虚無を継ぐもの(旧)   作:片玉宗叱

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異世界の優しい平民 2

 ルイズが危険な病原体等を保有していないと判明すると、彼女は別な部屋へと移された。

 それまで彼女が入れられていたのはBSL-4(バイオセーフティーレベル4。最も厳しいリスクグループを扱うレベルで、日本ではエボラ出血熱等のエマージング・ウイルスはここに含まれる)対応の滅菌陰圧室だったが、今度の部屋は与圧された通常の無菌病室。

 今のところ、彼女を地球上にある病原体等から守る予防ワクチンを作る目処が立っていないので取り敢えずの処置としてこの部屋があてがわれた。

 そして、この部屋には今までと違い外が臨める広い窓があった。部屋に連れて来られたルイズは、窓から陽の光が差し込んでいるのを見て、やっと外が見られると気色ばむ。

 彼女は窓際に駆け寄り外の光景を見るなり「あっ」と言ったきり息を呑んだ。

 

 眼前に広がる風景は、見た事はおろか、おとぎ話の中ですら聞いた事が無いものだった。

 最初に目に入った柵だと思えたそれは、陽光を反射してきらきらと光る柱が幾つも立っている様にも見えた。

 窓の外を鳩ほどの鳥が飛んでいくのが見えたので目で追うと、鳥は柱の立っている方向へと飛んで行き暫くすると小さな点となって見えなくなった。

 ルイズは気付く。

 あれは一つ一つが塔のような建物で何リーグも離れた場所に建っており、今まで自分が見た事の無い大きさだと。

 そしてそれが何十と言う数で林立しているのだと。

 更に視線を下の方に転じると。草が生い茂る野原が見えた。しかしよく見ると草と思った物の間を小さな点が動いている。目を凝らして見るとそれは人であり、草に見えたのは高さのある木々だと分かった。

 後で知る事になるが、眼下に見えたそこは彼女が収容されている施設に程近い公園だった。

 とてつもない高さを理解し、そこで目が眩んだ彼女は二歩、三歩と後ずさりながら窓から距離をとる。

 小さなルイズは〝ここどこ? わたし、どうしちゃったんだろ?〟と混乱する。

 心臓が早鐘を打つ。

 背中にじっとりと冷たい汗が滲んで来る。

 目眩が襲ってきて視界が狭く暗くなって行く。

 自分を連れてきた白服の女性が悲鳴をあげるの遠くに聞きながらルイズの意識は闇に沈んだ。

 

 

 気が付くとルイズはベッドの上に横たわっていた。

 いつの間にか眠ってしまったのを誰かが運んでくれたのだろうか?

 暗い、と思った。どうやら今は夜のようだ。

 部屋の明かりは消され窓にはブラインドが下ろされている。

 彼女は起きあがり窓の方を見て、そう言えばそこからの景色を見て気が遠くなった事を思い出した。

 その窓のブラインドの隙間から微かに光が漏れてきている。月が出ているのだろうかとルイズは思った。

 彼女はベッドから降りると窓の方へと歩いて行き、恐る恐るブラインドのスラット(はね)の隙間から外を覗こうとして指をかける。

 くしゃっと言う音と共にスラットが歪んで隙間が広がり、しころ戸の様に硬い物だと思っていたルイズは驚いて手を引っ込めた。

 何度かブラインドを指先で恐る恐る突いてみて危険が無いと判ると、そっと両手でスラットの隙間を広げる。

 彼女の視界の中で昼間に見た塔の様な建物達が光っていた。

 それは昼間に見た時の様に陽光を反射しているのでなく自らが光を発している。

 よく見るとそれらには等間隔で縦横に筋が入っていた。一番近くにあると思われるそれをじっと目を凝らして見ると升目の一つ一つの中で何かが動いているのが確認できる。

 その動いている物が人であり、升目の一つ一つが窓であり、光っているのは部屋の明かりである事をルイズが理解するのに時間はかからなかった。

 そして人間と言う比較対象が見えた事で、その建物がトリステインにある王城よりも、ラ・ロシェールで〝桟橋〟に使われている大樹よりも遙かに高い物である事が実感として湧いてきてルイズは呆然となった。

 

 それでも昼間よりは気持ちに余裕がある彼女は見える範囲で窓からの景色を見渡してみる。

 目に入ってきたそれは光の洪水だった。

 ある所では無数の赤と青白い光の粒がきっちりと分かれて、それぞれが逆方向に流れている。そこを縁取るように動かないオレンジ色の光の点がずっと遠くまで続いている。そんな光の流れが幾つもある。

