虚無を継ぐもの(旧)   作:片玉宗叱

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プレイアデス・オペレーション 5

 未だ混乱が残るヤヌス。突如として現れたエレオノールとカトレアは、医療区画の使われていない集中治療室に一時的に隔離されていた。

 転位直後の茫然自失となっているうちに、保安要員によって緊急用簡易ポッド(人一人が入れる宇宙用の救命ボート。気密性が高い)に押し込められて連れて来られたのだ。

 エレオノールは一見すると窓に見えるスクリーン越しに、明らかに怯えている一番下の妹に不機嫌丸出しの低い声で問いかけた。

 

「ねえ、ちび。ちびルイズ」

 

 そんなエレオノールとルイズの様子を、椅子に座ったカトレアが面白そうに見守っている。

 

――ひぃっ! 姉さまったら怒ってる!

 

 スクリーン越しにエレオノールの迫力の有る不機嫌声を聞いたルイズは、姉得意のお仕置き〝ほっぺたつねつね〟を思い出し、冷や汗を垂らしながら返事をする。

 

「ね、姉さま。な、なんでしょうか?」

「ねえ、おちび。私達はいつこの窮屈で殺風景な部屋から出られるのかしら?」

 

 エレオノールは目を細めて眼鏡の奥から眼光鋭くルイズを見やりる。彼女の不機嫌ゲージが鰻登りのようで、このまま頭に角が生えて来たとしてもおかしくない。

 

「え、えーっと。先生、姉は〝いつ部屋から出してもらえるのか〟と言ってます……」

 

 ルイズは横を向いてスクリーンの撮像範囲外に居る地球人医師に質問をした。テューリアンについては、姿を見せると色々と誤解が生じるだろうと言うルイズの進言によって、この場に同席していない。

 この時の彼等の会話はエレオノール達には聞こえていなかった。口だけ動き言葉が聞こえない様は、エレオノール達からすれば突然〝サイレント〟の魔法がかかった様に感じられただろう。

 ルイズは何度か頷くとエレオノール達に向き直ると申し訳なさそうに言った。

 

「出られるけど、今は出られない、だそうです」

「なによそれ。ちびルイズ、きちんと説明なさい!」

 

 エレオノールの剣幕にルイズはビクっと固まってしまう。そんなルイズ達の様子を見て医師は苦笑しながらヴィザーを通しての会話を試みようとした。

 不明な単語が出て来たらルイズに意味を聞いて、ヴィザーに文脈が通る様に再構成して貰えば良い。

 彼はスクリーンの撮像範囲に入ると、ヴィザーに通訳をするように指示してルイズの姉達に話かけた。

 

「はじめまして。お嬢さんがた、私の声と言葉が分かりますか?」

 

 彼の言葉は、ヴィザーがルイズから習得している語彙が少ない辞書によって変換されて、エレオノール達に伝えられる。

 

「はじめて。女の子の人たち、声のがと私、話し、事が分かるますか?」

 

 その珍妙な話し方にエレオノールは眉を潜めた。

 

「違う、私話す、あなた達言葉。直す貰える、して欲しい」

 

 エレオノールが「何かしら?」と考えていたら、カトレアが「あら、そういう事ですね」と納得がいった様子で両手を合わせるようにして叩いた。

 

「カトレア、どうしたのよ?」

「姉さま、よく見るとあの方の口の動きと言葉が合っておりませんでしたわ」

 

 そう言われてみれば確かに何か違和感が有ったわね、とエレオノールは気付く。そんな彼女たちを横目で見ながら、船医はルイズと何か言葉を交わすと満足した様に頷いた。

 

「言葉、使い機械、私達変えるます。動く口の言葉だからズレる」

「今、こちらの先生は〝私達は機械を使って言葉を変えています。だから口の動きと言葉がズレるのです〟と言いました。こちらの人には、あたし達が使っている言葉が通じません」

 

 船医の言葉に続けてルイズが説明すると、興味津々の様子で目を輝かせたカトレアが返して来た。

 

「あら、では先程のは〝私達の話す言葉はあなた方とは違います。間違いがあれば直してして欲しい〟で合っているのかしら?」

 

