虚無を継ぐもの(旧)   作:片玉宗叱

14 / 15
オムニプレックス・ウーマン 2

 エレオノールとカーリシが降り立ったのはウォロスにある聖山の一つ、ナゼロソ山の(ふもと)。まるで目の前に壁が(そび)えるが如く、見上げる程に急峻(きゅうしゅん)なこの山の(いただき)は霊気の通り道であり、エント人が“解脱”をしてハイペリアへと“昇天”する為の聖域。山の中腹のそこかしこから幾つもの滝が水を落とし、その飛沫は麓に至る前に霧となって辺りを霞ませる。そんな光景が目の前に突然現れたのだから衝撃を受けない訳が無い。エレオノールは驚きに自身の口が開いているのも気付かずにその光景に見入っていた。

「調子はどうかしら?」

 カーリシからの不意の問い掛けに、ナゼロソ山を見上げていたエレオノールは彼女の方を見て目を瞬かせた。カーリシの服装はニューロ・カプラに横たわる前と違い、ゆったりとした丈の短いスカートの様なチェニックに古代ローマ風のサンダルを履いた姿となっている。

「平気よ。少し驚いただけ」

 そう言うとエレオノールは改めて周囲を確認する。彼女達の周囲は膝丈程の草で覆われた草原が広がっており、その中を一本の狭い道がナゼロソ山に向かって延びている。

 ふと自分の足下を見ると、自身もカーリシと同じ様なサンダルを履いているのに気付く。服装も隣に立つ赤髪の彼女と同じデザインでやや長めの物を纏っているらしい。

「ここは、どこかしら?」

 混乱した状態から少ずつ回復したエレオノールは、現状を把握しようとしてカーリシに問い掛けた。

「ウォロスにあるナゼロソ山の麓よ。この先に導師エシキスの住む庵があるの」

「導師エシキス? どういう人?」

「私の師匠で“解脱”に導いてくれた恩人。善い人なんだけど一つだけ問題があるの。アレさえ無ければ、今頃は弟子を沢山抱えてるはずなんだけどね……」

 物憂げな表情で「全くあの糞爺(くそじじい)は」と毒吐きながら嘆息するカーリシ。そんな彼女の様子にエレオノールは呆れながらも尋ねる。

「恩人である師匠に何て言い種(いいぐさ)かしら。その方の庵の近くに居ると言う事は、今からその方に会いに行くのよね?」

「貴女のガイドをする(つい)でよ、序で! アヤトラとしてジェヴレン(ハイペリア)に“昇天”するとね、なかなかウォロスには来られないからガイド役を引き受ける際に報酬の一部条件としてお願いしたの。こちらに来るからには顔くらい出さないと不義理の誹りは免れないから」

「貴女にとっては臨時の帰省でもあった訳ね。でも帰省なら先に親御さんの所に行くのが筋じゃないかしら?」

 そうエレオノールが問うと、カーリシの表情は益々憂鬱な影を帯びて来る。

「私ね、早くに両親を亡くしてるのよ。導師エシキスは師匠にして私の実の祖父で育ての親。他に親類縁者の居ない私の、唯一人の肉親、そして……」

 そこで言葉を句切ると、彼女は驚くエレオノールを見詰めながら諦めた様な表情で告げる。

「世間では好色な破戒導師として有名だった人。今は枯れて実害が無くなったとは言え、はた迷惑なスケベ爺に変わり無いわ」

 その言葉を聞いてエレオノールは何故かその脳裏に、嘗て自分が在籍していた学院の恩師―豊かな白髭を蓄え柔和な笑みを浮かべた老人―の姿をありありと映しだしたのだった。

 

 

「CS2DAVによる観測データーにはルイズ嬢に起きた記憶転写の時と類似した超立方振動が認められます。また、エレオノール女史と分身の間にh-リンク経由のデーターストリームが存在していません。“二人”はi-スペース情報網上では完全に分離した別個の存在ですが、昏睡状態にある彼女本体に起こっている意識反応はエントヴァースに居る分身の意識反応と完全に一致しています。これについてデーターリンクに異常が無いか、外部診断機構で検査しましたが異常は認められませんでした。これは私に生じたエラーに因るものではありません」

 ヴィザーが予備運転(エージング)を終えたCS2DAVによって計測された共通余剰空間で起きている変化と、“エレオノール達”の意識構造内に起きている事を地球の医科工研に居る面々に報告する。と、その意味を理解した宝条が今起きている事が信じられずに思わず渋面を作る。

「ルイズ嬢の事例と同じ事象が観測されているとは言え、質の悪い冗談にしか思えない……。どうしてエントヴァースの存在と現実の肉体が何光年も離れて直接相互作用するんだい? ルイズ嬢の“魔法”ですら未だに解明出来ていないのに、こうもまた次々と常識外れが起こるんだね?」

