一話完結をうぷするところ 作:カカオ
「磯野ー」
普段は行儀の良い職場でフランクに人を呼ぶ男は堀くらいだ。
呼ばれた人物の名字は、正しくは磯崎である。
「やだ」
「そうか……」
理由も聞かずに断られ、素直にうなだれる。このしょんぼりする流れがお決まりの挨拶になってしまっていた。
同期として入社してから二年目、磯崎と堀との気だるい縁は熟年とも誤解されるような雰囲気を醸している。
最初こそ同じ部署であったものの、二ヶ月ほど前に人事異動で別れている。それでも一週間に一度はこうしてやってくるから、同僚にデキていると思われているのではと不安になる磯崎だった。
頭部の怪我が剃り込みに見え、痛々しく千切れた耳のピアス痕もあり、鋭い三白眼という、ヤの字の血族と見紛うばかりの外見の磯崎には友達がいない。そんな磯崎に気安く話しかける堀は得難い存在ではあるものの、距離感を知らぬような強い性格に疲れも覚えていた。
「またアレ?」
「おう、今度は生じゃないから安心しろ」
「生じゃなければいいってもんじゃないから」
「虫は寄生虫の心配も薄いんだけどなあ」
堀は奇食ハンターである。磯崎とは違う理由で友達がいない彼は、周囲から浮いている上に外見の割に人見知りする磯崎をどうしてか見初め、事あるごとに趣味に付き合わせているのだった。磯崎は常人の味覚をしているのだが、食材として出された動植物は可能な限り口にするという信条を持つため、堀としても腕の振るい甲斐があるようだった。
「次は動物? 植物?」
「植物。彼岸花。今が見どころの凄いやつだよ」
前回口にしたカブトムシの幼虫――内容物をしっかり取ったが土臭さが拭えず辛い思いをした――の味を思い出しつつ、まさに苦虫を噛み潰したそのままの顔で尋ねる磯崎に、堀は意外と素直に答える。
「しね」
「しねっていうかしぬっていうか。毒あるし」
「ならなぜくう」
「そこに食えるものがあるからさ」
彼岸花は毒草である。それも種々の毒で構成されているため、中毒への対処も困難な代物である。鑑賞としては見事なものではあるが、常人は食材としての視点を向けるものではない。
今回も期待できないな、と、うつろな顔になりつつ磯崎は思った。
初回に出されたカミキリムシの幼虫が思いの外良かったが、ああいった美味い経験はその後ない。あれさえなければ堀との付き合いも変わっただろうに、というのは後の祭りである。
千葉に彼岸花の名所があるということで、二人はそこまで遠路はるばるやってきた。移動費用はざっくり往復で五千円程度と、ちょっとした遊びにしては高くつく。埼玉のほうが近かったが、千葉に行ったことがない堀を考えてのプランである。
田舎のテンプレートというような風情のたんぼ道沿いに、目を刺すほどに赤い花が目立つ。それが彼岸花だ。きちんと手入れされている名所では一面に広がって壮観なのだが、そういったところではさすがに調達できないので、雑草まがいの位置に生えているところを狙うしかなかった。
シャベル(円匙の方)で一本、二本と掘り出してビニール袋に入れる。十本ほど取っていると、道沿いの水田の持ち主が何やらクワを持って走ってきたので慌てて逃げ出した。
その血相が妙にツボにはまったためか笑う磯崎と、申し訳なくも逃げるしかない堀。追手を巻いたところで呼吸困難になり倒れた磯崎の尻を恨みを込めて蹴りながら、堀は手に持った花を見やる。
百合を思わせる優雅な花だ。今回用があるのは球根の方らしいが、まさに色気より食い気というところだろう。
「ところで、残念なお知らせがあります」
帰りのローカル線のベンチで待っていると、意を決したように彼は彼岸花を一つ取り出して、言った。
「花が咲いた後の彼岸花は痩せてて、ほとんど食べる量がありません。十個くらいじゃゴミみたいなもんやで」
「しね」
「さっき死にそうになったんで勘弁しておくれやで……あっ、農家のおっちゃん」
先程追いかけてきたクワの男がいるのか。慌てて振り向いた堀だったが、それらしい影は見えない。田舎の鉄道は、昼のくせに二人以外の気配もない。
なぜ嘘をついたのかと堀に向き直るが、そんな磯崎に彼は彼岸花の花部分を折って頭の横に添えた。
「だからこうするくらいしか使い道ないんだよなあ」
堀の髪の毛は短く、刺さった茎が抜けて耳にかかるようになってしまった。何をするのかと問い詰めかけたものの、その勢いで落ちそうになった花を反射的に抑えてしまった。
「頭の傷も隠せていいじゃん? すげーじゃん?」
「しね」
磯崎は手に持っていたビニール袋を振った。中には彼岸花、痩せているとはいえ堅い球根がある。それがうまいこと堀の腹に直撃し、悶絶に至らせた。
「俺ァ、腹ァいっぱいだァ……」
たらふく食べたような素振りで腹を擦って痛みをごまかす磯崎に、ようございましたね、と皮肉りながら電車を待つ。
食事の旬を間違えるような初歩的なミスを、普段からの下調べを怠らない堀がするはずがない。磯崎にはその確信があった。
何の魅力も持たない自分を贔屓して何が嬉しいのか検討もつかず、耳の上に添えられた花を手慰みにし続けた。
最初はギャグで書こうとしていたのに……
ネタバレ:堀ちゃんであってホモちゃんではない