 カトレアがそう言うとルイズは「ちいねえさま、凄い! どうして分かったの?」と素直に驚く。そんな妹にカトレアは「ふふ。勘よ、勘」と言って微笑んでいる。

 そんな妹達のやり取りを他所に、エレオノールは一人、驚いていた。

 ハルケギニアの常識では、国によって訛りはあるが人間同士なら公用語が通じる。言葉が通じないのは独自の言語を持つトロル鬼等の亜人であり、人間同士で言葉が通じず意思の疎通が出来ないのは有り得なかったからだ。

 しかもルイズの言を信じると、今のは機械が通訳しているとの事。機械? マジック・アイテムじゃなくて、あんなカラクリの玩具(おもちゃ)でそんな高度な事が?

 そんな事を考えていたエレオノールの思考をカトレアの声が断ち切った。

 

「まあ、ルイズ。あなたはこちらの言葉を覚えたのね。凄いわ」

「カトレア、ルイズ。今、その話は後回しにして。ルイズ、先に私達がいつまでここに閉じこめられてなきゃいけないか、教えなさい!」

 

 エレオノールは脱線している自分の思考と妹達の会話にイライラして、必要以上に大声を出す。それを聞いたルイズは涙目になりながら一番上の姉に懇願した。

 

「あ、姉さま、落ち着いてください。先生に聞きながら説明しますから」

 

 そんな二人をカトレアは「二年も会ってないのに変わらないわね」と微笑みながら見ているのだった。

 

 

 そんなこんなでルイズは涙目になりながらも、ヴィザーと船医の助けを借りて何とか姉達への説明を終える。すると話を聞き終えたエレオノールが確認の為に口を開いた。

 

「少し理解出来ない事もあるけど、要するに、ここは〝ヤヌス〟と言う場所で、この近くに停泊している〝うちゅう船〟と言う乗り物まで移動して、その〝うちゅう船〟でチキュウと言う所まで行くのに三日かかると。それでチキュウに着いても私達が悪い病気に(かか)らないように暫くは外に出られない。それで間違い無い?」

 

 この時点でエレオノール達は〝うちゅう船〟と言う物は、彼女達がよく知る、空に浮かぶフネの様な物だろうと思っていた。更にルイズが宇宙空間や惑星などについては話が長くなると思って説明を省いていたので、二人の姉はヤヌスもチキュウも、どこかの地名だと考えていた。

 

「それで故郷(くに)へはいつ帰れるのかしら。ルイズ、あなたは一ヶ月後って言ってたわよね。途中、エルフが棲むサハラを通ることになりそうなの?」

 

 異なる世界と言う概念がよく飲み込めていないエレオノールは、どうせロバ・アル・カリイエ(ハルケギニアの東、サハラを超えた先にある東方と呼ばれる地域)よりは遠いだろうが、時間はかかってもフネや馬車を使った旅で帰れる様な距離と考えていた。

 それを聞いたルイズは、姉にどうやって宇宙間移動の事を説明しようかと考えて頭を抱えた。ルイズ自身も難しくてよく分かっていないのだ。

 そんな遣り取りをしている時に、ルイズはふとここに来る前に〝被害規模が大きくて修理にどれだけの日数が掛かるか判らない〟とクラークが言っていた事を思い出した。

 今は彼を筆頭に、プロジェクトの全員がヤヌスの被害状況調査に忙しく、才人まで雑用で駆り出されている有様なのだ。

 お兄がここに居れば、ちょっとは説明も楽だったかしら? でも今は皆が忙しいんだし、あたしだけで何とかしなくちゃ! とルイズは自分に喝を入れる。

 

「この事故で機械が壊れてしまって、いつ帰れるようになるか分からないらしいです。それに〝扉〟以外の方法じゃ帰れないらしいです」

 

 そこまで言った時、ルイズはヴィザーから、今回の騒動の元凶は姉達二人が〝扉〟を通って来た事にあると聞かされていたのを思い出した。

「そう言えば姉さま、あれだけ危険があるかも知れないから近付かないで下さい、ってお願いしてたのに、どうして〝扉〟を通ったのですか?」

 

 ルイズがそう言った途端に、それまで居丈高だったエレオノールの顔色が、さあっと変わる。

 

