虚無を継ぐもの(旧)   作:片玉宗叱

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プレイアデス・オペレーション 2

 ルイズが地球に迷い込んでから半年が過ぎた。彼女は東京にある平賀家で普通に暮らしている。

 平賀家の面々は彼女について聞かれると「知人の娘で、その知人が他恒星系の要調査惑星に赴く事になった為に、頼まれて自分達が預かっている」と説明していた。

 その前に、ルイズの髪色に関係して一悶着あったのだが、それによってルイズの口から魔法について語られる事となったのだから結果オーライというところだろうか。

 地球人の髪色は基本的には黒髪・栗毛・金髪・赤毛に分類されているが、これは髪の毛内での黒―茶褐色の真性メラニンと赤褐色―黄色の亜メラニンの量によって決定される。

 ところが、ルイズの髪の毛からは赤の色素しか検出されなかった。それも紅花から抽出される赤色に非常に酷似していたのだ。

 調べるとそれを発現させる遺伝子はすぐに見つかったのだが、地球人類(この場合はルナリアン系種族と言うべきか)には有り得ない物だった。

 その赤の色素による〝ピンクがかった髪色〟は一般人の中にあって目立ちすぎる。

 ルイズが十代半ばくらいであれば「ファッションで染めている」と言う言い訳で誤魔化す事も出来ただろうが、六、七歳の子が髪をピンク色に染めているのは、余りにも不自然に思える。

 そこで平賀夫人はルイズの髪を、その鳶色の瞳に合わせてブラウンに染めようとしたのだが、ルイズからの猛烈な抵抗に遇う。

 憧れであるすぐ上の優しい姉が持つそれと同じ色をした自分の髪色は、ルイズにとっては誇るべき物だ。

 そして今となっては自分と故郷を繋ぐ唯一の証でもあった。〝杖〟は地球に迷い込んだその日に、いつの間にか取り上げられてしまい手元に無い。

 そしてルイズは幼いながらも故郷に二度と帰れないかも知れないと思っていた。

 (かたく)なに拒むルイズの様子に何かを感じた平賀夫人は、説得するよりも理由を聞いてみようと目線をルイズの高さに落とし、彼女に優しく語りかけた。

 

「ねえ、ルイズちゃん。どうして髪の色を変えるのが嫌なの?」

 

 うつ向き加減のルイズの顔はよく見ると、唇を噛み眉尻が下がり、睫毛の長いその目にはうっすらと涙が溜まっていて、今にも泣き出しそうな顔をしている。

 

「……帰れないから」

 

 ルイズは小さく呟き、それこそ今にも涙腺が決壊しそうな表情で平賀夫人を見る。

 

「もう帰れないから! だから(かあ)さまと、ちいねえさまと同じ髪でいたい!」

 

 平賀夫人は苦笑しながら「ホント肝心の事を教えてないとか困った人ね」と、どこかヌケている夫の顔を思い出し、そして泣き出してしまったルイズを優しく抱き締め、あやす様に背中を撫でる。

 

「ルイズちゃん、大丈夫よ。今すぐは無理だけど、必ずルイズちゃんをご家族の所に帰してあげるからね」

 

 抱き締められて平賀夫人の胸に顔を埋めながらルイズは「ほんと?」と問い返す。

 平賀夫人に抱き締められると〝まるで、ちい姉さまに抱かれれるみたい〟に何故か落ち着くのをルイズは不思議に思う。

 

「本当よ。その為に家のお父さん達が色々調べたり実験したり頑張っているの。だからね、ルイズちゃんは帰れないなんて思わなくていいの」

「おじさま達が魔法を使って帰してくれるの?」

 

 ルイズは自分が来た時の事を思い出し無意識に〝魔法〟と言ってしまったが、平賀夫人は「そうね。魔法が使えれば、すぐにでもルイズちゃんをご両親の所へ送れるかもしれないわね」と気にするでもなく応える。

 

「そうなの?」

 

 そう言って期待を込めて見上げるルイズの目には少し迷いが見える。そんな彼女を微笑みながら平賀夫人は見つめ返し頭を撫でた。

 

「でも、そんな便利な魔法なんて、おばちゃん達は知らないの。だからお父さん達には、頑張ってルイズちゃんを返す方法を探して貰うしかないのよね」

 

 そう言いながら、平賀夫人はルイズは元の世界に居る家族との繋がりを失いたく無いという気持ちに気が付いた。

 ならば彼女がこちらに来た時に身に付けていた物を持たせれば、と思い至る。

 

「そう言えばルイズちゃん、あなたが持ってた指揮棒(タクト)みたいなの、返してもらってなかったわね。おばちゃんが取り返して来てあげようか?」

 

 平賀夫人の言葉にルイズは少し悲しそうな顔をして首を横に振る。

 

「いいの。どうせ、わたし〝魔法〟が使えないから〝杖〟なんかいらない」

 