「宝条、取り敢えず落ち着け。現にこうして観測的事実として目の前にあるんだから冗談では片付けられん。エィドレフ、君の見解を聞かせてもらえるかな」

 平賀はスクリーンの向こうから取り乱す宝条を宥め、エィドレフに意見を求めた。彼は筑波にある研究所に協力している企業での会議に参加していたのだが、事態の報告を受けるや会議を中座して急ぎ研究所の自室に戻ると医科工研に回線を繋いできたのだ。

「見解も何も、正直なところ私も宝条先生と同じ気持ちです。共通余剰空間での超立方振動とコンパクト化された余剰次元についての研究は端緒に就いたばかり。発生メカニズムについては手探りの状態ですからね」

 諦めた様にエィドレフが言うと続けてセファウが発言する。

「エント人の一部は、修行によって彼等が“通力”と呼ぶ意思の力、地球人的には超能力と言った方がしっくり来ると思いますが、それを用いて“エントヴァースの実存”に干渉する事が出来ます。しかし、それはあくまでもエントヴァース内に限られた事です。情報量子世界から私達の宇宙(エクソヴァース)に対して、ヴィザーもニューロ・カプラも介さずに直接的にエネルギー物理的な干渉を行うのはどう考えても不可能です。……不可能ですが、これを見る限りそう言い切る自信を無くしますね」

「確かに脳内での神経細胞の生化学反応は極論すればエネルギー量子である光子(フォトン)を媒体とした物理現象だしなぁ。しかし何時までも推測だけじゃ埒が開かない。こうなったら宝条の言っていた事を実行しようじゃないか。エレオノール君の分身を一時活動停止させて、彼女の本体を覚醒させる。その状態で活動停止している彼女の分身に意識活動が生じるかどうかをヴィザーが確認する。それでh-リンクが関与しない未知の相互作用が“彼女達”に発生している事の判断材料に出来るだろう、って事で良いんだよな? まあ、超立方振動が確認されている以上、ルイズと才人に起こった事と似たような現象が起きているんじゃないか、とは思うのだがね」

 その場に居る全員が平賀の提案に賛成する。

「セファウ君、分身の一時活動停止と本人の覚醒、その後の記憶統合に問題は生じそうかな?」

「いいえ、元々の予定では分身の一時活動停止をせずに本人を覚醒させて、その後に記憶統合を行う予定でしたから。それに比べれば彼女に与えるリスクは皆無に等しいですね。ただ、あくまでもしもの話ですが……彼女と分身が既に記憶の交換を行っているのなら統合する必要はありません」

 宝条の問いに彼女はそう答えた。それを聞き平賀はヴィザーに指示を出す。

「エントヴァースに居る二人に、エレオノール君の分身を一時的に活動停止すると連絡してくれ。その後でエレオノール君の本体を起こし、もし同意が得られるなら彼女自身に聞きながらヴィザーに記憶を照らし合わせて貰うのが手っ取り早いだろう」

 そう言うと平賀は誰に言うでも無く「こりゃ前に話した与太話が本格的に与太話じゃなくなりそうだな」と小さく呟く。その唇は普段の彼からは考えられないほどに白くなり、そして微かに震えていた。

 

 

 カーリシの先導で歩いて行くと、程なくして質素な作りの庵が見えて来た。円柱状に土壁が巡らされ、その上に被さる様に円錐状の板葺き屋根が乗っている。窓にはガラスでは無く雨除け板が嵌め込まれる仕組みなのだが、その板は今は明かり採りの為に支え棒で斜めに開けられている。その庵の質素な佇まいは、エレオノールにヴァリエール領で見る農民の家を思い出させた。

 彼女達が庵に近付くと、不意に傍らの草むらから奇妙な生き物が飛び出して来る。カンガルーの様に二本の足で飛び跳ねながら近づいて来るそれは、人間の幼児程の大きさで全身が茶色の鱗に覆われ、頭だけは毛皮で覆われた犬の様な姿をしていた。

 二足歩行をする犬、或いは鎧を着けたカンガルーの様な姿に「コボルト?」と驚いて数歩下がって警戒するエレオノールに、カーリシが「大丈夫よ。害の無い獣よ」と告げる。

「これは導師が飼っているニャスクだわ。ニャスク、久しぶり。私の事を覚えてるかしら?」

 そう言って彼女は掌を差し出すと、獣はその尖った鼻先で一頻(ひとしき)り“ふんふん”と掌の臭いを嗅いだ後にカーリシの顔を確認するようにじっと見る。暫くするとニャスクと呼ばれた獣は目を細め、柔らかい毛で覆われたその頭をカーリシの掌と言わず腕全体に甘える様に擦りつけて来た。

「ちゃんと覚えててくれたのね、嬉しいわ。ところで導師は留守みたいだし……。何処に居るか知ってる?」

 そう尋ねられた獣は、鼻を一回鳴らしてカーリシから離れると、庵から左の林へ続く小径(こみち)の方へと跳ねて行き“こっちだよ”と言いたげなふうに二度程振り返る。それを見たカーリシは「“霊石の河原”の方ね」と言うと獣が跳ねて行った方へと歩き出す。

