GBF-L_ガンダムビルドファイターズ Lost   作:杉村 祐介

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GBF-L #020「溢れた憎悪」

 朱色の粒子が嵐となり吹きすさぶ。渦中のロストフリーダム、それを操る少年はその風に耐えきれず飲まれた。もはやどちらが主人であるのか、彼の意思は正気を失い、その身体は心と乖離した操り人形の如く。想いを汲み取って輝く粒子はその朱い輝きをより一層強くして広がる。人の想いは力だ。力は人を惑わせ、傷つけ、そして破壊する。感情の濁流は対峙する少年も飲み込もうと迫った。

 脅威を眼前にして、少年はただそれが悲しいことのように思えて。

 

 

 

──ガンダム ビルドファイターズ ロスト──

 ~ 第二十話 溢れた憎悪 ~

 

 

 

 ガクガクと震える足で、操縦桿にしがみつくように立って、吐瀉物が靴を汚そうとも微塵も気にかけない様子で魁斗は叫んだ。

 

「僕は、あんたに!」

 

 錯乱するパイロットは何を見ているのか。ロストフリーダム は虚空を殴り、ビームで焼いた。そこに何もないことは対峙する遊にも、戦いを見守るギャラリーたちにも分かりきっていたことだし、何より魁斗が「あんた」と呼ぶような存在は、この闘技場には存在しない。

 

「やめろ、やめろよ魁斗」

「うるさい! お前も、僕を否定するのか!」

 

 遊の言葉に激情した魁斗が睨む。

 

「なぜ逃げた、なぜ戦わない! 僕をさんざんコケにしておいて、今更逃げられると思うなよ!」

 

 魁斗と一体化したかのようなオーラに包まれた、朱い粒子に溺れるロストフリーダム。そのツインアイは本来の持ち主である遊をギロリと睨みつければ、直後、殺意の塊となって突進した。獲物を捉えた眼光は尾を引き、吹きすさぶ粒子がそれを掴んで離さない。逃げるという選択肢はない。逃げる場所も時間も与えないほど、一瞬でその左腕の爪を振るう。

 間一髪、遊は獅子の爪に臆することなく、あえて一歩前に踏み出して、その手首を己のマニュピレーターで抑えこんだ。

 

「魁斗、何を言ってるんだよ!? しっかりしろ!」

「がああぁっ! 黙れ、黙れ黙れっ!」

 

 荒い呼吸を整えようともしない、ベタついた吐瀉物を何とも思わない。充血した瞳は何を見ているのか、他人には一ミリも理解できない。錯乱した魁斗はロストフリーダムに操られるがまま、目の前にいる遊を誰かに重ねながら、怒りと憎しみに溢れた感情をぶつけた。

 

「長谷川、あんたは俺の!」

 

 

 

『New fighter feild in』

 

 システムボイスと共に、一筋の光が乱入した。

 嵐のようなプラフスキー粒子の吹き荒れる世界に舞い降りた鉄塊。重装甲の兵士を思わせる外装と、大剣と銃が一体化した大型武装を手にしたそれは、長距離狙撃によって戦場を貫いた。肩から垂れる鉄プレートと、その裏に装備されている大型シールドがより堅牢さを物語るそれは、ヒロイックな三角形のシルエットからは遠い、鈍角で描かれた宇宙世紀を思わせる機体。

 名をジェスタ支援型参式、ガンダムUCに登場したジェスタに、ダブルオーで登場したデュナメスの両腕を搭載した無骨なモビルスーツであった。

 

「お前ら手ぇ出すな。お仕置きの時間だ」

 

 新手のジェスタは交わる二機のガンダムに割り込んで、その片方、台風の目になっている魁斗が操る方へタックルを仕掛けた。瞬時の横槍に対応できないロストフリーダムがそれをもろに食らって、闇夜の森へと墜落していく。唖然とする遊のロストフリーダムに、ジェスタはただ黙って背を向け続ける。

 六角形のバトルシステム。魁斗の立ち位置から真反対、遊と涼介の間に立って操縦するのは、いつも闘技場の入り口でスマホを弄っているだけの背高の男、ヒロシだった。

 

「なんでお兄さんが……」

「闘技場の運営権限ってやつだ。この試合は無効、ガキどもは速やかにフィールドアウトしろ。いいな!」

 

