「あんた誰?」
仰向けに横たわる才人の顔を逆さまから覗き込む様にして女の子が言った。
歳は十六歳か十七歳程だろうか。気の強そうな凛とした目に鳶色の瞳、そしてストロベリーブロンドと言うには余りにも鮮やかな桃色がかった髪をした美少女である。
あれ? この髪色って何処かで見たよな、と才人はボンヤリと考えたが腰と背中の痛みに思わず呻き声をあげる。
どうやら高所から落ちて身体を強かに打ち付けたようだ。体中が悲鳴を上げ呼吸も苦しい。そのせいか今一つ頭もはっきりとしない。気付くと息苦しさで無意識に防塵用のフェイス・マスクと防塵服のフードを外していた。
少女の服装は黒いマントに白のブラウス、グレーのプリーツスカートをはいている。痛む体をどうにか捻って周りを見ると同じような服装をしている少年少女達が遠巻きにして見ているのが確認出来た。彼女の服装はどうやら制服らしい。
少女の後ろには禿げ頭で黒いローブを着込んだ人物が、物語に出てくる魔法使いが持つ長い杖の様な物を油断無く才人に向けて構えている。更に遠くの方にはヨーロッパにある古城を思わせる建物が見えた。
「ちょっと黙ってないで何とか言いなさいよ。その耳は飾りなの?」
ムスッとした彼女の表情を見て才人は、やっぱり俺この子の事どこかで見た事があるわ、と漠然と思ったが身体の痛みと背中を打った事によると思われる呼吸困難でそれどころではない。
「……ぐっ、はぁ……ちょ……ちょっと待ってくれよ……」
やっとの事で息をし言葉を発すると、才人は「いててて……」と言いながら、ゆっくりと時間をかけて上半身だけ起こすと、しゃがんで彼を睨み付ける少女に向き直って胡座をかいた。
その時に位置関係から少女の下着が丸見えになってしまい、内心で眼福眼福と思いながらも、紳士である才人はその歓喜を敢えて言葉や表情には出さず、彼女の目を真っ直ぐ見て誤魔化す事に決めたのである。
「誰って……俺は平賀才人。えーっと、欧米圏だとサイト・ヒラガって言った方が良いのかな? サイトが名前でヒラガが家名ってやつ。それで、ここはどこなんだ? ヨーロッパのどこかっぽいけど……それにお嬢さんは日本語が出来るのか?」
混乱しながら才人が自分の名を告げ質問をすると、彼女は信じられないと言うような素振りを見せ大きく目を見開き息を飲み「……そんな、有り得ない。でも、まさか……」と小さな声でぶつぶつと呟いく。
そして暫し沈黙した後に少女は才人の質問にぶっきらぼうに答える。
「ここはトリステインにある魔法学院、ヨーロッパじゃないわ。それに話しているのは〝日本語じゃない〟わよ」
「トリステイン? そんな所は聞いた事がな……」
そこまで言って才人は言葉を飲み込んだ。いやいやいや、聞いた事があるぞ。少なくとも地球上にそんな国は無いが、そこ出身の人物に関しての思い出があるし。それに今、この子の話す言葉が途中から何か変化しなかったか?