「導師は日課の瞑想中らしいわ。行きましょう」

 そう促されエレオノールは、後ろで緩く纏めた赤髪を揺らしながら先を歩いて行くカーリシを慌てて追いかけた。小径は角の有る小石が数多転がっており、皮のサンダルでは歩き難い事この上ないの。だが、そんな事を気にした風も無くカーリシは滑る様に歩いて行く。

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! 貴女こんな酷い所をよく平気で歩けるわね」

 カーリシの後を追いながら、あまりの足場の悪さに悪態を吐くエレオノール。その声に振り返るとカーリシは舌を出しながら“しまった”と言う様な表情をして謝る。

「ごめんなさい、外宇宙(エクソヴァース)の人はヴィザーの助けが無いと“通力”が使えないのを、うっかり忘れてたわ」

 そう言うと彼女は手をエレオノールの足下へ向ける。するとカーリシの手から光の波が広がりエレオノールの足を包み込む。驚くエレオノールに「貴女の足裏と地面の間に間隙が出来る様にしたわ。どう? もう痛くないはずよ」と何でもない事の様にカーリシは言う。確かに足裏に感じていた小石のごつごつした感じが消えて、まるで絨毯の上にでも居るかの様だ。

「これは“レビテーション”? いえ、呪文を唱えてなかったから先住魔法?」

 驚きに目を丸くして思わず聞き返すエレオノール。そんな彼女の反応を見てカーリシは思わず笑い出した。

「な、なによ! 笑う事ないじゃない!」

 顔を真っ赤にして抗議するエレオノールにカーリシは尚も笑いながら言う。

「貴女の言った事が何の事か分からないけど、ここに居る貴女は“あちら”(エクソヴァース)から見ると、こちら(エントヴァース)で仮の“実身”を与えられた意識構造だけの分身だって事を忘れたの? それにここは外の宇宙とは全く違った法則が支配する世界。此処で貴女が見たり感じたりしている事は、ヴィザーが全て貴女の意識構造に適合する様にと感覚を変換している結果だって事を覚えておいてね。まあ難しい話は置いとくとして、私の用事を済ませたらオレナッシュの街でも案内するわ。きっと貴女にとって珍しい物が見られるわよ」

 そう言って赤髪の彼女は、釈然としない表情のままで固まっているエレオノールの手を引いて林の中、“聖石の河原”へと向かう小径を進んで行った。

 

 

「ほう、珍しや。斯様(かよう)な寂れた場にハイペリアからの使者が降臨なさるか」

 清流が勢い良く流れる傍の開けた場所で、人の背丈の倍以上はあろうかという大きな岩の上に座して瞑想していた導師エシキスは閉じていた瞼を開く。だがその姿勢は微動だにしない。

「霊気の流れから見るに降臨されしは二人の御使い。はてさて、弟子の一人も居らぬ導師に何用であろうか。この老骨を召される為に降臨されたなら出迎えに行かぬは礼を失すると言うもの」

 目を開いてから暫く、そう言うと導師は胡座のまま宙に浮き上がり、そのまま大岩の上から地面へと降りると自らの足で立ち上がる。その時に何を感じたのか「おお」と声を上げた。

「此は懐かし! “解脱”を果たして“昇天”を許された最後の弟子にして我が孫が発する“通力”の気配ではないか。使者への随伴を許されて再臨するとは何とも誉れな事よ」

 導師は嬉しそうに呵々と笑うと自らの庵へと歩を進めようとしたが、何かを思いその足を止める。

「ふむ、我が孫となればニャスクが案内するであろう。ここは待つも一興か」

 そう言うと導師エシキスは河原にあった手頃な形と高さを持つ石に手を翳すと、果たしてそこには腰を下ろすに丁度良い石造りの丸椅子が現れていた。彼は自らの庵へ続く小径へと目を向けながら椅子に腰掛けると、使者と使者に随伴しているであろう孫を待つ事にした。

 暫くするとエシキスが予想した通り林の小径から彼の飼う獣が飛び出して来る。

「ニャスクよ、御苦労。して、訪れたのは我が孫であったか?」

 飼い主に声を掛けられたニャスクは飛び跳ねながらエシキスの傍まで来ると肯定するかの様に小さく“くぅ”と鳴いた。

「そうかそうか。やはりカーリシであったか。それは重畳至極」

 満足そうに頷くと、エシキスは懐から乾し肉を一切れ取り出すとニャスクに与える。彼の獣はそれを口で銜えて受け取ると、両前足に掴み直して美味そうにがしがしと囓り始めた。

 

 ニャスクが乾し肉を食べ終わる頃、エシキスの待ち人達が姿を現した。それを認めた導師は椅子から立ち上がり、その祖父の姿を見付けたカーリシは小走りで駆け寄る。

「導師エシキス、お久しゅうございます」

 祖父である前に自身の師匠であるエシキスに、彼女は跪き弟子としての礼をとる。その弟子であり孫であるカーリシの様子を見て満足そうな笑みを浮かべながらエシキスは語りかけた。