 ある場所では色とりどりの光が明滅していて、まるで宝石箱をひっくり返したようだ。

 そんな中でも所々に光の点が少ない暗い部分もある。

 それでも光の海は目が届く限り遠くまで続いていた。

 初めて見る光景にルイズは一瞬だが自分が星の海に放り出された錯覚に陥る。

 

「きれい……」

 

 そう呟くとルイズは小さく溜息を吐き、そして無意識にブラインドの隙間から空を見上げた。

 そこにはハルケギニアで見る大きな双月ではなく、見慣れない小さな白い月が一つ、地上の光に掻き消されそうに寂しくぽつんと光っていた。

 

「ここ……どこなんだろう……」

 

 二度と家族に会えないかもしれない、そんな予感がして急に寂しさを感じると涙が溢れてきて止まらなくなる。

 俯き(うつむき)ながらベッドに向けてとぼとぼと歩いて行く間にも(こぼ)れた涙が床を点々と濡らす。

 ルイズはベッドに入ると枕に顔を押しつけて忍び泣いた。

 そして、いつしか泣き疲れて眠ってしまった。

 いつの間にか自分の腕に貼られている、ほんの少し血が滲んだ小さな絆創膏に終ぞ(ついぞ)気付かずに。

 

* * *

 

 ルイズが居るのと同じ施設の最上階にあるゲストルーム、そこで平賀家の母子は事実上の軟禁生活を送っている。

 最初は「勉強しなくてラッキー」などと思っていた才人だが、友達に会う事は疎か(おろか)連絡さえダメ、外出もさせてもらえない。

 しかも母親が付きっきりで容赦も手加減も無しに勉強を教えているので学校で授業を受けるよりもキツい。

 そんな若干へこみ気味の才人の元に、これまた忙しくて最近家族に会えなかった父親が姿を見せた。

 

「才人、ちょっと来い」

 

 寝ぼけ顔の才人を見るなり開口一番、同意も得ずに彼を引っ張って行く。

 

「ちょ、とうちゃん。いきなり何すんだよ」

「四の五の言わずきりきり歩け。母さん、ちょっと才人を連れてくから。詳しい事は後で説明する」

「あら、いってらっしゃい。才人、何だか知らないけど頑張るのよ」

 

 そうして有無を言わさずに父親が才人を連れて来たのは、彼等が収容されている施設〝国立生物医科学・生物工学研究所〟の所長室だった。そこで才人は部屋の主に引き合わされた。

 

「俺の自慢の馬鹿息子だ。連れて来たぞ」

 

 才人は自分の息子が馬鹿なのを自慢してどうすんだよ、と心の中で突っ込みを入れるが決して口には出さない。出したら最後、問答無用でゲンコツが落下して来るのだ。

 脳天に対して垂直で落とされるそれは首から背骨を通して尾てい骨にまで衝撃が奔る(はしる)。これが痛い、とてつもなく痛いので取り敢えず黙っていた。

 

「いやあ急な話ですまない。なかなか利発そうな息子さんじゃないか。才人君だね?はじめまして、ここの所長をやっている宝条と言う者だよ。よろしく」

「は、はじめまして。とうち、父さんがお世話になってます」

 

 噛みそうになりながら、ぎこちなくお辞儀をする才人に父親が言う。

 

「取り敢えず詳しい事はこの宝条から聞け。俺は筑波に戻らなきゃならんからな」

「平賀君は相変わらず慌ただしいね。少し茶でも飲んで行ったらどうだね?」

「屋上に研究所のVTOLを待たせてるんで、ゆっくりもしてられないんだわ。お前もしばらく家に帰ってないんだろ? たまには休まないと倒れるぞ」

 

 椅子を勧めながら言う所長に、才人の父親は申し訳なさそうな顔をしながら応える。すると所長が肩をすくめて人の悪い笑みを浮かべながら切り返す。

 

「あのタフなテューリアン達と一緒に〝筑波の不夜城〟に籠城している君に言われたくないね。まぁそのうち落ち着いたら一杯やりに行こうじゃないか」

 

 筑波にある高次物理学研究所は、それを知る研究者や地元の人々から〝不夜城〟と呼ばれている。理由は研究所の明かりが三百六十五日、消える事が無いからだ。

 所長の言葉に才人の父親は、にかっと歯を見せて笑いながら相づちを打つ。

 