そんな事をまだぼんやりとした頭で才人が考えていると、少女が更に問いかけてくる。
「どうやら聞いた事があるみたいね。ところであなた、変な格好をしているけど、どこの平民?」
ぞんざいな言葉遣いではある。が何となく端々に申し訳なさそうな感情が隠っているように才人は感じた。
「変な格好で悪かったな。こっちはクリーンルームで作業中だったんだからって、まあいいや。出身は日本の東京。今は学業の関係で筑波に住んでいるって言っても分かんねーよな」
どうせ理解不能だろうと思っていた才人に、少女から意外な答えが返ってくる。
「分かるわよ。小さい頃に〝東京〟で、ある家族にお世話になったし」
「……え? 嘘?」
それを聞いた才人は思わず驚きの声をあげる。
「嘘じゃないわ。あの経験が有ったから、わたしはわたしのままで居られるんだもの」
伏し目がちで話していた少女が急に上目遣いで才人を見つめると、その口から決定的な一言が飛び出した。
「……才人お兄(おにい)だよね? わたしの事、おぼえてる?」
その台詞と表情に「ぐはっ! 萌え死ぬ!」とか思いながらも、痛みも治まって来た事で頭の中がはっきりして来た才人は思い出した。思い出してしまった。
ああ、俺はこの子を知っている。つーか忘れた事はなかった。こんな有り得ない髪色で自分を〝才人お兄〟などと呼ぶ女の子を自分は一人しか知らない。
自分より五~六歳くらい年下で、この娘と同じ髪色と瞳の色をしていた、聡明だけど甘えん坊で気が強いくせに泣き虫な女の子。
その子と二年近く一緒に暮らしたじゃないか。
あれから十年くらい経つんだよな。別れ際に「絶対に会いに行くからな」と約束してたけど、こんな早く再会できるなんてなぁ。しかもこんな美人さんに成長して、お兄ちゃん嬉しいぞ。けど胸は思ったほど成長しとらんな。ちゃんと食うもん食ってんのか?
才人は彼女に聞かれたら確実に回し蹴りでも飛んできそうな事を考えつつ、無意識に身を乗り出した途端に走った背中と腰の痛みに顔を顰めながら問い掛ける。
「まさか……ルイズか? ほんっとに久しぶりだな。つーかこんな早くまた会えるとは思ってもいなかったけど」
「わ、わたしだって、ま、まさか〝サモン・サーヴァント〟でサイトお兄が呼ばれるなんて考えもしなったわ」
「おいおい、あれは呼んだって言うより拉致、いやどっちかって言うと罠だ。いきなり足もとに落とし穴って、どんだけ凶悪なんだよ。お陰でこいつまで巻き込むし、あっちではその他諸々大混乱で大騒ぎになったんだぞ」
そう言って才人は親指で背後にある金属製の光沢を放つマイクロバス程の大きさの直方体を指す。それの表面はのっぺりして所々に筋が入ったり楕円形の出っ張りがあり、イルカの背びれような物が2枚、上の面に付いている。
「だ、だって〝サモン・サーヴァント〟は召喚する対象を選べないんだもの。し、仕方ないじゃない」
そう言って頬を膨らませながらも目を泳がせて横を向くルイズを見ながら、そう言う問題じゃねーだろ、と才人は心の中で突っ込みを入れながら「まぁ本来の目的からすると結果オーライだけどな」と呟いたところでルイズが背後の物体について質問した。
「ところでお兄、それ何なの?」
「これか? これはな聞いて驚け。近いうちに三機まとめて〝お前達の宇宙〟に向けて射出する予定だった探査プローブのうち、俺が調整を手伝っていた一機だ。起動状態では近くに寄るのは危険だけど、まだ起動してないから潰れたカエルよりも安全だぞ」
「ええっ? もうこっちへ来れるだけの技術が出来ちゃったの?」
ほうっと感嘆の溜息をつきながら言うルイズに才人が自嘲気味に応える。
