虚無を継ぐもの(旧)   作:片玉宗叱

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異世界の優しい平民 4

 夜も更けて日付も変わろうかと言う時間になってもトリステイン魔法学院、その女子寮に在るルイズの部屋の灯りはまだ消えていない。

 懐かしさも手伝って才人とルイズが思い出話しに華を咲かせていたからだ。

 しかし毎日規則正しい健康的な生活を送ってきたルイズはそろそろ限界が近付いているようで目蓋の下がり具合が怪しくなって来ている。

 それに気付いた才人はルイズを促した。

 

「おい、ルイズ。お前そろそろオネムの時間じゃないのか?」

「んー眠いかも。うん、寝る。着替えなきゃ」

 

 ルイズは擬音で表せば〝ふにゃふにゃ〟と言う様子で目を擦りながら箪笥の引き出しを開けて寝間着を取り出し、マントを脱いでクローゼットに仕舞うと才人に向き直る。

 ルイズが取り出した寝間着はパジャマにそっくりな物で、彼女は部屋着としても使えるそれを気に入っていた。

 帰還の際に持って来た物が自身の成長でサイズが合わなくなると、それを元に型紙を起こして貰い、成長に合わせて型紙を修正してはオーダーメイドで作らせているのだ。

 ルイズとしては地球製の綿織物の肌触りが好きだったのだがハルケギニアには同等の物が存在しないので仕方なくシルクを使っていた。

 

「お兄、悪いんだけどちょっと部屋から出てって貰える?」

「何だよ、別に良いじゃんか。昔は〝ボタンがー〟とか言って半ベソかきながら俺に着替え手伝わせてたくせに」

 

 才人がニヤニヤしながらからかうとルイズは耳まで真っ赤にして怒鳴りつけた。

 

「な、ななな、何をバッ、バカなこと言ってんのよ! おお、お、お兄が良くても、あた、あた、あああたしがダメなのっ! 文句言わないでさっさと出る!」

「お~怖い怖い。んじゃ俺は廊下で、このごつい装備を外すとしますか」

 

 才人が肩を竦めて笑い、プロテクターの左手部分を外しながら廊下へと出て行こうとするとルイズが追い討ちをかける。

 

「あたしが良いって言うまで絶体に入って来ないでね! 覗いたら食料全部没収で朝ごはん抜きだかんね!」

 

 ムキになるルイズに対して才人は半ば呆れた様に笑いながら「はいはい」と返事をする。そしてルイズに背中を向けて左手を挙げ「それじゃ着替えたら呼んでくれ」と言い残すと廊下へと出て行った。

 その挙げた左手の甲にはハルケギニアで言うところの〝使い魔のルーン〟が刻まれていた。

 ルイズは才人が出て行ったドアが閉じるのを確認すると顔を伏せて「お兄、ごめんね……」と消え入る様に小さな声で呟くのだった。

 

* * *

 

 時間は学院の寮にあるルイズの個室に才人が荷物を運び終えたところまで遡る(さかのぼる)

 

「あー終わった。ちょっと疲れちゃったわね。って事でお兄、おやつにチョコレートちょうだいな」

「運んだの俺だし。お前は俺の前をウロウロしていただけじゃん。それにさっき食ったばかりだろ。チョコは食い過ぎると鼻血出るんだぞ」

「だって、その荷物ってお兄の食料だし自分で運ぶのは当たり前じゃない? ちゃんと部屋には案内してあげたじゃない。だからご褒美にチョコレィトっ、チョッコレェーイッートッ!」

「お前はお子様か……。それに牛丼は既にお前の所有物になってるんだけどな」

 

 手拍子をしながらチョコを要求するルイズに才人がツッコミを入れる。

 全くこんだけ高さあるのにエレベータの一つも無いってどんなだよ、と文句を垂れながらも、階段を昇る時に純白のパンツに包まれたルイズの可愛らしいお尻を見放題だった才人の機嫌は悪く無い。否、寧ろ上機嫌である。

 その光景は彼の脳内にしっかりと焼き付けられているのだ。そして、それをルイズに気取られなかったのは流石は〝むっつりスケベ(変態紳士)〟と言うべきか。

 実際は、下手な事を言ったり態度に出したりすると、いきなり鉄拳制裁を受けるかも知れない、と言う恐怖によって平静を(よそお)る事が出来たのかも知れない。

 

「俺も少し疲れたから何か飲みながらでも食うか。こっちだと、どんな飲み物があるんだ?」

 

