『高嶺に咲く花』 天涯Ⅴ   作:清夏

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『白い包帯』

 

 

 気付いた時には、既に寿治の姿はなかった。施術の途中で眠ってしまったのだろう。ここに来ると、いつもそうだ。

 寝台に横になったまま、紅瑚は軽く伸びをした。体が、ほぐれているのが分かる。やはり、ここに寄って正解だった。

 ゆっくりと体を起こし、脚を床につけた。まだ、少し体が眠っているようだ。

 

 と、四方に巡らされた幕の外で、寿治の声がした。

「迎えはないんですか?」

 どうやら、紅瑚に話しかけたものではないらしい。

「ない」

 低く、それに応える声がした。まだ若い、男の声だ。

「では、お茶を一杯飲んでいってください」

 寿治が奥に茶を頼む声が響いた。

 若い男は、先ほど紅瑚が座った椅子に腰をかけたようだ。やや、干満な動きで、脚を引きずるような音がした。

 

 紅瑚は、身支度をして、そっと幕をめくって外を覗いてみた。窓から入ってくる光が、前より落ちている。どれほど寝てしまっただろうか。

 薄い光の中で、先ほどの若い男が茶を一口すすっているのが見えた。

 男は、本当にまだ若いといった風情で、全体的にほっそりとした印象だ。とにかく痩せていて、青白い肌をしていた。

 立っていないのではっきりは分からないが、おそらく紅瑚よりも背は低いだろう。もっとも、紅瑚は並みの男よりは体格が良いので、それは特に珍しいことではない。

 男の中で、目を引くのは、顔の上半分以上を覆う真っ白な包帯だ。随分と厳重に巻かれている。目は完全に隠れ、こちらから窺うこともできないが、おそらくあちらからも何も見えないだろう。

 その安心感からか、紅瑚は不躾な程にその男を眺めていた。

 

「おや、お目覚めでしたか」

 寿治が、突然背後から声をかけて来たものだから、紅瑚はかなり驚いてしまった。

「ああ、今、目が覚めたところだよ」

 なにやら言い訳めいて聞こえる。

「あなたもお茶を飲んでいってください」

「ああ、ああ、ありがとう」

 しどろもどろだ。

「そうだ。紅瑚さん、あの方と一緒に宿に行ってもらえませんか」

 あの若い男を示して、寿治がそんなことを言い出した。

「え」

「いつもの宿にお泊りでしょう。あの方も同じ宿なので」

 確かに、いつもの宿に泊まるつもりだが、部屋が空いているかは確かめていない。そんなことを言いかけて、紅瑚は思い直した。

 たとえ宿が違っていたとしても、目の見えない男を送っていくくらいしてもいいのではないかと。

「別に、あたしはかまわないが」

 紅瑚がそう言いかけた時に、声が紅瑚と寿治の間に割り込んできた。

「俺は一人で帰れる」

 若い男は、紅瑚たちが自分のことを話していることに気づいたのだろう。

「道は憶えている」

 随分と強い口調だ。

 むっとしてもいいくらいだったが、紅瑚は男の態度に興味を持った。

「道は分かっていても、今日は人が随分と多く出ていますから」

 寿治は、諦めずにそう言葉を重ねた。

 男は、口を一瞬つぐんだが、結局断りの言葉をこぼした。

「親切はありがたいが、一人で帰りたいんだ」

 先ほどよりは、礼儀を感じる物言いだ。

 紅瑚は、男の様子を改めて見直した。

 痩せていて、白い包帯が痛々しく、頼りなげで、儚げですらある。だが、その口からは、意外なほどの強い声が吐き出される。その身に余る内面の激しさが、体を蝕んでいるかのようだ。

 

 

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