「予定って言っただろ? お前を帰した後にプロジェクト・チームが何年もブリッジ生成実験を繰り返して、一年前にやっとこさで小指ほどのプローブを送れる様になったんだ。本格的な探査用のプローブを送るのは今回が初めての試みだったしな。それにテューリアンの協力が無かったらここまで早く出来んかったし」
へええと関心するルイズに今度は才人が溜息混じりで質問する。
「ところでルイズ、その〝サモン・サーヴァント〟って何なのさ?」
「それはね」
「ルイズ、平民と変な箱を召喚してどうするのよ?」
ルイズが才人に説明しようとした時に遠巻きに見ている連中の誰かが横槍を入れるが、それに対してルイズは嫌みをたっぷり含ませつつ上品な物言いで応じる。
「ちょっと黙ってて下さいませんこと? わたくしは今、この人に事情を説明しているのですから」
「ふん、かっこつけたってどうせいつもの失敗なんだろ?」
「さすがは〝ゼロのルイズ〟だ! 期待を裏切らないね」
遠巻きに見ている連中がどっと爆笑する。しかし言うだけで近寄って来ないのは才人の背後にある〝変な形の大きな箱〟を警戒しているからなのかも知れない。
何なんだこいつらは? ルイズを馬鹿にする物言いをしやがって何様のつもりなんだ? とふつふつと怒りが湧き上がって来た才人にルイズが話しかける。
「お兄、説明は後でもいい? ちょっと先生と交渉してくる」
「お、おう。何だか良く分からんが任せた」
才人が応えると、ルイズは後ろで警戒していた黒ローブの人物の元へと歩いて行く。
「ミスタ・コルベール、お願いがあるのですが」
「何だね? ミス・ヴァリエール。あの平民とは知り合いみたいだが。それにあの得体の知れない物に危険は無いのかね?」
「はい、知り合いです。それにあれは危険な物では無いそうです」
「そうか、ならば儀式を続けて彼と〝コントラクト・サーヴァント〟を」
「その事で少しご相談が。彼はわたし、と言うよりヴァリエール家にとって大恩ある方の息子さんなのです。その彼を使い魔にするなど恩を仇で返す様なもの。彼との〝契約〟は免除していただけないでしょうか」
ルイズは才人が探査プローブの事を「起動状態では危険」と言った事は敢えて伏せて懇願をした。しかしミスタ・コルベールと呼ばれた男は首を横に振る。
「それは駄目だ。ミス・ヴァリエール」
「どうしてですか!」
声を荒げるルイズに対しコルベールは静かに諭すように言う。
「決まりだよ。二年生に進級する際に、今執り行っている通り君達は〝使い魔〟を〝召喚〟する」
コルベールはルイズに、現れた使い魔によって今後の属性を固定して専門課程に進む事、春の使い魔召喚は神聖な儀式故に一度呼び出した使い魔の変更は出来ない事、呼び出した使い魔とは必ず契約を結ばなくてはならない事等、既に授業で話した内容を再び説明した。勿論ルイズはその事を重々承知している。
「それは知っています。でも彼は大事な人なんです! わたしの一存で彼を〝使い魔〟として契約する事は出来ません!」
ルイズの「彼は大事な人」発言に周囲は色めき立つが、そんな事はお構いなしにコルベールは彼女の説得を続ける。
「これは伝統なんだよ、ミス・ヴァリエール。彼が君の家にとって大恩がある方の息子であろうと呼び出された以上は君の使い魔にならなければいけない。春の使い魔召喚におけるこの決まり事は全てに優先するものなのだよ。それに君の為にかなり時間を食っているので早くしないと次の授業が始まってしまう。何回も失敗してやっと呼び出せたんだ。さっさと儀式を続けなさい。恩人とは言え平民にそこまで義理立てする事もあるまい?」
「そんな!」
最後には面倒くさそう言うコルベールに、ルイズは更に声を荒げて怒鳴るように言葉をぶつけると厳しい表情で彼を睨み付けながら静かに話し始める。