 そんな遣り取りをしているとルイズの部屋に妙齢の女性が訪ねて来る。若葉色の髪をアップに(まと)め眼鏡を掛けたその女性は学院長秘書のロングビルと名乗った。

 彼女は歩兵装備を着けた才人を怪訝(けげん)な表情で一瞥(いちべつ)すると、ルイズに学院長からの用件を伝える。

 それはルイズの要求に応じて学院長直々(じきじき)に面会を行うと言うものだった。

 

「では今から半時程後までにいらして下さい」

 

 ミス・ロングビルはそう言って一礼すると学院長室へと戻って行った。

 その後ろ姿を見送った才人が信じられない物を見たと言う様な呆けた顔でルイズに問う。

 

「なあルイズ、ちょっと聞いて良いか?」

「あによ」

 

 美人を見て才人が鼻の下を伸ばしてると思ったルイズは、何故か自分が不機嫌になっている事に気付いて、慌ててそれを誤魔化す様に短く応えた。

 そんな彼女の態度に気付かずに才人は質問を口にする。

 

「あの人の髪の毛って染めてんだよな」

「違うわ。地毛よ」

「マジか?」

「マジよ。他にも真っ青とか真っ赤とか紫とか居るし」

「マジでか?」

「マジでよ」

 

 ルイズの言葉に才人は驚きで目を丸くして言った。

 

「青とか紫って、大阪のおばちゃんかよ。まあ、お前の髪色の事だけでも議論百出だったって聞いてたけど。こりゃ生物学者連中が知ったら発狂するな」

「宝条先生は大喜びするかもね」

 

 溜息を吐きながら言う才人を見て、彼が注目したのがミス・ロングビルの髪の毛だった事に何故か安心したルイズは楽しそうに応えると彼を促す。

 

「それじゃさっさと学院長との面会を済ませちゃいましょか」

「俺、このままの格好で良いのかね?」

 

 ルイズの促しに才人は自分が装着している歩兵装備を指して言う。

 

 「たぶん大丈夫。貴族達はお兄の事を平民風情としか見ないから、余程汚い格好をしてない限り着てる物に一々文句を付けたりしないと思うわ」

 

 不機嫌そうに眉根を寄せてルイズは言葉を返し、才人を連れて学院長室へと向かおうとした。

 すると才人は「んじゃもう少しマシな配色にすっか」と言うと左腕の部分にあるカバーを開けて何やら操作をする。と、歩兵装備が緑をベースとした分割迷彩から真っ白の冬季迷彩に一瞬で変化する。

 

「どうだ? これに剣でも差せば、お姫様を守る騎士っぽく見えたりしてな」

 

 笑いながら言う才人に対して一瞬、ルイズは驚きの表情をする。

 

 「と、とととんちんかんな事いってんじゃないわよ。そ、それにトリステインじゃメイジでないと騎士になんか、なれないんだから」

 

 彼女はそう返すと、ぷぃと顔を(そむ)ける。そんな彼女が何故か耳まで真っ赤になっていた事に朴念仁(ぼくねんじん)の才人が気付く事は無かった。

 

 その頃、学院長室では学院長のオールド・オスマンと、ルイズを引率していた教師のミスタ・コルベールが話しをしていた。

 

「全く、小娘の我儘(わがまま)なんぞ捨て置けば良いのに要らん手間を取らせおって。とは言え公爵家の不興を買って寄付金が打ち切られるのも痛いしのう」

 

 白髪に長い白髭と如何にも老賢者と言う風貌のオスマン翁は、その雰囲気に似合わぬ面倒臭そうな言い様で口を開くと鼻毛を一本(むし)り取った。

 それを見ながらコルベールは内心、毎日ヒマそうにしているくせに、と内心毒づくが(おもて)には出さず詫びを言う。

 

「申し訳ありません。私がもう少し強く言えば」

 

 最敬礼で言葉を続けようとするコルベールをオスマン翁は片手で制する。

 

「お主の性格では結局は強く言えんかったじゃろ? それに人間が召喚されるなどと言う前代未聞の事でもあるしのう。しかも公爵家に恩を売った平民とはな。わしゃ噂すらも聞いた事が無いが。ああ、本当にその青年はメイジでは無かったのかね?」

「はい。彼は奇妙な馬車程の大箱と共に召喚されまして。その時にですが危険が無いかを〝ディテクト・マジック〟で調べたのですが、その。何の魔力も異常も感じられませんでした。彼は確実に平民でしょう」

 

 コルベールがそこまで言った時、秘書のミス・ロングビルがルイズ達の来訪を告げた。

「来たか。ああ、待っておったぞ。ミス・ロングビル、通しなさい」

 

