GBF-L_ガンダムビルドファイターズ Lost 作:杉村 祐介
『Begining plavsky particle dispersal.』
「あたしは山田アイ。よろしくね!」
桃色のリストバンド、揺れる長い髪。彼女は曲線美の映えるガンプラと自前のGPベースをセットすると、粒子の壁ができる直前、遊にウインクを飛ばした。
いきさつはまるで分からない。遊には彼女と戦う理由は無かった。だが同時に、戦いを拒む理由も、遊にはなかった。
「……やるしか、ない」
ひとつだけ言えることは、彼女の笑顔は、遊には眩し過ぎた。
── ガンダムビルドファイターズ ロスト ──
〜 第五話 狙われた力 〜
先ほどの戦闘で炎上させもはや人間の住む場所ではなくなっていた都心部が、バトルをリセットされたことで全くの更地へと変化し、そして再構築される。サーベルで焼き斬った高層ビルも、その足で踏み潰した公園も、死体に埋もれた駅も、すべて元のまま、今さっきまで人が住んでいたかのような美しさと汚さが同居した雰囲気。
それを無慈悲な鉄の塊が一歩、踏みにじる。
遊は空中に解き放たれたストライクフリーダムをビル群の隙間に着地させ、息を潜めるように最低限の動きで影に隠れた。真正面から向かうには、色々な情報が足りなさすぎる。それと同時に、自分に戦意が見いだせなくて、一歩踏み出すことをためらってしまった。
「山田さん、か」
彼女の名前に心当たりはなかったし、女の子の友達はおろか、男子の友達すら6年生になって作れずにいた遊にとって、彼女は理解不能な存在だった。本当に今日のゲームプレイを見てバトルを申し込んだなら相当な熟練ファイターだろう。迂闊に飛び出しては返り討ちに合うだけだ。それ以前の遊のことを知っているなら、もっと違った方法で話しかけてくるはずだし、会話もバトルも、こんなに唐突になるはずがない。それに何より、その笑顔が頭から離れなくて──
「ぼーっとして、何を考えてるの?」
後方から聞こえたアイの声に、遊は驚きつつもストライクフリーダムを反転させた。早いか遅いか、ストライクフリーダムのすぐ右脇を、ビームの熱量が通り抜ける。浮遊する小さな花のような銃口がひとつ。無線型ビーム兵器ファンネルビットだ。
とっさのことで何が何だか理解が追いつかず、ただ全力でこの場から離れろと本能が叫び、それに順応して手元の球体を全力で引っ張る。ロストフリーダムはその羽を大きく広げ、青々とした天空へと急速浮上、捉えきれなかった第二撃が足のつま先わずか数ミリ下を通り抜ける。間一髪。
だが空中へ逃げることは、同時に本体から自分の位置を教えるようなものである。
「くそっ、どこから……」
「様子見からスタートだなんて、さっきの気迫はどこ行ったの?」
先ほど回避した花弁の銃口が、上空のストライクフリーダムを捉えつつ逃さない。大空においてその質量の差は、機動力の差に直結する。当然、軽く小さいほうが速い。
「ド、ドラグーン! それから、ヴォアチュールリュミエール起動! あとは、えっと……」
遊はたった一つのファンネルから逃れるべく、上空を駆けまわった。その翼にぶら下がっていた重りを開放させ、追手と同じファンネルビットとして自立起動させる。そしてその翼から、青い光を放出させて、自身の機動力を格段に上げる。
だがこちらのドラグーンは、通常のMSよりはるかに小さいファンネル相手にビーム攻撃を命中できるはずもなく、ただ空を焼くことしかできなかった。。身軽になった本体は最大限の速力を手に入れたが、それでもまだファンネルに及ばない。
「無駄よ。今のあなたじゃ、それは捕まえられない」
「くっそ……!」
空を泳ぐように飛行するたった一つの白色の花弁に対して、踊らされるように宙を舞う黒い機体。まるで操り人形のように、傍から見ても情けない戦闘運びである。さっきまでのCPU戦を見て期待が高まっていたギャラリーたちも落胆のため息しか出ない。
「ほら頑張って! 遊の実力はそんなもんじゃないでしょ?」
アイからの通信が耳に入るが、そんなものを気にしていられるほど遊に余裕はなく、「簡単に言うけど!」とそっけない返事をするのみで。
たった1分にも満たない、戦闘とすらよべない戯れだったが、遊の集中力と判断力の限界は簡単に訪れた。気を抜いたら負ける、気を抜かなくても決定打に欠ける。ガンプラバトルを初めて数回の遊にとってのこの1分は、地獄のような戦いだった。それを望遠レンズで眺めていたアイはため息をついて、精密に動かしていた右手を、今までよりも精密に、かつ力強くひねる。
「残念、もうちょっとできると思ったけど」