 少し悲しそうに言ったルイズの言葉に、平賀夫人は違和感を感じて眉根を寄せた。

 今この子が言った事は解釈を変えると、魔法を使うにはあのタクトみたいな物が必要って事じゃないかしら。まさかと思うけど彼女が居た世界では、あのタクトで魔法を使っている?  そんなお伽話みたいな、でも彼女が家に出現した時の様子や観測データー、才人からの記憶転写について、満足に合理的な説明が出来ていないし、これは何かあるかもしれない。

 そう思い至った平賀夫人はルイズに質問する事にした。

 

「ねえルイズちゃん、あなたの居た所では魔法を使う人が居たの? もしかしたらその事が、あなたを帰すのに凄く大事な事になるかもしれないって、おばちゃんは思うの。だからこっちに来る前に、ルイズちゃんに何が起こったのか、教えて欲しいな」

「……あのね、おばさま。わたし、魔法の練習してたの」

 

 平賀夫人に促されて、意を決してルイズが語った内容は、プロジェクトに参加している全員を驚愕させるには十分だった。

 

* * *

 

「どうにも参ったな」

 

 平賀教授が溜息混じりに呟いた。

 彼の手元にはヴィザー経由で妻から届いた私信のプリントアウトがある。内容が内容だけに一枚しか出力されていないし、元のデーターは全て消去されている。

 彼の研究室には、南武(みなたけ)とエィドレフ、そしてわざわざ東京から足を運んで来ていた宝条が顔を揃えていた。

 

(にわか)には信じられませんね」

 

 先程プリントアウトを読み終えた南武が目頭を(つま)むように押さえながら困惑気味に話す。

 

「我々の理論と技術では再現不可能なPS転位ブリッジを、ルイズ嬢自身が〝魔法〟とかで作り出したなんて与太話にも程がありますよ」

 

 それを受けてテューリアンのエィドレフが東京で起きた事を再確認する様に話し始める。

 

「確かに信じ難い話ですが、ルイズ嬢と平賀教授の息子さんに間に起きた記憶の転写現象では、共通余剰空間での超立方振動が確認されています。しかも観測されたデーターから高次空間と通常空間に一切のエネルギー反応が無い事も判明していますしね。あれだけの超立方振動を起こすには少なくとも地球の月一個分の質量を変換したエネルギーを必要とする事も算出されていますし、例え荒唐無稽な事に思えても、それが現実に起こっていると認めるしか無いでしょう」

 

 暫し沈黙が支配する重苦しい室内の空気を、宝条がいつもの軽い調子で打ち払う。

 

「……魔法ねぇ。この歳になって、まさかお伽噺の世界に足を突っ込むとは思いもしなかったよ。しかも大昔にジェヴレン人達が我々に使った似非(えせ)奇跡と違って本物って事かね」

 

 平賀夫人が送って来た内容、それはルイズがこちらに転位する切っ掛けについてだった。

 そこには、彼女がルイズから聞き取った話の内容と、何故ルイズがそれを話さなかったが書かれていた。それを思い出して宝条は苦笑しながら言う。

 

「それにしてもだ。魔法の事を話したら、また怖い検査を受けさせらるのが嫌だったとはね。彼女にトラウマを作ってしまった医科工研(うちら)は反省しないといけないな」

 

 それまで黙っていた平賀が目の前のコーヒーを一口飲み、全員を見渡してから話し始める。

 

「さて、ルイズが現れてから我々の目の前で信じられない様な事が立て続けに起こっている訳だが、解決のヒントになりそうな事が家内からの報告に書いてある。家内がルイズに物を浮かす〝魔法〟の〝呪文〟を唱えて貰ったらしいのだが、それはルイズ曰く、〝成功すると対象物は浮き上がり、失敗すると何も起こらないか爆発する〟と言う物騒な代物らしい。まあ、実際には〝呪文〟を唱えても、何も起こらなかったみたいだが。何回か唱えた後のルイズは、まるで全力で駆け足をした様に疲れて、ぐったりしてしまったとある。ルイズはそれを、心の力が無くなったから、と説明している。これが意味するのは何なのだろう?」

「……心の力。精神力とか根性とか連想されますね」

 南武が力無く応える。

 

「彼女にとって魔法を唱えると言う事は体力を消費する行為って事なのかねぇ。報告にある様子じゃ、脳で激しくエネルギーを消費するってだけでは説明は難しい。それにしても君の奥方は無茶をするね。ルイズ嬢の言う通り、失敗して爆発していたら今頃は大騒ぎだったろうに」

 

 宝条が簡単な見解を述べ終えたところでエィドレフが口を開いた。

 

「心の力、ですか。神経細胞の相互作用で生み出される、我々の思考や精神と言った実体の無い物がエネルギー源になり得るのでしょうか?」

 

 彼等の言を腕を組んで黙って聞いていた平賀が「与太話と思って聞いてくれ」と前置きして話し始める。

 