 ロングビルはオスマン翁の言葉に「はい」と短く応えると学院長室の扉を開けた。

 

 扉の向こうから「失礼します」と言う声と共にルイズが学院長室へ入って来る。その後を追って部屋に入ろうとした才人はロングビルに止められてしまった。

 

「お呼びしたのはミス・ヴァリエールだけです。呼ばれていない、ましてや平民など入れる事は出来ません」

「ええっ? あの、俺も当事者なんですけど?」

 

 そんなロングビルと才人の遣り取りを見てオスマン翁は命じる。

 

「構わんから通しなさい。彼には聞きたい事もあるしのう。それとミス・ロングビル、済まんが暫く席を外して貰えんかのう?」

 

 ロングビルは少しだけ不満そうな表情を浮かべるが了承して学院長室を後にした。

 それを見届けたオスマン翁は、コルベールに〝ディテクト・マジック〟で魔法による盗聴、盗視がされていないかを確認させる。

 呪文(ルーン)を唱えるコルベールが振るう杖から光の粒子が舞う様を見ていた才人は「すげえな」とだけ言って絶句した。

 

「さて、ミス・ヴァリエール。確か〝コントラクト・サーヴァント〟の件じゃったかの。免除しても良いんじゃが、その場合、お主は相当に不名誉な扱いを受ける事になるぞ。それでも良いのかのう」

 

 オスマン翁は穏やかな表情とは裏腹に、その目に鋭い光を宿らせルイズを見つめると、おもむろに机の引き出しより水煙管(みずぎせる)を取り出して吹かし始めた。

 紫煙が漂う中、しばらくの間を置いてルイズが口を開く。

 

「かまいません。相手の身分の貴賤(きせん)を問わず恩義に報いる事が出来ずして貴族たり得ないと思っていますし、私の両親も支持してくれるものと確信しています。ヴァリエール家は、こちらミスタ・ヒラガの縁者の方々から、返しても返しきれない程の恩を賜っておりますので」

 

 ルイズはそう言って真っ直ぐにオスマン翁を見返す。暫しの沈黙がありコルベールが口を挟んだ。

 

「しかしだねミス・ヴァリエール。〝コントラクト・サーヴァント〟を行って属性を固定しないと君はこの先の殆どの授業を受けられない事になる。そうなると卒業は疎か進級さえ危ぶまれるんだよ」

「ではミスタ・コルベールにお尋ねしますが〝人間〟を召喚した私の属性は何なのでしょう。風ですか? 火ですか? 水ですか? 土ですか? どうか無知な私にお教え願えませんでしょうか」

「そ、それは……」

 

 ルイズの問いにコルベールは口を(つぐ)むしか無かった。

 

「ふぉっふぉっふぉ。こりゃ参ったのう。確かに人間が召喚されるなんぞ前例の無い事じゃからな。とは言えミス・ヴァリエール、これは学院創立以来続く決まり事なんじゃよ。ここで例外を作ってしまうとのう、後々に面倒事が起きるんじゃ」

 

 ルイズとオスマン翁の視線が火花を散らさんばかりに交差し、二人の間にぴりぴりとした険悪な空気が流れる。

 その時、場の空気を読まない緊張感の無い声が響いた。

 

「あの、質問良いですか?」

 

 見るとルイズの後ろで空気を読んで黙って立っていた才人が右手を挙げている。

 少しふてくされて見えるのは、自分が原因で何やらルイズが不味い立場に追いやられるのも面白く無いからだろうか。

 そんな才人を三人は注視する。彼を見たまま、誰も言葉を発しないのを、自身に発言を促す意と受け止めた才人は質問を始めた。

 

「簡単に言うと俺を使い魔にする、しないで揉めている訳ですよね?」

 

 才人の言葉を聞いてオスマン翁は、ふむ、と何やら愉快そうに才人を見ている。ルイズは何言ってんの? と言いたげな面持ちだ。

 

「それと新しい使い魔を召喚する為には契約の有無に関係無しで、前に召喚したものが死亡していなければならない。これで合ってます?」

「うむ、概ねその通りじゃな」

 

 オスマン翁は肯定の言葉で応えると、才人は顎に手を当てて暫く考えると慎重に言葉を選んで更に質問をする。

 

「ええと、常識的な事を聞くようで恐縮なんですが、死ぬって事は心肺停止、いえ心臓が止まってしまう事で良いですか?」

 

 コルベールが「何を当たり前の事を言ってるんだね?」と才人を胡散臭(うさんくさ)げに見ながら答える。それを聞いて才人は納得した顔で頷くと、ルイズにとっては信じられない事を言いだした。

