世界の中心と呼べる程に金も物資も人も集まるオラリオの街は人の熱気と活気に満ちあふれている。メインストリートを歩けば様々な店や露店が己の店の商品を買ってもらおうと、商人達の客引きの声が喧騒を上回っている。
行き交う人々は人間を始め、エルフ、ドワーフ、小人族に多種多様の獣人族達。何より驚くのはこのオラリオの街の規模そのものだ。他のどんな街や大きな港がある街も大国の首都でさえこのオラリオの街の前では霞んでしまう程だ。その秘密はオラリオにしかないあるものが関係している。
『ダンジョン』と呼ばれる大きな穴がオラリオの街の地下には存在している。まるで生きているかのように次々とモンスターを壁や床から生み出し、中に入って来た侵入者だけではなく、穴からモンスターを排出して人々を殺し破壊と暴虐の限りを尽くさんとする。
今でこそそれはオラリオの街の中心にそびえ立つ巨大な塔に塞がれているが、遥か昔にはそれこそ何千何万では効かない程の人々が殺され、世界は絶望に包まれていたという。
そんなオラリオの街でも目立つ人影が一つ。顔から足元の靴まで隠れるローブに身を隠しながらメインストリートを避けるように裏路地を歩いている。つい先程オラリオの街に密かに潜入することに成功した人影は一先ず落ち着ける場所を探すべく、
「おい、止まりな」
物陰からすっと計4人の男が現れあっという間に囲まれる。逃げ道を塞ぎ、刃物をちらつかせて脅し、金品や高価な物を奪う、こういった人の目の少ない場所では少なくない頻度で起こる強盗事件の一つだ。
「安心しろ。金目の物さえ置いてけば命だけは助けてやるさ」
周りの男達もニヤニヤと笑いながら一歩ずつ距離を詰める。だが圧倒的不利な状況に置かれているにも関わらず全く動じた様子がない。首を僅かに動かして周りのならず者達を一瞥する。
「……アーチャー、蹴散らしてください。……殺してはなりませんよ」
女性らしき透き通った声であったが、それよりも彼女の言葉の方が気になった。
「あ? 何言って……?」
唐突に零した言葉に疑問を持った時にはもう遅く、ちょうど正面に立っていた男が何かによって蹴り飛ばされ、側に置かれていた樽に激突して意識を刈り取られる。それに一瞬遅れて気がついた他の三人も突然現れた屈強な男にあっという間に地に叩き伏せられた。
「終わったぞ。それで、彼らの処遇は?」
「放置で構いません。今はとりあえずの拠点を探す方が先決です」
幸い今の時期は気温が安定していて夜になっても冷え込みが激しいといったことはない。仮に目を覚ますのが夜になっても凍えて死ぬことはないだろう。
4人の男を一瞬で片付けた男は再び姿を宙に消し、ローブの人影もまたオラリオの影に消えていった。
■
「ここまで来れば良いでしょう」
ローブの女性がやや古びた木の椅子に腰をかけることができたのはあれからしばらくしてからだ。5年という歳月をオラリオから離れていた彼女にとって、今のオラリオは少々眩しすぎた。悪が蔓延り女子供が笑顔を振りまきながら出歩けないあの頃のオラリオが脳内にこびり付いていたが、それはまたたく間に払拭された。これを成したのが自分の眷属であった一人の少女というのだから、自分もほんの少しだけ誇らしい。
同時に辛い思いもさせてしまった。思い出されるのは5年前の彼女の姿。不器用で厳格な彼女だったが、自分やファミリアの皆に見せる微笑みは忘れようがない。あれからもう5年も経ってしまった。彼女は一体どれだけの血に塗れてしまっただろうか。それでもなお前に進めているだろうか。
ローブを脱ぎ捨て、彼女本来の姿が見える。思わず目が奪われてしまうような美貌の美しい女神の姿がそこにはあった。その女神はかつてオラリオの治安と秩序の維持を担っていたアストレア・ファミリアの主神だった。
「ああ、少々埃っぽいが、それは仕方あるまい。後ほど軽く掃除しておこう」
机と椅子が2つ。衣類を収納できるクローゼットに簡素なキッチン。あまり寝心地のよろしくないベッドが一つのみ。本当に最低限の設備だけの賃貸住宅だが、身を潜める必要がある今ならば丁度いい隠れ家になるだろう。メインストリートから離れている分安めの値段で契約を結べたからいいだろう。
「ありがとうございます。アーチャー」
どこで買ってきたのか、紅茶を手早く淹れた男性が女性の前にそれを置く。
「まさか再びオラリオに戻って来れるとは思いにもよりませんでした」
「構わんよ。元より君に力を貸すと決めたのは私だ。精々上手く使ってくれ」
目の前の男はそう素っ気なく言う。思えば今の自分があるのはこの男と出会ってからだったか。数ヶ月前、私はオラリオから離れた小さな農村の僻地に隠れ潜びながら日々を過ごしていた。何もできず、何もやろうとせず、食料や日用品が尽きれば持たされた金品と物々交換して飢えを凌ぐ毎日。そんな日々を過ごしているある日、男が現れた。男は生気の無い目をしていた私の話し相手をしてくれた。世間話をしているだけでも少しずつ元の自分に戻っていく気がした。
「そんなに心配ならオラリオに行ってみればいいじゃないか」
毎日を過ごす内に彼から提案されて私の体の機能は停止した。今までオラリオに帰りたいと思ったことは何度もある。唯一残ったあの子に会いたいと思ったことは数知れない。行こうと思えば行けない距離ではないにも関わらず行けなかった。否、行かなかった。あれから変わってしまったであろうオラリオの街や生きているかも分からないあの子に会うのがひたすら怖かったからだろう。
