_ガンダムビルドファイターズ Lost 作:杉村 祐介
「魁斗……俺はお前に勝つ!」
遊はなんとしても、早川魁斗を倒さねばならないと決心していた。ねじ曲がった正義を正すために、期待に応えるために、アイちゃんに褒めてもらうために、なんとしても倒さねばならないと決心していた。そのためならば、たとえ他人から奪ったガンプラのパーツを取り込んでも、兄から盗んだGPベースを使い続けていても、正しいことのように思えていた。
心の羅針盤を失ったまま大海へと飛び出した「失われた自由」は、一体どこへ向かうというのか。自身すらもそのたどり着く場所を、目指すべき場所を知らぬままに、ただ目の前に映る敵を踏み倒し、ただ己が前だと信じた方向へ進み続ける。
亡霊船のような進路をたどる遊の前に立ち塞がるは、雷鳴を轟かせた暗雲のごとき「正義」のガンプラ。
── ガンダムビルドファイターズ ロスト ──
〜 第十二話 示された因縁 〜
「長谷川遊、ロストフリーダム。出る!」
「早川魁斗、ジャスティス。僕は正義を執行する者だ!」
孤島。周囲全面を大海原に囲まれた小さな大地。爽快に突き抜けるほどの青々とした空と、大波と渦潮のまみえる海が大多数を占めるこのフィールドに、二機のガンプラは勢い良く解き放たれた。方や闇を背負う黒にまみれたストライクフリーダム。方や美しい薔薇を連想させるような赤いジャスティス。
両者はほぼ同時に、一撃必殺の兵器を敵に向けて放つ。
「まずは!」
赤い機体のルプス・ビームライフルは細く鋭い一閃を。黒い機体のビームスマートガンは糸のような紫の閃光を。それぞれの光は交差して目標に進むも、それは空気を焼き彼方へと伸びるのみ。モニターに敵影を捉えながらもそれはまだ遠く、狙い穿つにはいささか小さい。
この距離では牽制にもならないし、ジャスティスという機体自体は中〜近距離向けの装備が多い。ここは間合いを一気に詰めるのが得策か、と魁斗は構えたライフルを一度下ろす。
「この距離じゃ、お互いの射撃も当たらないだろう──」
その油断の隙に、遊のロストフリーダムからの二撃目。
モニター一杯のアラートと、深紫の熱と光が迫る。無防備に晒されたジャスティスの、偶然にもそのシールドに直撃したビームは、その装甲を眩しく照らして焼いた。
「──なに」
魁斗の予想を超えた一撃は機体さえ穿つことはなかったが、その心を乱すには十分な威力だった。赤い機体にダメージはない、だがシールドの美しい表面は半分が焼け、もう一撃を受けることもままならないだろうほどに溶け落ちている。先の冷静さも、熱された装甲を前に蒸発する。
「この距離で、僕に当てたっ!?」
「次は墜とす!」
三撃目、紫の線が伸びる。だがその意思はあまりにも直線的すぎて、ジャスティスの運動性にかかれば躱すに容易い。
「不意打ちでなければこの程度!」
正義が背負う翼は形を変え、その推力を全て背面へ向けて飛び立つ。その機動力は他のガンプラとは一線を画す速度まで一瞬で到達する。流星のように伸びる残光、その目標、ロストフリーダムまでの相対距離は瞬く間になくなってゆく。
黒い亡霊を切り捨てんと、解き放たれた正義の刃。ジャスティスはビームサーベルを抜き放って構える。ロストフリーダムもそれに応じて左手で腰のサーベルを抜刀する。
重なる刀身、弾ける熱と光。
「さすがにここまで無敗なだけはある」
「負けられない、俺が勝つんだ。だから!」
一段と大きな爆発ともとれる音を発して、両者の刃は離れた。ジャスティスは急加速、今度は敵機から距離を空けるように空中を滑空する。