「その時は勿論お前の奢りだよな? 俺んとこは小遣い制で懐が意外と寂しくてね。おっともう時間が無い。それじゃ宝条、こいつとあの子の事は頼んだぞ」

「ああ、分かってるさ。君も無理はするなよ」

 

 所長が言うと才人の父親は手をひらひらさせながら「それじゃな」と部屋を出て早足で去って行った。

 残こされた才人は所長に促されて応接の椅子に座らせられ、なんとなく居心地の悪さを感じながらも父親と同年齢位であろう所長の方を見る。

 そう時間を置かずに清楚な美人という感じの秘書が所長と才人の前にお茶を置くと、所長はそれを一口すすり口を開いた。

 

「才人君、君にお願いがあってね」

 

 所長が話を始めると才人は緊張した。手は膝の上でぎゅっと握られて口元は真一文字に引き締められている。顎の筋肉が緊張しているので奥歯を噛みしめているのが丸分かりだ。

 そんな才人の様子をみて所長は愛想を崩しながら言う。

 

「ああ、そんなに緊張しなくて良いよ。難しい事じゃないから。簡単に言ってしまうと君の家に現れたあの女の子、たしかルイズちゃんだったね、彼女と一緒に生活して欲しいんだ」

「へ?」

 

 才人は思わず間抜けな声を上げてしまった。

 

「君のお父さん達はテューリアンと共同で彼女を元の世界へ帰す為の手段を研究し始めたんだが、今は全くの手探り状態なんだ。帰還する手段が見つかるまで彼女はこの地球で暮らさなければならない。これは分かるね?」

 

 所長はそこで言葉を切り才人を見る。才人は理解した事を示すように深く肯く。それをみて所長は満足そうな笑みを浮かべて言葉を続ける。

 

「今、彼女はバイ菌が居ない病室に入っている。これはね、僕たちにとって何でもない物が彼女にとっては死んでしまう様な病気を引き起こす事も考えられるからだ。それに僕たちには平気な食べ物でも、彼女が食べたら危険なアレルギー症状を起こしてしまうかもしれない。このままだと彼女は美味しい物も食べられずに外にも出られず、帰る事が出来るまでこの施設の病室で過ごさなきゃならない。知り合いも誰も居ない所で閉じこめられたままなんて可哀想(かわいそう)だろう?」

 

 見知らぬ場所で、もし自分がそうなったら? そう考えた才人は怖くなった。

 耐えられるだろうか? 自分も今は閉じこめられているとは言え母親も一緒だし、周りの人に言葉だって通じる。

 あの子は心細いなんてもんじゃないだろうと才人は思い再び無言で肯いた。

 

「彼女が僕たちの世界で普通に生活するには、彼女にとって何が危険で何が危険では無いかを調べなきゃならない。けど何も知らないで色々と検査されたら怖いと思うよね?」

 

 才人は考える。

 うん、怖い。知っていても怖い。知らなかったらもっと怖いだろうな。それも自分より小さな女の子にとっては死ぬほど怖い事になるのかもしれない。

 そんな才人の考えを読んだのか所長は言葉を続ける。

 

「そこで才人君、お願いというのは君に〝あの子のお手本〟になって欲しいんだよ」

 

 宝条の言う〝お手本〟の語感にイヤな予感がした才人は心に浮かんだ事を尋ねてみた。

 

「それって僕も同じ検査を受けるってことですか?」

「いやぁ君はなかなか賢いね。そうだよ。それも彼女に安全だと見せる為にね」

「なんで僕なんですか?」

「そりゃ大人よりは子供同士の方が安心するだろ?」

「注射とかもあるんですよね?」

「ああ、採血したりとか〝頻繁に〟あるね」

 

 それを聞いて注射が嫌いな才人は怖じ気づいた。どうしようかなと考えていたその時、呼び出し音と共に壁のスクリーンに先程の秘書の姿が映る。

 

「所長。平賀教授から連絡が入っています。いかがいたしましょう」

「出たばかりで二〇分も経たずに連絡とは余程心配なのかね。構わないから繋いでくれ」

 

 所長が苦笑しながら秘書に告げるとスクリーンには秘書に替わり才人の父親の姿が映った。

 

「ちょうど良かった。君の息子さんに話し終わったところだよ」

「いや済まないな。本当は俺から話せば良かったんだが、今日はお偉方が来るから外せなくてなぁ。才人、そう言う事だから頼んだぞ」

「いや、とうちゃん。俺はまだ」

 