「ではこの件について学院長のオールド・オスマンとの面会と、実家へ連絡する許可を願います。もし聞き入れていただけないのであれば仕方ありません。進級できないわたしは学院を退学せざるを得ません。その場合は学院に対するヴァリエール家からの援助が打ち切られる事になると思いますが……宜しいのですね?」
はっきり言って脅迫以外の何物でも無い。これを聞いてコルベールは焦った。禿げ上がった頭の天辺まで真っ青にして冷や汗を流して焦った。
確かにルイズは魔法の才能が無く失敗ばかりで教師達からは匙を投げられ、同級生達からも馬鹿にされている劣等生である。しかし座学の成績は良く、皆に馬鹿にされても毅然とした態度を貫き貴族の子女の模範として振る舞ってもいる。
そんな彼女をこのまま退学処分にしてしまうのは忍びない。彼が言った「恩人とは言え平民云々」も、彼なりに彼女の事を思っての発言だったが、反対にルイズの感情を逆撫でしてしまったようだ。
それにルイズに対する自分の行動が原因で、学院への大口援助者である彼女の実家からの資金が打ち切られてしまった場合に責任問題から学院をクビになるかもしれない。そうでなくても限給与が減らされれば自身の研究費が続けられなくなる。
「待て待て待て待て待ちたまえミス・ヴァリエール! 早まってはいけない」
「では許可をいただけますか?」
ううむと唸りながら考え込んでいたコルベールは諦めた様に頭を振った。
「分かった。君の要求通り学院長との面会を申請しよう。ご実家への連絡も許可しよう。だから今すぐ儀式を続け」
懇願するように言うコルベールの言葉を「それは出来ません」とルイズは途中できっぱりと断ち切る。
「ではミスタ・コルベール、学院長との面会の件よろしくお願いしますね」
花のように微笑むルイズに対してコルベールは「今日の今日では面会は難しいと思うが」と前置きしながらも後で使いの者をルイズの部屋へ向かわせると約束した。
そんなやり取りを見ていた人垣から野次が飛ぶ。
「なんだルイズ、怖じ気づいたのか?」
「そりゃそうよね。〝召喚〟が出来ても〝契約〟が上手く行くとは限らないものね」
ルイズは彼女を馬鹿にしながら笑う同級生達を無言で一瞥すると才人の元へと向かった。その様子を黙って見ていたコルベールは生徒達に声をかける。
「さてと。皆、騒いでいないで教室に戻るぞ」
コルベールは踵を返すと空中に浮いた。そして一度ルイズの方を振り返り「ミス・ヴァリエール、君はこの後の授業に出なくて良いから彼と十分に話し合いなさい」と言うと石造りの城の様な建物へ向かって飛んで行った。
「ルイズ、授業サボれて良かったじゃないか。きっと飛べないお前に先生が気を利かしてくれたんだぜ」
「あいつ〝フライ〟も〝レビテーション〟さえまともに出来ないからな」
「あの平民と契約が成功しなかったら、とんだお笑いぐさよね」
同級生達は口々にそう言って笑いながら飛んで行く。そんな彼等をルイズはただ黙って見送る。そして草原にはルイズと才人だけが取り残された。
どちらからともなく地面に座り込む。見つめ合うお互いの間を心地よい風が吹き渡って行き何とも柔らかな雰囲気である。そんな一種のんびりとした雰囲気の中、先に口を開いたのは才人だった。彼は感心したように言う。
「驚いたな、あれが〝魔法〟ってやつか。昔お前に聞いてたけど何も無しで人が飛んだりするのを実際に見ると凄えな」
「何も無しじゃないわ。精神力を使うわよ」
「精神力ねぇ。俺らの宇宙、いや世界じゃ精神と物質の直接的な相互作用なんて無いからな。で何やらあの禿げたオッサンと揉めてたみたいだけどそれは後回しにして、まずはさっき言ってた〝サモン・サーヴァント〟とか〝召喚〟とかの事を教えてくれ」
「お兄、相変わらず緊張感ないわね。おばさまに、まったくヌケてるんだからって未だに言われてるでしょ?」
「ほっとけ。それよりも説明プリーズ」
