GBF-L_ガンダムビルドファイターズ Lost 作:杉村 祐介
眼前に広がる戦場で、幾多の花火が割いて散る。三機のガンプラは勝利と栄光を手にしようと地をかけ空を舞い、布についた一点のシミのような黒いガンプラを追いかけた。まだ幼く弱かったファイターは、圧倒的不利な状況でただ「負けたくない」と願った。
その願いが瞳から溢れ頬を伝う。その水晶体は充血し、それはまるで、黒いストライクフリーダムが身にまとう粒子のような、濁った朱に染まりつつあった。
──ガンダム ビルドファイターズ ロスト──
~ 第六話 求められた勝利 ~
楽しくもない、嬉しくもない。たかだかゲーム一つに何を固執しているんだろう。将来役に立つようなことでもないし、誰かから褒められ表彰されるようなことでもないのに。諦めてしまえば、楽になれるのに。
それでも。
「負けたく、ない」
それでも。だからこそ。遊はこのゲームに負けたくないと強く願った。悔しい、勝ちたい、何も出来ない奴だと言ってきた連中を見返したい。
だがそれをやすやすと叶えられるほど、状況は思わしくない。
「あははは! チャージの時間を稼いでくれてありがとうね、これで僕の勝ちだよぉ!」
ガンダムQXのファイターはねっとりとした言葉と視線をアイに飛ばして言う。
「アイちゃん待っててね、今この虫けらどもを消し飛ばしてそっちに行くからさぁ!」
「うん、頑張って! その機体の火力、あたし気になるわ!」
アイはにこやかに返事をした。期待していることは嘘ではない、嘘ではないが、本心でもない。ファイターをその気にさせるだけの上辺だけの返事。本当に欲しいのは取ってつけだだけの安っぽい火力武装なんかではない、もっと心の底から恐怖を感じるような力、何者にも侵されない勝利への渇望、全てを否定する破壊の衝動。
「……見せてもらうわ、ロストフリーダムの力」
ほんのわずかに朱く光るストライクフリーダム、その濁った輝きをアイは求めていた。
◇ ◇ ◇
ダブルオーとヘビーアームズは激しく交わり離れの攻防を繰り広げていたが、それもガンダムQXに充填される熱量に気圧されて中断せざるを得ない状況になった。
「あの火力バカ、先に潰すべきだったか!」
「こうなったら、やられる前にやるしかないわね」
ヘビーアームズがその腰にマウントした手榴弾を地面に投げつける。巻き上がる白煙と閃光。ダブルオーの動きがほんのわずかだけ光から逃げる。そのわずかな時間で、ヘビーアームズはターゲットを黒いMSに切り替えた。
「火力バカはあんたもでしょう。何も考えずに近接武器ばかり背負ってるから、こういう搦手にすぐ怯む!」
「何を」と声が届くもその手は届かない。ヘビーアームズはその剣先を躱し、全力でその機体を走らせた。崩落したビルを次々と踏み台にして高く飛び上がり、ロストフリーダムを捉える距離まで最短で足を運ぶ。その身のこなしはまるで格闘機のそれに近い。
「そこの黒いの、私のために堕ちなさい!」
肘に備え付けられた心もとないサイズのアーマーシュナイダーを展開し、眼下に座り込むストライクフリーダムへ突き立てんと、水面へダイブするように真っ直ぐ、真っ直ぐに落下する。当然この速度で垂直落下すれば自身も破損してしまうが、この戦いにおいてそんなことはどうでも良い。ただ目的のMSを誰よりも先に撃墜することが最重要事項だ。そのためなら、自分のガンプラですら壊れてしまっても些細な問題ではない。壊れてもまた作り直せばよい。
壊れても良いのだ。壊しても良いのだ。ガンプラバトルはそういう遊びなのだから。
「俺は……負けたくない!」
その判断が、ロストフリーダムに勝機を与えた。
ツインアイに魂が宿る。ハイパーデュートリオンエンジンが最大出力で唸り、ドラグーンが鎖から解き放たれ宙を舞い、ヴォアチュールリュミエールの輝きが大地を照らす。朱い粒子を身にまとい、ロストフリーダムがその呼吸を始めた。
「トランザム!? いや、GNドライブもなしにストフリ単体で出来ることじゃ……」
「そうでなくても今更、遅い!」
