GBF-L_ガンダムビルドファイターズ Lost   作:杉村 祐介

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GBF-L #009「砕かれた機体」

 愛機を壊された。その事実だけが遊の頭を駆け巡った。ストライクフリーダムに込められた思いと、ストライクフリーダムに積み重なった記憶が新しい方から広がって、そして霧散していく。数多のガンプラを破壊していったこと、一対多数の不利な戦闘をも切り抜けたこと、いじめっ子たちに落書きをされ黒く塗りつぶしたこと、そして母親に貰ったこのストライクフリーダムで、兄と楽しく遊んだこと。

 

「う、ああ……」

 

 遊の黒くにごった血液に乗って全身へと循環され、悲しいという感情を怒りへと還元した。許せない、許さない。俺をここまで傷つけた奴が。俺に敵対してきた奴が。目の前にいる兄に似た機体をつかうあいつが。

 荒いサブカメラの映像と、潤んだ瞳を通して見える遊の世界に、もう兄のユニコーンガンダムは映されていない。見えるのはただ黒と金の、己に牙を剥く猛獣のようなMS。

 

 

 

──お前は何を望む──

 

「俺は、全ての破壊を!」

 

 Reload completed. 涙を浮かべた遊の瞳に、悲壮と憎悪の感情が宿った。

 

 

 

──ガンダム ビルドファイターズ ロスト──

 〜 第九話 砕かれた機体 〜

 

 

 

「どうだっ! このガンダムの爪の一撃はよぉ!」

 

 飛び上がってからの一撃を繰り出した涼介のバンシィは、重力に引かれて下降し、その大地を両足で力強く踏みつけた。

 ここまで無敗の強さを誇っていた遊のロストフリーダム、それに対して一撃ならず二撃目を加えた涼介の咆哮に、闘技場にいたギャラリー達は湧きあがる。ぶっ壊せ、やっちまえ、仇を取ってくれ……それぞれがそれぞれの感情を声に上げる。この空間には、遊を応援する声は一つも上がらない。遊にとってその現実が重く重く突き刺さる。

 こんなもの、いじめと何も変わらない。いつだっていじめられる側は独りで、周りの人間はいじめる側に回るか、外野でひっそりとしているんだ。いつだってそう。だからこそ僕は、いいや俺は──

 

「俺は、独りでも、戦う!」

 

 涙を拭ってもぼやけた視界、ノイズの走るサブカメラの映像では、もはや敵は黒い影にしか見えない。それでいい、敵の位置さえわかれば──いっそわからなくなっても──戦う。戦い続ける。俺は、全ての破壊を。

 

「いいかげん眼を醒ませ、ドラグーン!」

 

 もう一度スロットを回し、先ほど拒否されたドラグーン・システムを呼び起こす。リチャージ完了とともにパージされた八機のドラグーンが拘束具から解き放たれ──いや、ドラグーンという拘束具を解き放ったロストフリーダムが、ヴォワチュールリュミエールを顕現させ、堕ちてゆく己を支え、再び空へと飛び上がらせた。

 

「勝負はこれからってか、そう来なくっちゃなぁ!」

 

 涼介が駆るバンシィはその装甲、サイコフレームの輝きをより一層増し、朱い粒子をあつめつつある相手になお立ちふさがる。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

「アイ、この勝負どっちが勝つと思う?」

 

 眼前に広がるまばゆい粒子に照らされたギャラリー達は熱狂の渦を作っていた。その中で戦闘の行く末を心配そうに見守る少女に、早川魁斗は語りかける。

 

「何よ急に」

「ちょっとした賭けさ。君がこの試合の勝者を当てるだけのね。賭けに負けたら、勝った方のいうことを一つ聞くってのでどうだい?」

 

 魁斗の笑みはバトルシステムの光に照らされて、普段よりいっそう不気味さを増していた。何かを企んでいるのは明白で、その企みはアイにとって部の悪いものだということもすぐに考えが及ぶ。だが今のアイには、彼を一発で黙らせるような良い返事が見つからず。

 