むくれた才人に促されルイズは説明を始めた。
「サモン・サーヴァントて言うのは自分の属性に合った使い魔を呼ぶ為の呪文、ううん儀式と言った方が良いかもね」
「えーっとちょっと待て。何か引っかかっているんだけど……あ! ルイズ、お前さっきから日本語で喋ってんのか?」
「え? 話しているのはハルケギニアで使われている公用語よ」
「俺には完璧な日本語にしか聞こえないんだけど」
「そう言われてみれば、わたしにはお兄が公用語を話してるように聞こえるわ」
「これも魔法ってやつか?」
「うん。たぶんそうだと思う」
魔法ってすげーな、と才人が呟く。そんな様子にルイズはくすりと笑ういながらサモン・サーヴァントの説明を始める。
曰く、本来はハルケギニアの生物を呼び出すもので普通は動物や幻獣が現れる。
曰く、呼び出すだけで元に戻す呪文は存在しない。
曰く、サモン・サーヴァントを再度行うには呼び出した使い魔が死ななくてはならない。
それを黙って聞いてた才人はルイズに確認するように尋ねる。
「ひょっとしてサモン・サーヴァントって〝召使いの呼び出し〟って訳されてたやつか?」
「あ、うん。それの事」
「そっか、本来は〝使役する使い魔の召喚〟が正しい意味なんだな。俺はメイドさんとかの呼び出し専用魔法があるなんて、物ぐさな連中ばかり居る世界だと思ってたわ」
笑いながらそう言って納得する才人にルイズは「そんなこと思ってたの?」と呆れている。そんなルイズを見ながら才人は浮かんだ疑問を口に出す。
「けどさ、おかしくないか? だってお前、小さい頃にその呪文を唱えてみたら成功しちゃって、それが嬉しくて家族に伝えようとして走り出した途端に小石につまづいた挙げ句に開いた〝扉〟に突っ込んだら俺らの所に来てしまったんだよな。それなのに呼び出し専用ってのも変な話しだ」
「ちょっとお兄! イヤな事を思い出させないでよ……。そうよね、実際のところ、こちら側から〝扉〟に入って行く人が居なかっただけなのかも知れないわね」
それを聞き才人は首を傾げながらも、まあ魔法の世界だし何が有っても不思議じゃないよなと思い次の質問をする。
「サモン・サーヴァントは何となく分かった。んで、さっき禿げの人と話してたコントラクト・サーヴァントとか契約とかって何の事だ?」
「簡単に言っちゃうとメイジと使い魔の間に〝絆〟を結ぶ儀式。例えばメイジと使い魔で視覚を共有するとか、お互い考えている事が分かるとか、契約した使い魔が主人に服従するようになるとか」
「感覚の共有とかパーセプトロン使ったニューロ・カップリングみたいだな。あれ? メイジって〝貴族〟の事じゃなかったか? 何か魔法使い全般の事みたいな言いぐさだけど」
「魔法が使える者をメイジって言うの。あの頃はわたしも小さかったから貴族以外のメイジは認めてなかったのよね。メイジと魔法使いは同じと考えて良いのよ」
「なるほどね。呼び出した使い魔を主人の為に働くように義務付けるのがコントラクト・サーヴァント、つまり契約って訳か」
「メイジにとって使い魔は一生のパートナーって言われているけどそれは建前だし。使い魔を召喚しないメイジだっているんだから絶対にやらなきゃいけない儀式って訳でも無いのに何が伝統よ。な、何が神聖な儀式よ。そ、そそ、そんなのこの学院内だけの話しじゃない!」
口を尖らせて怒りに震えながら話すルイズの様子を見ながら、こいつ子供の頃から変わってないな、と思いながら才人はぽりぽりと頬を掻く。
「取り敢えず何やらお前が苦労しているのは分かったから落ち着け。あ! そうだ」
何かを思いだした才人は言うが早いか器用に探査プローブの上によじ登り始めた。
「ちょっとお兄、何してんのよ!」
「荷物を下ろすんだよ。危ないからちょっと離れてろ」