「其方が昇天して其の在り様は変われど纏う霊気は真にカーリシの物。ハイペリアより御使いへの随伴を許されての再臨とは実に目出度い事よ。息災であったか」

「はい。ハイペリアにて叡智を学ぶ日々を恙無く送っておりますれば。導師に於かれましてもご健勝の事と存じ上げます」

 カーリシはそう言って顔を上げると、導師エシキスは「して、何故に斯様な老い耄れにハイペリアより使者が遣わされたのか」と問う。

「此の御方のウォロスへの降臨は見聞を広める為でありますれば。師への訪問を許されたるは随伴の褒美にございます」

「そうであったか。物見遊山の旅となれば堅苦しい事も抜きで良かろう。お客人、儂は此のカーリシが祖父にて導師のエシキスと申す者。此度は再臨せし我が孫に引き合わせて頂き恐悦至極」

 そう言うと導師はエレオノールに向かって深々と頭を下げた。しかし、その頭を下げられた当の本人は突然話を振られた事で軽く困惑した状態に陥っていた。

 え? 蚊帳の外だったのにいきなり何なの? って言うか何よこの人達の時代懸かった物言いは。トリステインでも今時こんな言い方しないわよ。って、ぞんざいな言い方で挨拶なんてしたらレディとしては失格だし、どんな言葉遣いをすれば良いのかしら、と悩んでいたところで最近聞き慣れ始めた声が頭の中に響く。

「心配せずともそのまま話しても正確に通じるから大丈夫だよ。それと二人に連絡事項がある。返事は言葉を口にしなくても頭の中で考えるだけでこちらに伝わるからね」

「ああ、ヴィザーね! 何よ連絡事項って」

「少し重大な事が発生してね。その確認の為にそちらに居るエレオノール女史を一時的に活動停止状態にする必要が生じたんだ。重大とは言っても危険な事じゃ無いから心配する必要は無い。あと三分程で活動停止のシーケンスを開始するから、それまでに挨拶を済ませておいた方が良いと思うよ。それじゃまた後ほど」

 その様子を興味深げに見ていたエシキスは「はて、客人と我が孫に降りし霊気の流れはハイペリアよりの天啓を齎らす物であったか」と呟いた。それを聞いてエレオノールは慌ててカーリシの祖父である導師に出来るだけ優雅に見えるように礼をしながら挨拶をする。

「導師様、初めまして。エレオノールと申します。この度はカーリシさんの案内でウォロスについての見聞を広めようとこの地を訪れました。以後、どうぞお見知り置きを」

 深く前に倒した上体を、頃合いを見計らって戻すと彼女の目の前にいつの間にか導師エシキスが移動していた。

 はて? と思う間もなく「あ、駄目! 避けて!」とカーリシが叫ぶのが聞こえたので「え? 何?」と彼女の方に顔を向けようとしたその刹那、エレオノールは何かごつごつした物に包み込まれる感触を自らの左胸に感じた。

「ほへ?」

 間抜けな声を出しながら目を向けると、申し訳程度の膨らみしか無いエレオノールの胸にエシキスがその節くれ立った右手を当て、形をなぞる様に動かしている。

「ほほう。客人は女性(にょしょう)にしては些か胸が薄いと思うたが、此はなかなか。触り心地は稚児の頬にも似て申し分無しであるな。善哉善哉」

 呵々と笑う導師エシキスを目にして、何が起きているのか理解が追いつかず混乱するエレオノールは助けを求める様に視線をカーリシの方に向ける。向けた視線の先には、燃える炎の赤髪を正に怒髪天を突く勢いで逆立てて、般若の形相で怒りを顕わにしながら師匠であり祖父であるエシキスを視線で射殺さんばかりに睨むカーリシの姿があった。また視界の端には勢い良く跳ねながら、振り返りもせず一目散に逃げて行くニャスクと呼ばれていた獣が映る。

 何とか状況を把握する為に頭を必死に働かせようとするエレオノールだったが、自分の身に何が起こっているのかを理解た事で取り敢えず叫ぼうとしが、その瞬間エントヴァースに居る彼女は文字通り“フリーズ”した。

 

 

「ひっ、ぃいやゃぁぁああああああっ!……って夢ぇ?」

 ニューロ・カプラの上で目を覚ますなり、エレオノールは素っ頓狂な叫び声を上げると、それに続けて間の抜けた声を発てた。彼女は今し方カーリシの祖父に無い胸を撫で揉み回わされ悲鳴を上げた途端、地球にある医科工研でニューロ・カプラの上に横になっていた訳である。夢から覚めた様な、それでいて妙に現実感の有る記憶の感覚に目眩を感じながら彼女は上体を起こすと辺りを見回す。

 まず宝条が俯いて肩を振るわせながら「くくっ……」と何やら耐えている様が目に入り、次いで隣のニューロ・カプラにはスーツ姿のままカーリシが横たわり目を閉じているのを確認すると、赤髪の彼女はまだウォロスに居るのだなと理解した。

