GBF-L_ガンダムビルドファイターズ Lost 作:杉村 祐介
朱い粒子を身にまとい宙を漂う異業種"ロストフリーダム"。それは遊のストライクフリーダムをベースとしたにもかかわらず、色も、武装も、その風貌も、全てが異なる、対となるような、別の世界から来たような。"失われた自由"の名に相応しい存在。
「なんだ、こいつ……!」
ガンプラバトル初心者の遊が一目見ただけでも、ロストフリーダムから震え上がるような寒気を感じた。このおぞましいほどに感じるプレッシャーは一つのプラモデルが発しているものなのか? この恐怖感は本当にゲームから受けているものなのか? ロストフリーダムとはどういう存在なのか? 疑問は尽きることを知らず、遊の小さな頭の中を駈けずり回る。だがロストフリーダムはその答えを教えてくれるほど、優しくは無かった。
脱力していた構えから一変、前屈姿勢になったそれは空を蹴るように足を伸ばし、同時に背面バーニア全てに火を灯す。またたく間に黒と白のストライクフリーダムが近づき交差する。その瞬間、遊は応戦するどころかなんの防御手段をとることも許されず、ただ相手の大剣の一閃を身に受けることしかできなかった。
『Caution! RightArm lost.』
画面が揺れる。左に指し示された計器には"右腕破損"のアラートが。さっきの一瞬で、遊のストライクフリーダムは右腕を切り落とされていた。
視野の外へ突き進んだロストフリーダムを追うべく、遊はストライクフリーダムを180度回転させた。だがそれも遅かった。剣の切っ先をこちらに向けたロストフリーダムが眼前に差し迫る。
モニターが白黒に点滅する。『Head lost.』のアラートが鳴る。画面が大きく揺れ、そしてサブモニターの荒い描写へと切り替わる。センサーの大部分はError表記となり、HPの指針ともいえる画面の枠も真っ赤に染まる。もはや敵影を拝むことすらできず、ただ大剣の乱舞に、自分の愛した機体が四肢をもがれ削ぎ落とされていくのを眺めることしかできなかった。
「なんだよ……」
遊の瞳から光が消えていく。
「なんだよこれ……!?」
兄、卓の遊んでいたゲームはこんなにも狂ったものではなかった。もっと楽しく、皆で笑いあってプレイができるゲームだった。自分もそれがやりたくて、母のくれたガンプラを使いたくて。ちょっと悪いことをしたけれど、それでも楽しめるはずだった。それなのに。圧倒的な力の差を見せつけられ、痛めつけられ、切り刻まれ、殺される。こんなはずじゃなかった。こんなゲームじゃなかったはずだ。それなのに……それなのに!
声も出ないまま涙が流れた。サブモニターの粗さではなく、自分の涙で画面が揺れた。
かたや新品のごとく煌きを放つ黒い自由。かたや満身創痍、切り裂かれ、ビームに焼かれた装甲につつまれた白い自由。もはやいくら操縦桿を動かしても、鈍い音を立てて鉄が軋むだけの存在。
──お前は 何を望む──
ロストフリーダムは最後にこう問いかけた。
「僕は、何を……」
遊が答えを見つける前に、それは大剣をかかげ、ストライクフリーダムの胸を貫いた。
『Battle ended.』
バトルシステムの音声が静かに終了を告げた。遊は散っていくプラフスキー粒子をかき分け、ボロボロにされたストライクフリーダムを抱きかかえ──
「……え?」
ボロボロにされたはずのストライクフリーダムは頭も腕も、どこも壊れされたような形跡は無く、バトル開始時と同じ姿で、毅然と直立していた。あれはただの夢だったのかと思わせるほどに自然で、なんの損傷も無かった。
しかし確かにそこに、黒いストライクフリーダムは存在した。だが対戦相手が居るはずの向かい側には誰もいない。そして、自分のストライクフリーダムは傷一つ受けていない。何があったのか、遊自身さっぱり理解できなかった。
「おっ、なーんだ長谷川じゃん」
「……武田、くん!」
さっきの夢のような出来事に引っ張られ、現実を見ることを忘れてしまっていた。ふと声の方へ振り返ると、そこにはあの忌々しい、武田たち三人組がいたのだ。彼らはいつもの"少年の無垢な笑顔"で遊に、そして遊のストライクフリーダムに視線をやる。
「よぉ、お前もガンプラバトル?」
「GPベース持ってたんだぁ!」
武田の手がストライクフリーダムに伸びる、遊はとっさにそれを掴んで引き戻したが、こんどは川根が背中に回って遊の肩をつかみ、日野が手首を掴んだ。遊が振り払おうと力を込めても、3人がかりでは手の出しようがない。
