疾風と正義の女神と正義の味方   作:たい焼き

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1話

 すっかり軽くなってしまったポーチを何度か小さく放り投げて重さを再認識する。生活資金すら禄に捻出できなくなるほど緊迫する状況になりつつある今、資金調達は自らが力を貸しているアストレアの目的以上に重要視しなければならない。なぜなら明日食う食料の調達すら困難な有様だからだ。

 

 だがここは迷宮都市オラリオ。幸いなことに金を稼ぐ手段は腐るほどある。一文無しでも可能性はあるだろう。そう希望を持っていたのも始めの方だけだった。

 

 まず最も多くの金を稼げる可能性のある仕事は冒険者になってダンジョンから魔石やドロップアイテムを持ち帰りギルドで換金するというものだ。しかしダンジョンの中には原則冒険者しか立ち入ることができない。そして冒険者になるためにはオラリオに数多く存在する主神達の誰かから『神の恩恵』を受け取らなければならない。神の恩恵が冒険者として登録する上で必ず必要となる物で、これだけは抜け道が存在しない。過去に神の恩恵を受けずにダンジョンに潜った者も居たらしいが、その大半が帰らぬ人となったため、規則として確立してしまったのだ。

 

 勿論アーチャーは神の恩恵を受けていない。理由は幾つかあるが、一つは必要なかったから。既に英霊としての力を持っており、そこらの冒険者に負けない程度には後れを取ることは無いと判断したからだ。そして、自分が英霊であるということ。生前ならばともかく今は実体を持たない霊体の身だ。どこからともなく何故か供給され続けている魔力のおかげで現界する上で依代となるマスターの存在を必要としていないが、今を生きている人々に恩恵を与える『神の恩恵』が死んで時の止まったアーチャーに適用されるか怪しかったということだ。

 

 そして最後の理由にアストレア自身の今の境遇がある。

 

 アストレアという神は一度眷属達がほぼ全滅し、ファミリアが壊滅している。そしてその後の【疾風】による闇派閥の殲滅事件。彼女は全く悪くないのだが、これによって闇派閥全体から殺意を向けられ、アストレアに連なる者達はその存在を隠匿する他なくなった。

 

 これらが積み重なり、アーチャーは表立ってアストレアの関係者を名乗ることができず、恩恵を受けられないため冒険者登録もできない。

 

 だがせめて他の就職先が無い物かと、掲示板に貼られた求人票に目を通している。市役所等が存在しないが、こういった就職先の斡旋等も冒険者ギルドが請け負っていた。

 

 アーチャーは生前親を亡くすのが早かった。早急に家事をする必要があったため、人並み以上の家事の腕を持っていると自負している。料理も掃除も洗濯も含めて何か活用できる仕事は無いかと探してみた。

 

 仕事そのものはあった。調理ができる者を募集している料理店や酒場。家政夫を求めている富裕層の家。ファミリアそのものが冒険者ではなく家事ができる者を求めている張り紙もあった。だがいざ手続きをしようとするとまた異なる問題が発生してしまった。

 

 身分証明ができないのだ。

 

 オラリオは基本的にどんな者でも受け入れる。そしてオラリオで市民権を得る方法も幾つかある。他国からオラリオに移住する場合は他国での戸籍や身分証明ができる物が必要だ。そうでない辺境の農村や人間ではない種族の場合はファミリアに加入して冒険者登録をすれば市民権も一緒についてくる。もしくはそれ相応の金を積むことでそれらをパスできる。

 

 見事にアーチャーにはどれも持ち得ていなかったのだ。

 

 「まさか英霊になってまで就職難に陥る羽目になるとはな……」

 

 これにはアーチャーもヘコんだ。高校を卒業したらすぐにロンドンへ留学する師匠について海外へ渡り、袂を分かってからは世界を放浪したが、そこではなんとかやっていけた。人助けの報酬として望む望まないに関わらず大金を受け取ることもあったし、百余名の料理人達とメル友になった縁でその店で料理の腕を振ったこともある。人理焼却の際にカルデアのサーヴァント達の中の端に名を連ねた時は、暇を見つけては人手不足で稼働していなかった食堂を数人の仲間サーヴァントと切り盛りした覚えもある。

 

 「しばらくは日雇いのバイト暮らしだろうな……。探してみようか」

 

 初っ端から出鼻を挫かれるが、この程度の不運には慣れた物だ。

 

 

 

 ■

 

 

 

 しばらくして都市最大の農業系ファミリアである『デメテル・ファミリア』が臨時で働き手を募集しているとのことでそちらに参加することにした。米国の機械化農業を思い出す広大過ぎる畑を団員達が鍬を振り上げて耕しているというのだから改めて恩恵による身体能力の上昇には驚きだ。

 

 「それにしてもお兄さん、随分力も体力もあるね。どこかで恩恵でも貰っているのかい?」

 

 「いや、実家が農家で手伝っていたんだ。これくらいなら慣れた物さ」

 

 経験こそ皆無ではないが大半は嘘である。英霊のステータスを恩恵だと誤魔化しながら作業を進め、日没が近づいて来た頃に作業が終了した。本日分の日当を貰って軽く挨拶してアストレアの待つ家に戻ることにする。

 

 「これだけ貰えるのならば今後も世話になるかもしれんな」

 

 支払いは存外悪くなく、今後の資金源としての視野に入れる。

 

 「いらっしゃい~。じゃが丸くんはいらんかね~?」

 

 帰り道で小柄な体型に見合わない豊満な胸が目立つ売り子が商品を売り込んでいた。

 

 「おや、君は昨日も来た子じゃないか。また買ってくれるのかい?」

 