「やあ、災難だったね。気分は?」

 まだ少しぼんやりとしている様子のエレオノールに、ホロスクリーン越しの平賀教授は笑いを噛み殺して声をかける。

「気分は……そう悪くありません。ですが機嫌についてはすこぶる悪い状態ですわ……。ウォロスでの出来事を覚えていますから、記憶統合とやらは上手くいったのですね?」

 口を尖らせ不機嫌オーラ全開状態でそう確認するエレオノールの言葉に、その場に居合わせた全員が驚きで目を見開く。

「いいえ、貴女に記憶統合処理は行っていないのよ。貴女の分身を停止状態にしたのはね、その“ウォロスでの記憶”を確認する為なの」

 申し訳なさそうに応えるセファウの背後にあるスクリーンには、人形の様に全く動かないエレオノールの分身と、信じられない程に苛烈な光を発するカーリシの“通力”による攻撃を、ひらりひらりと身軽に(かわ)し、ある時は杖で往なし続ける導師エシキス(エロジジイ)の姿が映っていた。

 

* * *

 

 エレオノールとその分身に起こった事はルイズの事例にも劣らない、否、それ以上に非常識な事だった。

 地球に居るエレオノール本体の覚醒と同時に、エントヴァースで停止状態にある分身に意識反応が起こるのが認められた。この時の彼女はニューロ・カプラから離れた状態であり、どうやっても分身に情報が伝達するはずが無い。それなのに、である。念の為にエレオノールの許可を得たヴィザーが停止状態の分身に起こった意識反応を再生すると、案の定それはエレオノール本体が医科工研で覚醒してからの記憶だった。

 ルイズと才人の間に起こった記憶の転写や宇宙間ブリッジの発生は、超立方振動を励起していると思われるプランク長以下にコンパクト化されている余剰次元に於いて、未発見の物理法則が関与する相互作用によって起こるのではとの仮定でエィドレフを中心に研究が行われている。しかし、エネルギー量子宇宙(エクソヴァース)情報量子宇宙(エントヴァース)が相互作用している状態を生じさせるには、必ずインターフェースとしてのソフトウェアとハードウェアが必要になる。それがヴィザーであり、ニューロ・カプラなのだ。だがここに来て、その常識を突き崩す事例がエレオノールによって作り出された。

 本体と分身で起こる原因不明の記憶共有。もしこれがエレオノールの意識構造に対して悪影響を与えるものだとすると、当初予定していた方針は破棄するしか無い。

 セファウを始めとする研究者達には彼女を通して起こる未知の事象に対して、少しでも究明したいと思う欲求は確かに存在する。しかしテューリアンやガニメアンは、ヴィザーの優先基本プログラムを生命の尊重、維持を旨とした事から分かるように、他者を害してまで自身の欲求を貫く様な人種では決して無い。そして一世紀強ほど彼等と付き合って来た地球人達も底抜けにお人好しな隣人達に相当な影響を受けているのは確かだった。

 未知の現象によって生じる記憶共有に因って如何なる弊害が発生するのか全く予測不能であるが故に、エントヴァースでの検査を継続する事でエレオノールに危険を冒させる訳にも行かないとの理由から、彼女の分身をエントヴァースに置いて学習させると言う計画については見直される形となった。

 その決定に激怒したのは誰あろうエレオノール自身。彼女は平賀と宝条、エィドレフやセファウ等の主立った関係者に対して連日の様に抗議を行い、果ては医科工研内で無関係な所員の誰彼を構わず掴まえては不平不満をダダ流しにする。ちなみにエレオノールは医科工研のゲストルームに滞在させられており、所内では比較的自由に行動出来るよう便宜が図られてはいるが、未だ建物の外には出して貰えずにいる。この辺りの事情もエレオノールをイライラさせている要因の一つと思われる。

 この時の様子を目撃したルイズは「まるで目の前の餌を奪われて怒り狂う野生の虎みたい」と評している。お前はそんな場面を見た事があるのかと突っ込みたいところではあるが、エレオノールの様子は当にその表現が当て嵌まるのだった。

 そんな女王様(エレオノール)の剣幕としつこさに平賀達はついに折れ、この件についての話し合いの場を設けさせられる事になった。

 

 

「それは本当かね?」

「嘘は申しませんわ。カトレアとルイズもお母様が“遍在”を使うのを見ていますから、あの子達からも聞き取りをして頂ければ宜しいかと。何でしたらヴィザーに私の記憶を覗いて貰っても構いません」

 話し合いの席で宝条に問われたエレオノールは、先般の同志看護師が自主的に調達してくれた矯正ブラに因って更に一寸(ちょっと)だけ膨らんだ胸を張って言い切る。

 エレオノールが平賀達を前にして語ったのは、ハルケギニアで高位の風メイジが使える“風の遍在”(ユビキタス)についてだった。

「それには及ばないでしょう。貴女達が嘘を言う理由が見当たりませんし。それにしても精神力が作る、独立した意思と実体を持ちながら本人と記憶を即時共有する分身。しかも身に着けている物までコピーされる。研究者としてはエントヴァースで見られる様な事象がエネルギー量子世界に起こるという、貴女達の宇宙の基礎構造がどうなっているのか、非常に興味を(そそ)られますね」

