続くかは分からん。
唐突だが、『オーバーロード』という作品を知っているだろうか?
ゲームのサービス終了と共に、アインズこと鈴木悟がアバターの姿のまま異世界に迷い込む物語だ。正確に言うとNPCだとかギルドそのものだとか色々付いてくるのだがまぁそれはいい。
俺はこの『オーバーロード』という作品が好きだった。今でも好きではあるが、あえて好きだったと言っておく。
当時かなりこの作品にハマっていた俺は、最新刊を買ってテンションが上がった状態で帰路につき、不注意からトラックに撥ねられ、即死した。
するとどうだ、知らない間によく分からん空間にいるではないか、目の前には光る不定形の何かがあった。そう、もしかしなくても俗に言う『転生の間』だった。そこで俺は神様にオバロ世界への転生を望み、その願いは承諾された。
だと言うのに
「ツアレ……水を、取ってくれる?」
「はいお母さん」
俺は2138年という鈴木悟が生きる世界ではなく、リ・エスティーゼ王国の片田舎で新たな生を受けたのだ。
◇
「はぁ………」
村の舗装されていない道をトボトボと歩きながらため息をつく。これは別に今の生活への不満から、というわけではない。寧ろ今の生活自体には満足しているのである。神様(クソ)が気を利かせたのか何なのか前世に関する記憶で残っているのは男だったという意識と莫大な量のオタク知識だけだ。
そのため今の生活を十分楽しんでいる。何せ暇な時間というものがほぼ無いのだ。これは個人的な意見だが、人間にとって一番の苦痛は暇である事だと思っている。痛みや恐怖と言ったものは意図的でなければ長くは続かない。故に意図的でなくとも長く続き、やがて精神を崩壊させる「暇」というものは一番の苦痛なのだ。
だが、今世のこの村では油を売っている時間などなく、俺、いや私の前世やいずれ来るアインズこと鈴木悟の世界にあるブラック企業程ではないもののそこそこに忙しい。少なくはあるが楽しみもあるこの生活に、くどいようだが私は満足しているのだ。
では何故ため息をついているのか。
その理由は単純で、私の名前がツアレニーニャ・ベイロンだからだ。
ツアレニーニャ・ベイロン。そう聞くと分からない者もいるだろうが、この名前の「ツアレ」という略称を聞けば思い当たる者も多いだろう。
そう、原作にて王国の娼館からセバスに助け出された少女の名だ。
初めこそ、同名同性の誰かだろうという予想という名の現実逃避も出来たが、つい数ヶ月程前に父が他界し、その影響で妊娠中の母の病状が悪化したとなれば最早疑うべくもない。原作においてニニャと呼ばれる少女と姉妹だった彼女は幼い頃に両親を失った事が言及されている。これで産まれてくるのが女の子なら、私が原作世界の「ツアレ」であることは確定的だ。
そうなれば、私の進む道は地獄でしかない。貴族に攫われ、犯され、棄てられ、そして娼館で地獄を見る。最終的にはセバスという最優良物件に落ち着けるかもしれないが、それまでがあまりにも地獄が過ぎる。
「はぁ……」
再度、ため息をつく。村近くの小高い丘の頂点に立つ木の根元に座ってぼんやりと考えに耽る。しばらくすると、此方に近付いてくる男の子がいた。
「大丈夫かツアレ?」
「何が………?」
「酷い顔してるぞ」
彼の名はグレイル・ラルウォート。私より3歳年上の幼馴染の男の子だ。燃えるように紅い髪に端正な顔立ち、気の配れる性格に7歳という歳不相応の落ち着きと、ここまでわかりやすいメス落ち用物件が現れた時には思わず笑ってしまったものだ。とはいえ現状、身体は女、心は男、その名もレズビアンツアレ!状態なので彼にはピクリとも惹かれないわけだが。
「……お母さんが心配なのか?」
「……………うん」
これに関して、半分程嘘だが半分は本当だ。
なにせこれでもまだ4歳、前世の色々が残っているとはいえ今世の母の事はちゃんと母として愛しているし、甘えたい気持ちもあるのだ。
経済面はまぁどうにかなる。グレイルの父は村長で、私のお父さんに多大な恩があるらしく、もしもの時は私達を助けてくれるという約束をしていたらしいからだ。しかしそれでも精神的にはかなりキツいものがある。