このガンプラだけは守らなきゃダメだ。これだけはこいつらに渡しちゃダメだ。心が破裂しそうになるくらい暴れまわったが、身体はそれを押し込めるように強張り、声も出なければ動くことも、走って逃げ去ることも出来ない。
全身を、恐怖が包み込んだ。
「へぇ、ストフリじゃん。お前こんなの使うのかよ」
遊の手からガンプラを掠め取った武田は、それを舐め回すように上下左右からまじまじと見つめた。遊が取り戻そうと手を伸ばすが、日野と川根に抑え込まれて、その手はわずかに届かない。
「でもさ、これ全然ダメっしょ! ゲート処理も出来てないし、シールも剥がれそうだし、そもそもストフリなんて長谷川の反射神経じゃ使いこなせないって!!」
「そんな……そんなこと、ないっ!」
言葉に出した反論とは裏腹に、遊の脳裏にはさっきの戦いの光景が蘇っていた。さっきの、黒い機体に蹂躙された戦いが。
「お前にお似合いのガンプラにしてやるよ!」
武田が言った。その言葉に、そしてその行動に遊は目を丸くした。彼は自分のナップサックから油性ペンを取り出して、パチンとキャップを開けたのだ。
「や、やめ──」
「おっと、動くなよ!」
武田がニヤリと笑みを返す。それは大人が見たら単なる笑顔だろうが、子供同士、いじめっ子といじめられっ子という立場の差から見たら、"これからお前が苦痛に感じることをして、その姿を見て俺達は楽しんでやるよ"という、死刑宣告に近い何かを含んだ、悪魔のそれと同じものだった。
乱雑にあてがわれた黒いペン先が、白い装甲を部分的に汚していく。遊は左右から押さえつけられて、黒いペンが白い装甲を汚していくのを、ただ見つめることしかできなかった。
父さんの言うとおり、勉強も運動もできない僕はゲームを楽しむことも許されない。母から貰った大事なガンプラで、みんなと同じように楽しくバトルすることさえも、僕には叶わない夢。兄ちゃんのGPベースを盗むように持ってきて遊ぼうとした自分への罰。……こんなことなら、ガンプラバトルをしようだなんて考えるんじゃなかった。
後悔と雪辱が遊を襲って、その視界を涙で歪める。
「ほらよ」
武田が一通り遊び終わって、二人の拘束から開放された遊に手渡されたそれは、"バカ"や"マヌケ"と書かれたり、汚い星や三角マークが書き殴られ、見るも無残な姿になっていた。
遊は泣くのを必死に堪えながら、言葉にならない声を小さく洩らし、大事な大事なストライクフリーダムを両手で抱えて走り出した。
「あー、長谷川泣いて行っちまったー」
「あんなヤツどうだっていいよ、それよりバトルやろうぜ!」
「だねー」
遊のことをおもちゃのように思っている彼らは、その心の闇に気づくこともなく、自分たちの遊びへと関心を切り替える。その姿は無邪気で、残酷だった。
◇ ◇ ◇
息が荒げる。涙が止まらない。全速力で動かしている足は今にももつれそうだ。遊はどこをどう通ったのかもわからないまま、気がつけば自宅の玄関に靴を脱ぎ捨て、階段を駆け上がって自分の部屋の扉を開けていた。ベッドに倒れるように飛び込んで、そこでやっと、不規則に鳴る心拍音を押さえ、涙を拭い、言葉にならない声を出した。自分の大好きな母親からもらった、大切なストライクフリーダム。その純白の装甲に、黒い汚い文字が描かれている事実。それを直視した時、声と涙がとめどなく溢れた。
「なん、で……どうし、て……ぇっ!」
油性ペンをガンプラに押し付ける武田、両サイドで自分の身体を押さえつけている二人の表情、汚される純白のストライクフリーダム。脳裏に次々とさっきの光景がフラッシュバックされていき、自分の心を自分で深く深く傷つける。遊は自分自身の感情がコントロールできず、ただ泣くことしかできなかった。
嗚咽としゃっくりと、自分の感情の不理解で言葉が詰まる。誰に話せるわけでもない、誰に理解されるわけでもない悲しみが、孤独な遊を包みこむ。そのうち、だんだんと意識が朦朧として──
黒いストライクフリーダムの鮮麗された軌道。そこから繰り出される閃光。斬撃。全ての行動が次の行動へと繋がり、それは流星のように鋭く、手にすることすらかなわない。一方自分が乗っていた機体はどうだ。チュートリアルでやっと歩き、攻撃ができるようになった程度の自分。何も出来ず、ただお手玉にされていた自分。決して母親からもらったストライクフリーダムが悪いのではない。自分の無力さが、それの強さを引き出せなかったのだ。