 エィドレフが淡々と洩らすが、イヤーセットから流れる彼の翻訳音声には興奮を示す感情が込められていた。それを聞きながら宝条はエレオノールとの話を続ける。

「とは言っても君は使えないんだろう? その何だっけ、系統が違うとか何とかで」

「系統もありますが、呪文のクラスが違うのです。土のトライアングルの私では、風の上位である“遍在”は使えません」

「ふむ、しかし今回の検査で君が体験した事が、その風の属性である君の上司やお母さんから聞いていた事と酷似しているのを思い出した、と」

 そう確認する宝条を見詰めながらエレオノールは首肯する。

「ええ。遍在から得た記憶には或る共通点があります。皆さんは明晰夢、現実と見紛う程の夢ですが、それを見た事が有りますか?」

 彼女の問いに平賀と宝条の地球人組は頷くが、エィドレフとセファウは何とも言い難いと答える。ガニメアンとテューリアンの睡眠は地球人のそれと違う為、感覚的に理解出来ない事については仕方が無い。エレオノールは説明を続ける。

「遍在から流れてくる記憶は、複数に及んでも前に見た明晰夢を思い出す時の感覚と同じだと風メイジ達から聞き及んでいます。今回の私の身に起こった事が彼等の言う事にそっくりなのです」

「現在進行中だろうが複数だろうが、送られてくる記憶は本人が知ろうと、いや思い出そうとしない限りは意識の表層に出て来ないって事か」

 宝条が確認すると再びエレオノールは首肯する。それを見て宝条は疲れた表情で続けた。

「意識的に同時進行していた、いや、同時進行している記憶さえも整理された状態で認識出来るとはね。セファウ君からの分析報告には我々と君達で意識構造にそう違いは無いとなっているが、いや、そもそも我々には君達の様な“魔法”が使えないんだっけ……」

 そこまで言うと宝条は黙り込む。そんな宝条からセファウが引き継ぐ様に言葉を発する。

「そして貴女もまた、エントヴァースでの出来事を実体験ではなく明晰夢と同様な感覚で記憶している。だから複数分身による記憶共有が起きても問題は無いだろうと、そう言う事ね?」

「続行の許可は出来ないな」

 エレオノールが口を開こうとした途端、それまで腕を組んで黙って話を聞いていた平賀が口を開いた。その声の響きには有無を言わさぬ迫力があり、流石のエレオノールも出掛かった言葉を飲み込む。

「そもそも我々のプロジェクトの目的は何だったかな?」

 平賀の問いに「迷子を無事に親御さんの許へ帰す、それに尽きますね」と何を今更と言ったふうにエィドレフが答える。それを聞き平賀はエレオノールへ向き直り、教え子を諫める様にゆっくりと話し始めた。

「エレオノール君、そう言う事だ。我々は君達姉妹を無事に親御さんの許に送り届ける事をプロジェクトの第一義にしている。新しい知識への興味に世界の神秘真理の探求大いに結構。私も一応は学究の徒だから君の気持ちは分かる。だが少し考えれば分かると思うが君が望み行おうとしているのは蛮勇でしか無いんだよ」

 それを聞き俯いて肩を落とすエレオノール。確かに蛮勇かも知れない。それに彼女はルイズの帰還を遅延させたのは自身の我の強さから出た無茶な行動と不注意から起きた事だと自覚している。でも諦めきれない、何とかならないかしらと考えた彼女は或る事を思い出した。

「そう言えばエントヴァースに居る私の分身はどうなりました?」

「未だあちらで凍結中ですよ」と返したセファウはエレオノールが嫌そうに眉を顰めるのを認める。彼女も地球人との付き合いが長いので表情を読める様になっている。

「貴女の分身は停止状態でウォロスの砂漠の中に移し、誰も触れる事が出来ない様にヴィザーが障壁を設けてますから安心してください。ただ、平賀先生から中止の決定が出ましたからね。念の為に記憶統合処理をした後で分身は消去する事になりますね」

「そうですか……。ミスタ・ヒラガ、我が儘を言って申し訳ありませんでした」

 セファウの言を聞きエレオノールは立ち上がり頭を垂れて平賀に詫びを入れた。

「分身を使った学習の件はきっぱりと諦めますわ。ただ今一度あの不思議な世界、エントヴァースに降り立ち導師エシキスに“お礼”を申し上げたいのですが、駄目ですか? 勿論、ヴィザーにあちらの“通力”が使える様にして貰って、ですけど」

 そう言うエレオノールの目には剣呑な雰囲気が漂っていた。

 

* * *

 