気分を沈める私に、グレイルは様々な言葉をかけてくる。大人びてはいるが、それでもまだ7歳。語彙力が足りず、次第に慰めの言葉がワンパターンになってきていた。
「もういいよグレイル。ありがとう」
「お、おう………」
彼には悪いが若干鬱陶しくなってきたのでそれだけ言って黙らせた。夕焼けで赤く染まる丘の頂点は、彼が黙った事で静寂に包まれた。しばらくして、静寂を破ったのは此方に走り寄ってくる村のおじさんの声だった。私達は何事かと顔を見合わせ、おじさんの元へ向かう。息も絶え絶えのおじさんは、私にとって決定的な言葉を言い放った。
「お母さんの陣痛が始まった!!」
◇
文明の発達していない世界での出産は困難を極める。こういった辺境の村等で誰かが子供を産むとなれば、それは村ぐるみでのサポートが必要になる一大事となるのだ。
「ツアレちゃん、そう心配するな。お母さんならきっと大丈夫さ」
グレイルの父が根拠の無いことを言う。やはり不安や心配は拭えない。既に1度日は落ち、今ではもう東の空が白んできている。出産が長引けば、妊婦にも赤ん坊にも負担がかかる。まともな医療技術も、治癒魔法もないこの村でそれは致命的だ。
「大丈夫だよツアレ。もっと長い人だっていたんだからさ」
母ではない村の人間の出産というものは、グレイル同様既に何度か経験している。しかしこれは私が知る限りではあるが、今回の母の出産はかなり長い方なのだ。これより長いものももちろんあったが、それはあくまで健康な人間の話だ。母は先程言ったように病に伏している。ただでさえ弱っている所に長時間のお産が重なれば、それはそのまま命の危機に直結する。
不安が、焦燥が、最悪の事態を想像させる。手が震える。ここで母を失うかもしれないという事実が、酷く恐ろしかった。
しかし、
「―――!―――!」
いっそ憎たらしい程に元気な産声が村に響く。周りの人間がその表情に喜色を浮かべる中で、私はすぐさま家に飛び込んだ。
「お母さん!」
「ツ、アレ?どう、したの?」
家の中では、何人かの助産婦役の人々と、疲労を滲ませながらも、赤ん坊を抱いて幸せそうに笑みを浮かべる母がいた。様子を見る限り、赤ん坊も母も無事なようだ。
瞬間、私はその場にへたりこんだ。
その後、この場に居ては邪魔だろうと退出する。安堵からか一気に眠気に襲われた私は、グレイルの家を借りて眠りについた。
◇
翌日、いや正確に言えばまだ今日なのだが、私は自宅の前に立っていた。扉を開き、ただいまと呟くと、おかえりと穏やかな声が届いてきた。どうやら体調は良いらしい。
ベッドの上では、母が妹に母乳をあげていた。茶色の髪は父から、青い瞳は母から受け継いだのだろう。まだ幼いが、きっと美人になるであろう事が見て取れた。
「リーニャ、お姉ちゃんよ」
母乳を飲み終えた妹、リーニャを、母は胸をしまいながら渡してくる。私はニニャの本名はそんな名前だったのか、とどうでもいい感想を抱きながらリーニャを優しく抱きあげる。
すると突然、頬が暖かな何かで濡れた。
「あ……れ………?」
私は、何故か泣いていた。そして、目の前の、弱々しく力強いその生命を見て、思い出した。
この子は、私を助けようとして、命を終えるのだと。
「ツアレ」でなく、「私」という意思が混ざり込んだ事によるバタフライエフェクトは何かしらあるだろう。だが、このまま私が何もしなければ私の妹は、リーニャは、
(死ぬ―――)
底冷えするような感覚に襲われる。この小さな命は、僅かな笑みを浮かべていた。それは別に、何かを喜んだり、楽しんだりしている訳では無く、赤ん坊に共通する生理的微笑と言われる生理現象の一種に過ぎない。それでもそれは、現状に安堵し、私に心を許してくれているような、とても暖かいものに見えた。
それが失われる。今ではない、しかし確実かつ回避不能の絶望が、この子の行く末に待ち構えている。だのに、
(そんなことが、許される訳がない…………!)
何も知らないのに、その人生を
それなら――
(曲げてやる………!!)
運命も、不幸も、絶望もその全て。
この命に変えてでも―――
―――曲げてやる。