GBF-L_ガンダムビルドファイターズ Lost 作:杉村 祐介
眼下で争う二機のガンプラは乱入のアラートを聞きつけて一斉にターゲットを変更した。一方はデルタプラスと呼ばれる、人型にも戦闘機にもなる鋭角でスタイリッシュな鼠色の機体、もう一方はロングライフルを背負ったジム・スナイパーⅡと言う四角を基本とした構造の、深緑色の機体だ。
遊はそのロボット──MS(モビルスーツ)──が出て来る作品を見たことも無いはずだったが、モニターに映るMSの名前とその見た目を確認するだけで、どんな動きで戦うのが得意なのかということがすぐに理解出来た。なぜそのようなことが脳裏に浮かんだのかは全くわからなかったが、今はそんなことどうでも良かった。
デルタプラスは一瞬の間に人型から鋭角なシルエットの戦闘機へと変形すると、上空に漂うロストフリーダムめがけて一直線に飛翔する。遊もまた呼応するように、無意識に操縦桿を押し込んで黒い自機のバーニアを燃やした。両者の距離は瞬く間に縮んでいく。
「お前みたいな奴が、邪魔すんなよ!」
パイロットの川根が叫び、デルタプラスの機首からビームの光が続けざまに解き放たれる。それはロストフリーダムを狙って直線に、だがその速度のせいか照準がブレて散弾のようにちらばって突き進んだ。狙いが定まっていれば簡単な動きで回避もできただろうが、広がり続けるそれを回避するのは至難の技、初心者の遊には直撃を免れないであろう。
だが遊は、それを踊るように右回転して躱し、その推力を殺さぬまま、上腕に装備されたビームシールドで攻撃の1発を受け流し、同時にまばゆい輝きを放つサーベルを腰から抜刀、2回転目に正面に来たビームライフルの閃光を、一寸違わぬ剣さばきで切り払った。その動きは昨日ゲームを初めてプレイした小学生の動きとは思えない、洗練された美しさと強さが、そこに垣間見えていた。
ロストフリーダムの動きに驚きを隠せない川根は判断を誤り、高速の機体を制御できないまま、まるで黒い装甲に吸い込まれるかのように直進していた。そしてロストフリーダムが、高速で近づくそれとすれ違うさなか、抜刀していたサーベルが熱をたぎらせ光を纏い、その機首に閃光の刃を押し当てて、鼠色の装甲を膨大な熱量で溶かしながら、尾翼まで真一文字に切り捨てた。動力源を失った2個の塊はふた手に分かれ、フラフラと飛行した後に壮大な爆風と爆音を響かせて消えた。
「まぁ、こんなもんか」
遊はポツリと呟いた。その言葉が、自分の動きへの評価なのか、それとも対峙した川根の評価なのか、発言した本人も定かでなかった。だがどちらにせよ感覚的に「もう少し上手に動けるだろう」という期待があってからの「こんなもんか」という落胆。ガンプラバトル2日目という初心者である遊が、内心そう思ったのだ。
── ガンダムビルドファイターズ ロスト ──
〜 第三話 壊された純白 〜
ピピ、という警告音と赤いアラート表示。遊は慌てることも無く操縦桿を最小限に動かして回避運動を取る。直前までロストフリーダムが存在していた空間を細く鋭い閃光が駆け抜け、青い空の彼方へと消えた。
「今度はあいつ……日野くん、か」
足元に広がる森林のどこかに敵がいる。だがジム・スナイパーは隠密性と狙撃性に優れた機体で、木々に馴染むかのような装甲色のそれを、上空から目視で索敵するのは至難の業だった。一方のこちらは青一色の快晴に、大きな黒い点が、まるで狙ってくれと言わんばかりに激しく主張している状況だ。頼りになるのは画面隅に小さく表示された熱源センサーのみ。
だがそんな状況でも、遊は微動だにせずに冷静に射角を見極め、おおよその位置をすでに把握していた。
第二射が大空を穿つ。ゆうゆうと滑空して回避したロストフリーダムは、その眼下に広がる森林の一部を注視した。予測していた箇所より僅かに左、大きな樹の影に沼があるようで、そこに半身をうずめつつ高角射撃ができる体勢も整えている。身体を固定しているおかげか、その弾道におこるズレを最小限にとどめ、正確な射撃を可能にしているようだ。
小学生のガキにしてはよく考えたものだ。だがスナイパーにとって自身の動きを止め自らの逃げ道を作らないことは、死を意味することを知らないらしい。身をもってわからせてやろう。この私が──
遊はふと我に返った、自分は一体何を考えていたんだろうか、と。
「もらった!」
