GBF-L_ガンダムビルドファイターズ Lost 作:杉村 祐介
例えるなら。一つ前の問題なら解けたのに、授業で先生に当てられたところだけが答えられなかった時のような。苦手なドッヂボールでボールが当たったのに、顔面だったからセーフ判定でコートに残らなきゃいけない時のような。雨の日に水たまりを避けて歩いていたのに、横を通った車が水しぶきを上げて足が濡れた時のような。
目をそらしても、襲いかかる現実。どうしようもない事実。
「黒い、ユニコーン……!」
見上げた青い空、降下する黒い機影。ユニコーンガンダム二号機「バンシィ」は、憧れていた兄のそれにあまりにも似すぎていた。
──ガンダム ビルドファイターズ ロスト──
〜 第八話 重ねられた影 〜
市街地、だった場所は先の戦闘で荒らされ崩壊していた。人々の憩いの場所だったであろう公園もMSの大きな足跡が残り、人類の発展を示す天にそびえる無数のビルも、その半数以上が戦闘によって潰されたり折られたりしている。大地を覆うアスファルトは無数の熱戦でえぐられていた。
「よくもまぁ、こんな酷い戦いができるなぁ、お前っ!」
あたりに散見されるZガンダムとゴッドガンダムだった腕や脚部、ヘッドパーツさえも胴体と繋がっていない戦場。その中心に立つ無傷のストライクフリーダム。それは戦争ではなく蹂躙されたのだと、バンシィのパイロットである涼介にはそう見えただろう。
天を背にした黒いユニコーンは右腕の、手首から先に装備されている二枚の並行板をロストフリーダムに向ける。
「くらぇよ!」
ビームスマートガンと呼ばれるそれは、特徴的な紫の光線を蜘蛛が出す糸のように吐いた。けたたましいアラートが鳴るか鳴らぬか、遊はその操縦桿を引いて回避運動を取る。紫のビームは紙一重でロストフリーダムを貫けず、そのまま大地を覆うコンクリートを切り裂いた。
「早い……っ!」
強い。たった一回の攻撃だったが、初心者の遊にすらそう思わせるほどに、これまで戦ってきた誰とも違う強さを感じさせる一撃だった。それは動きの質か、予備動作か、それとも武器の威力なのか。遊にはそこまでの理由を理解することはできなかったが、それでも強いと思わせる何かが、涼介が操るあの機体からにじみ出ているのは事実だ。
先ほどのビームが地下のパイプを貫いたのか、ガスか水蒸気のような白い煙が傷口から勢い良く吹き出してあたりを覆った。視界を奪われた遊は敵から距離をとるべく右足を引いた。そのとき、足元にあったゴッドガンダムの残骸が機体に触れて。
注視するわけではなかった。ただ無視して、その場から離れるだけだった。それでも遊の脳裏にはこわれたパーツが、自分が壊した相手のパーツが、頭から離れない。
「酷い戦い……って」
先ほど涼介が言った「こんな酷い戦い」という言葉が反芻される。
「これが当たり前なんでしょ、ガンプラバトルは」
ガンプラバトルは自分が作ったガンプラで戦い、その勝敗を決めるゲーム。その途中でパーツが壊れてしまうこともゲームとしての重要な要素だと、兄は昔そう言っていた。ゲームで遊べば壊れるのが当たり前。なのになんで「酷い戦い」なんて言われなきゃいけないのだろう。
「そんなわけ、ねーだろ!」
遊の答えに涼介の激昂が部屋に響く。
◇ ◇ ◇
真夏の日差しに照らされたアスファルトがホットプレートのように照り返し、ムンと蒸し暑い日本の夏が続く。日陰に入っても涼しさを感じられない重たい空気をかき分けて、可愛らしいシュシュでまとめられたポニーテールが揺れる。手首にはめた厚手のリストバンドにも汗がにじみ、駆け足で闘技場へと急ぐ彼女の息も上がる。今日は登校日。いつもなら誰よりも早くここへ来ていたアイも、今日ばかりは遅れた登場だった。
地下へと続く入り口の鉄扉は日に照らされておらず、その取っ手はひんやりと冷たい。扉を開けて先へ進めば、エアコンで人工的に作られた冷気が歓迎してくれる。だが、扉の向こうでアイを待っていたのは快適な冷房だけではなく。
「やあ姫、今日はまたずいぶんと急いでるようで」
「……早川」
扉の裏、闘技場へ入る前の酒場のスペースで、早川魁斗が椅子に腰掛けながら出迎えた。