 ヒロシは声を上げた。怒鳴るようなそれではなく、かと言って優しい声色でもない。ただ成人男性の声というものは、小中学生にとっては圧の強い命令に感じた。遊もそれに逆うことなく――逆らおうという気もおきず――自分のロストフリーダムを後退させる。

 闘技場のシステムは意図的に投了を封じられているのだが、バトルエリアからわざと飛び出すことで擬似的に負けることは裏ルールとして自然的に作られ、守られていた。そうやって放棄された試合の多くは身内の模擬戦のようなもので、ガンプラを奪うアンティルールに縛られないことも決まっていた。とはいえ、遊はそんな馴れ合う相手も居なかったので実際に行うのは初めてだったが。

 

「逃げるのか? また僕から――」

「バカヤロー。聞き分けの悪いガキが」

 

 魁斗のロストフリーダムが飛躍する先に立ちふさがる紺色のジェスタ。その身の丈ほどもあるライフルを構え放てば、暗雲を切り裂き台風の目を焼かんと疾走る一筋の閃光が駆け抜ける。それを雷鳴のように鋭く貫くようなマニューバで回避すれば、それは邪魔者を消さんとツインアイを動かす。

 

「黙ってフィールドアウトしてりゃ、痛い目見なくて済んだってのによ」

 

 改造されているジェスタのバックパックが久方ぶりの命令に歓喜した。複数のスラスターとウイングで形成されたそれはハッチを展開、搭載していたマルチミサイルを射出する。雨のように降り注いだそれが爆発すると、それは衝撃と熱量による攻撃ではなく、一体を覆い尽くして視界を奪う煙を撒いて。

 

「邪魔をするなよ……ドラグーンっ!」

 

 黒いガンダムは真紅の翼を開放する。だが、自立行動するはずのそれらは解き放たれた直後、ふわふわと漂うばかり。そしてしだいに自我を失った子どもたちは、重力に引かれて落ちてゆく。

 

「何を!?」

「ここはもうお前の戦場じゃねえってことだ」

「たかだか煙で目隠ししたからって!」

 

 魁斗が吠えた。ロストフリーダムは翼を開いて横に一回転する。スラスターの出力と翼の質量で風が巻き起こり、機体にまとわりつく煙はかんたんに吹き飛ばされた。それはロストフリーダムの視界をクリアにすると同時に、周囲からもその存在が明らかになる。

 その位置へすかさず、ジェスタが腰のグレネードを投擲する。

 

「食らっとけ」

 

 刹那、魁斗のモニターは白と黄色の輝きに支配された。目の前で爆発したスタングレネードが視界を、さらには聴覚をも奪い去って無力化した。もろに光を見てしまった魁斗は、今まで微塵も離そうとしなかった操縦桿から手を離して目を覆う。いくらゲーム上の演出とはいえ、ふいの出来事に対応できる人間はそうそう居ない。

 その隙を逃さずジェスタが飛ぶ。黒い傀儡の背後に回り込んでその身体を羽交い締めにしたかと思えば、全身のスラスターとバーニアを全開にして赤黒い煙を突き抜ける。流星のごとき二つの塊は雲を突き抜け、そのままエリアの外まで――

 

 

 

『Error! Battle ended.』

 

 ほぼ同時にバトル上に戦えるファイターが存在しなくなったことで、バトルシステムは予期せぬエラーに思考回路をショートさせた。ほぼ全域に蔓延していた朱い粒子は檻から放たれて霧散し、何者かに呪われていたかのように戦い続けた魁斗はその場に崩れ落ちた。

 悪夢のような時間は終わったのに、誰も言葉を発しない異様な静寂が覆いかぶさっていた。それも当然だ。今まで遊しか使えなかった朱い粒子をまとったロストフリーダムが暴れまわり、ファイターとして操縦していたはずの魁斗は狂ったように叫び、嘔吐して。あの機体を使っていた遊も泣き叫んで戦っていた過去も相まって、ロストフリーダムというガンプラが化物のように見える。とても異質でおぞましかった。

 

「お前ら吐いたもんに近づくな、病気にでもなったら面倒だ。ボーッとしてねぇで今日はさっさと帰れ」

 

 彼の言葉に我に返った。観客の子どもたちは恐ろしいものを見たという表情で、ヒソヒソと会話するのもほどほどに、皆そそくさと闘技場から出ていく。

 奥の部屋から掃除道具を取り出してきたヒロシは、テキパキと手慣れた様子で魁斗を安静に寝かせ、吐瀉物を片付けていく。遊はそんなヒロシのことも寝かされた魁斗のことも気になった。だが先に、バトルシステムから飛び出して地面に落ちた、魁斗が使っていたロストフリーダムを拾い上げた。