 「ああ、普通の物を二つ程ほど貰おうか」

 

 ジャガ丸くんとは芋を潰し調味料を加え、衣をつけた後に油で揚げた一口大の料理だ。生前日本でも手軽に作れたコロッケに似ている。そこそこ腹に溜まる上に一つ辺りの値段が30ヴァリスと経済的にも優しいのが高評価だ。

 

 「毎度あり」

 

 計60ヴァリスを手渡し、じゃが丸くんの包みを受け取る。

 

 「へぇ、アーチャーくんって言うんだね?」

 

 「そういう君こそ神とは思わなかったぞ。女神ヘスティア」

 

 露店の方を店仕舞の準備をするとのことで多少雑談する時間ができた。こういうところで情報収集するのも忘れてはいけない。

 

 なんとこの女神ヘスティアは最近になって下界に降りて来た神なのだそうだが、降りて来て間もなく友神の本拠に引きこもり自堕落な生活を送っていたらしい。アーチャーの知るギリシャ神話のヘスティア神も大体似たような物なのだが、やがて愛想を尽かされ本拠を追い出され、こうしてアルバイト生活をしながら自分の眷属となってくれる子を探しているそうだが、結果は芳しくないそうだ。

 

 「そうだ。君は冒険者とか英雄に興味はないのかい? よかったら僕のファミリアに入らないかい?」

 

 「冒険者か……。まあなれれば色々と楽できそうだが無理してなる気はないな。それに……」

 

 「それに……なんだい?」

 

 「英雄には……いや、なんでもないよ」

 

 そうかい、とそれ以上深くは詮索してこなかった。

 

 (今更英雄だと胸を張れないな)

 

 かつて抱いた理想が間違いではなかったというのは少し前に得た答えだが、頑張って前を向けば向くほど、後ろに置いてきた後悔から目を背けなくなる。一生をかけて向き合い続けなければならない自分に与えられた課題となるだろう。

 

 「そうだ。もしファミリアを探している者が居たらそれとなく紹介しておこう。君のファミリアの眷属になるかはそいつの判断になるがね」

 

 「本当かい!? 助かるよ!」

 

 後から聞いた話だが、この女神ヘスティアはこのジャガ丸くんの屋台ではマスコットのような扱いを受けているらしく、よく頭を撫でられては愛嬌たっぷりの笑顔で返しているそうだ。それでいいのかとも思ったが、初めて会った時から神の威厳など欠片も感じなかった。だがその親しみやすく誰にでも分け隔てなく接するのは彼女の美点の一つなのだろうなとも感じた。

 

 せめて善人が彼女のファミリアに入ってくれることを祈ることにしよう。

 

 

 

 ■

 

 

 

 「すまない。今日は収穫がなかった」

 

 目の前でアーチャーが頭を下げて申し訳なさそうな声でそういった。

 

 「仕方がありませんよ。この広大で人の多いオラリオでたった一人の人物がそう簡単に見つかるわけがありませんから」

 

 だから貴方が責任を感じる必要はありません。と彼が持って帰って来たじゃが丸くんを頬張る。この絶妙な塩加減とサクサクの衣が合わさって最強に思えます。

 

 「すぐに夕食の準備をしよう。それを食べながら待っていてくれ」

 

 「あっ、私も何か手伝います」

 

 「……君がか?忘れていないぞ。ここに来るまでの道中、面倒臭がって一気に焼こうとしてその日の夕食のウサギを丸焦げにしたことを」

 

 「うぐっ……」

 

 「だから、そこで座っていろ」

 

 ああ、あれは本気の警告なのでしょう。この台所という名の聖域に私が一歩でも踏み込もうものならあっという間に斬り伏せられかねない。そう思わせる風格があった。

 

 引いて待つこと十数分。さっとトマトソースのパスタとサラダが目の前に出される。アルデンテに茹でられたパスタ麺とソースが絡んですごく美味しい。良いベーコンが手に入ったから本当ならばナポリタンにしたかったが生憎トマトケチャップがなかった、と本気で悔しがっているアーチャーを見たのはこれが初めてかもしれない。

 

 「そういえば、貴方は食べないのですか?」

 

 「私は見ての通り生きた人間じゃないのでね。出費を減らせるなら減らした方がいいだろう?」

 

 それはそうかもしれないが、そうではないのだ。

 

 「そう。でも食べられないというわけではないのでしょう? ならいつかはリューも一緒に三人で食卓に付きたいですね」

 

 「……そうだな。考えておこう」

 

 彼は私のことを放って置けないから手を差し伸べたのだろう。彼はリューやかつての皆と同じでどうしようもないお人好しだ。むしろ彼女達より酷い病気か呪いのように染み付いてしまっているとも見える。彼が私達に手を差し伸べるのなら、私は救われてから後ろからあの大きな背中を押して共に前に行きたいと思う。

 

 

 

 ■

 

 

 

 「ところで、その、ナポリタンというのはどうして作れないんですか?」

 

 「一番重要なトマトケチャップが売られてなかった。こうなったら醤油も味噌もみりんも全部自作してみせよう」

 

 「食べる側ならともかく、作る側の貴方を何がそこまでさせるのですか……?」

 

 「フッ。別に、全部作ってしまっても構わんのだろう?」

 

 「と、ともかく期待してますよ。アーチャー」

 

 「ああ、それよりもアストレア、随分頬が緩んでいるが、もしや相当食い意地が張って来たんじゃないか?」

 

 フッと小馬鹿にしたように笑って見せるアーチャーにイラッとして手元にあった枕で殴りかかった私は悪くないでしょう。というかひたすら作った料理を食べさせてくる貴方が悪いのです。


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