『高嶺に咲く花』 天涯Ⅴ   作:清夏

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『重さ』

 手にしてみると、ずしりと重い。

 こんなにも重かったものかと、戒莉は途方に暮れた。

 これを腰に下げ、脇差をも差せば、おそらく身動きがとれない。

 かつてはそれを楽々としてのけていた自分を羨んでみる。

 

「馬鹿か……」

 

 戒莉は溜息とともに、自分の愚かしさをなじった。

 

 

 やや体力もついてきたので、ためしに天涯を腰に差して歩いてみるかと思い、それを実行してみた。だが、宿の廊下をどれだけ歩いたかだろうか、ほんの僅かで息が上がった。それでも、なんとかようよう中庭まで歩いてみたが、戒莉はそこの縁台で座り込むことになった。

 

 差すならば、まずは脇差にしておけばよかった。戒莉は、そう思った。

 

 

「どうした?」

 ぐったりしていると、頭上から声が降ってきた。

 珊揮ではない。

 女の声だ。

 

「少し、休んでるだけだ」

 やや、つっけんどんな物言いになってしまったような気がした。だが、女はそれに気分を害した様子もなく、『そうか、それならよかった』と言った。

 

 

 女は、紅湖というらしい。戒莉には見えないが、珊揮によれば『なかなか迫力のある男前』であるらしい。

 

 身長は、戒莉より高いことは見えなくてもなんとなく分かった。女であることは、声で分かる。そして、剣を下げていることはその音で分かった。

 

 本人によると『根っからのおせっかいやき』なのだそうで、目の見えない戒莉が、治療院から宿に無事つくまで着いてきたこともあった。初めは、その意図するところが汲めなかった戒莉だったが、女はそういう性分であるらしい。だから、戒莉がこんなところで座り込んでいるのを見かけたら、声のひとつもかけてくるのも不思議はない。

 

 

 

 『そうか』と言ったきり、紅湖は押し黙っていた。そして、立ち去ることもなく、ただ、戒莉の傍らに立っているようだった。

 

 ふと、紅湖は何を見ているのだろうかと、戒莉は思った。

 

 花が植えられているという中庭かもしれない、もしかしたら戒莉の様子をうかがっているのかもしれない。

 

 戒莉は、紅湖との間に生じた沈黙をやや気にかけながら、呼吸を整えていった。

 

 

 

「それは、お前の剣なのかい?」

 戒莉の呼吸が楽になってきたころあいに、紅湖が声をかけてくる。

 

 やせた戒莉の膝におかれた剣に目を留めるのは、自然なことだ。なにしろ今の戒莉には不自然で、不似合いなものだ。

 

「ああ」

 短く、一言。

 戒莉は、何気ない会話を続けるのが不得手だ。

「見るか?」

 それでも、戒莉の口からは、その言葉が出てきた。

 

 女は、一瞬間をおいた。

 

「いいのかい?」

 遠慮がちだが、乗り気なのが透けて見える。

 

 

「ああ」

 戒莉の口元には、うっすら笑が浮かんでいた。

 

 

 

 

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 差し出された剣を手にしてみると、見た目どおりに重い。

「重いな」

 自然と口をついて出る。

「俺には似合わずか?」

 トゲがあるようで、その声には笑がふくまれている。

 紅湖は、それには曖昧に応えて、剣に見入った。

 

 

 

 一見すると、地味なつくりだ。玉もなく、房飾りも付いていない。ただし、その鞘にはびっしりと細かい文様が打ち出されており、それ自体で鈍い光を放っている。さすがに抜いてみるのははばかられたが、刀身を見てみたいという気持ちが湧いてくるのを抑えることができない。紅湖は、柄を握ってみた。

 

「抜くなよ」

 まるで見えているように、戒莉の低い声が釘をさす。

「まさか」

 抜くつもりは、紅湖にはなかった。しかし、体が勝手に動きそうな気はしていた。

「見たいなら、部屋でにしてくれ。ここは、人の目がある」

 ゆっくりと、戒莉は傍らの柱を支えに立ち上がった。

 紅湖は、剣を戒莉に差し出そうとして、手を止めた。

「それ、持ってきてくれ。重くて持って帰る気がしない」

 戒莉が言う。

 

 冗談だろう。だが、本気かもしれない。

 頼まれて、それが容易いことであるならば、紅湖が断ることはない。

「ああ、いいよ」

 

 

 

 

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 戒莉の部屋は、掃除されていたが、長逗留であることが分かる。なんというのか、生活感があった。

 居間の両の壁には、扉がふたつ、向かい合わせであった。一方が戒莉の寝室として使われているのだろう。

 

 

 

「見たいだけ、見てくれ」

 紅湖は促されるままに、剣を抜いた。

 

 細身で、諸刃の波が輝いている。その光の中には、おそらく目には見えない、鼻ではかぎ分けられないほどの血の痕跡が感じられた。

 

 これは、飾り物の剣ではない。

 紅湖は、今更ながら戒莉が剣客であるのだということを、実感した。

 

「銘はなんていうんだい?」

 これだけ立派なものだ。誰かが銘をつけたくなるはずだ。

 

「法輪刀というらしい。別銘が天涯」

 

「天涯……」

 あらためて、剣を見る。

 天の果て、地の限り、この剣はそうあり続けるのだろうか。

 

「怖ろしい剣だね」

 紅湖は、心からそう思った。

 

「怖い、それから重い剣だ。でもそれは、あんたの剣も同じことだろう」

 戒莉は、そう言い捨てた。

 

 

 

 

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