 原因はきっとこのガンプラにある。一体なんだというのか、とても心がざわついて心臓を握られているかのような息苦しさを感じる。これを取り戻すために来たはずなのに、自分の頭は手放した方が良いとけたたましく警鐘を鳴らしている。でも心はこれを盗んででも取り返したいほどに渇望していて、目を逸したくてもその黒い装甲に吸い込まれるような気分だ。相反する頭と心は激突するが、ただ一つ言えることは、自分の作ったガンプラなのに、まるで別の人物が作ったかのような――

 

「遊」

 

 ふと呼ばれた声に視線を上げれば、床に寝ていた魁斗が身体をもたげ、上体を起こしていた。

 

「返せ、それはまだ僕の物だ」

 

 魁斗の言葉に身体が強張った。

 渡したくない。そもそもこれは僕の作ったガンプラだ、渡す必要なんてない。このまま逃げてしまえば、ロストフリーダムも取り戻せるし、もう二度とこんな場所に来なくても済むんじゃないか。そう思ったけれど、足は動かず口は開かない。

 魁斗に続いてヒロシもこちらを睨む。

 

「さっきの試合は無効だ、そいつを渡せ」

「……で、でも」

「渡せ」

 

 大人の発する威圧感に、それ以上歯向かう気力も出なかった。仕方なく遊はロストフリーダムを静まり返ったバトルシステムに立たせる。そして未練を断つために帰ろうかと思ったとき、同じくバトルシステムに立ち尽くしている涼介の姿を見て思い出した。今日ここへ来たのは、預かっていた彼のガンプラを渡すためでもあったのだということを。

 

「そうだ涼介。この前のMk-2だけど」

「うるせぇ、黙れよ」

 

 帰ってきた冷たい言葉。先日共闘したとは思えない彼の態度に面食らって、返す言葉が見つからなかった。涼介もまた、自分自身が苛立っていることにハッとしたのか言葉に詰まる。

 

「……悪ぃ、俺帰るわ」

 

 背中を向けて立ち去る涼介に、遊は何も言えなかった。

 最初に自分とガンプラバトルをした時は、激闘の末に負けたというのに笑顔だったあの涼介が。先日の共闘で自分にあれだけ楽しそうにガンプラバトルを見せつけた少年が。濁った瞳でこちらを睨んで、吐き捨てるように感情をぶつけて立ち去るなんて。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 夏休みもだいたい二週間が終わってしまった。むし暑い夜が続く中、遊は消化しきれていない宿題を前に鉛筆を動かしていた。

 本当なら今日は、涼介から預かっていたMk-2を返して、魁斗と戦って勝利して、全部を終わらせてもう二度と闘技場には来ないつもりだった。それが実際はどうしてだろうか、何にも果たすことはできず、魁斗は倒れ涼介は目を曇らせただけで。こんなのおかしい。自分はただ、楽しくガンプラバトルがしたいだけのはずだ。もう新しい自分の機体は完成しているんだし、魁斗に奪われたロストフリーダムを諦めてしまえば、あの闘技場に二度と近づかなければ、きっとそれは叶う。

 わからないことだらけだ。涼介が何に苛立っているのかも、魁斗がロストフリーダムに固執している理由も、朱い粒子とロストフリーダムの関係も。自分があのロストフリーダムを取り戻したいのかどうかも、考えれば考えるほど曖昧になっていく。少し進んで行き止まりにたどり着く、複雑で難解な迷路のようだ。

 

 答えは出ない。なら考えるのはやめにしよう。時計は午後9時を過ぎたことを示している。そしてカレンダーには、明日の欄に大きく文字が書き記されていて。

 

「明日は登校日、か」

 

 久々の学校をイメージして、また憂鬱な気持ちになった。積み上がった宿題は一向に減る気配がないまま、時間だけがダラダラと過ぎていくのを感じた。




時系列的に、先日公開させて頂いたコラボ作品は
このタイミングでの公開が望ましかったのですが、
あちらが先行公開となっていました。
まだ未読の方はぜひ、読んでいただきたいと思います。

ガンダムビルドファイターズ L + D / F
作者:くすりし。
https://syosetu.org/novel/192820/
*外伝でありIF世界です。本編とは違う結末を迎えています。
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