才人は探査プローブの上に置いてあった一辺が一メートルほどの立方体をしたコンテナを地面へ放り出す。どすん、どすんと三個のコンテナが乱暴に降ろされた。
「お兄、これが落ち着くのにどんな関係があるのよ」
「いいからちょっと待ってろって」
才人は降りてくると、コンテナをひっくり返したり横から眺めて何やら確認すると「まずはこれだな」と言って選んだそれを開けると中から折り畳まれた手押し台車とスーツケースを取り出した。
「あによそれ」
「見りゃわかるだろ。台車とスーツケース」
ルイズの問い掛けに才人は答えながら、中身が空になったコンテナの内側の一部をカチリと捻る。するとコンテナはペタンと簡単に折り畳まれた。
「どうだいUNSA(国連宇宙軍)謹製の三号コンテナは。こんなヘナヘナでも組み立てれば四千メートル上空からの落下衝撃にも耐えられる優れものなんだぞ」
「意味わかんないわよ!」
いらいらしているルイズを無視し二つ目のコンテナを開ける才人。
取り出されたのは国連軍の標準歩兵装備と寝袋である。歩兵装備はボクシングのヘッドギアをスマートにした様なヘルメットと体を保護するプロテクターで構成され、簡易型ながらパワーアシスト機能も付いている。
身に付けると濃緑・濃紺・茶色の分割迷彩が施された西洋甲冑を纏ったようにも見える。
才人は「覗くなよ?」と言いながらルイズから見えない探査プローブの反対側へ移動すると、ルイズからは「誰が覗いたりするもんですか!」と苛ついた声の返事が聞こえて来たが無視してヘルメットを除いてそれに着替える。
戻った才人を待ちかまえていたのは完全に膨れっ面をしたルイズだった。
「あんでわざわざそんなのに着替えてるわけ? この辺に危険な事は無いわよ」
「いやクリーンウェアじゃ歩きにくいし。それと手持ちの荷物を減らしたくてさ。さすがにコンテナ二つとトランクを台車ひとつで運ぶの面倒だし」
「それでその残ったコンテナの中身は何なのよ」
いぶかしがる目つき、所謂ジト目で見つめるルイズだが才人は涼しい顔だ。
「日本国防軍の非常用高カロリー食三十日分と戦闘糧食二型の牛丼セット二じゅ」
才人がそこまで言うと唐突に「それ没収!」とルイズが反応した。
「はいいい? なんで? ほわい?」
「没収って言ったら没収なの! こっちに居る間のお兄の食事はあたしの方で用意してあげるから心配しなくていいわ。牛丼セットは全部あたしがあずかる!」
「いやだからって没収は無いだろうよ」
「あによ。文句あるの?」
「ルイズ、目が怖い。マジで怖いって」
睨み付けるルイズに才人はそこまで言ってある事に思い至り、やれやれと首を横に振る。
「あー思い出した。お前、牛丼がお気に入りだったよな。分かった、その代わり俺の飯の手配の件、よろしくたのむわ」
「ほんと? ほんとにいいの? 後で返せって言っても返さないからね?」
喜色満面の笑みではしゃぐルイズ。今にも涎を垂らしそうな勢いである。
「ううっ、レトルトとは言え夢にまで見た本物の牛丼が……。こっちには醤油が無いからどんなに頑張っても再現できなかったのよね」
その表情はまるで恋い焦がれていた恋人にでも会ったかのように恍惚としている。まるでマタタビを与えられた猫だ。こいつ湧いちゃってるよ。さっきまで「わたし」とか言って澄ましてたのに「あたし」に変わってるし言葉遣いがぞんざいになって来てるし態度も生意気になって来てるしで、まあ変わってなくて安心と言えば安心だな、と才人は思う。
才人は「それはそうと」と言いながらコンテナを抱きかかえるように張り付いているルイズを引きはがすと蓋を開け中から何やら取りだしルイズに渡す。
「ほれ板チョコ。取り敢えずこれでも食ってろ。それに今からこいつを起動するから最低でも五百メートル以上離れてくれないか? コンテナは俺が運ぶから」