 

「そうですか。それなら安心して俺はルイズの使い魔になれますね」

「ちょっと、お兄! 何言ってんのよ!」

 

 慌てて怒鳴るルイズを、「ちょっとすみません」とオスマンに断りを入れ、才人は部屋の隅まで連れて行き小声で話し始める。

 

「なぁルイズ。俺達の所じゃ普通に心臓止めて手術をやってるの、お前は知ってるよな? 心臓移植手術なんて一時的に心臓が無い状態だし」

 

 才人がそこまで言うとルイズは「あっ!」と小さくて声を上げた。才人は更に続ける。

 

「別に胸を切って開けなくても心臓を止めたり動かしたりは自由自在だしさ。人口心肺を付けてりゃ一時的に心肺停止させても確実に蘇生できるし。宝条先生なんか大喜びでやってくれると思うぞ?」

「でも、お兄。それで〝契約〟が解除されるって保証は」

「可能性は〝ゼロ〟じゃ無いんだろ? ま、ダメならダメで別な手を探してもらうわ。それに、お前の話を聞いた限りじゃ使い魔になっても、特に何かあるって訳じゃなさそうだし」

 

 ルイズは戸惑いながら反論しようとしたが、才人は彼女の言葉を暢気な言い方で遮った。〝それに小さい頃、お前を守ってやると誓っちまったしなぁ〟と才人は心の中で呟いた。

 

「内緒話は終わったかのう?」

 

 オスマン翁のどこか面白そうな感情が含まれた声がかかる。

 

「ええ、まあ」

 

 才人はオスマン翁達へと向き直り言葉を続けた。

 

「だけどルイズ、むやみに感覚の共有とかいうのは使うなよ? 風呂入ってる時とかに使われたら俺の方が恥ずかしいし」

「な、なにい、いってんのよ、ばか! お兄のスケベ!」

 

 ルイズは口を尖らせ「このっ、この!」と言いながら才人の(すね)を狙って蹴りを放つが、才人はそれを器用に避けつつルイズに告げた。

 

「俺が帰れる様になるまで最低でも五、六年はかかるだろうしさ。正直なとこ、それまでお前に世話になりっぱなしってのも癪だから〝使い魔〟やってやるよ」

 

 そう言いながら彼は伸ばした手でルイズの頭を押し留め、攻撃が届かない様にするとオスマン翁に「そういう訳です」と笑顔を向ける。

 

「話しは纏まった様じゃのう。ではミス・ヴァリエール、契約の儀式はここで行うかね? 儂等が証人なれるしのう」

「ええっ? こ、ここここ、ここでですか?」

 

 それまでの態度が一変してルイズは顔を真っ赤にしながら俯き、言葉もしどろもどろになった。

 

「お前は(にわとり)か。てルイズ、その契約って何をどうすんだ?」

 

 そんな才人の問い掛けも聞こえないのかルイズは「そうよね。契約だもの無しと同じよね。でっ、でもお兄と契約だなんて考えてもいなかったし」と赤い顔で何やらブツブツと呟いている。

 そんなテンパッているルイズを余所にオスマン翁は笑顔で才人に尋ねた。

 

「ところでお主、先程気になる事を口にしたのう。〝五、六年で帰れる〟と言ったが、お主は相当に遠くから喚ばれたようじゃな。それと見るにミス・ヴァリエールとかなり親しい間柄の様じゃが、良かったらその辺の経緯(いきさつ)を教えてくれんかの?」

 

 オスマン翁は才人に笑顔で問いかけたが、その目は笑っていなかった。

 その視線を受けて才人は内心で、しまったと舌打ちする。

 

「あー、まあその、何と言うか」

 

 どう誤魔化そうかと才人が言葉を濁していると、いつの間にか現実に戻って来たルイズが毅然と言い放つ。

 

「その件につきましてはヴァリエール家の私事ですから、お答えする必要は無いと存じます。どうしてもと仰るのでしたら当家の当主に直接お尋ね下さい」

「ほっほっほっ。こりゃ手厳しいのう。まあ良いわ。コントラクト・サーヴァントが出来れば晴れてお主は進級じゃ。その青年も承諾した事だし、さっさとここで済ませてしまいなさい」

 

 好々爺然とした雰囲気になったオスマン翁がそう促すと、ルイズは再び真っ赤になった。そんなルイズを見て才人が不思議そうに「お前なに赤くなってんだ?」と問うとルイズは赤い顔を更に紅潮させて才人を怒鳴りつけた。

 