日野の声が聞こえた。とっさに遊はロストフリーダムを転進させ、ビームの上を飛び越えるように天へと舞い上がった。それでは狙い撃ちにされ続けるから、本来ならば地面すれすれを飛行するのが定石だろう。だがこれでよかった。
ジム・スナイパーはさらにライフルを上へ掲げ、上空の黒点を撃ち抜かんと数回トリガーを引いた。だがトンボのように滞空しては急加速し、また急停止するロストフリーダムの動きをつかめずにいた。それはすんでのところで回避し、挑発するように滞空しながらくるりと一回転してみせる。ムキになってトリガーを連続で引けば、それもまた踊るようにいなして見せた。そしてどんどんライフルの角度が高くなり……
突然目を刺すような強い光がジム・スナイパーを、日野を襲った。モニターは白一色に輝き、レーダーや計器すらその光に覆い隠されて見ることができない。ゲーム上、それほど強い光ではないはずだったが、さっきまで黒い機体の胸一点を狙い続けていた日野にとって、その光はいささか刺激が強すぎたのだ。
太陽を背にした黒い破壊者が、2丁のルプス・ビームライフルを連結させ、そのエネルギーを一点に集中させる。その輝きの一閃は、足を沼に沈めていなければ回避できたであろうジム・スナイパーの、深緑色の胸部装甲を寸分狂わず撃ち抜いた。
『Battle ended.』。バトルシステムのアラートが、聞こえてくるはずだった。
『New fighter field in.』
「……乱入か」
一点の曇もない蒼天の彼方から天使の名を背負うそれは颯爽と現れた。白いスタイリッシュな四肢に青の装甲を重ね、各所に球を思わせるクリアグリーンの装飾と、右腕に装備された大型の実大剣、頭部には2本の鋭角なVブレードアンテナと、輝かしいツインアイ。
ガンダムエクシア。それは戦いを終わらせるために戦うガンダム。
「長谷川てめぇ、川根と日野になにしやがった!」
「武田、くん……」
彼が乗るエクシアは速度を落とすことなく、背中にある円錐状のGNドライヴがより一層光り輝き、幻想的な残光を纏いながら猛進する。突き出した右手にある大型の実大剣GNソード、それが変形し刃が格納されると、隠れていた銃口が姿を見せる。そこから閃光が数発連射された。このビーム、戦艦の装甲をやすやすと撃ち抜きそうなほどのジム・スナイパーどころか、先程のデルタプラスのものよりも弱いものだったのだが、それが単なる牽制でしかないことは、そのエクシアの武装からも透けて見える事実だった。
黒い影がその輝きの隙間を抜けるように進むと、互いの距離は一気に縮まり、お互いに剣を──エクシアは畳まれていたGNソードを、ロストフリーダムは黒い柄から赤いビームを──抜き放ち、それらをぶつけ、火花を散らせた。
「どこでどんな特訓してきたか知らねぇけど、調子乗ってんじゃねぇよ長谷川ぁ!」
激しくぶつかり合う二振りの刃。さらにエクシアは左手を巧みに操り、腰から小ぶりの剣を逆手に握り、ロストフリーダムがサーベルを握っているその手を殴りつけるように鋭い刃先を振りかぶった。そしてそれを予見していたように、ロストフリーダムは腕のビームシールドを即座に展開する。その蒼白の鉄壁が迫り来る白刃を受け止め、お互いはそのぶつかり合う反動で自然と距離が開けた。
「長谷川のくせに舐めたことしやがって!」
矢継ぎ早にエクシアは左手の剣を元の位置へしまうと、そのしなやかな身体をひねって腰後方のサーベルを抜刀し黒い敵影へ投擲、その刃につづいて自らも突撃する。その加速力と俊敏性はまさに近接戦闘に特化したチューニングの成せる技だ。
一方のロストフリーダム、正確には元キットのストライクフリーダム。それは中距離を得意とする高性能万能機だ。オールラウンダーとして設定されているとはいえ、全力が出せる状態の特化機体を相手にするには、ビームサーベル2本だけという武装が貧相に感じられた。戦いのセオリー通りに事を運ぶなら、一度距離を開けて射撃戦に持ち込むのがベストだが。
「武田くん、僕はずっとこの時を待ってたんだよ」
青く輝くモニターの中心に居る白い機体。そこに乗ってる武田の姿が脳裏に浮かぶ。どれも自分をいじめて笑いながら見下していたそれは、しだいに川根、日野、それ以外にも父、兄、先生などと混ざりあい、誰とも言えない不気味な何かに変貌していった。その表情を見た遊は、それまで無風の海のように穏やかだった心に嵐を呼び、荒れ狂う感情の波で自身を飲み、感じえなかったほどの激昂と、息もできないほど黒く濃い憎悪の海に沈んでいく。
