『高嶺に咲く花』 天涯Ⅴ   作:清夏

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『誰にも似ていない』

 

 

 

 紅湖は顔を上げて、戒莉の顔を見た。

 

 相手の目が見えないことが、こんなにも不安な気持ちにさせる。

 

 

 

「あんたは、人をどこまで守ることができると思うかい?」

 

 そんな問いが、紅湖の口から零れ落ちた。

 

「天涯が、その答えだと思っているのか?」

 

 問いかけに、戒莉は問いを返してきた。

 

「どこまでも、守れる。そんなことは幻想だよ。限界がある。分かっているよ」

 

 分かっている。紅湖は、そのつもりだ。

 

 

 

 戒莉は、椅子を探り当てると、座面を手で確かめてからゆっくりと腰をおろした。

 

 そして一息つくと、当たり前のように話を続けた。

 

「なあ、あんたの言う『守る』っていうのは、どんなことをいうんだ?」

 

 また、問い。

 

 ひとことで、それを言い表すのは難しい。命の危機から遠ざけ、そして危険を排除すること。体と、心の平安をもたらし、保たせること。

 

 

 

「あんたはずっと誰かを守っているつもりだろう。けど、あんた自身も何かに守られていることもある」

 

 戒莉からようやく出た問いではない言葉は、紅湖をひどく困惑させた。

 

「わたしが守られている?」

 

 まるで初めて聞く言葉のように、紅湖はその意味を探った。

 

「守られてばかりの人間はいないし、守るだけの人間もいない。もし、そうでないと思うなら、あんたは馬鹿だ」

 

「随分と、手厳しいんだね」

 

 その強い言葉に、紅湖は少したじろぐ。

 

「ああ、俺も馬鹿だから、分かる」

 

 少し俯きながら、戒莉は笑う。

 

「そうか」

 

 紅湖には、笑えない。

 

「俺は、ずっと誰の助けも受けずに、一人で仕事ができるような人間になりたかった。それが、いいことだと思っていた。でも、それこそあんたの言う幻想だ」

 

 幻想という言葉が、空しく響く。

 

「誰にも迷惑をかけないで生きていけるなら、それにこしたことはないけどね」

 

 人に迷惑をかけない人になれと、紅湖は親に言われて育った。実にまっとうで、正しいことだと紅湖も思って生きてきた。それが、なかなか出来ないのが、残念なのだが。

 

「多かれ、少なかれ、迷惑を掛け合うのが人間だ。それで、いいんだ」

 

 今は、戒莉の一言、一言が実に真っ当で、正しいことに聞こえる。

 

「お互いさまということだな」

 

「そうだ。あんたは一言で言い表すのがうまいな」

 

 戒莉が微笑む。皮肉ではないのが、紅湖には分かった。

 

 

 

 それにしても、どうしてこんな話になったのだろうか。紅湖は、思い出す。それが、自分の問いかけから始まったということを。

 

 

『あんたは、人をどこまで守ることができると思うかい?』

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆■◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「それで、あんたは今、誰を守っているんだ?」

 

 戒莉のその問いかけに、思わず紅瑚は答えそうになったが、かろうじて無言をかみ締めた。

 

 蘭嶺のことを、話すべきではない。

 

 そして、本当に守っているのは蘭嶺なのかと、紅瑚の内に疑問が灯った。

 

「……」

 

 

 戒莉も、それ以上は問いを重ねようとはしなかった。

 

 

 どれだけの沈黙が流れようと、戒莉は一向にかまわないという風だった。紅瑚がしびれを切らすのを待っているのかもしれない。

 

 紅瑚は、戒莉の胸の内を探りながらも、それを抑えることはできなくなった。

 

「あんたは、何かを守っているのかい?」

 

 この細い腕で、弱々しい体で、守れるものが何かあるのだろうか。

 

 また、沈黙。

 

 だが、戒莉は拒否したのではなく、考えている様子に紅瑚には見えた。

 

 

 

「……俺は、守られているだけにしか見えない。実際に、そうだ。何も守ってはいないのかもしれない」

 

 言葉は、弱い。だが、声は強かった。

 

「でも、今回死にかけて分かったことがあるんだ」

 

「それは、なんだい?」

 

「俺は、死ねない」

 

「え?」

 

「永遠に生きるとか、そういう意味じゃない。俺は、先には死ねないんだ」

 

 何の先に、誰の先には死ねないのか。紅瑚には、分からなかった。戒莉も紅瑚に分からせようとはしていないようだ。

 

 だが、その人を残しては死ねないという、そういう人が戒莉にはいるのが紅瑚にも分かった。

 

 

 

 『その人』も、実は同じ想いであろうか。

 

 守り、守られる。そういう存在なのだろうか。

 

 紅瑚の胸の内に、羨むような、悲しいような感覚が湧いて、はじけた。

 

 目の前にいるのに、紅瑚には戒莉が決して自分とは交わらない存在であることを実感した。

 

 

 

 

 

「どうして、こんな話になったんだろうね」

 

 紅瑚は、ずっと思っていたことをこぼした。

 

 戒莉は、顔を紅瑚の方に向け、その見えない瞳で紅瑚を見つめていた。

 

「あんたが、あの男に少し似ているからだ」

 

 あの男とは誰だろう。

 

 戒莉が似ていると言うのは、見た目のことでないのは確かだ。

 

 だが、それにしても、仮にも女性に向かって男に似ていると言う口を持つ、この戒莉という男を、紅瑚はとても面白いと思った。

 

「あんたは、誰にも似ていないね」

 

 

 

 そう。紅瑚の姉にも、あのひとにも似てはいない。

 

 

 

 

 

 

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