GBF-L_ガンダムビルドファイターズ Lost 作:杉村 祐介
GBF-L #014「知り得なかった憧憬」
心に、ぽっかりと穴が開いた。
ちがう。単に塞いでいた板切れがなくなって、今までずっと開いていた穴が見えるようになっただけだ。僕はずっとガンプラバトルという玩具で、心の隙間を埋めようとしていただけ。寂しさと怒りと悲しみを覆い隠して忘れるために、遊びで気を紛らわしていただけ。傷ついていた自分自身に、平気だよ大丈夫だよと嘘をつくために、いつも強くて真っ直ぐな兄ちゃんの真似事をやっていただけ。ああ、僕は何のために戦っていたんだろう。
心に、ぽっかりと穴が開いていた。
── ガンダムビルドファイターズ ロスト ──
〜 第十四話 知り得なかった憧憬 〜
ひとしきり降り終わった夕立ちはその気配を水たまりに残すのみで、焼けるような夕日が雲の切れ間から濡れた大地へと差し込まれていた。闘技場のある路地から少し進んで商店街まで行けば、帰宅する人や買い物をする人たちの喧騒につつまれる。さっきまでの激闘が嘘のように、変わらない日常がそこに広がっている。
「魁斗ぉ!」
人混みに消えそうになる魁斗に声を張り上げたのは、涼介だった。
「なんだよ、負け犬」
「てめぇに言っておきたいことがある」
小学六年生と中学一年生という、たった一年の大きな差によって頭一つちがう身長差の魁斗に、怯むこともなくずんずんと大股歩きで近づく涼介は、そのニヤついた顔を見上げて睨みつける。
「てめぇを倒すのはオレだ。忘れんな!」
「へぇ。おまえ遊に負けたのにそんな大口叩けるんだな」
せいぜい楽しみにしておくよ、とそっけなく返して、魁斗は再び歩き出す。足蹴に扱われたことに涼介は取っ組みかかろうかとさえ思うほど腹立たしかったが、何も言えなかった。それ以上に相手にされていない自分の弱さが、許せなかったから。
ひたあるく魁斗も、自分の弱さが許せないでいた。その思考の中に涼介なんてこれっぽっちも存在しておらず、ただ長谷川遊とロストフリーダムのことばかりがめぐる。
「僕のジャスティスをあそこまで追い込んだあの機体。異常なマニューバ、反応速度、出力もあり得ないほど強力だ……なんだっていうんだ、あれは」
そう、特別異質に感じたのは、ビームブーメランをドラグーンで受け止めた一瞬の動き。あれは魁斗にも直撃したと思わせるほどの硬直があった、遊が反応できるタイミングではなかった。それを、ドラグーンをピンポイントで動かして受け止めるなんて芸当、並の小学生が出来るものじゃない。あれは世界大会でお目にかかってもおかしくない程の技術──
頭が痛い。いつまでも脳裏に焼き付いて離れない卓が、そしてその弟であり自分の前に立ちふさがった遊が、魁斗の思考とプライドを引っ掻き回して離れられない。そのイメージを払拭するために、物理的に頭をかきむしってみるも虚しく。
「長谷川……まだ僕の前に立ちふさがるっていうのか」
魁斗の思い描く長谷川は遊の方か、それとも兄の姿か。
◇ ◇ ◇
暖かさと肌寒さを感じる。静けさと喧騒が耳に響く。明るさと暗さがまぶたに差さる。すごく頭が痛くて、平衡感覚もおかしい。立っていると思っていたけれど、よくよく気づいたら横になって寝ているようだ。暖かい毛布につつまれていて、優しい気持ちになるような。
「ここは──」
眼を開けると、遊は知らない部屋に居た。
「あ、起きた」
黒と白のインテリアに纏められた部屋は大人びた雰囲気を感じさせて、その部屋の中に薄い生地でできたスカイブルーの長袖と、同じような色のハーフパンツな格好のアイは、その空間にはチグハグで浮いているような印象を受けた。きっとそれだけではなくて、夏なのにやや涼しいとさえ思える気温や、自分が普段とは違うぶかぶかの白シャツを着せられていることがそう思わせたんだろうか。
「体調はどう、風邪引いてない?」
さっきまで見ていたであろうバラエティ番組が白々しく笑いの合いの手を入れるのを、全く気にも止めずに自分の心配をしてくれるアイに、寝起きの頭が急速に回転していくのを自覚した。自分はベッドの上で横になっていたみたいで、彼女はソファがわりにベッドに腰掛けてテレビを見ていた。そう、確か闘技場の入り口でいつもスマホをいじっているヒロシという男の運転する車で、夕立ちの中で突っ立っていた自分は泣きじゃくったまま、アイちゃんに手を引いてもらってこのマンションに来たんだ──