「う、うっさいわね! お兄、いいからそこに座って目を瞑っててくれる?」

 

 ルイズの剣幕に押されて才人は目を閉じる。するとルイズがその愛らしいソプラノの声で何やら呪文のような言葉を紡ぎ始めた。

 

「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」

 

 その詠唱が終わると才人は両頬に小さく柔らかい手が添えられるのを感じた。と同時に「これは儀式だから数には数えない。数には数えない」と言うルイズの呟きも聞こえて来る。なんぞ? と才人が考えていると唐突にそれはやって来た。

 

 温かい吐息の後、唇に柔らかい物が押しつけられる感覚。

 それなりの経験がある才人はそれが何であるか理解した、と同時に驚きで目を開ける。

 そこには目を閉じて紅潮させたルイズの顔があった。

 え? なにこれ? なんでルイズが俺にキスしてんの? いや嬉しいんだけどなんか申し訳ないような。ってなんぞこれ。

 才人が混乱して目を白黒させていると、ルイズは唇を離してオスマンとコルベールへと向き直り、俯きながら「終わりました」と告げる。

 

「ちょっとルイズいきなり何を……あがっ! 痛っ!」

 

 文句を言おうとした才人は、まるで焼けた火箸でも突き立てられたかの様な痛みが左手の甲に(はし)るのを感じ、思わず右手で左手首を掴み(うずくま)った。その様子を見てルイズは慌てて才人の側に座り込み彼の顔をのぞき込んだ。

 

「お兄! 大丈夫?」

「サモン・サーヴァントは何回も失敗したがコントラクト・サーヴァントは一回で成功させたね。ふむ、使い魔のルーンが刻まれている様だね。痛みはすぐ(おさ)まるから、その篭手を外してもらえんかね。ルーンの確認をしなくては」

 

 心配そうに才人に寄り添うルイズ。それとは反対にコルベールは何の感情も表さずに才人に命じる。

 

「すぐ治まるって……ったく痛いなら最初に言ってくれよ」

 

 額に脂汗を浮かべて悪態を吐きながらも才人は左手のプロテクターを外して、コルベールに見える様に「ほれ」と、その手を差し出した。

 

「ほう、これはまた珍しいルーンだな」

 

 そう言うとコルベールは懐からメモ用の羊皮紙を取り出し、才人の左手の甲に浮かんだルーンのスケッチを始めた。

 

「ミス・ヴァリエール、これでお主も晴れて進級じゃな。儂はこれから予定があるのでな、お主等は自室に戻るが良いじゃろ」

 

 そうオスマン翁が締めくくり面会は終了となった。

 

 部屋に戻る途中、ルイズはずっと沈んだ面持ちだった。

 

「どうした、ルイズ? 進級出来たんだし良かったじゃねーか」

 

 才人の問いかけにも応えず、ルイズは俯き加減で肩を落として歩いている。よく見ると悔しそうに唇を噛み、目にはうっすらと涙さえ浮かべている。

 

「なんだよ。嬉しくないのかよ」

 

 才人の再三の問いに、彼女はやっと口を開く。

 

「嬉しくなんか無い」

「なんでだよ」

「だって、だって! お兄の世界の人達は、あたしの事を何とかこっちに帰そうとして一生懸命してくれたのに……。こっちじゃ、お兄の事なんか考えなくて、あたしにお兄を使い魔にしろって言ったり」

「なんだよ、そんな事を気にしてんのか」

 

 そう言って才人は笑い飛ばす。

 

「俺の場合、時間は掛かるだろうけど迎えが来るのは確実だしな。お前が気に病む事はねえよ」

 

 そう言うと才人はルイズの頭に手を乗せて優しく撫でた。

 

「それに痛かったとは言え、お前のファーストキッス貰っちまったしな。その分の責任は取らねえと」

 

 その言葉に「はっ」としたルイズは、わなわなと肩を振るわせる。

 

「ん? ルイズ、どうした」

 

 その様子に嫌な予感がした才人は距離を取ろうとしたが手遅れだった。もの凄く良い笑みを浮かべながらルイズは彼の肩をガシっと掴んで振り向かせた。

 

「アレは無し。儀式だから回数には、数、え、な、い、の!」

 

 そう言うとルイズは耳まで真っ赤にしながら右手を握り締める。

 

 「お兄のバカぁ!」

 

 そう叫ぶと綺麗な右アッパーを才人に叩んだ。

 才人はこの日二回目の鉄拳制裁をルイズから喰らい、こいつ沸点低すぎだな、と思いながら、その意識を飛ばしたのだった。

 


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