「それで、真佳は戻ってこないと?」
珊揮は、英俊の報告を聞くと、そう聞き返した。
「いえ、一度は戻ってきました。それで、これから潜入すると言っていました」
英俊の声は、ひたすらに落ち着いている。
「で、お前はそれを許したのか」
「いいえ。危険だと思いましたので」
英俊の瞳が僅かに揺れる。その日の真佳が、英俊の脳裏に閃いたのだろうか。
ふっと、珊揮は一息つく。
「たぶん、その峯晶宮に行ったんだろうね。さて、困ったね」
この頃、真佳が不安定だったのは、誰もが気付いていた。だが、あえて誰も何もしなかった。それは、それが真佳の個人的な問題であるし、真佳も他者に触れられることをよしとはしないだろうという配慮ゆえのことだった。
それが、裏目に出たのだろうか。
「その峯晶宮には、近づけないのかい?」
こんなことを聞くまでもないだろうが、珊揮は英俊が語らないその先を覗こうとした。
「ええ。と、いうよりも峯晶宮は消えました」
「消えた? それは、興味深い話だね。ぱっと消えたってこと?」
「いいえ。今は、ただの空き家になったということです」
「痕跡なし」
「ありませんね」
それが当たり前のように、英俊は言い放つ。
真佳のことを、この男は心配しているのだろうか。珊揮はちらと考える。いや、心配はしているはずだ。だが、ただ気を揉むようなことはしないだけだ。
「それで、どうする?」
「こちらの離れに滞在中の客に近づけませんか?」
英俊の唐突な問いかけに、珊揮はさすがだと、うなる。
「ここの主とは懇意にしているが、押しても引いても、離れの客の話も聞けないよ」
お手上げだ。珊揮は、両の手を上げてみせた。
英俊は、それに絶望などはしない。
「分かりました」
英俊の頭の中では、既に次の手が考え巡っているのだろう。
珊揮は、少しこの男に意地の悪いことをしてみたくもなったが、止めた。この状況で、そんなことを楽しんでいるわけにはいかない。
「でも、戒莉がその離れの客の護衛と話ができるみたいだよ。まあ、そんなに話が弾んでるわけではないみたいだけどね」
「戒莉を動かして、いいですか?」
断ることなど許さない聞き方だ。
珊揮は、苦笑する。
「いいよ。けっこう、元気だから」
そう言いながら、珊揮はこれで真佳が行方不明であることを戒莉には隠しておけなくなったな、と思った。
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ひと目で、英俊はうなった。
久しぶりに見た戒莉は、顔の半分以上を包帯で覆われている。つまりは、横暴な程の美麗は半分以上隠されているようなものだ。
それでもなお、美しい。そう感じるのは、英俊がもともとの戒莉を知っているからだけだろうか。
痛々しく傷ついた姿は庇護欲をそそる。
これは危険だ。
「元気そうですね」
「まあまあだ」
言葉使いはぞんざいで、ややほっとさせられる。
守りたいと思わせる風体にも関わらず、戒莉にはそれを撥ね付けようとする力がある。
「話は、聞きました?」
真佳のことは、あらかじめ珊揮が話しているはずだ。
「聞いた」
短い言葉に、怒りが滲んでいた。
誰へ向けられたものなのか、英俊は考えてみた。
「それでは、その女剣客と話をしてもらえますね」
「ああ……でも、俺はそういうのは苦手だ」
そんなことは知っている。戒莉は、破滅的に不器用だ。
「普通に話をして、私にそれを聞かせてください。欲を言えば、私を紹介してください」
ほほえみすら浮かべて、英俊はそう指示をした。
戒莉は頷いていたが、実際、どれ程のことが期待できるかは、誰にも分からない。
少しは、戒莉の体調を気遣った方がいいのかと思った英俊だったが、急に馬鹿馬鹿しくなって、止めた。
この男は、弱々しく見えるだけで、誰よりも強靭な体を手に入れているのだ。
「では、御願いします」
笑をより深く、英俊は戒莉に御願いをした。