「彼女のことは何も知らないが、きっと恨んでいないと思うぞ」
ガツンと金槌で殴られたような衝撃で意識を引き戻され、なぜ?と聞いてみた。すると拍子の抜けた答えが返って来た。
「正義の体現者というのは皆どうしようもないお人好しばかりだ。彼女も君も、自分ばかり責めていては辛いだろう?」
「だからこそ背を向けず向き合いたまえ。何かしなければ何も変わらないのだからな」
それからは悩みに悩んだ。何日も悩み抜いて覚悟を決めてこの地に立っている。目を背けたくないと決めてしまったから。
「それで、これからの方針はどうするつもりかね?」
「早くリューを探したいという思いもありますが、旅費とこの家で資金の殆どを使い切ってしまいましたからね……」
小さな袋を傾けて溢れ出てくる硬貨はごくわずか。端金程度しか残っていなかった。
「ふむ。では当面は資金調達と情報収集となるわけだが、こちらは私が受け持とう。君は万が一に備えてここから出ない方がいい」
「申し訳ありません。何から何まで任せてしまって」
「仕方あるまい。闇派閥とやらが壊滅したとはいえまだ残党が息を潜めている可能性もある。アストレア・ファミリアに恨みを持つ者も少なくはないだろう」
「欲を言えば誰か信頼の置ける者と連絡をしたいですね。ガネーシャ辺りの派閥は昔から交流もありますし力になってくれるかもしれません」
「その辺りは後ほどでいいだろう。暗くなる前に何か手早く買ってこよう。暇つぶしの本や情報誌辺りもあった方がいいな」
「はい。お願いしますね」
何故か私に救いの手を差し伸べ、アーチャーと名乗り本名を明かさない彼は本当に頼りになる。この日は彼が買ってきたパンと昔よく食べたじゃが丸くんとで腹を満たし、翌日に備えることになった。
そして私が眠りにつく直前に部屋の中から姿を消すアーチャーの姿が瞼に映り込んで来た。
■
翌日、寝ぼけた目をこすりながら周りを見渡すととてもじゃないが信じられない光景が見えた。埃っぽかった部屋は綺麗に掃除され、ガタが来ていた家具は全て新品に代えられていた。真新しい机に何故か置かれているサボテンには驚いたがそれ以上に驚くことがある。
キッチンが驚くほど劇的なビフォーアフターを迎えている。ピカピカの新品なのは勿論のことだが、鍋すらなかったキッチンに一通りの調理器具が揃えられていた。調味料も塩や胡椒の基本的な物から香辛料やハーブ、あまりメジャーじゃない物まで網羅されていた。
「やあ、起きたか。もうすぐ朝食ができる。顔を洗って来なさい」
極限まで鍛え上げられた褐色肌の肉体の上からこれまた何故かよく似合うエプロンを着込んで料理をしているアーチャーがいた。焼ける音と匂いからして卵とベーコンだろうか。
「ええ、おはようございます……」
驚きのあまり面食らったが、目が冴えると同時にハッとして洗面所で身だしなみを整え、席につくことにする。
「これは一体、どこにこんなお金が……」
「ああ、君には言ってなかったな。私にはこんな魔術が使えてね」
彼の説明によると一度見た物ならば魔力を消費するだけで複製品を作り出せるのだという。武器の、特に剣のカテゴリーが得意だと言っていたが、日用品や家具でもできないことはないらしい。これで家具や調理器具を一新したそうだ。
「便利な能力なのね。……あ、美味しい」
「そうか、気に入ってくれて何よりだ」
少しだけ微笑んだ彼の横顔がちらりと映る。もしかして結構家事とか得意なのだろうか。
「それで、君が言っていた眷属というのは彼女で間違いないか?」
彼が差し出したのはギルドが販売している冒険者達のグッズだ。これも立派なギルドの収入源の一つなのだからレベルが上がり、人気が出ればそれだけ多くグッズが作られる。当時のリューは今はオラリオ1の剣士と呼ばれる『剣姫』アイズ・ヴァレンシュタインと競い合う程人気で注目があった冒険者だった。
そんな中で作られたブロマイドは少し古くなっていたが、当時のあの時の姿のままだった。美しい金色の髪のエルフだった。
「彼女だが、やはりギルドから要注意人物として登録されている。冒険者としての資格も剥奪されている」
「やはり、ですか」
「といっても形だけのような物らしい。彼女は闇派閥を一人で壊滅させたそうだ。その行いこそ正義だが、文字に起こしてしまえばただの殺戮だ。オラリオ全体からすれば英雄のような行いだが、ギルドとしての面子を保つには必要な処置だったというだけの話だ」
人は何かを犠牲にしなければ生活できない。食欲を満たすために他の動植物を殺し、魔石という資源を得るためにモンスターを殺し、街や国を維持するために英雄を切り捨てる。たまたまリューに白羽の矢が立ったというだけ。とてもじゃないが納得はできないが。
「一先ず彼女のことを知っている人物を探してみるとしよう。ああ、食べ終わった食器は流しに置いておいてくれ。夕暮れ時には帰ってくるが、お腹が空いたらそこの白い箱の中にサンドイッチを用意している。それを食べていてくれ」
なんと昼食の準備までしているという。何から何まで任せてしまうと、このままだらけてしまいそうになる。
「ええ、わかりました。いってっらっしゃい、アーチャー」
「ああ、行ってくる」
扉が閉じられる。
「さて、頑張りましょう」
この先はきっと長くなるだろうが、不思議と明るく照らされている気がした。
アストレア様って原作で一言でも台詞ありましたっけ?
口調とか大体イメージ通りでしょうか?