「断るわ。他の男子と勝手にやってなさいよ、そんな事」

「いいや君は乗る、乗らなきゃいけないのさ」

 

 ずい、と一歩寄ってくる魁斗。いつも以上の強気さに裏があるのだろうと、アイはそこでやっと気づいた。彼の手に握られているガンプラに。

 

「あんたまさか!」

「そうさ。君が賭けに乗らないなら、決着がついた直後に乱入させてもらうよ」

 

 ふと気付かされる。主導権がどちらにあるのかということを。たとえここから遊が逆転勝利を収めたとしても、賭けに乗らなければ、満身創痍のロストフリーダム相手に魁斗が颯爽と勝利するのだろう。遊が負けても当然、彼の目下の脅威は消え去る。漁夫の利を狙って勝率を高める、彼の勝率を裏付ける戦法。

 それを止めるには、彼の言う賭けに乗らなければいけない。だが賭けに負けたら、魁斗の言うことを聞かなきゃいけなくなる。

 

「あんた、サイテーね」

「賢いって言ってくれよ。で、どっちに賭ける」

 

 ここでアイが迷う理由などないはずだった。アイ自身もそう思っていたのに、魁斗への返事に一瞬だけ戸惑った。本当に彼を信頼していいのだろうか、と……。

 いや、ここで迷ってはいけない。何のために今まで闘技場を運営してきたのか。この夏、アイにとって最高のファイターが集まった今年が最初で最後のチャンス。私の夢を叶えるための、おそらく一度きりのチャンス。

 

「──遊が勝つわ。黒田にも、あんたにもね」

「へぇ」

 

 結果が楽しみだね、と魁斗はバトルに視線を戻した。フィールド上では、無傷のバンシィと満身創痍のロストフリーダムが幾多の爆音と斬撃を繰り広げている。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 8機の朱いドラグーンが宙を飛び交い、矢継ぎ早にビームを繰り出す。バンシィはそれを巧みに回避し、攻撃の隙間を縫うように飛び回った。勢いを殺すこと無くドラグーンを操る本体めがけて最短ルートを突き進む。

 

「でぇりゃぁぁ!」

 

 背中に搭載していたビームサーベルを抜刀した右腕を、ロストフリーダムめがけて思い切り振り下ろす。メインカメラも右腕も失ってしまっていたロストフリーダムもまた、左手に握ったビームサーベルでそれを受け流すようにあしらい、再び距離を取る。重力に逆らうことの苦手なバンシィは地面へと降り立ち、もう一度ロストフリーダムを屠らんと跳躍する。

 ヒットアンドアウェイのように、サーベルが切り結ばれては離れ、離れては重なりあい、その合間合間にビームの雨が降り注ぐ。だがどちらも有効だたりうる一撃を繰り出せず、荒廃した大地に爪痕を残すばかりで。

 

「いいかげん墜ちろ!」

「嫌だっ!」

 

 八度目の剣撃、ロストフリーダムより僅かに天を取ったバンシィが、ここぞとばかりに全力でバーニアを吹かす。機体の重量、そして勢い、重力もあいまって、黒いフリーダムは黒いユニコーンともみくちゃになりながら急降下、地面と激突した。

 地上で馬乗りになったのは、バンシィだ。ロストフリーダムの腹部にまたがって拘束する形で着地していた。

 

「これで、終わりだぁ!」

 

 左腕の異形なる武装、アームドアーマー・ヴァイヴレーションネイルが高速振動する。見上げた巨躯の繰り出す一撃の恐怖は、もう二度も受けて身にしみて分かる。次はない。だからこそ、この攻撃を受けてはいけない。終わる、終わらせたくない、終わらせてたまるものか。

 

「まだっ! 終わりじゃ無いっ!」

 

 遊はスロットを早回ししレールガンを起動する。背中を地面に、腹部前面をバンシィに抑えられた、馬乗りになっていたロストフリーダムが繰り出す一撃は、天高く登っていくにすぎない。だがその銃身が展開するということは、馬乗りになっているバンシィのバランスを崩すための動作としてはあまりにも的確で、十分すぎた。