ガンプラバトルだけではない。鉛筆を持ってもダメ、ボールを投げてもダメ、自分は何をしても並以下のことしかできないのだ。背も低くて手足も細いし、気配りができる人間でもないし、最近視力も落ちてきた気がする。学校へ行っても友達は居ないし、家に帰っても家族も居ない日が多いし、いつも父と兄だけが仲良しで自分は孤立している。
ずっと、どこへ行っても孤独な人間だ。母から貰ったガンプラも、母自身をも守ることができない弱い人間だ。自分の弱さに、嫌気が刺した。
──お前は──
夢の中で、あのバトルでも聞こえた声が耳に届く。それは聴き逃しそうなくらい小さくかすかな声だった。だが今の遊には、その存在がしっかりと理解できた。
──お前は 何を望む──
とても低く、心に刺さるような深さを持ち、心臓をわしづかみにされるような恐怖感を煽ってくる、そんな声。遊はその、誰とも分からない謎の声に、自然と答えていた。
「……僕は」
死んでしまいたいとさえ思っていた心に、それはとても小さかったが、強く、全てを焼き尽くさんと燃えたぎる黒い感情が、遊の心に芽生えた。
「僕は、全ての破壊を……」
◇ ◇ ◇
目が覚めた。涙は枯れ、頬に乾いた跡がついていた。照明も冷房もつけない部屋は蒸し暑く、とても居心地が悪い。窓の外では、少し早いセミの鳴き声が響いていた。
ストライクフリーダムは汚れたままだ。だがそれを見ても、もう"これ以上"気持ちが沈むことはなかった。ふつふつと湧きあがる感情と、相反する冷静すぎるほどの思考回路。遊は自分が自分でないような剥離感を覚えていた。
ガンプラはただ作るだけが終わりではない。細かいディテールを重ね、デカールを張り、リアルに作り上げることもできれば、その身体を改造し、色を塗り替え、自分専用に作り変えることもできる。このガンプラは、もうただのストライクフリーダムではない。いや、これから変えるのだ。自分自身の手で塗り替え、心の色に染め上げる。遊が持つ、遊だけのガンプラに。
「ロスト、フリーダム」
遊の心のままに。
── ガンダムビルドファイターズ ロスト ──
〜 第二話 手にした不自由 〜
日は沈み暗い夜が訪れる。それもつかの間、また日は昇る。
暗くなり、また明るくなる空とは裏腹に、一晩寝た遊の心は暗いままだった。だがその暗い中にも、今まで存在しなかった、たったひとつの赤黒い灯火があった。
蒸し暑い扇風機の風も、朝ごはんのトーストの味も、久々につけたテレビアニメの騒音も、今の遊には刺激が足りなかった。頭の中はからっぽだ。いや、からっぽではなく"無"で埋め尽くされていた。そんな遊も、今日は一つだけ目標を立てていた。
復讐だ。
朝食を終え自室に戻った遊は、その机の上にあるガンプラを見つめた。昨日までの白く輝く装甲はもはやかけらも残されておらず、黒く輝く装甲に、要所要所で赤と金の装飾が主張する。その風貌は禍々しく、昨日の対戦相手に見た姿と重なる。
兄の部屋から盗んできたガンダムマーカーで、黒と赤を基調とした塗装になったストライクフリーダム。それはもう"ロストフリーダム"と呼ぶに相応しい。
「行こうか」
誰に言ったのか、遊は一人部屋で呟くと、自分のロストフリーダムと兄のGPベースを大事にナップサックへしまうと、落ち着いた振る舞いで部屋を後にした。
「……なんだ、長谷川かよ」
ゲームセンターのバトルシステムでは、すでにいじめっ子三人組がガンプラバトルで遊んでいた。今日は純粋にバトルを楽しんでいるようで、やってきた遊をいじめるつもりはさらさら無いようだ。
「俺たち暇じゃないんだけど」
「そーそー、お前みたいなバトル初心者の相手してらんないの!」
「こっちは本気で戦ってんだから、邪魔すんなよ!」
ここで引けば今日はいじめられずに済む。だが、それを理解してもなお、遊は一歩も引き下がるつもりはなかった。
口々に喋る三人をよそに、川根と日野がバトルしているシステムに、GPベースをねじ込む。刹那、青白い光が遊を包んだ。
「お、お前なんのつもりだよ!?」
武田が制止しようとするが、すでにバトルシステムは受付を完了させ『Please set your Gun-Pra.』の表示を済ませていた。遊も武田を完全に無視して、表情を変えること無くロストフリーダムを起動させる。
「長谷川遊、ロストフリーダム。出る……」
黒いストライクフリーダムはその翼をはためかせ、大空へ飛びたつ。