『高嶺に咲く花』 天涯Ⅴ   作:清夏

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『依頼』

 戒莉という男との会話は、それほどはずむものではなかった。

 だが、すれ違えば挨拶を交わしてもかまわない程度の関係となった。もちろん、声をかけるのはだいたい紅瑚の方からだ。

 

 目は、何かの薬品を浴びたせいで見えなくなっているのだという。一時的なものらしいと、戒莉は言っていたが、紅瑚にはそれが希望を述べているだけのように響いた。

 体も思うように動かないらしく、特に左手はものをつかむことすら覚束ない。なぜこんな状態になったと訊ねてみたいが、紅瑚は聞きあぐねていた。

 

 

 

「死にかけたということですよ。なんか、噂ですけどね。盗賊かなんかとやりあって」

 どこからその噂を仕入れてくるのか分からないが、伸行の口は今日も軽やかだった。

「へえ、盗賊ね」

 あの戒莉が、盗賊とやりあって……などというのは、想像もできない話だ。まあ、噂は噂なのだと思った方がいいのだろうと、紅瑚は納得していた。

 

「それはそうと、また例のお客さんがお待ちですが……」

 伸行は、常よりは真面目な顔で、紅瑚に話を向けた。

 例のお客。と、伸行は言うが、あれは客ではない。

 いつも仕事を持ち込んでくる、仲介屋だ。

 ありがたい存在だが、ありがたくない時もある。

 紅瑚が街にいるという話を聞き込んで、頼んでもいない仕事の口を持ってやってきたのだ。

 

 

 

 

「あたしは休養中だからね、他を当たってくれって言っただろう」

 話を聞いてしまっては、やっかいだ。紅湖は先ずきっぱりと断りをいれた。

「でも、あちらとしては、そんじょそこらの剣客には頼みたくないって言ってるんですよ」

 本当だろうか。

 紅瑚は仲介屋の言葉をあやしんだ。

「あたしなんかより、ほら『風渡り』の方がいいんじゃないのか。有名人だよ」

 珊揮は、紅瑚なんかよりも、よっぽど名の通った剣客だ。

 それを聞いた仲介屋は、困ったような顔をした。

 それを見た紅瑚は、『なるほど、先に断られたんで、こっちに話を持ってきたんだな』と、理解した。しかし。

「功の女将軍だったっていう紅瑚姐さんだって、珊揮さんに負けないくらい有名ですよ」

 仲介屋は、そんなことを言うが、紅瑚にはどうにも無理がある気がした。確かに、紅瑚は将軍などと呼ばれていたこともある。しかし、それは空席を埋めるための一時のことであったし、末席の将軍に過ぎないのだ。

「とにかく、お断りだよ」

「でも、紅瑚さんしかいないんですよ」

「そんなはずないだろう」

「でも、強くて、名が通っていて、女っていう条件なんですよ」

「女?」

 はじめのふたつは、理解できるが、女という条件はなんとも珍しい。体の構造的に、男の方が力のいる仕事には向いている。剣を交えれば、女は男より弱いだろうと考えるのが、一般的だ。もっとも紅瑚のことを言えば、並の男など足元にも及ばないほどの力がある。

「その、守って欲しいのは女性なんです。それも、とても美しい。で、たとえ身辺警護の為とはいえ、男を近くには置いておきたくないらしいんですよ」

 なるほど筋は通っている話だ。

 しかも、仲介屋の言葉の中には、紅瑚が心惹かれてしまうものが入り込んでいた。

「その女は、何者なんだい?」

 仕事を引き受ける気もないはずの紅瑚だが、気づけばそんなことを聞いていた。

「それはお引き受けいただけないと申し上げられません」

 仲介屋は、さらりとそう答えた。

 

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