そう言いながら台車にコンテナを乗せる才人に見向きもせずにルイズはキラキラした目で受け取ったチョコの包装を剥いている。
「五百メートル? んと大体五百メイルよね。はんふぇふぁふひゃいふぉ(なんで危ないの)?」
「ったく食うか喋るかどっちかにしろよ。こいつは宇宙空間での運用しか考えられてなくてさ。地上から離陸させたらストレス・フィールドの影響で強い上昇気流が発生するかもしれないんだ。それにストレス・フィールドその物に巻き込まれたらシャレにならんし」
才人はスーツケースから地球でよく使われている型の個人用コンピュータを取り出し、探査プローブのアクセス・ドアを開けてケーブルを繋ぎながら言う。
その様子をルイズが板チョコを頬張りならが興味深そうに見ていると才人は「何やってんだよ。早いとこ離れとけよ」と言って彼女を促すが「まだ大丈夫なんでしょ? 見ててもいいじゃん」とルイズは言う事を聞かない。
才人は溜息を吐きながらも起動準備を進めて行く。その作業中に何かを思いついたらしく別画面を呼び出して何やら操作をする。
すると探査プローブの一部が開き、才人はそこから直径六十センチメートル程の球体を取り出し台車の上に置くとまた別な画面を呼び出して操作した。すると今度は取り出した球体が真ん中から割れ、その中から折り畳まれたパラシュートと共にキャタピラの付いた小さな車両が出てきた。
「なにそれ?」
「惑星に降下させて地表を観測する為の自立型カメラ。今更地表の観測で降下させる必要も無いし。それに別な使い方を思いついたから外した」
ルイズの問いに才人は作業をしながら答えると、彼女は「ふぅん」と分かったような分からないような返事を返す。
暫くして起動の準備が整い才人はケーブルを外しアクセス・ドアを閉じた。起動シーケンス開始は余裕を持って二十分後にしてある。これだけあれば台車を押しながらでも十分な安全距離を取る事ができるだろうと考えての事だ。
「ルイズ、出来るだけ離れるぞ」
先程とは違いルイズは素直に才人の言葉に従う、かと思いきや台車の上にあるコンテナの上にちょこんと座った。
「ちょ、お前なにやってんだよ。降りろよ」
「だって歩くのめんどくさいんだもん。さっきから立ちっぱなしで疲れちゃったんだもん。ほら、あたしってば、か弱い女の子だし」
やっぱり猫被ってやがったな、このワガママっ子が。こんなんでエネルギーパックを使いたくないんだけど時間設定しちまったし仕方ねぇな。と才人はぶつくさ言いながら装備のパワーアシスト機能を入れ、速やかに距離を取る事にした。
遠目には少女が座った白い箱を乗せた台車を変な模様の甲冑を着た兵士が押している様に見えたであろうが、そんな彼等を見ている者は居なかった。
台車を押し始めてから十五分ほどして才人は立ち止まり振り返る。距離にして一キロメール程だろうか。そろそろ起動シーケンス開始である。
「ルイズ、降りろ。んでもって伏せろ」
「あんでよ」
「危ないからだ」
「あんで危ないのよ」
怪訝な表情でルイズが聞き返すと、才人はしたり顔で応えた。
「ストレス・フィールドの影響で強い上昇気流が発生するかも知れないってさっき言っただろ」
「こんだけ離れてても?」
「ああ、危ないな。上昇気流が発生すると……」
「発生すると?」
「お前のスカートが捲れ上がる。俺には眼福だけど」
才人がそう言うとルイズは耳まで真っ赤になった。そして無言でコンテナから降りて才人の隣まで来ると可愛い顔を鬼のような形相に変化させて才人の側頭部を殴りつけながら叫んだ。
「お兄のスケベ! 変態! ばかぁ!」
脳を揺らされた才人は遠くに探査プローブの甲高い起動音を聞きながら、ヘルメット被っておくんだった、と後悔の思いを抱きながら意識を刈り取られたのである。