「何か用? あんたに構ってるほど暇じゃないんだけど」
アイはあえて鈍感な男子にでも嫌っているのが伝わるように、露骨に心のそこを素直に態度に示して言った。魁斗はそれを理解してもなお、彼女の前を遮って。
「つれないなぁ、僕をここに呼んでくれた時は仲良くしてくれたじゃないか。ちょうど春ごろ──」
「忘れたわ、そんな昔」
彼がここに来たのは今年の春。アイがこの闘技場を始めたころでもあるし、同級生のアイと魁斗、二人が中学生へと進学した時期でもある。
「たった三ヶ月前のことじゃないか」
「いい? 私の一ヶ月ってとっても大事なの。アホの男子と一緒にしないで」
アイはまた意図的にきつい言葉を吐いて捨てた。そうすれば魁斗のプライドを傷つけて、諦めるか隙ができると思ったからだ。
「待てよ!」
だが、今日の彼はそれで諦めることはなく、怒りをぐっとこらえて、すり抜けて奥へいこうとするアイの肩を掴んだ。その手を力任せに引っ張って、彼女をこっちへ向けさせながら、壁へと押し付けた。必然的に、二人の目線が睨み合う。
「僕をそこらへんのアホと一緒にするなよ!」
「そういう強引なとこがアホって言ってんのよ!」
お気に入りの服を掴まれてついカッとなったアイが、声を荒げながら魁斗の手を振り払う。直後、相手のペースに飲まれてはいけないとすぐに冷静を装ったが、これ以上無理やり突破はできそうにない……アイは観念して、彼の話を聞くことにした。
「で、待ち伏せするほどだし、何の話よ」
ああ、と魁斗は笑顔を見せて言った。こうして普通の表情をしている限りで言えば彼の顔はイケメンに部類される方なのに、性格が粘着質で弱いのが台無しね、と心の中で彼女は思う。
「僕はアイがこの闘技場でやりたいこと、気づいちゃったのさ」
その言葉に、アイはぴくりと肩を震わせる。
「やりたいこと?」
「そうさ。君は僕をこの闘技場に誘った。そして動画をネットに上げながらちやほやされていった。ある程度チャンネル登録数は増えたし、人気投稿者になったわけだけど……それが本当の目的じゃないでしょ?」
「何が言いたいの」
「僕がトップに立つまでは君と僕、仲よかったじゃない。なのに僕がここのトップに立ってから、黒田だっけ、あいつを呼んで……あいつをボコボコにするまでは仲良くしてたじゃん。で今はあの長谷川って奴でしょ」
魁斗はそこで一区切りつけて、大きくため息をついて続けた。アイに緊張が走る。
「あてつけなんだろ? 僕が君より強くなって、闘技場のトップになったことへのさ。素直になりなよ」
魁斗の言葉は、アイの本心ではない。大外れの回答だったものだから、彼女は少し吹き出してしまった。
「何がおかしい?」
「別に! この闘技場は私がトップでいるためのものじゃないもの。だけどアナタはトップに居すぎなのよ。流石にそろそろ交代しなきゃ、花が無いでしょ?」
「……へぇ、認めないのかい」
魁斗はアイの態度を見て、距離を開けて闘技場への道を譲る。
「でも残念だなぁ、僕を倒すために連れてきた黒田と長谷川が同士討ちしてたりしたら、僕は誰にトップを譲ればいいのかな?」
その一言は、アイの心を揺さぶるに易い問いかけだった。
◇ ◇ ◇
「仲間の仇ってやつだ、受け取れっ!」
白煙を切り裂いて突出してきたバンシィが、その異様に肥大化した左腕を盾に、不意を突かれて回避しそこねたロストフリーダムに力任せにぶつかる。激しく揺れる画面、さらに遊の眼前に広がるモニターには、めいいっぱいに拡大されたバンシィの頭部バルカンが唸りを上げて乱射され、画面のフラッシュと機体の振動と効果音が襲いかかった。
その刹那、黒い機影であるはずのバンシィの姿を、白いユニコーンに錯覚する。
「……なんで」
バンシィはロストフリーダムを押さえつけたまま、勢い良くビル群へと突っ込んだ。二機のMSを支えきるほどの剛性を、人間のために作られた構造物は持ちあわせておらず、砂で作った城のようにボロボロと崩れ落ちる。
目の前の機体が兄の姿と重なる。憧れだった兄の、何でもできる自慢の兄の、絶対に自分では勝てない兄の姿と重なる。目の前の機体が兄のそれとシンクロし、まるで兄に責められているように感じる。