ヘビーアームズのパイロットはその異変に気づきつつも、もはや止まることも出来ず、止まることも考えず、急転直下、彗星のごとき速さで刃を突き立てんと堕ちる。
「俺は、全ての、破壊を──」
ドラグーンが踊る。それはロストフリーダムの周囲に円陣を描き、頭上にいるヘビーアームズの周囲を飾るようにビームを掃射し壁を作った。遠目から見れば天に伸びる光の柱のような、天を穿つ銃口のような光の壁を。その中心を、連結したビームライフルの閃光が走る。逃げ場を失ったMSの肩口を貫き、半身をその熱で焼いた。アーマーシュナイダーも手放され、もはや地面に自ら叩きつけられるのを待つより他無いに等しい。
だが、決定打には惜しくも届かない。半身失ってもなお落下を続けるヘビーアームズは、ロストフリーダムを睨んで離さない。
「まだ、まだよ!メインシステムは動いてるっ!ガンダムWの機体だもの、当然……」
武装スロット7番目の、本来選ぶべきではない、技とはとうてい言えない代物。そう「自爆」という手段で、敵もろとも木っ端微塵になるという選択肢を彼女は選んだ。
光に包まれる機体、落下する様は本当に彗星になったかのようだ。だが遊はそれも見据えて。
「なんで、自分から壊してまで僕をいじめるんだ!」
奥の歯を噛み締めながらも、その機体を空高く舞い上がらせ、MSが自爆した爆風さえも追い風にして高く高く舞い上がる。
「次はお前か!?」
ロストフリーダムはそのドラグーンを従え、下方にいるダブルオーに狙いを定める。2丁拳銃とドラグーンを全てロックオンさせ……ストライクフリーダムの必殺技ともいえる、ハイマットフルバーストの構えだ。
「お前を倒すのは、俺なんだよ!」
だが、ダブルオーもやすやすと受けてくれるほど甘くはない。両肩に備えたGNドライブをフル回転させ、その剣を天に掲げてエネルギーを集中。それは先程ロストフリーダムが作った見掛け倒しの柱ではなく、真に天を貫き大地を割る、輝きの剣ライザーソード。
「3人まとめてと思ってたけど、自爆のおかげで的が減ったよ!サテライトキャノン発射ぁ!」
残された二機を射線上に捉えたガンダムQXの砲もまた、唸りを上げる。
あふれんばかりの熱量の津波がロストフリーダムを襲う。ハイマットフルバーストがダブルオーを貫くのが先か、ライザーソードがロストフリーダムを焼き切るのが先か、はたまたサテライトキャノンが両者を飲み込んでしまうのか。どちらにせよ、ロストフリーダムは挟撃の形で敗北する。誰が見ても明白な未来、受け入れがたい現実がそこにある。
それでも、負けたくないと願う気持ちは、消えること無く。
光の奔流が黒い影を包んだ。ガンダムQXの砲とライザーソードがぶつかり合い、割れる竹のようにビームを裂いた。だが同時にライザーソードも消失し、クアッドエックスには届かない。お互いがお互いの火力をぶつけあい、その交じり合う中心はまばゆい光に包まれた。もはやその中にあるはずの小さなシミのような機体など跡形もなく消えるだろう。
そう、本来ならばロストフリーダムという存在は、消えるべき物だった。開放されるべき物だった。ここで消えておけば、苦しまなくて良かったのかも知れない。
しばらくフィールドを閃光が支配したのち、両者のビームが減衰していき、フェードイン、眩しかった世界もやっと肉眼で目視できるようになる。
ダブルオーもガンダムQXも持てる力を出しきって、放心状態だ。
「黒いのはやった、どっちの判定だ!?」
画面を確認する。撃墜判定として名が上がっていたのは、ドムとヘビーアームズ、その先は未だ空欄。撃墜リストにロストフリーダムの名前はない。
まだ墜ちてはいない。まだ負けてはいない。負けたくないと願った少年の心の炎は未だ。
「なんで……なんで皆して!」
ダブルオーの足元、瓦礫の中から現れた黒い左手が、その白い足首を掴んで引きずりおろした。
「お前、あの状況でどうやって──」
「なんで僕ばっかり!」
死んだはずのロストフリーダム。その突然の襲来に動きが鈍ったダブルオーを、右手に握ったビームサーベルで真一文字に切り捨てた。それだけでもうそのMSは敗北し、ただのプラスチックの塊と成り下がった、試合の判定では撃墜された。だがロストフリーダムはそのサーベルを振るい続ける。