「ルイズの言う心の力とは、比喩的表現では無いと考えた方がスッキリするんじゃないだろうか。オカルトめいた事だが、人間、いや生き物の心とか精神などと言われる物は、実は観測が出来ないだけで物理的な実体が存在し、それらは互いに相互作用する物だ、と考えるとと、ルイズと家のバカ息子の間に起こった事に説明が付けられる。そして彼女の転位した現象だって、あちらの宇宙では、それが物質どころか時空構造にまで作用を及ぼすと思えば納得も出来る」

 

「教授!」

 

 南武は立ち上がり平賀を怒りを込めて目で睨み付ける。そんな彼に平賀は(なだ)める様に言葉をかけた。

 

「まぁ落ち着け。仮説ですらない与太話だと言っただろう。だがな、お前もルイズが転位した時のデーター解析をやって分かっているだろうに。俺は〝あれ〟を直接この目で見ている。正直言って〝あれ〟は俺達が知っている物理現象じゃあない。この際、呼び方なんてものは〝魔法〟だろうが何だろうが、どうでも良い。兎にも角にもデーターを集められるだけ集め、分析して解析して仮説を組み立て検証し、確証が得られれば更に実験を重ねて立証するだけだ。その結果が俺達の常識と懸け離れていても、それは新しい発見なんだし喜ばしい事じゃないか」

 

 そこまで言うと、彼は椅子の背もたれに寄りかかり天井を見上げながら「それにはルイズの協力が必要不可欠なんだよな」と誰に言うとも無しに言葉を吐いた。

 

「平賀先生、少し疑問があるのですが」

 

 未だ天井を仰ぐ平賀にエィドレフは疑問に思っていた事を尋ねる。

 

「その〝魔法〟と言う現象を解明しようとする理由を教えて頂けませんか? PS転移の研究だけでも現状では手一杯です。更に研究対象を増やす事はルイズ嬢の帰還を先延ばしにしてしまうと思います」

 

 平賀は姿勢を変えずに深く息を吐くと「勘だよ」と短く言う。

 

「勘、ですか?」

 

 南武が怪訝な表情で問うと、平賀は上体を元に戻して姿勢を正した。

 

「ああ、憶測で話すのは学者としては褒められたもんじゃないがね。勘だ。もし本当にルイズの〝魔法〟とやらが実在し、その発動を俺達が手助けする事が出来るとしたら、彼女がこちらに転位した時と同様の現象を起こせるかも知れないだろ? それに必要なエネルギーについては、仮に記憶転写で見積もられた程度のものなら、h-グリッドから供給して貰う事も可能だ。専用エネルギープラントの完成を待つ事無く、彼女を親元に帰す事が出来るかも知れない」

 

 平賀はそこまで話すと南武の胡乱(うろん)な視線に気付き「どうした? 何か言いたそうだな」と話を彼に振った。

 

「仮に教授の〝勘〟が正しかったとして、確かにそれで実現出来ればエネルギーの問題は片付きます。しかし時空位置特定が問題として残りますよ。それに解析では、あのパターンは相当に不安定で、正直なところ再現性があるのかも疑わしいと考えてます」

 

 南武の指摘に平賀は「そんな事は十分承知してるよ」と応える。

 

「まずはルイズの言う〝魔法〟ってヤツを調べてからじゃないと何とも言えないだろうな。暫く今まで通りのPS転位研究と、ルイズの〝魔法〟の調査、これの二本立てで行く。特に〝魔法〟の件だが、南武とエィドレフ君、それにあと数名の限られた人員でやって貰えないか? 今は表沙汰にしたく無い。残りの人選は君らに任せる」

「分かりました。但し、順位としてはPS転位が最優先で宜しいですね?」

 

 そう南武が釘を刺すと平賀は、ああ、と頷いて応える。

 

「それで構わんよ。家内の話から、魔法とやらを使うとルイズの消耗が激しいみたいだからな。月に二回か週に一回か、その程度しか調査に付き合わせられないだろう。ああ、それと宝条、お前に頼みたい事があるんだ」

「おいおい。この状況で医学生物学チームに出来る事なんてあるのかい?」

 

 苦笑混じりに言う宝条に平賀は真面目な表情を保ったまま告げる。

 

「生体情報モニターばかりじゃなくて、ルイズのバイタルとメンタルのケアを頼みたい。家内の話だと、あの子は素直で真面目なせいか、思い詰める事が時々あるらしくてな。受けるストレスを極力少なくしてやりたいんだよ」

 

 宝条は米神(こめかみ)に人差し指を当てた。考えながら話そうとする時にする彼の癖だ。

 

「バイタルの方は専門だから良いとして、メンタルは専門外だからねぇ。……ふむ、ちょっと知り合いに打診してみるよ。だが実際のケアは、ルイズ嬢と常に接している君の奥方にお願いした方が良いんじゃないかな? ルイズ嬢も彼女に懐いているみたいだし、知り合いの精神科医から奥方にレクチャーして貰えれば、下手なカウンセラーに任せるより良いと思うがね」

「決まりだな。それで行こう。では皆それぞれで詳細を詰めておいてくれ。俺は今から家に戻って家内とルイズの説得をして来る」

 

 そう言う平賀の表情は、どこか嬉しそうだった。

 


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