 突如として展開されたレールガンに太ももから押し上げられたバンシィはバランスを保てず、振り上げた左腕をそのままに、胴体ごと前のめりになって倒れこむ。起動していたヴァイヴレーションネイルは地面に喰らいつき、食い込んで離れなくなった。

 

「これで……っ」

 

 そしてロストフリーダムは残された左手に、サーベルの柄を握りしめ、自分に覆いかぶさっているバンシィの胴体めがけて突き上げる。

 

「させっかよ!」

 

 その一撃を躱すべく、バンシィは地面に食い込んだ左手を、アンカー代わりにして思いっきり引っ張った。重たい胴体が音をたてて引きずられ、奇しくもビームサーベルの一撃を回避する。だがその攻撃自体からは逃げきれず、獅子の右足にグサリと突き刺さる結果となった。

 馬乗り状態から開放されたロストフリーダムはすぐさま立ち上がり距離を取る。そして今まで誤射を恐れて使えなかったドラグーンたちが、一斉に彼を屠る……はずだった。

 

 サイコフィールド、はたまたIフィールドバリアか。ドラグーンの朱い閃光は空間を捻じ曲げられ、バンシィの後方を焼き払う。

 ビームが描く曲面の中心、黒いユニコーンの眼光は眩しく。

 

「ははっ……楽しい、楽しいなぁ、おい!」

 

 涼介の笑い声が、通信モジュールを通じて遊に届く。

 

「お前は『独りでも戦う』って言ってたけど、俺にはよくわかんねぇ。今までも、これからも──」

 

 右足をもがれたバンシィは、左腕を地面から引き抜いて、片足と両腕を地面につけて、短距離走のクラウチングスタートを思わせるような美しさと、ライオンが獲物に狙いを定めて飛びかかる直前の猛々しさを思わせるような荒々しい姿を見せた。

 

「ガンプラバトルは、一対一の真剣勝負! だからこそ楽しいっ! こうしてお前と戦ってることが、この一瞬が、楽しいっ!!」

 

 刹那、小さくなっていた影が大きく飛び上がり、再び獅子の爪が唸りを上げてロストフリーダムへと襲いかかる。

 

「お前は強い! だけど俺は、お前に勝つぜぇ!」

 

 すさまじい気迫と共に迫り来る鋭爪に対して、左腕のビームシールドをとっさの判断で展開するも、それを受けきるにはあまりにも脆く儚い。手甲のジェネレーターが割れ、爆炎とともに砕け散る。だが両腕を失ってもなお、ロストフリーダムの周囲に渦巻く朱い粒子は途絶えること無く。

 

「一人で楽しむなよっ! 相手がどんな思いで戦ってるかも知らないで、お前は……っ!」

 

 遊の嘆きを代弁する如く、カリドゥスが吼えた。

 

 

 

『Battle Ended』

 

 極大な紅の閃光。貫かれたサイコ・フレーム。黄金の爪は届かず、その本体は左胸を穿たれ、爆散する。Iフィールドバリアも至近距離では意味を成さず。ただ一撃が、渾身の一撃が試合の明暗を分け隔てた。

 血のように朱く染まったプラフスキー粒子は役目を終えて、その狭苦しいフィールドから逃げるようにあたりへ散らばった。二人のファイターを照らしていた光も、ギャラリーたちを熱狂させた景色も、夢のように儚く散ってゆく。残された静寂が、ボロボロになった2機のガンプラを包み込んだ。

 

「終わっ、た……?」

 

 遊は勝った。だが愛機は見るも無残な姿で、その場に立っているのがやっとで。もう二度と、空を駆け銃を構える姿も見れないほどに破損していた。それがとても悲しくて、声も出なかった。黙って対戦相手の涼介を睨んだ。

 

「あー、終わった。見事に俺の負けだっ!」

 

 だというのに、負けたはずの涼介のほうが清々しい顔をして、満足気に笑っているではないか。

 

「お前さ!」

「な、何……」

 

 その涼介が遊に近づいて、右手を差し出す。握手の合図だ。

 

「お前強いな! 名前はなんて言ったっけ」

 