 才人が言い切らないうちにスクリーン越しに父親の怒鳴り声が響く。

 

「ばかやろう! 心細い思いをしている小さな女の子を助けないなんて、お前それでも男か? 言い忘れてたがルイズちゃんは家で面倒を見る方向で上と交渉してるからな。彼女はこっちにいる間は俺たちの家族だ。お前も男なら見栄張ってお兄ちゃんらしい事やってみろ! って言うかやれ!」

 

 父親の強権発動、と言うよりも最初から才人に選択の自由は無かったのである。

 

 

* * *

 

 

 その日は朝から慌ただしくてルイズは落ち着かなかった。

 味気ない食事にも窓からの景色にも慣れた。簡単な挨拶と思われる単語も覚えた。最初のうちは誰も魔法を使わない事に違和感を覚えたが、今では特に不思議とも思わなくなっていた。

 暫くするとルイズはこの部屋に来た時と同じく、透明な風船の様な物に包まれた状態で別な部屋へと連れて来られた。

 今度の部屋は前よりも二倍以上は広くベッドが二つ置いてある。それぞれのベッドの横には小さな机と椅子が備え付けられカーテンで間仕切り出来る様になっている。

 窓からは今までの塔の様な建物ではなく海が見えた。幾つもの白い筋が海面をゆっくりと走っている様に見える。白い筋の先に四角い何かが小さく見えるが、きっと水に浮かぶ船なんだろうなとルイズは思う。

 塔の様な建物の件もありルイズはそれらが自分の想像を超える大きさなのかもしれないと考えていた。

 そうしてボンヤリと窓の外を見ていると俄に(にわかに)周りが騒がしくなった。

 振り返り部屋の入り口にある二重の扉(所謂エアシャワー室である)を見やると、そこには自分よりも少し年上の男の子が気恥ずかしそうにして立っていた。

 よく見ると見覚えがある。自分がこちらに初めて来た時にその場に居た男の子だ。

 彼の父親だと思われる人と一緒に甘くて美味しい飲み物を持って来てくれたよね、と思っていると不意に彼が声をかけて来た。

 

「よう、ルイズ。久しぶり。元気にしてたか?」

 

 男の子が発する言葉で聞き取れたのは彼女の名前の部分だけだった。僅かな時間しか顔を合わせていなかったのに彼は自分の名前を憶えていてくれた、その事が何故か嬉しかった。

 彼女は自分の記憶の中から彼の名前を思い出そうとしたが〝サなんとか〟しか思い出せなかった。

 才人がルイズの名前を憶えていたのに対し、ルイズはすっかり忘れていたのである。

 

「なんだよ、憶えてなかったのかよ。でも色々と怖い思いしたんだから仕方ねーか」

 

 少し引きつり気味の愛想笑いをする彼女の様子から、何となく事態を推測した才人はそう言うと自分を指しながらルイズに自分の名前を教え始めた。

 

「サイト。サ、イ、ト」

「サイロ?」

「サ、イ、ト」

「ファイト?」

「お前わざとやってね? サイトだよ、サ! イ! ト!」

「サイト?」

 

 ルイズがちゃんと言えるとサイトは肯いて人懐こい笑顔を見せる。その笑顔を見て釣られて笑顔になったルイズは何故か不安が消えて行くのを感じたのだった。

 

 

 

 才人は、この部屋に入れる様になるまで大変な思いをした。

 滅菌室に入るのだから当たり前であるが才人自身が徹底的に滅菌されたのである。

 それは一週間以上に渡り行われた。途中その辛さに何度か泣きそうになったのだが、父親に言われた「彼女はこっちにいる間は俺たちの家族だ」と言う言葉と、ひとりぼっちで放り出された彼女の気持ちを思うと不思議と頑張れたのだ。

 そうして色々と口に出せない苦難(?)を乗り越えた才人は、晴れてルイズの居る無菌病室へ入る事が出来たのである。

 そんな彼が再び自分の名前を教えた時にルイズから返された笑顔を見てある想いが心の奥に生まれた。

 

――何があっても絶対にお前を守ってやるからな。

 

* * *

 