視界がクリアになっていく。経緯が恥ずかしくなって顔が真っ赤になる。思わず眼の前の彼女から目をそらしてうつむけば、着ている服も自分のものではなく大人サイズの白いTシャツで。それがよけいに恥ずかしく感じられて、寝ているときに被っていた毛布をたぐりよせて身体全体を隠すようにくるまった。
「あ、アイちゃん、僕はその」
「顔赤いけど大丈夫? やっぱ風邪引いたんじゃ」
「大丈夫! たぶん大丈夫だから!」
心配してくれているアイに対して、慌てふためくことしかできない自分によけい恥ずかしさと情けなさを感じて、遊は膝を抱えて小さく三角座りするしかできなかった。
やや気まずい沈黙が続いて、アイは「なら良かった」と微笑むだけで。遊は返す言葉が見つからなかった。その優しげな笑顔の裏に、どんな感情を隠してるんだろうと不安になった。魁斗を倒すと意気込んでいたのに無様に負けてしまった自分のことを、雨に濡れて泣いていた自分のことを、一体どう思っているんだろう。闘技場のルールはアイちゃん自身が作ったということを自分にずっと黙っていたことを、一体どう思っているんだろう。
「喉乾いてない? ジュースしかないけど飲む?」
そう言った彼女は遊の返事を聞く前に、煩わしくなってきたテレビを消して、扉の先にあるキッチンへと向かった。普段ツインテールに結っている髪が今日は下ろされていて、そのしなやかで長い髪がさらりと遊の前を通り過ぎた時、ふわりと広がるシャンプーの香りがどこか遠い記憶を掻き立てる。
「アイちゃん」
「あー、そのね。黙っててごめん」
アイは遊を見ないままに、ジュースを注ぐ手を止めることなく言った。
「嘘ついた、って覚えはないんだけど、ちゃんと言わなかったのは事実だし。闘技場のルールはあたしが作ったってこと。ごめん」
「……別に、終わったことだし、気にしてないよ」
本音を言えば、気にしていないわけではない。けれどこうもダイレクトに謝られると、自分の感情をどこへ持っていけばいいのか分からなくなってしまう。アイを責めることができれば楽になれるのかも知れないけれど、どんな理由でも他人を責めることが正しいとは思わないし、遊は誰かに嫌われるようなことを進んでする人間でもなかった。
「僕だってごめん、結局魁斗に勝てなかった」
「いいよ別に。あたしの勝手な押し付けだもの、遊が気にすることじゃない」
氷がぶつかり合う音が静かに響くガラスコップを、アイは遊に手渡して言う。
「優しいんだね、遊は」
「そんなんじゃない。僕は──」
優しいと褒められているはずなのに、今の遊にはなぜかそれが苦しいことのように感じてしまう。蒸し暑い外よりもよっぽど居心地が良いはずなのに、今すぐここから逃げ出したい気さえする。口にしたオレンジジュースは酸っぱくて甘い。
「僕帰らなきゃ」
コップのジュースはまだ残っているが、この部屋に残る理由はもう無い。
「何言ってるの。もうとっくに夜だし、遊の服はまだ乾いてないよ?」
「えっ」
アイに言われてハッと気づいた。さっきのバラエティ番組は夜8時から毎週やってるものだし、閉められたカーテンの隙間から太陽の光が見えることもなくて、部屋に一つ置いてある時計の針はもうすぐ9時をさそうとしている。
「か、帰らなきゃ父さんに叱られる!」
「大丈夫よ、もう連絡しといたから」
アイがどこからともなく手渡してきたのは遊の財布で、もしものためにと母が入れてくれていた住所と電話番号が書かれた紙がその中に入っているのを思い出す。
「ヒロシに連絡してもらって、今夜は勉強会ってことで家族から承諾もらったわ。こういう時の大人って便利よね」
あの父親がお泊り会を許すだろうか、と遊は不思議に思ったが、それ以上に展開の速さについていけない。
「でも、アイちゃんのお父さんとお母さんは」
「それも大丈夫。ここはパパの隠れ家みたいなとこだから」
「隠れ家って」