「くそっ、くそっ! 僕は!」
もはや掴んでいた片足以外、ビームサーベルで滅多斬りにされ、それがMSだったことを知らなければただの瓦礫にしか見えないような、見るも無残な姿に成り果てた。
ひとしきり、叫んだロストフリーダムは、ゆらりと向きを変える。その視線はガンダムQXを捉え、その周囲には朱い粒子が渦を巻く。
「く、来るな! 僕のQXに傷をつけようだなんて、そんなこと許され──」
言うが早いか、墜ちるが早いか。通常の射撃が通らないほど離れている距離を、ロストフリーダムの連結したライフルのビームが駆けていき、QXの胸を貫いて、消えた。
「ハイマットフルバースト、と見せかけてただのドラグーン一斉掃射。ライザーソードとサテライトキャノンを相殺させつつ、自分は瓦礫の下へ退避…よくできた戦術じゃない」
その白い華、ファルシアに搭乗して高みの見物をしていたアイは、目の前の景色にとても夢を抱いた。そう、これが自分の望んだ力。全てを破壊する願い。ロストフリーダムに集まる朱い粒子。そのどれもが、期待していた以上の実力だ。だからこそ彼をあそこへ連れて行きたい、いや行かなければならない。
「遊、さすがあたしが見込んだ──」
刹那、その頬をかすめる弾丸。
「まだ僕をいじめる奴が!」
台風の目が動く。残ったMSはただ一人、ファルシアめがけて真っ直ぐ、全力で翔ぶ。それに応じで朱い粒子全体が動くものだから、対峙したファイターへの威圧感はもはや通常のMS1機とは遥かに違う。ロストフリーダムはその手にサーベルを強く強く握りしめ、はちきれんばかりのエネルギーと感情を込めて、小さな華すら踏みにじらんと進む。
「落ち着きなさいよ、ほら。3、2、1……」
◇ ◇ ◇
『Time Up.Battle ended.』
充満していたプラフスキー粒子が開放され、その青い輝きも、ロストフリーダムがまとっていた朱い輝きも、縛られていた役割から開放されて浮遊する。それは次第にゲームセンターの空調に吸われてか、あたりに霧散して、消えていく。
遊の手元から無くなった球体のコンソール。もう少しだけ握っていたかったような、消えてくれてほっとしたような。名残惜しくて、手を何度か握ったりひらいたりしてみたが。バトルは終わったという虚無感だけを知らせてくれた。
目の前には先ほどの荒廃した都市ではなく、六角形のバトルシステムが。そして各々自分の機体を手にうつむいたり、睨んでいたりするファイターが。そして真正面には、ただ一人満面の笑顔でいるアイの姿が。
「まさかあの状況から3機撃墜だなんてね。さすがあたしの見込んだファイター!」
ファルシアをポーチに収納して、他のファイターに目もくれず真っ先に遊へと近づくアイ。
バトル中、急に泣き叫んだかと思えばまるで別人のような戦いを見せてきた遊という異端者に、誰もが近づこうとせず、近づきたくないと思っていただろう。それでもなお、近づいていくアイ。
「どうして泣いてるの。遊が勝ったんだよ?」
声をかけられて、なぜだろう、先ほどの涙とは別の感情が押し寄せてくる。また視界がにじむ。彼女が言うように、3機ものMSを倒し生き残った。試合はタイムアップだったけれど、事実上勝ちも同然だった。なのに悲しい、涙が出てしまう。それがなぜなのか、遊自身にも理解ができなかった。
アイが遊の手を取る。そして戦っていた他のファイターや、バトルを見に来たギャラリーたちに声高らかに。
「今日はみんなありがとー! また近いうちに来るから、それまでに腕を鍛えといてね!」
ざわつく人混みを気にもとめず、アイがロストフリーダムを拾い上げると、その柔らかい手を握ったまま遊に囁く。
「来て。遊の力を貸してほしいの」
「えっ」
手を引かれるがままに、彼女の背中を、揺れる綺麗な髪を追いかけて、ゲームセンターを後にした。
◇ ◇ ◇