 才人とルイズの同居生活が始まって暫くした頃、ルイズに関して二つの成果が上がった。

 彼女が気絶した時に採取された少量の血液からiPS細胞を作り出して培養する事で、それを各種白血球、及びリンパ球等の免疫系細胞に分化させてワクチンや血清のテストに使える目処が立ったのである。これで実際の投与時のリスクを減らす事が出来る。

 もう一つは宝条所長が言っていた脳内活動領域の常時モニターを行う装置が完成した事だ。

 それはテューリアンから知覚伝送装置(パーセプトロン)とニューロ・カップリングの技術の一部を提供して貰い機能を極力絞り込んで小型化し、センサー部の形状を頭を取り巻くカチューシャ様にC字型にした物だ。

 若干厚みと幅はあるものの極力軽く出来ていて子供が常時装着しても負担にならないようにしてある。

 それは比較をする為に才人のデーターも取得するので二人分が作られた。

 しかしまだルイズに害を為すアレルギー物質の分析という問題は残っている。

 これはiPS細胞から分化させた免疫細胞では彼女が持っている免疫情報を受け継いでいない為にテストが出来ない為、どうしても皮膚検査や血液検査が必須となる。

 慎重にスケジュールと手順が検討され、そしていよいよ予定されていた最初の検査を始める日を迎えた。

 

 

 どんなに科学技術が進んでも〝医学的な検査〟には不安が付きまとう様である。子供ならばなおの事それは大きい。その日の検査は才人にとっても初めて受けるものだ。

 

 一世紀ほど前に〝トライマグニスコープ〟と呼ばれていたそれはTNMRI(三叉核磁気共鳴画像診断)装置へと進化し、より正確に体内の状態をスキャンする事が出来るようになっている。

 過去にはエンジニアが付きっきりで座標決定、解析の操作をしていたが、今では専用AIにより完全に自動化されていて、取得された膨大なデータを処理する事で個々の細胞まで立体化された画像として表示する事が出来る。また時間軸毎の変化を追う事での映像化も可能だ。

 以前は三軸同時測定を行うため被検者を密閉された狭い空間に閉じこめる構造だったが技術的な問題の解決によって最新の物は被検者を閉じこめず閉塞感や孤独感を感じさせないオープン型が主流になりつつある。

 

 そんな優れものの装置の寝台に才人は座らせられる。初めての体験なので胸がドキドキしているが、操作コンソールの横にはルイズが不安そうな顔をしながら立っている。

 普通なら次の被検者は別屋で待機なのだが、彼女に危険は無いと教える為に連れてきているのだ。もちろん検査室は滅菌処置がされており才人とルイズ以外は防塵服にフルフェイスの防塵マスクを着用している。

 才人は寝台の上で横になる前にルイズの方を見て笑いながら手を振ってみせる。やせ我慢であるがルイズに怖い思いをさせないという彼なりの決意があった。

 横になると足首と胴体部そして頭部がバンドで自動的に固定され、TNMRIが低い唸り音を発てて動作し始める。

 才人が検査を受ける様子をルイズは黙って見ていた。

 寝台に縛り付けられているみたいだけど何をされているのだろうか? そんな疑問が頭をよぎる。

 でも才人は笑顔で手を振っていたから危ない事じゃないのかも知れない。そんな事を考えていたら部屋中に低い唸り音が響いて緊張でルイズは体を強張(こわば)らせる。

 音が響いたのはほんの十秒程度だったが、彼女は才人の事が心配になり彼に近づこうとしたその時、風が吹き出す様な音と共に才人を寝台に縛り付けていたバンドが外れる。

 驚いたルイズはその場に立ち止まった。ちょっと怖くて涙目になってしまったがそれでも才人の事が気になって寝台を見ると、彼は既に起きあがっていて彼女に向けていつもの笑顔を見せたのだった。

 その姿を見てほっとしたのもつかの間、次はルイズの番だと言う様に、才人は寝台の上に彼女を座らせたのである。

 

 

 泣きそうになりながらもルイズはTNMRIでの検査を終えた。すると二人とも件のカチューシャ状センサーを装着させられ検査を行う間それを外される事が無かった。

 これらの行為にどんな意味があるのかルイズは分からなかったが、才人の後に続いて同じ事をしないと何かが終わってしまう、そんな気がしておっかなびっくりしながら検査を受けていた。