「パパしょっちゅうママと喧嘩するんだけど、そういう日には決まって言い訳しながらここに泊まるの。夏休みの間はパパに頼んであたしも自由に使っていいことになってるから」
「そ、そうなんだ……」
とても手際がいいというか、ぬかりのないアイに対して、遊は外周からじわりじわりと詰め寄られているような感覚になる。やっぱり彼女のことはどこか掴めない存在だ。
「さて、それじゃあ」
遊が三角座りしているすぐ横、その肩がくっつくほどの距離にアイが座って、遊の耳元で囁く。
「今夜はあたしと楽しいこと、やろ?」
やっぱり夕立ちのせいで風邪でもひいたんだろうか、クーラーはしっかり効いているはずなのに、遊は身体が火照っていくのが自分で理解できた。
激しい戦いに傷ついた雨を超えて、また日は昇る。昨日の曇り空はどこへやら、すっかり快晴となった空から夏特有のジリジリした日差しが降り注いでいる。猛暑の中をセミが一生懸命に鳴いている声は、遊にとってはちょうど煩わしい目覚まし代わりとなった。
遊は昨夜ずっと、アイちゃんセレクションの恋愛映画三本を休まずに二人で鑑賞していた。一本目はラブコメディで、二本目は純愛物で、三本目はよく覚えていない。アイは映画をとても楽しそうに、真剣に見ていたことだけは覚えている。けれど遊は映画なんてアニメの劇場版くらいしか興味が無かったので、それらは退屈で理解できない世界だった。あんまり夜ふかしにも慣れていない彼には難しく、気づいたらベッドの上で眠りこけていたようで。
身体を起こして周囲を見回す。アイはすぐ近くで毛布に包まれながら、こちらに背を向けて寝息を立てている。自分より後に寝たんだろう、起きる気配はない。
「アイちゃん、朝だよ」
寝ぼけ眼で彼女を起こそうとして肩に触れた。薄手のパジャマ越しに届く柔らかな肌の感覚、さらりと輝く長い髪、黒髪とのコントラストが映える白い耳。そんな無防備な姿に一秒か十秒か、それとも一分以上の時間だろうか、起こすのも忘れてただただ視線を奪われてしまう。
「んっ」
アイが寝返りをうってこちらに顔を向けた。ただそれだけなのに心臓が飛び出そうなほど驚いてしまう。自分が驚いたことに驚きながら、何もしていないのに何か悪いことをしているような錯覚に苛まれて、慌てて手を引っ込める。
「お、起きた? 起きてない……?」
彼女はまだ夢の中にいるような幸せそうな表情を浮かべている。
遊は頭がぐるぐるとかき混ぜられるような錯覚を覚えた。ガンプラバトルで勝利した時の高揚感や追い詰められた時の焦燥感とは違う、この心臓の高鳴りの正体は一体なんなのだろうか。幼い彼にはまだ理解できない感情が消化しきれずに堂々巡り。どうしたら良いのかも分からず、頭が動かない分身体を動かさないといけないような気がして、とりあえず彼女を起こすことは諦めてトイレに向かった。
昨今ワンルームマンションでは当たり前となっているが、産まれてこのかた恵まれた一軒家に暮らしてきた彼にとって、風呂とトイレが複合されているユニットバスは初めてで、その不慣れさにも戸惑いを隠せずに空間をぐるりと見渡す。身体を清めるための風呂場に、汚さの象徴のようなトイレがあるというのは最初は不思議に思う。けれどこの家に連れてこられてから混乱しっぱなしな遊の頭はもう考えがまとまらず「そういうものもあるんだな」と受け入れる他無かった。
「──あ」
ふと足元に、一滴の赤い液体が落ちていることに気づいた。なんだろう、と思ったらもう一滴。ぽたりと落ちたのは確かに血液で。
「血。あっ、鼻血っ!?」
「もう何よ朝からうるさいなぁ」
遊が鼻血にびっくりして声を上げたのが聞こえたのか、さっきまで寝ていたアイも起きてしまい、もそもそとした動きで遊のところに来ると、その血を見て悲鳴を上げる。
「ひゃっ、なんで、血!?」
「ごめんティッシュ、ティッシュちょうだい」
「え、何、ティッシュ? 鼻血なの!?」
「早くっ……!」
ああ、雨の中で鳴いていたところや鼻血を出していたりする自分を見て、アイちゃんはどう思っているのか。きっと情けないやつだと思っただろうなぁ。血の香りで気持ち悪くなるのをこらえながら、遊はただ彼女の心が気になって仕方ない。