「何を……!?」
ファンネルの動きが格段に上昇した。それは8機にも及ぶドラグーンの波を乗り越え、2丁のビームライフルの猛攻を矢継ぎ早にくぐり抜け、すぐさまストライクフリーダムの胸元を捉える。今までの動きは全部、手加減されていた結果だったということが、初心者の遊ですら理解するほどのキレのある攻め。
なぜ、どうしてこんな人と自分は戦っているのか。対戦を申し込まれて、手加減されて、呆気無く負けるためにここにいるのか。まだ敵の姿もちゃんと見れていないのに、遠隔操作されている駒一つにさえ勝てないのか。違う、僕のやりたかったガンプラバトルはこんなんじゃない。もっと兄ちゃんのように好敵手としのぎを削り合い、サーベルを交わらせ、火花を散らす激戦がしたかったのに──僕はダメなのか。兄ちゃんのように戦えないのか。
遊は気の遠くなるような、自分が自分でなくなるような感覚になった。
「その勝負、待った!」
フィールドに『New Fighter Field In』のアラート。
その白い花が返り血で黒く染まる前に、下方からの閃光がコアを穿つ。精密な射撃に花弁は散り、残された本体と、黒い自由が硬直する。
大地に立つは太い四肢、丸みを帯びた装甲、ブラックとヴァイオレットカラーで彩られたそれはひとつ目をぎょろりと動かす。ドムと呼ばれるタイプのガンプラが、武装を盛大に引っさげて割り込んでいた。
「お前、YouTuberの「桃井アイ」だろ!? こんなところで会えるなんてな!」
先ほどファンネルを撃ちぬいたドムのパイロットが、遊のことなどそっちのけで通信越しにアイに話しかけた。
「ふーん、あたしを知ってるのは嬉しいけど。自己紹介くらいしたらどう?」
「そいつは悪かったな!」
構えた大型のビームライフルでビルの一つを狙撃する。それが爆発するが速いか、白い機体、ファルシアと呼ばれるアイのそれが姿を見せる。
「登場早々ファンネルを撃ちぬき、一発であんたの居場所を特定する。それだけじゃ不満か?」
「不満ね。外から見てたらあたしの潜伏場所なんてまるわかりでしょ」
ギャラリーから嘲笑の声が漏れた。ドムのパイロットは恥ずかしさと怒りから「煩い!」と一喝して、そのコンソールをガチャガチャと動かす。ドムがライフルを捨ててバズーカに持ち替え、背面のミサイルハッチから雨のように爆薬を降り注ぎ、肩からガトリングガンを乱射し、一瞬で市街地を焦土と変えた。標的にされたファルシアはそれをいとも簡単に、ビル群を軽快に跳び渡り、猛攻を華麗に回避し受け流す。燃える街を舞う妖精の姿は、とても幻想的で。
その戦いを、巻き込まれない距離に逃げながら、何も出来ずに宙で見守るだけの遊。
「あたしは今、彼に興味があるんだけど」
「あいつなんかより俺のほうがよっぽど強い! だからよ、闘技場つれてってくれよ!」
「お断りよ!」
Youtuber、闘技場、桃井アイ、なんのことだかわからない遊は、戦闘に割って入る精神力も、技術力も持ち合わせていない。感じる無力感と疎外感。
「はは……」
ふと無意識のうちに、メニュー画面の「リタイア」に手が伸びる。
こんな戦い、自分にとって何の意味もない。戦う理由もない、彼女達と戦える技術もない、失うものも手に入れるものもないのに、戦い続ける意味なんてあるわけがない。僕はコンピューター戦で敵を倒せていればそれで満足だった。見知らぬ誰かに勝つことよりも、自分よりちょっと弱い相手を倒している方が楽しかった。誰かと競い合うことは苦手で、ゲームに言われたクリア条件をこなしているほうが楽だった。誰かと戦い上下を決めることは、そこに憎しみと悲しみを生み出す。それは人にとって良くない感情で、その気持ちが高まってまた同じ過ちを繰り返す。そうやって積み上げられたものの上に、何が出来上がるというのか。誰かを蹴落として、見下して、勝って負けてを繰り返し、負の感情を増幅させるくらいなら、いっそ──
「遊、あなた何を考えてるの」
突然向けられた声に手が止まった。それは遊の心臓を握るような、鋭利なナイフを突き立てるような、恐怖を感じる一言だった。あまりの恐怖感にすべての毛穴が広がり、細胞が全力で悲鳴を上げるような。
だがその後に続く言葉は無く。アイとファルシアは戦場を踊る。
ドムがその武装をほぼ使い切りパージした姿は、大型のビーム重斬刀といくつかの手榴弾をぶら下げるだけになった。登場から一変してスタイリッシュに見える。
「あんなガキより俺の方が何倍も目立てるぜ? ほら、ジオン機体使いって今いないだろ! それだけでも再生数稼ぎに──」