「じ、じじ事故よ。そ、そう。ちょっとした間違いね」

 

 どもりながら言うエレオノールは明後日の方向を見ながら目を泳がせている。やはり同じ血が流れているのだろう、ルイズと同じ様な分かりやすい反応をする長女。それを見ていたカトレアが微笑みながら長女の威厳に止めを刺した。

 

「ルイズ、エレオノール姉さまったらね、〝扉〟が現れるとお父さまとお母さまが止めるのも聞かずに興味津々で近付いて行ったのよ。ねえ、姉さま?」

「カ、カトレア! あなたっ!」

 

 カトレアの暴露に焦るエレオノールと、それを聞いて胡乱な目つきになるルイズ。

 姉妹の力関係が逆転した瞬間だった。

 

「姉さま、詳しく話していただけますか?」

 

 ルイズは笑顔でそう言ったが目が笑っていない。彼女は八、九歳とは思えない程の黒いオーラを纏い、突き破らんばかりの勢いでモニター越しのエレオノールに詰め寄る。

 エレオノールはその迫力に負けたらしく諦め気味に事の顛末を話始めた。

 

* * *

 

「カトレアの話だと、この辺りなのよね」

 

 エレオノールは帰って来た翌日からルイズの部屋を調べていた。何か手掛かりになりそうな痕跡が残っていないか、それこそ目を皿の様にして捜しているが見つからない。せめてカトレアがアレを見付けた直後だったら何か分かったかも知れないのに、という悔しさに彼女は下唇を噛む。

 エレオノールがアカデミーに入ったのは学院に入学した頃から進路として志望していた事もあるが、本当の理由は別に有った。

 一つはルイズが失踪して以来、憔悴(しょうすい)し切ってしまった両親を見ているのが辛かった事。

 ルイズに対してダダ甘だった父がそうなるのは分かる。だが、あの如何なる時も厳しく毅然(きぜん)としていた母までが、始祖に対する祈りと懺悔(ざんげ)の毎日を送る事になるなど、誰が想像出来ただろうか。

 彼女自身も母に(なら)い、ルイズには行儀や作法などについて、厳しく躾るようにしていた。

 魔法の才能に乏しい妹が、せめて貴族として恥ずかしく無い立ち振舞いや心構えを身に付けられる様にと、それが彼女に対する愛情と信じて。

 なぜ、幼いルイズが「ねえさま、ねえさま」と微笑みながら駆け寄って来た時に、カトレアの様に優しく抱き締められなかったのだろうか。

 なぜ、何度も魔法を失敗して目に涙を浮かべながらも練習をするルイズに、強い口調で失敗を責め立てる様に言ってしまっていたのだろう。

 そんな幾つもの〝なぜ〟がエレオノールの心の中に刺さったまま、抜けない棘となって痛みを与え続けている。

 

「アカデミーになら何か、ルイズを探し出す手懸かりになる資料なり何なりがあるかも知れない」

 

 これが、エレオノールがアカデミーに入ったもう一つの理由だった。

 だが公爵家令嬢とは言え、アカデミーでの彼女は下っ端研究員。彼女が求める様な資料の閲覧が許可される筈も無く日々を悶々と過ごしていた。

 

「やっぱりダメね。これだけ日が経ってしまうと何も感じられないわ」

 

 何も掴めない事に、エレオノールはがっくりと肩を落として呟くと、彼女は部屋の出入口へ向かおうとした。

 その時、視界の隅に何かが映りエレオノールは反射的にそちらに目をやると、あっ、と言ったきり言葉を失った。

 彼女の視線の先には直径十サント程の〝銀色の何か〟が床から一メイルの高さに浮かんでいる。

 

「サモン・サーヴァントの扉?」

 

 咄嗟にエレオノールが思い浮かべたのが使い魔召喚の時に現れる〝扉〟だった。

 なぜ〝扉〟がこんな所に現れるのだろうか、誰かが使い魔を呼び出そうとしているのだろうか、と軽くパニック状態に陥っている彼女の目の前で、銀色に輝くそれは一メイル近くの大きさにまで拡大すると一層輝きを増して行く。

