GBF-L_ガンダムビルドファイターズ Lost 作:杉村 祐介
GBF-L #007「与えられた目標」
戦いは白熱した。いや、観客からすれば白熱したように見えていた、が正しいか。
宇宙空域に漂う巨大なコロニーの外部で二つの灯火が交わり離れる。いくつもの光線が点を追いやり、時折広がる爆炎を貫いて閃光が駆ける。雷のような残光を見せる朱い影は、黄色い光の進む先へ先へと回りこむように動き続けていた。
「なんだ、なんなんだよあいつ……!!」
左腕の肘から先がもげ落ち、背面バーニアも絶え絶えに、コロニーに逃げるように侵入するMS。腰から伸びたアームの先にあった二枚のシールドは右側は全損、左側も半分が溶けてしまっている。追われる身のそれはちっぽけな闘志を捨てず、背中を見せて後退しようともその銃を手放すことはなく。
居住用コロニーには人影はない。ビル群の隙間に潜り込んで勝機を伺う。
パワード・ジムを砲撃型に改造していたそれは、切断された大型砲をパージし、空になったプロペラントタンクもその場に置き捨てた。残されたのは残弾わずかなハンドガンと頭部バルカン程度しかない。勝ちは遠い、だが諦めさえしなければ、勝機はある。
「あんなガキに、俺が負けてたま──」
新緑色の美しいプラフスキー粒子が、じょじょに朱く染まっていく。
けたたましく警告音が鳴った。血眼になって眼前のモニターに目を配る。だが前後左右、上にも敵影は無い。違う、下だ。床の向こう、コロニー外部からここをピンポイントで撃ちぬくつもりなんだ。
とっさに彼は機体を動かす。直後、ビームの奔流がコロニーを突き破り天高く昇っていく。一瞬でも判断が遅れていれば敗北は必死だった。
なぜピンポイントでこの位置がバレたのか全く理解が追いつかない。だが現実に位置がバレているのは明白だ。機体の動きを止めないように、かつ姿を晒さないように慎重に動く。
突然だった。背後からビームで撃ちぬかれた。左足をロストしたというアラートが鳴る。
「くそっ、どこから!」
振り返りざまにハンドガンをばらまく。そこにあった朱い羽根のような鉄の塊は、あっけなく爆発した。だがその爆発が目印となって。
二本目、三本目のビームが降り注ぐ。それはパワード・ジムの腕をもぎ、頭を穿った。右腕と頭部ロストのアラートが続く。心拍数が上がる、恐怖で腕が震える、破壊された右腕のマシンガンを打とうと、手元のトリガーを引き続けたが反応がない。来るな、やめろ、来ないでくれ──
「俺は、俺は!!」
バランスを崩したジムの成れの果てが、天を仰ぐように背を地面に向けて倒れると、天井──コロニーの反対側の地表──に穴が空き、そこから一直線にこちらへ向かってくる赤と黒の機体。その手には剣を、その目には憎悪を。
「や、やめ──」
胸部がサーベルで貫かれる。眼前のモニターが血のような朱でうめつくされた。
── ガンダムビルドファイターズ ロスト ──
〜 第七話 与えられた目標 〜
今日の三機目。ZZとウイングゼロカスタム、そしてさっきのパワード・ジム。じゃらじゃらとパーツがぶつかる音を立てる。対戦相手の機体を自分のナップサックに乱雑に放り込んで、自分の機体は別の袋に丁寧に片付けた。
プラフスキー粒子の灯りが失われ、地下室はまた薄暗く陰湿な雰囲気に戻る。満たされていくナップサックに反して、遊の心は乾いていた。
「連戦連勝。さすがあたしの見込んだファイターね」
「……アイちゃん」
遊に近づいてきた少女は、先ほどの戦闘を一部始終見ていたようで。
「また良い動画ができそう!」
彼女は確かに笑っていたはずだが、遊にはどこか笑顔ではないように見えた。
動画サイトに上げるバトルの録画が彼女の趣味らしく、そのバトルは全てこの地下室にあるバトルシステムで録画されていた。今さっきのバトルも例外なく録画され、彼女が編集された状態でインターネットにアップされるのだろう。小中学生にはそれなりに知れわたっているようで、ファイターたちは動画を上げてもらうことが一種のステータスになっていたりする。
