しかし聖剣は呪われていた! 〜聖剣がただの玩具と化しても、地力があれば魔を討てますか?〜 作:黒毛男
世界の何処かに存在する地下闘技場。
その牢獄とも呼べる一室で、硬い床に腰を下ろして自身の出番を待つ少年がいた。
冷たい金属の音が響き、扉が開かれると彼は顔を上げる。
「おら、次はお前の番だぜ」
顎で指示され、少年は頷いて立ち上がる。傍らに横たえられた、身の丈に合わない長さの剣を手にとって。
「簡単に説明しておくが、ここのルールは単純だ。勝ちゃあいい。勝ちゃあな」
案内しながら先を歩く細身の男性は気怠そうに欠伸を噛み殺している。それもそうだ、なぜなら彼は――
「逆に負けるやつにゃあ死が待ってる。そりゃ残酷なやつがな」
――死ぬかもしれない者に丁寧な説明をする意義を感じていなかったからだ。
「ま、詳しくは次、会った時に話してやる。生きていればの話だがな」
「……ああ。また会おう」
少年はここへ来て初めて口を開く。それは聞くものには尊大にも受け取られるような口振りではあったが、男は彼を面白い奴だと内心ほくそ笑みながら踵を返す。
同時に少年も足を進める。目の前の重厚な扉が開かれると割れんばかりの歓声が響いていた。
目を細め、少年は対戦相手を見据える。
「さて、飯にありつくためにも気張るか」
彼がここにいる理由。それは空腹により行き倒れる寸前に偶然足を踏み入れたため。
さらに言えば彼は携えた剣に呪われていた。忌避されるべき闇の根源に、人々は彼を捨てた。それ故に彷徨っていたわけだが、同時に力を振るう場所を求めていた。
その呪われた少年の名は、ニルスと言った。
――おめでとうニルスくん。選ばれた君には、由緒正しき王国の剣を授けよう。
銀の、しかしくすんだ色の剣を握りしめると記憶の一片が蘇る。あの頃は訳も分からずにいたが、よく考えてみれば自分は何に選ばれたというのか。
周りの大人の目に、全く称賛する意思がなかった様子を思い出してもそうだった。
そしてその時から、ニルスの体に異変は起きた。
体が重く、思うように動かない。その様を見て村人達は嘲笑するばかりか、忌々しげに彼を虐げ続けた。
しかしニルスは決して屈しなかった。その手にある一振りが聖剣だと知っていたから。
必ず力を貸してくれる、そう思っていた。だが聖剣は己が呼び掛けに反応することはなく、大人には使い物にならない玩具だと吹聴され、仕方がなしに彼は手っ取り早く自身を変える方法で現状の打開を目指した。
その策は、正しかったとは必ずしも言い切れなかった。
力をつけ始めることによって、増したのは孤独感、疎外感である。
彼を子に持つことによって嫌悪の視線を浴びるのは、その親も同じだった。だから、手放してしまった。既に自分達でさえ手に負えなかったから。
ニルスは構えた剣を、少年の細腕で振ったとは思えない速度で振り下ろし、轟音と旋風を生じさせながら地面を割る。
衝撃に身を硬直させた対戦相手が、片足を地に飲み込ませてしまう。
身動きの取れないまま、一体なぜこれほどまでの力を、と相手の男は瞠目するしかない。
それは呪いにこそ秘密があった。
彼の受けた呪いのうちには、「触れた物の重量が大幅に増加する」ものが存在した。
当然、それは足枷のように彼の動きを制限し、足に至っては常に靴が重いものだから歩くことすら苦労の連続だった。
しかしそれは、「慣れ」が伴わない前提の話。
幼い頃より呪いを受けていたニルスにとってその荷重は、もはや日常的なものになっていた。
さらには日頃からの鍛錬は欠かさず、全身にあらゆる武具を括り付けて腕立て伏せ、走り込みなど、他人を頼れない分、自分を磨くことに努力を惜しまなかった。
その成果がこれである。少年は、大の大人が怯えるほどの剛腕を見せたのだ。
そしてニルスは男の元へ駆け出す。剣を横向きに構え、その胴を打つつもりで加速する。
少々大振りのその剣では、本気で殴られれば相手は絶命してしまうだろう。当然ニルスには男を殺める気はない。
しかし全力だった。全力でなければならなかった。
そこでもやはり、呪いが立ち塞がる。
それは、「攻撃の一切を封じる」という呪い。
非常に単純な呪いだが、その効果は絶大だ。攻撃しようと足を踏み込んだ瞬間に、体を縛り付けられたように動かせなくなるのだ。
ニルスも当然、呪いの抱擁に身を任せざるを得なくなる。その中でも全力の抵抗、すなわちそれは腕を振り抜くという強い意志。
止まっていた剣が僅かに傾き始める。恐らくこの闘技場の誰もが不可能だと思われる行為を少年はやってのけた。
それはなぜなのか。呪いの知られざる穴をついたとでも言うのか。
答えは否。
呪いといえど対象を縛り付けることには限界が存在する。人為的なものであることから、それは人間を、いや、地上の生物を縛るのが限界だったのだ。
そう、その少年はあらゆる生物を超えるほどの力を身に着けた。身につけてしまった。奇しくも呪いという存在が、彼に生物を超越させたのだ。
皮肉なことか呪いが呪いを打ち破る要因となった。
そして呪いそのものを呪い殺さんばかりの執念が、彼を限界のその先へと導いた。
押さえつけられているため、その腕は緩やかにではあるが、積み重なった努力を示すように、確かに進められていった。
剣が男の胴を打つ。鈍い音を立てれば体が揺らいで僅かに飛ばされる。その速度は、男に捉えられないものではなかった。
しかし得体のしれない恐怖が、足を竦ませた。彼の戦意はここに尽きたのだ。
「いやー、良くやったもんだ。ああ、食べたままでいいぞ。しっかし、魔法でも使ったのか? 一方的でまるで試合にもなってねえ。ま、相手が運だけで勝ち上がった奴ってのもあるがよ」
「んぐっ……」
「そんなに頬を膨らませて喋ろうとすんな。はぁー……食いもんのためにここへ来たとは聞いちゃいたが、ありゃ嘘じゃなかったのか……」
話をするのは先程案内をしていた男。彼は呆れた様子で肩を竦めると「ま、勝ち上がれば待遇も良くなる。ちっとは頑張れよ」と、目の前の少年に密かな期待感を抱きながら去っていった。
一方ニルスは、そのような視線には一切気づかずに、食のためにもっと頑張ろうと、支給された干し肉にかぶりつきながら思ったのだった。