 それを見たエレオノールは思わず短く上擦った悲鳴を発てる。彼女が後退(あとずさ)りしたその時、扉から何か灰色をした四角形の物が迫り出して来る。

 

「……な、何なの? 何なのよ!」

 

 わなわなと震えながらもエレオノールはそれから視線を外さない、いや、外せない。そんな彼女にお構い無く〝扉〟から出て来た灰色の何かは、ごとん、と音を発てて床に落ちた。と、同時に全く同じ形をした物が、また〝扉〟から迫り出して来る。

 何が起こっているのか理解出来ない。幻獣や亜人の仕業? 妖精の悪戯? そんな事が頭に浮かび思考が纏まらないでいる。

 ごとん、と二つ目の〝灰色の何か〟が床に落ちた音が響くと、エレオノールは、はっとして我に返った。〝扉〟はいつの間にか消えており、彼女は慌ててディテクト・マジックを唱えたが結果は芳しく無い。

 

「あれだけの〝扉〟なのに魔力の残滓(ざんし)が全く感じられないなんて」

 

 エレオノールは力無く横に頭を振ると、床に落ちている灰色をした四角形の物に対してもディテクト・マジックを唱えてみる。

 

「やっぱり、と言うかこちらからも魔力を感じられないわね」

 

 彼女はそう呟いて溜息を一つ吐くと、〝扉〟から出てきた物に近づき手を触れようとして思い留まる。

 エレオノールは、まずはお父様達にお知らせするべきだわ、と考えて今し方起きた事を報せる為にルイズの部屋を後にし、父が居るはずの執務室へと足を向けた。

 

 エレオノールが〝扉〟を目撃してから半刻ほど後、家族全員がルイズの部屋に集合していた。

 

「これが〝扉〟のようなものから出て来たと?」

 

 床に落ちたままになっている灰色の四角い箱状の物を見ながら、ヴァリエール公爵がエレオノールに問い掛ける。

 

「はい。立て続けに二つ、それが出てまいりました。現れた〝扉〟はサモン・サーヴァントの物に似てはおりましたが、消失した後に魔力の残滓が残らない不思議なものでした」

 

 エレオノールは父の執務室でした説明を改めて繰り返す。

 

「その二つの物についてディテクト・マジックで調べてみましたが、やはり魔力や魔法の類は簡易られないのでマジック・アイテムでは無いと思います。それ以上は何も分からず終いで……」

 

 最後は消え入りそうな声で、力無く項垂れるエレオノールに公爵が慰める様に話かける。

 

「エレオノール、自分を責めてはいけないよ。今回のこの事柄は訳が分からない事ばかりだ。しかし、もしかしたらルイズが失踪した事に何かしら関係がるのではと私は思っている。さて、この箱だが」

 

 公爵は鋭く目を細め、灰色をした箱状の物を見つめて言葉を続ける。

 

「何かの罠かも知れん。どんな危険があるか分からないから私が探ってみよう。あまり得意ではないがな」

 

 彼の妻と娘達が「あなた!」「お父様! 無茶はお止め下さい!」と抗議の声を上げるが、公爵は「お前達は外に出ていなさい」と毅然と告げる。

 

「もし何かあったらと思うとな。私はこれ以上、家族を失いたく無いんだよ。分かっておくれ」

 

 そう言うと彼は有無を言わさず妻と娘達を部屋から締め出して扉を閉めた。

 

「二年間か。調べても、祈っても、嘆いても、何も分からず、何も起こらずだったのに、今更だな」

 

 公爵は誰に言うでも無く呟くと、床に転がる灰色の物の一つに〝レビテーション〟を唱えて宙に浮かせた。そして慎重に自身の手が届く所まで引き寄せ、浮かばせたまま検分を始める。

 

「……これは?」

 

 検分を始めてすぐ、公爵の目にあるモノが留まる。灰色の箱状の物体に付いている取っ手と思われる部分の近くに、その文字が書かれた紙切れは貼り付けられていた。

 それを読んだ公爵が動揺して集中が切れてしまった為に、灰色の物体――UNSAで標準的に使われている大きめのスーツケースなのだが――は、懸かっていたレビテーションが解かれて床に落下してしまう。