 検査は順調に進み、ついに最大の難関にして皆が懸念している〝採血〟の順番が来た。

 才人は注射が苦手である。無痛注射針で痛く無いと分かっていても苦手だった。

 しかも今まで経験したのは腕やお尻に打たれる皮下注射のみであり、採血用の太い針を静脈に刺されるのは初体験だったりする。

 ちなみに極限まで細くしてある無痛注射針では血球によって穴が詰まってしまうのでこの時代でも採血には太目の注射針が使われる。

 防塵服に身を包んだ医師と看護師に促されて才人は腕を出す。ベルトが腕に巻かれ浮き出た静脈を医師が探る。

 その様子をルイズはじっと見ていた。

 医師が看護師から採血ホルダーを受け取り針に被されていたカバーを外すと、ルイズは思わず身を竦める。

 その様子を見ていた才人は「ルイズ」と声をかけ、いつもの様にニカっと歯を見せて笑い「平気だよ」と言うと医師を見て無言で肯く。

 もちろんルイズの前でのやせ我慢だ。医師は感心した風に「男の子だねぇ」と言って微笑むと才人の静脈に針を刺した。

 そして採血ホルダーに採血管を差し込む。減圧されている採血管の中に勢い良く赤黒い静脈血が吸引され満たされて行く。

 それを見ていたルイズは「ひっ!」と声をあげて恐怖に顔を引きつらせた。

 才人が腕に針を刺されて血を抜かれている。自分もあれをされるのだろうか、と思うと怖くて泣きたくなった。

 

「ルイズ」

 

 才人が彼女の名前を呼ぶ。

 見ると才人は平気な顔をしていつもの調子でルイズに笑みを向けている。

 ルイズは彼の笑顔を見ると何故か安心する自分に気が付いた。これって何だろうとルイズが思い巡らせていると「よし、終わり。よく我慢したな」と才人をからかう様に医師が言い、才人は照れくさそうに頬を掻いている。

 そんな才人の姿を見ていると何とも言い表せない不思議な感情が湧いて来るルイズだったが、次は自分の番だと思い至るとやっぱり涙目になる。

 それでも、この一連の儀式めいた事を終えなければならないと感じていたルイズは、ありったけの勇気を振り絞って医師の前に座ると、才人がした様に腕をまくって差し出した。

 怖くて怖くて、泣き出したいけど才人は笑っていたし、きっと大丈夫だと思い、それでも怖くて目をぎゅっと瞑って横を向いていた。

 腕にベルトが巻かれ消毒用アルコール綿が腕をなぞる。そのひんやりとした感触に驚き目を開けると、ルイズのすぐ横に自身の腕を押さえた才人が立っていた。

 才人を涙目で見上げるルイズ。その彼女に才人は「大丈夫だって。ほんのちょっと、ちくっとするだけだから」と笑顔で声をかける。

 言葉の意味は分からないが、何となく安心したルイズはもう一度目を閉じた。

 ぷにぷにと腕を探る指の感触の後、指先に棘が刺さった時の様な痛みを差し出した腕に感じて声を上げそうになるが歯を食いしばって我慢する。

 痛かったのは針が刺さった一瞬だけだったが、それでもルイズには酷く長い時間に思えた。

 

「よーし、ルイズちゃんもよく頑張った」

 

 医師の声にルイズが目を開けると採血は終了していて、看護師が絆創膏を貼っているところだった。

 看護師はルイズの手を取ると絆創膏の上に置いて「才人君と同じようにしてね」とルイズに言うと才人の方を見た。

 ルイズが絆創膏を自分の指で押さえ立ち上がると、才人はルイズに「頑張ったな。偉いぞ」と言いながら空いている手で彼女の頭を撫でた。

 その時、ルイズは自分の心の中で何かが溢れ出る様な感じがする事に気付く。

 それがどんどん膨らんで行くと突然ふわりとした感覚がルイズを包んだ。

 その瞬間、何かが大量に彼女の頭の中に流れ込んで来た。

 しかし〝それ〟に不快感は無い。

 一瞬とも永遠とも思える時間でその奔流が収まると、まるでお風呂でのぼせた様に、ぼうっとしてしまった。

 そんな彼女の様子に心配した才人は慌てて話しかける。

 

「おい! ルイズ! 大丈夫か? どうした?」

 

 その言葉を聞いたルイズの双眸が大きく見開かれた。そしてその口からたどたどしく言葉が紡がれる。

 

「だい、じょうぶ。ことば、わ、かる?」

 

 才人と、そこに居合わせた医師、看護師は驚愕した。

 ルイズが紡いだ言葉、それは紛れも無い〝日本語〟だった。

 


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