ロストフリーダムにダメージを与えることは叶わなかったジャスティス。とはいえ魁斗は手応えを感じていた。気づいたのだ。先程の動きの中で、遊の反応速度が僅かに遅れていることに。もう一瞬、あと一瞬だけこちらが早く動ければ、あの忌々しい合成魔獣の胴体を真っ二つにできる。無敗の悪魔のようでいて、相対する操縦者は想定通り、ただの新米ファイターのそれだ。
「──笑っちゃうね、こんな奴に皆して負けたのかよ!」
正義の執行者は、よもや正義を掲げる者とは思えないような邪悪な笑みを浮かべて言った。
◇ ◇ ◇
バトル開始からわずか1分程度。その一連のやり取りは、その場にいる全てのファイターを釘付けにするほどに美しく豪快だった。フィールドを縦横無尽に駆け回る赤と黒の機体を、大勢のファイターたちが寸分も見逃すまいと、目を凝らして追いかける。普段はいがみ合い対立している中学生グループと小学生のグループも、今は肩を並べフィールドギリギリの境界線へとひしめき合って行く末を見つめ、ときに大きな歓声を上げる。
「さすが遊! いけ! やっちまえ!!」
その中でも涼介の声がひときわ大きく響く。ロストフリーダムに使われているバンシィのパーツが元をたどれば自分のものだったことが嬉しかったのか、彼の活躍が自分の活躍であるかのように喜び、ヒートアップしていた。
「俺を倒した上にそのパーツまで使ってんだから、あれぐらいやってもらわなきゃな!」
「黒田、すこし静かにしてなさい」
この場に似合わぬ華奢な声。予想してなかったその姿に、涼介は飛び上がるほどに驚いた。
「山田っ!?」
「その態度、女の子に対して失礼じゃない?」
「いや、だってお前いつも裏のパソコンで辛気臭そーに試合見てるから、今日も引きこもってんのかと思ってさ」
「そういうのが失礼だって言ってんのよ、バカじゃないの」
涼介の言葉にイライラしながらも、アイはバトルシステムに集まる少年たちをかき分けて、一つのパネルからケーブル引き出す。いくつものピンがある平たいそれを、手に持っていたケーブルにつなぐと隣のバトルシステムが点灯──リアルタイムで、遊と魁斗のバトルが再生されていた。
「さ、好きなとこで見なさい」
わあっ、と一目散に動く観客たち。反対側でも同様にモニター代わりにしたシステムができたのだろう、半分程の人数が場所を変えていた。
「こうも大勢いたら私の場所が無くなっちゃうじゃない」
ひしめき合っていた周囲に余裕ができたのを確認すると、アイは遊と魁斗どちらの側につくわけでもない、まるで審判が立つようなポジションで、セルリアンブルーに輝くフィールドを見据えた。
バトルに真剣な眼差しを向けるアイに、涼介が声をかける。
「なぁ」
「何よ」
「なんでここまでするんだよ」
実のところ涼介にとって、アイという人間がずっと理解できないままでいた。新人を闘技場に連れてきては、多少の手間をかけて説明し、あとは裏にこもって動画を取っている陰湿な奴。動画の中では猫を被っていて、普段はとてもいけ好かない奴。ごくたまにバトルを挑まれても、それをあっけなく返り討ちにするほど強い奴。自分もあの魁斗に負けるまでの少しの間だけだが、アドバイスをもらいながら一緒に行動していたことは事実だが、それにしても彼女という存在が、涼介にはわからなかった。
「別に。あんたに話す理由なんて無いわ」
そんなアイが、こちらを睨むような視線で一瞥しながらも、試合から目を離すことなく続けた。
「貴方と魁斗の戦いもこうして見に来てたでしょ」
「んなもん知らねぇよ。試合してる最中に誰が見に来てるかなんて関係ねぇだろ」
ガンプラバトルは一対一の真剣勝負、そこに誰が見に来ようと誰が応援しようと意味はない、涼介はそう思っていた。けれどアイはただ、ため息をこぼすばかり。