 さっきまで機体を賭けて争った相手とは思えない、笑顔の眩しい少年だった。けれど今の遊にはその表情に嫌悪感しか抱けなくて。

 

「長谷川、遊」

 

 握手は交わさない。だが名前は答えておく。なんとなく、礼儀だと思ったからだ。

 

「おう、俺は黒田涼介。楽しかったぜ、久々に燃えたバトルだった!」

 

 なぜだろう。勝ったのに暗い感情に飲まれている自分と、負けたのに明るい相手との差がどこにあるのか遊には理解できない。

 

「またやろうぜ。次は俺が勝つからな!」

 

 そう言って彼は笑顔で、バンシィをバトルシステムに置いたまま、ツカツカと闘技場の出口へ向かっていった。それにつられて数人の、おそらく遊と同じ小学生達が部屋を後にする。

 

「……なんだよ、あいつ」

 

 変なものを見たせいか、どんよりとしていた心が少し晴れたような、それでいてモヤモヤが残っているような、居心地の悪い状態になった。

 

 

 

 壊されてしまったロストフリーダムと、戦利品であるバンシィを手にして、ふと顔を上げる。残ったメンバーは自分のことを警戒している表情で、誰も話しかけてこない。ただ一人、彼女を除いて。

 

「遊っ」

「アイ、ちゃん」

 

 駆け寄ってきた彼女を見て、遊はどれほどの安心感を貰っただろうか。ようやく自分が勝ったという喜びにひたることができた。

 

「ちょっと危なかったけど、勝ったよ」

「そうね、でも──」

 

 アイの視線は、壊れた機体に向いている。

 

「それじゃもう戦えない」

 

 その声は悲しそうで、目は暗くなっていて。それが遊にはいたたまれなくて、つい本音を隠して虚勢を張る。

 

「戦えるさ。前にアイちゃんが言ってたじゃないか。ガンプラの改造しなきゃって。ちょうどいいタイミングだよ!」

「……強いのね、遊は」

 

 彼女に笑ってほしいという願いが、遊を空回りさせる。

 

「そう。僕は強いんだ。改造さえ終われば、きっと早川にだって勝てる!」

 

「いやぁー、僕も不安になってきたなぁ!」

 

 割り込んできたのは、誰でもない早川魁斗だった。

 

「見せてもらったよ。あの動き、あの判断力、あの対応力。見事だったよ! この闘技場じゃ僕の次に強い黒田を倒してしまうんだもの、相当な実力だね。小学生とは思えないよ!」

「早川……っ」

 

 遊より一回り背が高く、自然と見下されている形になっているせいか、その言葉の端々に棘を感じる。

 

「僕もファイターの端くれだ、君の全力と戦いたい。新しいガンプラが完成したら、すぐにバトルしようよ」

「言われなくてもそうするつもりだよ」

「そりゃ良かった。それじゃ次会えるのを楽しみにしているね。長谷川くん」

 

 魁斗はそれだけ言い残して、闘技場を後にした。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 普段はみんな残って試合をするような時間だったが、遊と涼介の激闘を見たせいなのか、他の誰もがバトルシステムに触れること無く、その日は闘技場を閉める時間になった。長いようで短いような、濃い一日を終えたファイターたちは帰路につく。その戦いを見ていたものは興奮を思い返したり、分析をしてみたり、はたまた打ち勝つための未来を描いてみたり。

 遊は壊れたロストフリーダムをバッグに、まだ日の出ている帰り道を歩く。

 

「もっと強くなりたい……強い武器を持たせて、壊される前に壊す。そんなガンプラを」

 

 頭の中で今日の戦いが何度も繰り返される。バンシィのそのどれもが強力で一撃必殺の威力を兼ね備えた武装。黒と金の恐怖を感じさせる色。そして兄を思わせる造形。

 

「強く。涼介くんみたいに、お兄ちゃんみたいに、強く──」

 

 膨らんでいくイメージの中で、ふと涼介と兄の笑顔が重なる。

 

「……なんで」

 

 なんでガンプラバトルが楽しいんだろう。

 

 遊は、遊自身が問いかけてきたそれに、答えることができずにいた。

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