大通りから少し入り組んだ道に入って、右に1回、左に2回曲がったところにある、地下へと続く下りの階段。それを約1階分くらい降りたところにある鉄の扉。やや錆びついてるようで、きしんだ音を上げて開かれたそれの先は、小中学生がくるようなところではない、お酒のビンや綺麗なグラスが並ぶ、落ち着いた雰囲気のバーのようだった。
中には男の人が一人、この雰囲気に似つかわしくないタンクトップにジーパンという服装で、イスに腰掛けながらスマホをいじっている。スマホの光で顔だけがハッキリと見えたが、よくて20歳くらいのお兄さん。とてもここの店主という風貌ではない。
「おっ、また新人ちゃん?」
「ヒロシは黙ってて」
ヒロシと呼ばれた青年はスマホをポケットにしまうと、興味深そうに遊へと近づいてきた。20代にしてはガタイが良いとは言えないし、むしろ細い体格だったが、遊は見知らぬ年上に自然と警戒心を覚え身体がこわばる。
「お嬢ちゃん、この雰囲気じゃ3日も持たないんじゃねぇの?」
「黙っててって言ったでしょ」
アイがヒロシの脛に対して思いっきりつま先で蹴りを入れる。さすがに大人でもこの部位には効くのか、声こそ出さなかったが足を両手で抑えて悶えた。
「この子はね、見た目はそうかもしれないけど、あいつにも必ず勝てる強さを持ってるわ」
「へぇ、このなよなよしたガキがねぇ」
男は遊を一瞥して言った。
「よく来たな、ここは天国のような闘技場だって呼ばれてる。……まぁ負けたやつには地獄でしか無いだろうけどな」
煽らないの、とアイが忠告しつつ片足をあげたら、さすがに二回目を喰らうまいと数歩後ろに下がったヒロシという男。それでもヘラヘラと笑っていて、遊にはそれが不気味だった。
「気にしないで、あいつ悪趣味なのよ。ああやって新しい人が来るたびに脅かしてるだけ。あなたの実力ならここは名前通りの天国よ」
アイの言ってる意味が理解できないまま、さらに奥へと手を引かれる。
扉を開けた先には、バトルシステムが何台か置かれていて、すでに青白い光を発しているものや、そうでないもの。そしてその周囲には戦うファイターと、観戦者たち。まさかこんな地下の部屋にバトルシステムが置いてあるなんて思いもしなかった。
「ここは……」
「改めてようこそ、あたしの闘技場へ。歓迎するわ!」
声に気づいたのか、戦っている二人のファイター以外の観戦者たちがこちらに視線を投げた。その瞳はさっきのゲームセンターにいたギャラリーたちとは違う、だれもが敵意をむき出しにしたそれだった。
その中の一人が、言葉はなく、ただ己のガンプラとGPベースを遊に見せてきた。きょとんとしていると、アイが遊の背中を押して、バトルシステムへと誘う。
「さっきのバトル、楽しかったでしょ」
「えっ?」
耳元でアイが囁く。
「楽しかったでしょ。負けた他人を見下すのが、逃げられもしない相手を切り刻むのが、怯える敵を撃つことが。それでいいのよ、何も思わなくていい。だってあなたは」
『Battle Start!』
「あなたはロストフリーダムのパイロット。全てを壊して、全てを奪うためのファイター」
「ロスト、フリーダム……」
そうか、僕はロストフリーダムなのか。僕が初めてガンプラバトルをした日に現れた黒い影、目の前の敵を壊して奪うあの機体のパイロット。それが僕なのか。
ならやることはたった一つ。全てを破壊し、全てを奪う。
「長谷川遊、ロストフリーダム。出撃する」
赤い翼をはためかせ、漆黒の機体が宇宙を駆ける。それを遮るものはなく、立ちはだかるものは壊せばいい。
「俺は、全ての、破壊を──」
「長谷川、ねぇ」
部屋の一角、精巧に作られた赤い愛機を手に、その戦いを眺めている少年が一人、笑う。
「遊、か……」
黒い機体を手に、その戦いを見つめる少年が一人、唇を噛む。
二人の視線の先に映るは無垢な少年か、それとも黒い破壊神か。
ちょうどこのタイミングで拙作
「GBF-L外伝 無限の剣」を読んで頂けると
内容への理解が深まることと思います。
ガンダムビルドファイターズ L外伝 無限の剣
作者:くすりし。
https://syosetu.org/novel/184097/