『高嶺に咲く花』 天涯Ⅴ   作:清夏

10 / 14
『邪』

 

 軽率であったかもしれない。

 

 真佳は、今更ながらそう思う。

 

 峯晶宮の中を探れないものかと思案しているところであったので、招き入れられるとは、渡りに舟。これを逃す手はない。

 

 とは言え、何故に呼びいれてくれるのか、全く不明だ。しかも唐突である。

 

 罠であるかもしれない。

 

 最近、この峯晶宮に多数の男女が取り込まれているという話である。いかにも怪しい館だ。

 

 もしやこんな風に皆連れ込まれたのかもしれないし、この館を探っている真佳を取り込もうとしているのかもしれない。

 

 

 

 

 

 峯晶宮は思いのほか、質素なつくりだった。調度品も極実用的なものに見えたし、建物そのものも大きいが、古いものだった。柱の朱は、きれいに剥げ落ち、経年の黒ずみに染まっていた。

 

 だが、どこもかしこも清浄だった。床は塵ひとつなく掃き清められ、覗き込めば顔が映りこむまで磨き上げられている。壁や柱も、天井も、どれひとつとっても、手を抜かれているところはない。

 

 

 

 美しいが故に、奇妙な空気がよどんでいる。

 

 

 

「どうぞ」

 

 椅子を勧められた。

 

 卓には、香りのよい茶が運ばれた。

 

 真佳の向かいには、先ほどの女が穏やかに微笑んでいる。

 

「あの」

 

 真佳は、このもてなしに戸惑うばかりだ。

 

「ここにおいでになる方は、理由があるのですよ」

 

 真佳がここを探っていたことを言っているのだろうか。ひやりとするが、それにしては、女の態度は優しげだ。

 

「例えば、ここを怪しんで調べようなどという方もいらっしゃいます」

 

 やはり罠かと、真佳はどきりとする。

 

「けれど、それもまた導きなのですよ」

 

「導き?」

 

「ええ、あなたはここに来なければならなかった。だから来た。それだけのことです」

 

 女の話は、とらえどころがない。

 

 何を言っているのか、真佳には直ぐにそれを明らかにはできなかった。

 

「あなたが、恵彩を連れ戻そうとしているのは分かっています。その為にここを探っていたのだということも」

 

 決まりだ。

 

 真佳は、心の内で舌打ちをした。

 

「けれどそれは表向きのこと」

 

「は?」

 

 真佳は、自分から意味のある言葉をひとことも発していない。

 

「あなたは、もっと別の理由があってここに導かれたのですよ」

 

 そうではないと、言っていいものだろうか。確かに、真佳は恵彩を探す為だけにここに来ていたのだ。だからといって、そう正直に言っていいはずもない。

 

 真佳の混乱をよそに、女はすらすらと話を勝手に進めた。

 

「誰に? と、お思いですね。この世界の意思にです」

 

 女の声には、ぶれるところがない。

 

 真佳は、もうどうとでもしてくれという投げやりな気持ちになりかけた。

 

「では、俺は何の為にここに来たんですか? 俺には、分かりません」

 

 女は、その言葉に満足そうに微笑みを深くした。

 

「あなたは、邪まな想いを抱いています」

 

 女は、突如として牙をむく。

 

「邪だと、あなたは思っている」

 

 

 

 言葉を失うというのは、こういう時のことを言うのだと、このとき真佳は考える暇などなかった。

 

 

 

「あなたは苦しんでいる。だから、ここに来た。ここに呼ばれた。ここで、その苦しみを取り除く為に来たのですよ」

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。