「ならないわ」
重斬刀の一撃も、その声も、ファルシアには届かない。
「あなたのそれじゃ、華がないもの」
さっきまで轟々と唸りを上げていたモビルスーツが沈黙する。ファルシアの手のひらから放たれた熱線が、重厚そうな装甲を貫くのは一瞬で。左胸装甲を貫通したビームはファルシアによって薙ぎ払われ、その傷口を大きく広げた。片腕まで切り落とされ、かろうじて胴体をつないでいたドムも、もはや息することは叶わず、無残に爆発した。
爆炎に映える姿は美しい。その影も、その動きも、切り返しの速さも。遊には美しく、遠いものだった。
『New Fighter Field In』
『New Fighter Field In』
『New Fighter Field In』
休む暇もなく、3人の新手が姿を見せる。ドムの戦いに釣られてやってきた、さぞ腕に自信のあるファイター達だろう。今バトルにアクセスしているのは遊、アイ、ドムのパイロット、そして新たな3人の刺客。狭いフィールドでの多人数戦闘は当然のごとくリスクが大きい。にもかかわらず、6角型のバトルシステムが満員になるほど、この戦いは魅力的ということか。
「そこの雑魚いドムとか見捨てて、俺を連れてってくれよ!」
「桃井ちゃん、動画で見るより数百倍可愛いんだねぇ……」
「あんたらひっこんでなさいよ! ねぇ、女性プレイヤーってのも貴重でしょ?」
そして当然、彼らの目的はアイ。そしてファルシアの撃破だ。誰も直前までハイモックを蹂躙していた遊の姿を覚えてはいない。
「うーん、人気者って辛い!」
さっきドムが乱入していた時の声のトーンではなく、ちょっと猫を被ったような、少し高めの声だった。
「仕方ないなぁ。それじゃ私のために集まってくれたみんな! この戦いで勝った人を闘技場に招待するね!」
ギャラリーたちがざわついた。当然乱入者たちは息巻いて、それぞれの機体を横睨みする。もはやすべてが敵、すべてが戦場。生き残った者が次のステージに立てる。遊にとって闘技場の価値は全く分からない。だがその周囲の雰囲気から察するに、かなりの人気があると見て取れる。
「で! 勝利条件は、あの黒いストフリを倒した人ってことでよろしく!」
その一言で、多数の視線が一気に遊へと向けられた。
「……え、う……」
殺気立ったツインアイが並ぶフィールド。その姿を堂々と皆に見せるように宙に佇む黒いストライクフリーダム。機体だけ見れば格好良く決まっているが、パイロットはそうではない。全員が全員、さっきのドムと同等かそれ以上の実力を備え、それぞれ思い思いにカスタムしたガンプラで、この前初めてバトルした初心者を屠らんとしている事実。ビット一つ撃退することもできずに遊ばされた自分を本気で潰しに来る未来。それが見えた時、遊は恐怖で血の気が引いた。
「山田さん、何を──」
「あたしのことはアイって呼んで! それじゃ、期待してるからね?」
通信が途絶えると同時に、白いファルシアからビームが一発、こちらに届けられた。
それは命中どころか、ストライクフリーダムのかなり横を通り過ぎただけだったが、試合開始の合図には適しすぎるほどに、良い号令だった。ファルシアのビームを見た他のファイターたちが獲物を先取りされまいと、次々とそのバーニアを点火し、ライフルを唸らせ、その剣先をたぎらせる。3機のガンプラが一斉に向けた殺気に、心が先に殺されそうだ。
一瞬の判断ミスが命取りになる。さっきのファンネルビット一つとは比べ物にならない物量が遊を襲う。
空は居場所もバレるし集中砲火を受けて不利だ。ならいっそ焼き払われるまでの間だけれど、街の中を縫うように逃げるほうがよい。そんな自身の直感を信じて遊は空中から急降下した。幸いにも足元はMSが隠れるほどのビルが立ち並ぶ場所で、そこまで落ちればあとは追いかけるほうが不利だ。
山田さん、いやアイさんは僕に対して何をそんなに期待するのか、さっきのファンネルを躱せなかった戦いを見て、それでも「期待してるからね」と言ったのは何でなんだ。乱入者たちはみんな強い、一対一でも勝てっこない相手なのに、なんでいま自分は諦めずに逃げてるんだ。逃げることに意味はあるのか。
いや、意味が無いわけじゃない。だって彼女は言ったんだ、「期待してるから」って。
無数に飛んできたライフルの射撃をなんとか回避しきって、ビルの隙間にたどり着いたストライクフリーダムは、そこからさらに逃げるべく一度着地しビルの隙間を抜けた。敵の位置をレーダーで把握しながら二対一にならないように立ち回れば逃げきれる。今背後に二つの熱源がある。背後に、二つ……?