 医科工研の廊下を金髪と赤髪の美女二人が話ながら歩いている。金髪のスレンダー美女は言わずと知れたエレオノール。歩きながら隣の赤髪の女性に謝っていた。

「ごめんなさいね。付き合わせちゃって」

「いいのよ。どうせ報酬は前払いで全額貰っているし。それにジェヴレンへ向かう便は一週間後だから正直言って暇だったのよ」

「あら、観光はしないの?」

「たった一週間だと行ける場所は限られちゃうし。それにヴィザーに頼めば、ここだけで既知宇宙(オムニヴァース)の何処にだって行けるから無理に出掛ける事も無いわ」

 赤髪のエント人(アヤトラ)、カーリシは自分の額を指先で突いて笑いながら言う。

「それより貴女も随分と奇特な事を望んだわね。導師にまた会いたいとか」

「“お礼”が言いたいだけよ。貴女が代わりにしてくれてたみたいだけど、こういう事はやっぱり自分できちんとやっておかないとねぇ?」

「貴女って上品なお嬢様だと聞いていたけど、なかなかどうしてどうして。気に入ったわ」

 カーリシはそう言うとエレオノールの背中を乱暴に叩き大声で笑い出した。彼女の陽気さに釣られる様にエレオノールも笑い出す。談笑しながら歩く二人は程なくしてエレベーターホールへと着く。

 

 乗り込んだエレベーターが目的階に向かって上昇している時に、エレオノールが右手に持っている【杖】を目聡く見付けたカーリシが「それは何?」とエレオノールに聞くと、彼女は「お守り、みたいな物よ」と素っ気なく答える。カーリシは「ふうん」と言って興味深げにそれを見たが、丁度その時にエレベーターが目的階に到着した事で彼女がそれ以上【杖】について問う事はなかった。

 エレオノールはその事に内心安堵しながら、ブラウスの袖の中に注意深く【杖】を潜ませ、エントヴァースへ向かうべくエレベーターから足を踏み出した。幸か不幸かその様子を所内に設置してあるカメラが映し出す事は無かった。

 

 

 ニューロ・カプラが設置してある通称“コミュニケーション室”に来ていたのはガニメアンのセファウだけだった。

 宝条は学会出席で立ち会えず、平賀とエィドレフは自分達の仕事を進める為に筑波に詰めている。平賀とエィドレフは南武と同じくプレイアデス・オペレーションの中核を担っているので、ほいほいと筑波から離れられないという事情もある。

 それにエレオノールを昏睡状態にしてエントヴァースの分身を活動させるので問題発生の余地は無く、セファウ一人で十分と判断されたのだ。安全性についてヴィザーの事前シミュレーションで確認しているので問題は起こり得ないと誰もが考えている。

 だが人は往々にして突拍子も無い事をやってしまうもの。ヴィザーは万能に近い存在であるが全能では無い。ミクロの世界で粒子の振る舞いが確率に支配される様に、人の心も予測不能な振る舞いをする事がある。

 

「では始めましょうか」

 セファウの合図でニューロ・カプラで横になった二人が目を閉じる。エレオノールに行われるのは意識構造の複写ではなく意識の遮断だけ。原因は解明されていないがリアルタイムで現実の彼女と記憶を共有する分身(サーロゲイト)が、既にエントヴァースに存在するからだ。そのエレオノールの分身は既にナゼロソ山の麓へ移送されていた。ヴィザーはエクソヴァースに居るエレオノールの意識を遮断し昏睡状態にした後、エントヴァースの分身を停止状態から活動状態へと切り替える。

 そして彼女はエントヴァースで覚醒した。

「……ふう。やっぱりこの感覚って不思議よね」

 どうやら記憶は本体からきちんと引き継がれているらしい、とエレオノールは安堵する。

「そう幾度も経験が出来る事じゃ無いから、しっかり味わっておきなさいよ」

 声がした方を見ると前回と同じ服を纏ったカーリシが微笑みながら立っていた。

「あら? よく見ると貴女、霊気が前と少し変わっているわね。ヴィザーに通力を使える様にして貰ったからかしら」

 エント人の中にはエントヴァースを流れる“情報”をカーリシの様に霊気として視覚に捉える事が出来る者が居る。その目にはエレオノールの変化が見て取れたのであろう。

「カーリシ、またお世話になるわね。そうそう、聞きたい事があったの。エントヴァースでは通力を使って自分の思い通りに物を作る事が出来るって聞いてたんだけど」

 そう質問するエレオノールに「出来るわよ。ヴィザーの助けがある今の貴女なら何でも作れるわね」とカーリシが言う。

「やり方は?」

「一番簡単なのは同じ様な形の物に『変われ』と命じる事かしら。やってみたら?」

「呪文とかそう言うのは……。そうね、ここは異世界(エントヴァース)だったわね。それに私の通力はヴィザー任せでした」

 自嘲気味に笑いながら言うと、エレオノールは道端に落ちてた手頃な大きさの枯れ枝を拾い上げ“変わって”と念じる。すると小枝は霞む様に明滅するとぐにゃりと形を変えエレオノールの【杖】とそっくりに変化した。それをエレオノールは真剣な表情でじっと見詰めている。

「それって貴女がお守りって言ってた物ね」

 興味深そうにカーリシが聞いてきたがエレオノールはそれに応えずに目を閉じて【杖】を構えた。

「……エレオノール?」

 再度呼びかけたカーリシの耳に聞こえたのは、一語一区確かめる様に、そして囁く様に詠唱しているエレオノールの声。

「ユビキタス、デル、ウィンデ……」

 目を閉じて一心にエレオノールが唱えているのは、彼女の系統とは明らかに違う風の、しかも高位の呪文“遍在”(ユビキタス)だった。土のトライアングルであるエレオノールが使える魔法では無いが、座学に於いても優秀だった彼女はその呪文を正確に覚えていた。