「僕は、全ての破壊を……!」
瞬きをすればその手が敵に触れそうなほどの距離しかないというのに、遊のロストフリーダムは貧相な2本のサーベルすら腰に収納してしまった。そして2丁拳銃を両手に構え、そして背中の赤と黒の翼を、エクシアの……武田の視界を覆い尽くすかのように大きく展開した。その8枚の赤い羽は、それぞれ意思を持ったかのように独立し散開する。終わりの始まりを告げる無数のスラスター音が辺り一面の空気を震わせて、黒い翼からは血のように赤い光が漏れ出し、金色の関節をより一層禍々しく照らし出した。
ロストフリーダム。遊の失われた自由が目覚める。
投擲されたサーベルを左腕のビームシールドで弾く。だが迫りくる本体は、この盾で防ぐことは不可能に等しい。回避しようにも、大きく広げた翼はどのルートを辿ってもその剣に捉えられ、切り裂かれるだろう。
だが、もう逃げる必要など無い。
「どうしたんだよ長谷川! 今更いつもみたいに逃げようったってそうはいかねぇぜ!?」
両手に銃を握り、大型のシールドも持ち合わせていないロストフリーダムは、超至近距離のエクシアにとって丸腰も同然のように見えた。
「もらったぁ!」
武田は歓喜の声を上げながら猛突する。その剣先が黒い装甲を穿つ直前。
上空から急降下する赤い尖爪が、その刀身を穿つ。8枚の真紅の羽、スーパードラグーンの1基が実大剣の切っ先に特攻し、その進むべき道をわずかに逸した。さらに突き刺された羽からビームが放たれ、鉄の焼ける音と匂いが、そして閃光が弾け飛ぶ光と衝撃が、漆黒と純白のガンダムを分かつ。
「武田、俺はお前を破壊する」
切っ先が僅かに逸れた実大剣。その重さに振られ体勢を崩したエクシア。見下すロストフリーダム。一瞬の出来事が、武田にはスローモーションで見えていただろう。遊がいじめられていた時に感じる恐怖感と無力感を、彼もまた同じように感じていたのだろう。
それでこそ、壊す価値があるというものだ。
逸れた剣先を華麗に躱し、その脳天にかかと落としを繰り出した悪魔。避ける間もなく天使は地に堕ち、木々をなぎ倒し大地をえぐる。そしてそれが再び天を仰いだ時、すでに青天は失われ、荒天、紅血のような一色に染められた、不気味な空が覆いかぶさり、13門からなる砲口が、唸りを上げて膨大な熱量を吐き出し、眼下に広がる広大な大地を、森林を、堕ちた天使ごと焼き払ったのだ。
全てを灰にした悪魔はスラスターや装甲の隙間から、熱を帯びた煙をため息のように長く長く吐いた。
『Battle ended.』
正真正銘、バトル終了の音声が流れたことで、張り詰めていた真紅のプラフスキー粒子が解放され、ゲームセンターの天井へ、勝利したプレイヤーへ、敗北したプレイヤーへ広がって、消えていった。浮いていたガンプラは脱力しバトルシステムの天板へゆるりと下降し、ちょうど横たわったエクシアを見下す位置に、胸を張り厳とした出で立ちで静止した。
操縦者――ファイター達の表情はみな一様に、現実を受け入れられずに放心していた。敗北した武田、川根、日野はともかく、勝利した遊自身すらも。
「遊、お前どこで練習してきたんだよ? 昨日初めてバトルやったって言ってたのに」
やっとのことで出た武田の言葉に、遊は緊張の糸がほどけ、同時に戦闘に集中していたがために忘れていた黒い感情が、今までさんざんいじめられてきた記憶が、決壊したダムの水のごとく心に流れ込んできて。
「どこでって、今までさんざんやってきたじゃないか」
「今まで?」
遊はバトルシステムの上にあるガンプラに手を伸ばした。そこには自分の黒いストライクフリーダムと、今までいじめてきた武田の白いエクシアがいる。そう、このエクシアのように反抗できない相手に対して、彼らは自分たちの快楽のために、玩具のように扱った。僕の心を弄び、壊れていくのを眺めて喜んでいた。悔しくて、悲しくて、とても辛かった過去が怒りをふつふつと湧き上がらせ、その瞳を黒く濁らせる。
心なしか少し震えていた手が、黒ではなく、白いガンプラを掴んだ。
「そうだよ。こうやって、反抗できないからって」
遊はエクシアの脚を左右の手で持つと、関節の動かない方向へ両手で思い切り力を加えた。小学生の力は非力といえど、プラモデルを壊すのは容易いことだ。パキッとあっけない音をたてて、それは二つに分かたれた。
「──えっ」