「はい、ティッシュ! 服は汚れてなさそうだし、血が止まるまでおとなしくしておいて」
そんな不安を吹き飛ばすかのような彼女の笑顔と対応に、遊はただ、あっけにとられて目をぱちくりさせるばかりだ。ああ、彼女の優しさと強さはどこから出てくるのだろう。
ぼーっとしている遊のことを鼻血のせいだと思っている素振りのアイは、ユニットバスに落ちた血を洗い終えると自分の支度に取り掛かった。
「遊の服も乾いてるだろうし、鼻血が落ち着いたら着替えてね。今日出かけるから!」
「出かける、って?」
「せっかく朝から一緒なんだもの、少し付き合ってよ」
付き合って、の意味がよく理解できず──いや、想像しているそれとはイントネーションも雰囲気も全然違っているので間違っているんだろうなと思いつつ、意味を一つしか知らない遊にとってその言葉に混乱してしまい、また鼻血がひどくなりそうなめまいを覚えた。
そんな遊をよそに、テキパキと自分の着替えを取り出して身支度を進めるアイ。揺れる長い髪をつい目で追ってしまって。
「……何ジロジロ見てんの。バカ」
そう言われてハッと、遊は視線をそらす。彼女はバツの悪そうに、着替えを抱えてバスユニットに滑り込んだ。
◇ ◇ ◇
すっかりお出かけ日和となった快晴の空の下、アイは遊を連れていろいろなお店に入った。最初はハンバーガーショップで朝ごはんを済ませ、次にコンビニに立ち寄ってお菓子を買って、女の子向けの洋服店に入って店内をぐるりと見回して。何も買わずに今度はアクセサリーショップを見て回り、結局買ったのは小さなストラップ一つだけ。
遊は、欲しい物があるからお店に入るのが買い物なんじゃないかと不思議に思ったけれど、アイはとても満足そうで鼻歌でも歌い出しそうなほどご機嫌なのが見て取れたので、ますます不思議でたまらない。
「ねぇ、次はどこ行こっか!」
前を歩いているアイが笑顔で振り返った。姉のようで、それでいて少女のような親近感を思わせるその表情に、先の疑問は泡となって消える。彼女が笑っていられるなら、まぁいいか。そんなふうに思っている自分がいた。
それでもやはり気になることは山ほどあって。着慣れないコンビニ産の下着を脱ぎ捨てて自分の服を身にまとえたことはホッとしているが、それでも出かける用のちょっとカッコイイお気に入りではない、これといった特徴もないTシャツに短パン姿の自分。隣のアイはちょっとおしゃれな感じで、ポニーテールにシュシュをつけ、フリルのついた水玉模様のワンピースに、手首にはいつものリストバンド。普段暗い闘技場で見せる姿と違って、可愛らしい女の子としてそこにいる。遊は隣に並んで歩くことが気が引けてしまい、こうして彼女の後ろを追いかける形で歩いていた。
日差しと店内の光量差で鏡のようになった道路脇のショーウインドウを眺めれば、頭一つ分くらい身長の高いアイと、クラスでも一番チビな自分との見た目は釣り合ってないように見える。並んで歩けば姉弟かと誤解されるだろう。そんな風に思われるのは嫌だな、ということだけはハッキリと意識できた。
「なにボーッとしてるのよ」
遊は前を歩いていたアイが立ち止まったことに気付かないくらい考え込んでいたらしく、声をかけられて肩が飛び上がる。
彼女は手を差し出してきた。
「こういう時って男の人がリードしてくれるものでしょ?」
「えっ、でも、僕よく分からなくて」
混乱するばかりだ。リードする方法も、アイちゃんの考えも、自分がどうしたいのかもよく分からなくて。
「大丈夫、次に行きたい所はあそこだから」
そう言ってアイが指差したのは二人が初めて会った場所、遊の小学校からは校区外のゲームセンター。
「ちょっと寄ってくだけだけど、いいよね?」
「……うん」
アイの手をとって、遊はゲームセンターへと向かった。
◇ ◇ ◇
ゲームセンターのガンプラバトルスペースは今日も賑わっていた。今も全てのバトルシステムに交代待ちの列ができ、中高生がわいわいと賑わっている。このゲームセンターでは自然と二台が中学生用、残り三台が高校生用という棲み分けがなされているようで、方やビームライフルがヒットしただけで即終了。方やサーベル、ライフル、ミサイルの応酬を繰り広げる白熱した戦い……バトルの技術レベルも歴然とした差があった。
