気付いた時には、既に寿治の姿はなかった。施術の途中で眠ってしまったのだろう。ここに来ると、いつもそうだ。
寝台に横になったまま、紅瑚は軽く伸びをした。体が、ほぐれているのが分かる。やはり、ここに寄って正解だった。
ゆっくりと体を起こし、脚を床につけた。まだ、少し体が眠っているようだ。
と、四方に巡らされた幕の外で、寿治の声がした。
「迎えはないんですか?」
どうやら、紅瑚に話しかけたものではないらしい。
「ない」
低く、それに応える声がした。まだ若い、男の声だ。
「では、お茶を一杯飲んでいってください」
寿治が奥に茶を頼む声が響いた。
若い男は、先ほど紅瑚が座った椅子に腰をかけたようだ。やや、干満な動きで、脚を引きずるような音がした。
紅瑚は、身支度をして、そっと幕をめくって外を覗いてみた。窓から入ってくる光が、前より落ちている。どれほど寝てしまっただろうか。
薄い光の中で、先ほどの若い男が茶を一口すすっているのが見えた。
男は、本当にまだ若いといった風情で、全体的にほっそりとした印象だ。とにかく痩せていて、青白い肌をしていた。
立っていないのではっきりは分からないが、おそらく紅瑚よりも背は低いだろう。もっとも、紅瑚は並みの男よりは体格が良いので、それは特に珍しいことではない。
男の中で、目を引くのは、顔の上半分以上を覆う真っ白な包帯だ。随分と厳重に巻かれている。目は完全に隠れ、こちらから窺うこともできないが、おそらくあちらからも何も見えないだろう。
その安心感からか、紅瑚は不躾な程にその男を眺めていた。
「おや、お目覚めでしたか」
寿治が、突然背後から声をかけて来たものだから、紅瑚はかなり驚いてしまった。
「ああ、今、目が覚めたところだよ」
なにやら言い訳めいて聞こえる。
「あなたもお茶を飲んでいってください」
「ああ、ああ、ありがとう」
しどろもどろだ。
「そうだ。紅瑚さん、あの方と一緒に宿に行ってもらえませんか」
あの若い男を示して、寿治がそんなことを言い出した。
「え」
「いつもの宿にお泊りでしょう。あの方も同じ宿なので」
確かに、いつもの宿に泊まるつもりだが、部屋が空いているかは確かめていない。そんなことを言いかけて、紅瑚は思い直した。
たとえ宿が違っていたとしても、目の見えない男を送っていくくらいしてもいいのではないかと。
「別に、あたしはかまわないが」
紅瑚がそう言いかけた時に、声が紅瑚と寿治の間に割り込んできた。
「俺は一人で帰れる」
若い男は、紅瑚たちが自分のことを話していることに気づいたのだろう。
「道は憶えている」
随分と強い口調だ。
むっとしてもいいくらいだったが、紅瑚は男の態度に興味を持った。
「道は分かっていても、今日は人が随分と多く出ていますから」
寿治は、諦めずにそう言葉を重ねた。
男は、口を一瞬つぐんだが、結局断りの言葉をこぼした。
「親切はありがたいが、一人で帰りたいんだ」
先ほどよりは、礼儀を感じる物言いだ。
紅瑚は、男の様子を改めて見直した。
痩せていて、白い包帯が痛々しく、頼りなげで、儚げですらある。だが、その口からは、意外なほどの強い声が吐き出される。その身に余る内面の激しさが、体を蝕んでいるかのようだ。