「だからバカって言われるのよ」
バカだと言われて涼介はむっとしたが、それ以上でもそれ以下もない。そこを深く考えないのが黒田涼介の数多い長所のうちの一つだ。……彼はそう認識している。そんなことよりも大事な試合が今、目の前で繰り広げられているのだから、今言葉尻にカッカしている暇はない。
けれど一つだけ、涼介はアイに聞いておきたいことがあった。
「お前、どっちに勝って欲しいんだ?」
その問いかけに、アイはほんの少しの沈黙を置いて、頬を緩めて再び答えた。
「だからバカって言われるのよ」
◇ ◇ ◇
試合開始時は快晴だった空は、いつの間にか薄く黒い雲がもやのように広がっていた。その中を斬り裂くように飛び回るガンプラは、幾多の攻撃を交わしては離れ、離れては交わりを繰り返し、帯状の雲を描いては掻き消した。
ジャスティスがライフルを腰にマウントしサーベルを握れば、ロストフリーダムもまた腰のサーベルを振るう。熱量同士が激しくぶつかり合う音がバトルを彩った。
火花を散らす画面を前に、魁斗はあえて遊に聞こえるように叫ぶ。
「加速力、機動力、武装の出力、そのどれもが闘技場ファイターの平均以上。おまけに反応速度はトップクラスだ。素晴らしいファイターだよ、遊くん!」
「人を見下して!」
汗ばむ手でコンソールを動かし、眼前まで迫ったサーベルを弾きかえす。
「俺はお前に勝つんだ、勝たなきゃダメなんだっ」
息を荒げて叫んだ遊は、ビームサーベルを前に突き出しながら背面のスラスターを全力で吹かす。
「なぜ僕を目の敵にする?」
魁斗はジャスティスを急降下させロストフリーダムの突進を回避したと思えば、すぐにサーベルとライフルを持ち替えて射撃戦へと移行する。その手早さに翻弄されている遊は回避することしかできない。
「僕とキミとは初対面だ、キミに争う理由なんてないだろう」
確かに魁斗の言うとおり、遊にとって彼はなんでもないただのファイターの一人だ。自分が抱く戦う理由は、アイちゃんがそうしろと言ったからだ。彼女がそう望んだから、自分をここへ連れてきたアイちゃんの言うことだから、そうしなければならないと思った。それだけだ。
なら、彼女はなぜ魁斗を倒したがっているんだ?
「それは──」
「それは『お兄さんに言われたから』か!?」
遊の手が止まった。旋回するロストフリーダムはジャスティスから遠ざかり、そして空中に漂う。纏いかけていた朱い粒子が霧散して、闘気がぼやける。
「図星か、そうか。やっぱりそういうことだったんだな」
敵の異常に気づいた魁斗もまたジャスティスを空中に漂わせて、遊にモニター通信まで開いてみせた。その表情は何故か勝ち誇ったかのような薄ら笑いを浮かべ、蔑むような視線を遊に向けていた。
「ああ、長谷川って名字でそうじゃないかと思ってたけど、よくよく見れば長谷川部長そっくりじゃないか。兄弟だってなんですぐに気づかなかったんだろうね僕は。そうか、部長は自分じゃ戦えないからって弟を使ってまで僕を倒そうって考えたのか!」
魁斗は何を言っているんだ。兄の卓とこの男にどんな関係があるんだ。部長……そうだ学校の部活、兄は模型部に所属していたはずだ。つまり早川魁斗は兄の後輩か。でも『戦えない』ってどういうことだ。一体何があったんだ──
ぐるぐると思考がめぐる。頭を想像が支配して手が動かない、口が開かない、言葉が出ない。さっきまで吹き出していた額の汗は一気に引いてゆき、立ちくらみのように平衡感覚が曖昧になっていく。全身に重りを乗せられたように重力がかかり、力が入らない手は小さく震える。