「見つけたぁ!」
突如画面に現れる白と青の機体。画面端にあるレーダーを注視しすぎて、肝心のモニターに映る敵影に気づけなかった。
「この俺のダブルオーライザー・インフィニティソードから逃げられると思うなよ!」
そのMSが、ビルの横幅より長い大剣を腰に溜め、そのままビルごと横薙ぎにした。鉄とコンクリートの塊であるビルさえも、刃の質量をもってすれば簡単に砕かれた。
遊が慌てて腕に仕込まれたビームシールドを展開する。一刀両断されるのをギリギリ防ぐことには繋がったが、その重量をそのまま受け止めることもできず、シールドごと反対側のビルにたたきつけられる。止まる鋭剣、身動きのとれないストライクフリーダム、対峙するダブルオーは片手を離し、腰のビームサーベルに手を掛けて。
「俺の勝ちだ」
「させないっ!」
ストライクフリーダムの胸をビームサーベルが貫く直前、ガトリングの弾雨がダブルオーを襲った。その一発一発は致命傷にならないとはいえ、その場に居続けるには弱くない威力だ。たまらず青い影が距離を取る。
「邪魔すんな!」
「それはこっちの台詞よ!」
横槍を入れてきた彼女の機体、全身に火砲を装備した「ヘビーアームズカスタムV2」と名乗るそれは、バックステップしたダブルオーに対してさらに追撃を加えた。途切れない銃撃に巻き込まれないよう、遊もその場から一目散に撤退する。ダブルオーはその射線を縫うように空を駆けまわるが、必殺の一撃もそのリーチの差を埋まらなければ意味はない。
この状況、チャンスなのか? 遊はビルの影から二人の戦闘を様子見した。ダブルオーは銃弾の嵐をものともせずに動きまわり、ヘビーアームズは乱雑に見えて正確な射撃でダブルオーを近づけさせていない。だめだ。このままでは勝ち目がない。三人を同時に相手どることなんて出来ないし、一人づつ倒していくしかないというのに、今彼らの動きを見ても確実に自分が勝てる見込みも、付け入る隙もない。
「だめだ、逃げ──」
振り返ったそこに、警報アラートが鳴り響く。
「ははは! そうやって群れてくれるおかげで、ボクのクアッドサテライトキャノンのチャージにも困らなかったよ! みんな消し炭になってしまえばいいんだよぉ!!」
モニターに映った小さいMS「ガンダムQX(クアッドエックス)」が、その四門の大型ビーム砲を展開し、通常のMSにはないエネルギー量をその砲身に蓄え、今にも放たんと唸りを上げる。あの熱量、あの機体、そして今までずっとチャージしていたことを考えると、このあたり一帯が消し飛んでもおかしくない威力に違いない。狙いは遊、そしてストライクフリーダムだ。距離があいてしまっていたダブルオーとヘビーアームズは、全速力で遊から離れれば逃げきれるだろう。だが遊は気づいたところで、回避する方法も、受け止める方法も思いつかない。
負ける。どうやっても勝てない。そりゃそうだ、だって弱いんだもの。弱肉強食、ただ弱いものは負け強いものが勝つ、それだけのこと。最初から負けることはわかりきっていたじゃないか。それなのになんでガンプラバトルを始めてしまったんだろう。兄ちゃんはなんでガンプラバトルを楽しめていたんだろう。
今ではすっかり見なくなったけれど、ユニコーンを操縦している兄、卓の姿は、遊にはとても輝いて見えた。勝った試合は当然、負けた試合でも笑っていた。なんでだろう、遊にとって武田を倒したことも、モックを相手に連勝していたことも、今負けようとしていることも、楽しさなんて感じない。あるのは虚しさと、悔しさだけだ。
「負けたく、ない……」
楽しくもない、嬉しくもない、たかだかゲーム一つに何を固執しているんだろう。将来役に立つようなことでもないのに。諦めてしまえば楽になれるのに。
けれど……だからこそ、遊はこのゲームに負けたくない。悔しい。勝ちたい。何も出来ないやつだと言ってきた連中を見返したい。
「負けたくない! 虐められるのはもう嫌だ、嫌だ、嫌だ……」
涙が頬を伝った。その瞳は充血し、それはまるで、ロストフリーダムが身にまとう粒子のような、濁った朱に染まりつつあった。