「なんで」
これ以上その顔を見たくない。これ以上そのガンプラと戦いたくない、これ以上それに攻撃されたくない。
これ以上僕を責めないで。
「なんで!」
刹那。ロストフリーダムの左腕が、バンシィの頭部を殴っていた。
「なんでそのガンプラを使ってるんだ!」
悲痛な叫びとともに繰り出された拳は、涼介の思考を止めるには十分すぎる一撃だった。
「お前、何を言って……」
バンシィの頭部バルカンが静止され、そのツインアイが遊を睨みつけた。そしてその肥大化した左腕、黄金の四つの爪、ヴァイヴレーションネイルがより一層輝いて。
「誰が何をつかおうが勝手だろうが!」
振り下ろされた鋭爪。ロストフリーダムはその一撃を右手で受ける。だがその爪にとってMSの装甲は紙切れに等しく、腕はあっさりと切り裂かれ、大地に墜ちる。
「やった!?」
「あのストフリに攻撃が決まった!」
外野が歓声を上げる。それもそのはず、今の今までロストフリーダムに攻撃を与えたファイターは、この闘技場には誰一人いなかったのだ。気づけばZガンダムとゴッドガンダムの持ち主である小学生以外にも、数人の中学生が遊と涼介のバトルを観戦している。
涼介は一撃を浴びせたことで笑みを浮かべたが、そこに気の緩みはなく、さらに集中して眼前の遊を見据えていた。
一方の遊は、右腕を犠牲にして攻撃を受けたかのように、空中へ飛び上がってバンシィから距離をとった。
「これ以上、来るなっ!」
スロットを回してドラグーンを選択する。だが画面には赤い文字で「エラー:リチャージ」という表示がされるのみ。直前の戦いでのエネルギー消耗がまだ収まりきっていないのか、武装の大半がリチャージと示されている。焦りは加速し、汗ばんだ手が震える。
なにより眼下のバンシィに対して、そこ知れぬ恐怖を感じていた。
「遊!」
闘技場に駆け込むや否や、アイが声を上げる。
「……アイちゃん」
「あんた黒田と戦って──!?」
アイに見えた光景は予想を超えた惨状だった。魁斗を倒せると思っていた遊のロストフリーダムは右腕が欠落し、過去に魁斗に負けた黒田はピンピンしている。試合の流れは一目見ればわかる、完全に黒田の優勢だ。このままでは、遊が負ける。
それは困る。目的からまた遠ざかってしまう。この夏がチャンスなのに、この夏の間に終わらせなきゃいけないのに!
「遊、しっかりしなさい。約束したでしょ、早川を倒すって!」
「でも……でもっ」
遊の瞳から戦意が失われているのは誰の目から見ても明らかだった。
「僕は、僕じゃダメだ、なんにもできない……卓兄ちゃんには勝てない」
「何を言ってるの、相手は黒田よ、同学年じゃない! 遊の本気なら楽勝よ!」
アイの言葉も今の遊には全く通じず、ただロストフリーダムは宙を漂うばかり、その独特な朱い粒子も、徐々に光を失い消え失せていく。
「戦いに、集中しろっての!」
しびれを切らしたバンシィが、戦意喪失している空中のロストフリーダムへと飛び上がり、再びヴァイブレーションネイルを高々と掲げる。それを避けることもせず、恐怖で震え上がることしかできず。
激震。再び振るわれた爪が、こんどは頭部を痛快にえぐった。遊のモニターはメインカメラが切断され砂嵐とノイズで溢れる。すぐにサブカメラに切り替わったとはいえ、その映像は乱れ、モザイクがかかったように表示されている。
違う、モザイクはサブカメラのせいじゃない。自分の涙のせいだ。何もできない弱い自分が悔しくて。兄のようなガンプラが迫ってくることが怖くて。アイちゃんの期待に応えられない自分が情けなくて。頬を水滴が伝って落ちるその冷たい涙に、泣いていることに気付かされてまた悔しく思う。
そして何より、モニターに映るひしゃげたストライクフリーダムの頭部が、母親からもらった大事なガンプラだということを思い出してしまって。曲面がひしゃげ、アンテナも折られたその頭部が、もう二度と元の形には戻らないのだと思い知らされて。
「ああ……うああ……!!」
涙を浮かべた遊の瞳に、悲壮と憎悪の感情が芽生えた。