遊は爆音に包まれたゲームセンターの中にいるのに、吸い込まれるように綺麗なガンプラバトルの音声だけを聞いていた。目の前で広がる爆炎やバーニアの、プラフスキー粒子が織りなす光の芸術に見とれていた。そこには兄の長谷川卓が戦っていた、確かに自分が憧れたガンプラバトルの世界が広がっていた。
「やるな!」
「こいつはどうだ!」
上下左右目まぐるしく立ち位置を変え武器を変え、二人のファイターが忙しなく動かす手さばきで、所狭しと飛び回るガンプラ。その軌跡は流星のようで、その交わりは閃光のようで。
遊は今更やっと気づいたのだ。ああ、自分が憧れたのはこの世界だった、自分が求めていたのはこの輝きだった! 皆が楽しく全力で競い合う世界。愛するガンプラと共に戦う楽しさ、強敵に立ち向かう興奮、勝利を勝ち取った時の喜び。そのどれもが自分が心から求めていたもので、そのどれもが自分の手から零れ落ちるように失っていたもので。勝ちたい。戦いたい。ガンプラバトルがやりたい。自分も同じフィールドに立って競い合いたい。
だが、それは叶わぬ夢。手元にストライクフリーダムはもう居ない。
悔しい。昨日雨の中でロストフリーダムを失った悲しみに泣いたのとは違う、魁斗に負けてしまったことが悔しい。次こそは勝ってやる、そう強く思うけれど、そのための剣はもうない。自分が相手から奪い続けてきた因果応報か、自分の愛機も奪われた。母さんから貰った大事なプレゼントだったのに、それは自分が弱いせいで奪われてしまった。魁斗に対しての恨み怒りはない。あるのは自分の弱さに対してだけだ。
「……くそっ」
昨日ありったけの涙を流したからなのか、今は泣こうとも思わなかった。
アイは遊のことを気にすることもなく、ただバトルシステムで戦っているファイター達、ガンプラ達を程よく観察した。そして、
「今日もハズレね……帰ろっか、遊」
ハズレ、つまり闘技場に誘うほどのファイターは居ないということなのか、あっさり身を翻して出口へ向かう。遊もここに長居していても悔しさが募る一方で。アイの意見に無言の同意を見せて、その後を追う。
「よー、桃井ちゃんだよね」
帰ろうとする彼女をじっくり見ていたファイター達が、声をかけてきた。
「何、あたしのファン?」
「まぁファンってのは間違いないよ!」
帰り道を塞ぐように、三人の男の子たちがぞろぞろと肩を並べる。みんな遊より高身長で、中学生、二〜三年生だろうくらいの雰囲気だった。
「俺らも仲間に入れてくれよ。闘技場、早川から聞いたけど楽しいらしいじゃん」
「まぁ、早川が入れてるんだから当然俺達が入ってもいいだろ?」
遊のことなんて蚊帳の外で、三人はアイににじり寄る。自分たちが男子で複数人のグループなこと、一方のアイは女子で一人なことが彼等の態度を増長させていたのだろう。
だがアイは毅然とした態度を崩すこともなく。
「ごめんね、今は定員一杯なの。誰かリタイアしたらまた誘ってあげる」
「だったらよ──」
一番体格のいいファイターが、今度は遊に目を向けて。
「お前、闘技場のファイターだろ。こいつ蹴落とせば一人は枠ができんじゃねーの」
その高圧的な態度に、学校でいじめられていた武田を重ねてしまう。けれどあの時の弱いだけの自分ではない、ガンプラバトルなら何度も経験を重ねてそれなりの自信はついている。特に今はイライラしていて、使えるガンプラさえあれば年上から売られた喧嘩でも買ってやろうかと思うくらいだ。だが相棒はもういない。歯がゆい、悔しい。言い返せないまま、けれど目線をそらすことはなく、じっと相手に視線を返し続けた。
妙に張り詰めた空気があたりを漂う。
「おー、なんか楽しそうじゃん。俺も混ぜてくれよ!」
それが壊されたきっかけは、快活な少年の一言だった。先程ガンプラバトルに勝利したのだろう、よほど嬉しそうな笑顔を浮かべて闊歩してくる小学生とおぼしき姿。遊とアイには見慣れている彼は、二組の間に割って入るとこう、豪語する。
「俺は黒田涼介、闘技場のファイターだ。せっかくだからチーム戦ってのはどうだ!?」