でも、そんなことを知りもしないまま連れてこられた遊にとっては、どうでもいい事だった。ただアイが自分を必要としていることが、今の遊にとっての戦う理由。
「このまま勝ち続けたら、いずれ必ずあいつとも戦えるわ」
アイが目配せする。その先、地下室の反対側にたむろしている中学生グループの一人。早川魁斗(ハヤカワカイト)と目があった。
苦手なタイプだ。身体は決して力があるガタイの良い感じではない、むしろ痩せている方なのだけど、人の心をいたぶることが得意そうな、いじめっ子の目をしている。本能的にそれを感じた遊は身体が震えた。
遊は魁斗から目をそらしてアイを見る。アイもまた、遊の目線に気づいてこちらを向いてくれる。彼女を見ている方が、気持ちがとても楽だ。
「今じゃダメなの?」
「ダメ。ここのルールは曲げられないもの。誰かのバトルに乱入するか、お互いの同意の上でないと戦ってはいけない」
「前にも聞いたよ。だから僕から直接早川くんに頼んで」
「無理よ。あいつは……自分のことを正義の審判者とでも思ってるのよ。倒すべき相手だと認めない限り、戦おうとしないわ。それどころか、周りの手下みたいに引き連れてるやつらを差し向けて消そうとする」
あれじゃどっちかって言うと魔王ね、と苦笑まじりにアイは言ってのけた。
魔王か、この闘技場を牛耳る存在にはお似合いのアダ名だと遊は思った。そうなれば自分はさながら、魔王の手から世界を救う勇者で、アイは囚われのお姫様。ハッピーエンドで終わる物語のはじまりなんだろうか。
「……まさか、ね」
「どしたの?」
「ごめん、なんでもない」
不意に変な笑いがこぼれた。アイに気づかれて、慌ててごまかす。きっと変なやつだと思われただろう。
「で、そろそろ遊もガンプラの改造しない?」
「改造?」
「そう、今日戦った相手だって、パワード・ジムにお気に入りの武装をたくさん追加してたでしょ。あんなふうに、自分の好きなように武器を追加したり、バーニアを増やしたりするの」
ガンプラファイター達にとっては当然の、ガンプラバトルにおいての一番の醍醐味。それぞれのMSがそのままの姿ではなく、オリジナルに改造した姿で戦う。量産機でエース機体を倒すためのチューンナップもできるし、エース級をさらに改造して局地戦仕様に仕立てあげることも出来る。さまざまなガンダム作品の武装を混ぜあわせ、最強の俺ガンダムを作ることができる──それこそがガンプラバトルの真髄。ガンプラファイターが、ガンプラビルダーと呼ばれる所以でもある。
だが遊は、ガンプラファイターとしても、ガンプラビルダーとしてもまだ生まれたて、幼かった。
「やらなきゃダメ?」
ガンプラをストレートに組むだけなら自分にもまだできたが、手先の器用さも余り自信がないのに改造ができるとは思えない。
未知の領域への不安もあった。そして、未改造で戦っていた兄への憧れもあった。
だがアイは否定を返す。
「ダメ。少なくとも早川くんと戦うまでには、出来るようになってないとね」
「そう……」
「わかんないことがあったら、あたしが教えてあげるから。ね?」
それでもなお、わかったと答えるにはハードルが高いと感じる。
「手に入れたパーツも増えてきたし、改造したい放題ね」
アイが言葉にした「手に入れたパーツ」。先ほどのバトルで戦った対戦相手のパワード・ジム。それ以外にも、今日までに十回以上戦ってきた相手のガンプラ全部が遊の手元にある。
「でも、これ、本当に貰って良いものなの?」
「当たり前じゃない、ここのルールなんだから。初日に説明したでしょ?」
この地下室での対戦は、対戦終了直後に乱入するか、お互い同意の上でバトルをはじめなければならない。バトルは全て録画されている。そしてバトルに敗北した者は、使っていたガンプラを勝者に渡さなければならない。残酷で無慈悲で弱肉強食な闘技場のルール。
「それがイヤって言うなら、強くなって早川を倒して、あなたが一番になればいいのよ。一番になったら自由にルールを書き換えることができる」
「一番……」