 エレオノールは“本体”が隠し持っている【杖】と、今“分身の自分”が持つ【杖】とが重なる事を意識しながら呪文を唱え続けると、身の内から杖に、あちら側(エクソヴァース)では全く無かった魔力に近いものの流れを感じる事が出来る。彼女は“上手くいく”事を確信し目を開く。

「貴女、何を?」

 訝しげにカーリシが問うたその時、呪文が完成しエレオノールは払う様に【杖】を振るった。

 

 

「エレオノール嬢の意識レベルが上がっています。神経活動抑制のストレス波が遮断状態になりました。原因は不明で制御不能。覚醒します」

 ヴィザーがの声が“コミュニケーション室”に響く。

「なんですって?」

 慌てたセファウはエレオノールに近付くと、目を覚ますはずが無いエレオノールがその瞼を自ら開くのを見て驚愕する。

「エレオノールさん、貴女、どうやって……?」

 ゆっくりと起きあがるエレオノールに、イヤーセットを通して聞こえるセファウの声は当惑で震えていた。

 カプラから降りたエレオノールは、驚きで腰が引けているガニメアン女性ににっこりと微笑むと「ちょっと試してみたら存外に上手く行きましたわ」と隠し持っていた【杖】を得意満面でセファウに見せる。

「でも“こちらの私”が目を覚ますとは思っていませんでしたから、正直、自分でも驚いていますけどね」と淑女らしからぬ少し(おど)けた仕草で続けた。

「強制的な遮断が起きて覚醒したみたいだけど大丈夫? 頭痛とか目眩とか、何かおかしいと感じる事は無い?」

 そう身を案じるセファウにエレオノールは涼しい顔で「平気です。混乱も違和感もありませんから」と答える。

「そう……。でも取り敢えずもう一度カプラに横になって貰えるかしら。ああ、でも昏睡状態にする事はしないわ。ヴィザーに意識状態をスキャンさせて検査するだけだから」

 ガニメアンやテューリアンは他者を騙す事はしない。地球人からすれば驚くべき事なのだが、彼等には相手を騙して出し抜くと言う発想が無いのだ。為に一世紀前まで、永年に渡ってジェヴレン人がテューリアンを欺き、その牙を隠し持ってした事に気付けずにいた訳だが。

 そんな巨人たちの性質(たち)を分かり始めていたエレオノールはセファウの言葉に素直に従う。

「それじゃ寝たままで良いから何が起こったのか。いいえ、何を“起こしたのか”教えて貰えるかしら?」

 ヴィザーに解析の指示を出しながら平静を取り戻した穏やかな女性ガニメアンは、エレオノールにそう問い質した。

 

 

 エレオノールが【杖】を振るった瞬間、カーリシは“霊気”の流れがエレオノールを中心に渦巻き、そこから分かれた流れが杖を振るった彼女の横に集まって行くのが見えていた。螺旋を描いて凝縮するそれは、(たちま)ちのうちに人型になってエレオノールと寸分違わぬ姿へと変化する。

「出来るとは思っていなかったけど、出来ちゃったみたい。あちら(エクソヴァース)の私が目を覚ましたのは予想外だったけど」

 杖を振るった方のエレオノールが言うと、先程現れたもう一人のエレオノールが「そうね。でもこれでミスタ・ヒラガの説得は一気に出来るんじゃないかしら」と返す。

「あちらの私もそう思っているみたいね。今ミス・セファウに色々と話してるわ」

「私も貴女と同じ分身なんだから、一々言わなくても分かるわよ」

「それもそうね」「そうよ」

 目の前で起きている事が信じられずカーリシは茫然自失となる。意識構造をコピーされた分身は、ヴィザーによってエントヴァースに適合する様に変えられてジェヴェックスのデーターストリームに乗せられ、ここウォロスへと降り立つ。それ意外で“分身”がウォロスに降り立つ事は無い。

 カーリシの様な能力を持ったエント人がその時の様子を見ると、天空の一角を横切る“霊気の流れ”(データーストリーム)から一筋の光明が地上へと降りてきて、そこに人が出現する様に見える。

 ところが目の前で起きた事はどうか? 霊気の流れから見るに、彼女自身で彼女の分身(コピー)を作ったとしか思えない。それに彼女達の会話の内容だと、まるで自分達の本体が居る“コミュニケーション室”が見えているとしか思えない。その為には彼女達にはハイペリア(エントヴァース)から降りる“霊気”が繋がっていないとおかしいのだが、その繋がりが全く見えない。

 注意深く警戒し後ずさりし、通力による障壁を準備しながらカーリシは低い声で会話を続ける分身達に言葉を掛けた。

「エレオノール。貴女は、いいえ。“貴女達”はいったい何者なの?」

 その響きには、先程までの気安さは微塵も含まれていなかった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告