 公爵が見付けた紙には、ちんまりとした癖のある文字でこう書かれていた。

 

『こちらを上にして、ふちにある赤い丸の所を押すと開きます。開けたら中に入っている本を読んでください――ルイズより――』

 

* * *

 

「それから二日間、寝る時間を削って〝扉〟から出てきた物に危険が無いかを調べて、ルイズの書いた説明書を読んで。手紙と説明書の筆跡はカトレアが調べたわ。筆跡が間違いなくルイズの物で、現れた物に危険が無いと判って、やっと〝こんぴゅうたぁ〟と言ったかしら、あれを動かしたのよ」

 

 エレオノールはそう言って咽を潤す為に、用意された飲み物に口を付けると怪訝な顔をした。

 

「何よこれ、ただの水じゃない。せめてワインを用意させなさいよ。何で貴族の私がこんな目に」

 

 ぐちぐちと文句を言い始めた姉に対して、ルイズは間髪入れずに言う。

 

「姉さま、後で説明しますけど、ここで貴族だと言っても意味がありません。それから宇宙船に移って簡単な検査を受けた後なら、こちらの物を食べても大丈夫になるそうですから、今は水で我慢してください。あたしなんてこちらに来たばかりの時は言葉は通じないし、訳が分からなくて凄く怖い思いをしたし、知ってる人なんて誰も居なくて心細くて何日も泣いていたし、何週間も味気ない食事だったし、それに比べれば幸せじゃないですか。それで、どうして姉さまは〝扉〟に突っ込むようなことをしたんですか?」

 

 愚痴を交えながら一気に捲し立てるルイズの言い様に、エレオノールは、妹がこんな物言いをする性格だったかしら、と自問している。そんな中、カトレアが屈託の無い笑顔で空気を読まず話に割り込んで来る。

 

「そう言えばルイズの姿が〝こんぴゅうたぁ〟に映った時、お父さまは仕方が無いとして、お母さまと姉さままで泣き出したのは驚きましたわ。ねえ? エレオノール姉さま」

 

 いきなり話を振られて「へっ?」と間抜けな声で応えてしまうエレオノール。

 そんな姉達の様子を見ていたルイズは何だか懐かしく嬉しい気持ちになっていく。

 

「ちいねえさま、それもう少し詳しく教えて!」

 

 ルイズの声に二人の姉はスクリーンを見やると、そこにエレオノールとカトレアが久しく目にしていなかった虚飾の無い末妹の笑顔があった。

 

 

 

 ヴァリエール三姉妹による、きゃあきゃあころころという賑かな会話は一先ず置いておき、エレオノールが〝扉〟を潜る直前までの経緯について話を進めよう。

 ルイズからのビデオレターを受け取った時のヴァリエール公爵の喜びようは凄まじかった。二年間も行方不明で、その生死すら判らなかった娘から、姿と声付きで連絡が有ったのだから当たり前だろう。

 エレオノールが、返事を返す為に撮影方法を理解しようとしている間も、父が何度もルイズの姿を映し出してくれと頼んで来るので、面倒くさくなった彼女は予備として送られて来たもう一台を父に預ける事にした。

 幸い再生操作自体は非常に簡単だったので、中年期の終わりに差し掛かった彼女の父でもすぐに覚えられのは、このところ睡眠不足気味のエレオノールにとっては有難い事だった。

 とは言ってもエレオノールのやる事が減る訳では無い。

 ルイズの書いた説明書や映像での説明には言葉が不足している部分が多々有り、初見では〝こんぴゅうたぁ〟と言う未知のカラクリの操作方法が非常に分かり難かったのだ。

 エレオノールは、せめて父母が一々自分に頼らなくても〝こんぴゅうたぁ〟が操作出来るようにと、説明書の補足を書いたり、操作をしながらの説明を〝かめら〟で撮影したりしていたのだ。

 この作業は誰に命じられたと言う訳で無く、エレオノールが自分の判断で勝手にやっていた事である。

 そんな訳でエレオノールは寝不足と疲労が溜まりに溜まっており、実験が行われる当日の彼女は、朝から異様なテンションとなっていた。

 

 