早川魁斗、彼をちらりと見た。彼はずっとこちらを気にしていたようで、目があうなりニヤリと嫌な笑みを浮かべて軽く手を振ってきた。学年は遊より一つ上、中学一年。まだ戦った姿を見たことはないけれど、彼がこの闘技場で一番のファイターである以上、実力はあるのだろう。
けれど、本当に強いのだろうか。遊自身、十回以上の戦いを経て連戦連勝、今日の試合だって全員中学生だったが負けなかった。圧勝だった試合もあった。今の僕なら勝てるんじゃないか。いや、戦うチャンスさえあれば勝てる。だからあいつは僕に乱入してこないんだ。今のままでも十分強い。苦手な改造なんてしなくてもいい。
そんな無根拠な自信がふつふつと湧いてくる。
「わかったよ。僕は勝つ」
「期待してるわ」
アイの笑顔は、大人びて見えた。
結局その日は帰宅しても改造する気力もアイデアもわかないまま、遊は次の日もまた闘技場に来た。今日は小学生だけがその場で戦っているようで、中学生の登校日だって言っていたのを思い出す。アイの姿も魁斗の姿も見えなかった。
地下室に入った遊に気づいた数名は距離をあけた。それもそのはず、バトルに無差別に乱入しては理不尽な暴力で勝利をもぎ取り、ファイターの機体を奪い続ける謎の少年だ。中学生ならまだしも、小学生がロストフリーダムの相手をしようという勇気はないだろう。それほどまでに、今までの戦闘が一方的な展開だった。
何かが違う、何かが足りない。きっとアイちゃんが居ないからだろう。そうにちがいない。遊は心に空いた隙間を自覚しながらも、見てみぬふりをして。
「ねぇ、僕も混ぜてよ」
遊が地下室に入ってきたことに気づかなかった、バトル中の一組の小学生を相手に、乾いた喉を潤す水を求めて乱入する。
可変し飛び回るZガンダムを堕とし、地を奔るゴッドガンダムを潰した。たやすく、簡単に。それでも足りない、何かが足りない。
最初にエクシアを破壊した時や、ダブルオーを滅多斬りにした時のような高揚感が足りない。バトルに勝つという結果は同じはずなのに、目の前の勝利には虚無しかない。つまらない。もっと楽しみたい。これじゃ弱いものいじめじゃないか、いつになったら魁斗と戦えるんだ。アイちゃんはそれを望んでるのに、応えることができていない。もっと倒さなきゃいけないのか。もっと弱い者いじめをしなきゃいけないのか。
『楽しかったでしょ。負けた他人を見下すのが、逃げられもしない相手を切り刻むのが、怯える敵を撃つことが。それでいいのよ、何も思わなくていい。だってあなたは──』
楽しくない。負けた他人を見下すことも、逃げられもしない相手を切り刻むのも、怯える敵を撃つことも。違う、何か違う、間違っている。けれど何が間違っているのか分からない。どうすれば楽しくなるのか分からない。答えが見えない。モヤモヤした感情が心臓から血管に送り出されて全身を駆けまわるような感覚。
「おい」
声に反応できないくらい、深く考えてしまっていた。
『New Fighter Field In』
乱入アラートにやっと気づいて、慌てて意識をバトルに戻す。敵は倒したはずだ。違う、乱入だ。このバトルに僕と同じように誰かが割り込んできた。
「誰っ……!」
「俺の仲間を散々やってくれたじゃねぇか! なぁ!」
上だ。ストライクフリーダムが立ち尽くしていた地面から見上げると、大の字になって降りてくる黒いMSの姿が。細かく分割された装甲の隙間から、金色のフレームが輝いて見える。右腕にはレールガンらしきものが、左腕には鋭利な四本の爪が、そして頭部は刺々しい剣山のようなアンテナが。その特徴的な見た目は、まるで黒く染められた兄の駆る──
「──ユニコーン、ガンダム」
あの機体は、兄が使っていたユニコーンにとても似ていた。しかし黒と金のカラーリングは知っているものとは真逆の、禍々しさのある雰囲気で、それはなぜか自分の機体と似ていた。
「俺は黒田涼介! このバンシィで、テメェをぶっ倒す男だっ!」
目の前に映るMSを見ていると、遊の心はこれ以上ないほどにざわついた。