武田の間の抜けた声を気に留めることもなく、遊はその片割れを持ち主になげてよこす。膝から下のパーツがバトルシステムの天板を滑り、武田の右脇に落ちた。
「う、うわぁ……あああ!」
小学生にしては図体の大きい武田が目に涙を浮かべ、いつもは自信満々な表情をぐにゃりと崩し、大声で泣き叫ぶその姿は、普段の姿を見慣れていた川根と日野からしても異質だった。そのくらい、自分のガンプラを好いていたということだろうが、いつもの武田とは別人のように喚いて。
当然遊もその姿を見て、雷に打たれたように我に返った。武田は泣くし、川根と日野はそれをみて呆然と立ち尽くしているしで、その異質な雰囲気に大勢の人間が集まっていた。その誰もがいぶかしむ様子で見つめていたことで、自分がやってしまった愚かさにやっと気付いた。気付いたときには、遅かった。
遊はとっさに愛機であるロストフリーダムと、兄から借りていたGPベースを手早くナップサックに放り込み、壊してしまったエクシアをその場に投げ捨てるように置き去りにして駆け出した。人混みをかき分け、後ろから来る店員の手がとどかない場所まで、血眼で逃げ道を探した。ゲームセンターから出たあともその速度を落とすことなく、むしろもっと早く、一秒でも早くこの場所から遠いところへと、無我夢中でもつれそうになる足を必死に動かし続けた。汗とも涙ともいえない水分が頬をつたい、視界が滲んでぼやける。
物を壊されることの悲しさは自分もよく知っているはずだった。鉛筆をおられたり、上靴を隠されたり、たとえ嫌がることをされたとしても、嫌がることをされたからこそ、自分は必ずやらないと心に決めていたはずだった。なぜあんなことをしてしまったのか。普段されてきたことの仕返しを、無意識のうちに求めてしまったのか。ただストレスのはけ口としてやってしまったのか。
あいつらが僕をいじめてきた罪は消えやしない。人を玩具のようにして遊ぶなんて間違っている。だから僕が教えてやったんだ、彼らが間違っているということを。その心に刻みつけてやったんだ。僕は悪くない。いや違う、僕はただ玩具で遊んで、それを勢い余って壊してしまっただけだ。あいつらだって僕のストライクフリーダムに落書きをしたじゃあないか、煽ってきたあいつらがわるい。僕は悪くない、間違ったことなんて、やってないはずだ。なのになぜ、こんなにも心が乱れるのか。
答えの出ない問に、遊は頭のなかで何度もぶつかる。荒れた心を抑えることもできず、ただただ走り続けた。
◇ ◇ ◇
どの道を走ってきたかも定かではないが、気がつけば見慣れた玄関が目の前にあった。涙は不思議と収まっていたが、呼吸が乱れ、喉もカラカラで、無理に使い続けた足はガタガタと震えが止まらない。とりあえず水を飲みたいと靴を脱ごうとして、靴紐がほどけていることにやっと気がついた。
「おい遊」
突然声をかけられて肩が跳ね上がる。靴を見ていた視線を上げると、普段はこの時間に居ないはずの兄、卓(スグル)が学生鞄を持ってこちらを見ていた。
「どうした、そんなに慌てて」
「卓兄ちゃんこそ、なんで、こんな、時間に」
言葉が切れ切れになる。呼吸が落ち着かないせいなのか、それともGPベースを勝手に持ち出したことがバレやしないかと焦っているのか。
「さっき忘れ物を取りに帰ってきたんだ。すぐ戻らなきゃ」
卓は靴箱から自分のスニーカーを出して丁寧に靴紐を結び直した。その様子を見て何もバレてないだろうと遊は胸をなでおろしつつも、自分もその隣で靴を脱いで、靴箱のいつもの場所にしまう。あくまで冷静に、何もなかったように装いながら。
靴を履き終え立ち上がる兄。見送ろうと遊も立ち上がってその背中を見つめる。わずか2歳年上、中学二年生でしかない卓の背中でも、勉強ができ、スポーツもそれなりにこなし、父親から認められて期待されている兄の姿は、遊にはとても大きく遠い存在に思えた。
「ところで遊」
鞄を肩にかけ脇にしめ、いかにも優等生ですという出で立ちの彼は背中越しに、劣等感を抱えた弟に言葉を投げかける。
「お前なんかいいことあったか?」
「えっ」
「なんかニヤけてんぞ。夏休みとはいえ、遊ぶのも程々にしとけよ」
卓はそう言い残して、そそくさと塾の方向へと走って行った。遊はあっけにとられていたが、横にある靴箱の上、出かける前に最後の身だしなみを確認するための鏡を見る。
そこには確かに、不気味に笑った自分の素顔が映し出されていた。