「何を、知ってるんだ?」
たったそれだけ、必死になって絞り出した言葉がそれだった。
「何って、全部さ!」
力の抜けた表情の遊を見て、魁斗は勝ち誇ったかのように言い放つ。
「部長はひとつ下の僕に負けるのが怖かったんだろう。僕が入部してしばらく経って急に『部活を辞める』なんて言い出して、僕とのバトルを最後に全く顔を出さなくなった。部活どころか好きだった模型屋にも行ってないみたいで、部員のだれもが模型を辞めたと思ったよ。僕だって悲しんだぜ? 技術もバトルも上手かったんだ、尊敬だってしていた。そんな人が模型辞めるなんて、相当なことがあったんだろうって思ったさ。だけど蓋を開けてみれば……部長は最後の試合で僕に負けたことを根に持ってて、こんなとこにまで弟を送り込んでくるなんて、笑っちゃうよ!」
魁斗の高笑いが闘技場に響いた。音の逃げ場がない地下空間でその声はよく反響して、遊の鼓膜を何度も叩いた。
「違う。兄ちゃんはそんなこと僕に言ってない!」
「本当にそうかい? あの人のことだ、弟に直接負けたって言うことが恥ずかしかったんだろう。直接言えないまま、お兄さんは黙ってキミをここへ来るように誘導したんだよきっと。ほらGPベースをよく見なよ、ビルダーネームがお兄さんの名前まんまじゃないか!」
ぎょっとして自分のデバイスを確認した遊。周囲の観客もハッとしたように視線を移す。確かにファイター名の欄には「SUGURU HASEGAWA」と記されている。自分もGPベースを勝手に借りたときから深く考えずに使っていたが、誰も気づかなかったのか、気づいても些細な問題だと思っていたのか。今の今まで気が付かなかった。それは確かに兄の名前だ。
遊の知らないところで兄は戦って、負けていた。その事実を初めて知った。卓は遊に語ってくれなかった。いつの日か唐突に「模型は辞めた」と言って、大好きで毎日触っていたプラモや工具を段ボール箱に押し込んで押入れに封印した兄の背中を忘れはしない。それは小学生の自分でもわかるほどに、悲しさを我慢していた背中だった。何があったのか遊にはわからなかったが、それがこの早川魁斗に負けた悔しさだったのかと思うと、言葉に出せない黒い感情が沸々と湧いてくるのを抑えられなかった。
「兄、ちゃん」
魁斗の言うとおり、ここへ来ることは兄の予想していたことなのか。まるで操り人形のようにここに連れてこられて、戦わされていたのか。いいや違うきっと違う、そんなことをするような兄ではないはずだ。そう思っているのに、そう思いたいのに、疑念がきれいに晴れることはなく、自分の心を黒く埋め尽くしてゆく。
ロストフリーダムの周囲に再び朱い粒子が渦を描く。それと同じように、遊の身体に濁った血液が心臓を介して行き渡る。
「僕、ぼ……俺、俺はっ……」
手が震える。さっきまでのとは違う、今は内側から溢れ出そうな感情を抑えるので精一杯になっている震えだ。冷え切ったような身体に再び熱がこもる、汗がじわりと滲む。全身の毛が逆立っているようにも感じられる。
きっとこの感情は怒りだ。兄が好きだった模型を辞めさせるきっかけになった魁斗を、それを高笑いして見下してくる魁斗を、絶対に許せないと全身で怒っているんだ。きっとそう。許せない、許さない。絶対に。
ゆらいだ闘志にもう一度火をくべる。ロストフリーダムの粒子を朱く灯らせる。それに足るほどの、有り余るほどの理由ができた。
俺は、早川魁斗を倒す。倒さなきゃならない。
──お前は 何を望む──
「俺は! お前を! ぶっ倒す!」
怒りで涙が出るようなこともあるのだろうか、遊の潤んだ瞳の奥に、歪んだ魁斗の姿が映っていた。