「それでね、姉さまったら〝扉〟が現れて二メイルくらいの大きさになったと思ったら、お父さまが止めるのも聞かないで、何かに取り憑かれた様に近付いていったのよ」

 

 カトレアがルイズに、その時のエレオノールの様子を説明する。

 それに続けてエレオノールは開き直って自棄気味(やけぎみ)に言った。

 

「あの時は寝不足と疲れで少しおかしくなってたのよ。それに駆け出しとは言え私はアカデミーの研究員よ? あんな珍しい事が目の前で起きていて、それを調べないなんて考えられないわ」

「あの、なぜ、ちいねえさまも姉さまと一緒に〝扉〟に近付いたんですか?」

 

 そう言えば、なぜカトレアも一緒に来てしまったのだろう、と思ったルイズは、その疑問を口にした。

 

「わたしもね、お父さま達と同じで最初は姉さまを止めたの。でも姉さまが近付いても、何も起こらなかったし、それに〝扉〟の向こうにルイズが居るんだなって思ったら、無理だと分かっていても、姿が見えないかなって」

 

 笑いながら「わたしったらバカよねぇ」と言うカトレアに、ルイズは内心呆れたていた。そんなルイズの心を見透かしたかの様にカトレアが続ける。

 

「そうそう、姉さまがどうして〝扉〟に入ったかの話よね。姉さま、続けて良いかしら?」

「カトレアに言われるくらいなら、私から話すわ」

 

 諦めモードに入ったエレオノールは、一度溜息を吐くとその時の様子を話し始めた。

 

 

 エレオノールは現れた〝扉〟を表から裏から確認していた。もともと好奇心が強くて研究者気質でもある。

 ルイズの話では、この〝扉〟は彼女の魔法を機械装置(からくり)が補助して作り出しているらしい。

 父母の心配を余所に、一体どういった原理なんだろうか、とエレオノールは出現し続けている〝扉〟を調べる為に、ディテクト・マジックを唱えようとした。その時、彼女の背後から「姉さま」とカトレアが呼びかける。

 その声にエレオノールが振り向くと、そこには、にこやかに笑うすぐ下の妹の顔があった。

 

「姉さま、この向こうにルイズが居るのですね」

 

 カトレアは向こう側に居るであろう妹の姿を探すように〝扉〟を見つめた。

 

「そうね、信じられない様な話だけど、確かにルイズはこの向こうに居るのよね」

 

 カトレアにそう応えたエレオノールは、今一度〝扉〟の方を振り返る。

 

 

 

「それでね、その時に姉さまったら、ご自分でスカートの裾を踏み付けて〝扉〟の方に倒れ込んでしまったの。わたしは慌てて姉さまの手を掴んだけど、一緒に引っ張られて結局巻き込まれてしまったのよね」

 

 のほほんとカトレアにオチを言われ、エレオノールは盛大に溜息を吐いた。

 

「このドレスがいけないのよ。大体ね、いつも私はアカデミーで動きやすい膝丈のスカートなのよ? ほんと、裾の長いドレスなんか、パーティーか帰省した時くらいにしか着ないんだから。ちょっとした事で裾を踏んでしまうのは仕方ないわよ」

 

 スカートの裾を摘みながら見当違いの文句を言うエレオノールを見て、今度はルイズが盛大な溜息を吐く。

 

「……姉さま。バカすぎる」

 

 ルイズが発した言葉は日本語だったので、そのままならエレオノールに伝わる事は無かった。ところがお節介にもヴィザーがそれを通訳して伝えてしまったのだ。

 

「ちびルイズ、今なんて言ったの、か、し、ら?」

 

 ルイズはしまった! と思ったが後の祭り。こうなったらと思い、開き直った。

 

「バカだからバカって言ったんです! 近付かないでって言っておいたのに無視して近付いて、ご自分の不注意で〝扉〟に突っ込んで、その上、ちいねえさままで巻き込んで、こっちにある〝かんしょうそうち〟を壊す事になって、どんだけ人様に迷惑かけてると思ってるんですか!」

 

 似たもの同士姉妹の口喧嘩がスクリーン越しで勃発するも、真ん中のカトレアは「困ったわね」と、のほほんと笑って見ているのだった。

 


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