疾風と正義の女神と正義の味方   作:たい焼き

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2話

 「俺がガネーシャだ!」

 

 「ええ、知っています。久し振りですね。ガネーシャ」

 

 少々個性的な外見をしているガネーシャ・ファミリアの本拠の中にある応接間で二柱の神と側に控える二人の人間が机を挟んで向き合っている。

 

 片方はこのオラリオの中でも最大の規模を誇る派閥の主神と団長。自らを群衆の神と呼称し、その名の通り神々の中でも特に人間達を愛する神『ガネーシャ』とそのファミリアの団長である『シャクティ・ヴァルマ』。レベル5の第一級冒険者でもある実力者である。

 

 そしてもう片方は先日オラリオに帰還して来たアストレア・ファミリアの主神だったアストレアとアーチャーだ。

 

 「しかし俺も驚いたぞ。手紙を読んだ時は半信半疑だったが、こうしてまた会えるなんて欠片程も思っていなかったからな」

 

 「私もです。そしてお礼を伝えたかった。私が居なかった5年間、このオラリオの街の治安維持活動、本当にありがとうございました」

 

 オラリオが今の平和を取り戻すきっかけとなったのはアストレア・ファミリアの【疾風】であることは間違いないが、その後に闇派閥が勢力を盛り返したり外部勢力が入り込まなかったのはこのガネーシャ・ファミリアの者たちの地道な活動によるところが大きい。

 

 「それで、手紙にあった内密に相談したいこととは一体なんなのだ?ウラノス達にも隠さなければならないのだろう?」

 

 「その件なのですが、彼を冒険者にしたいのです」

 

 アーチャーへと視線が向けられる。別に変わったところは見受けられない。強いて言えばオラリオの外で冒険者として活動していたんじゃないかと見た方がよっぽど自然だ。しばしガネーシャが思考に浸る。

 

 「成る程、アストレアは現在は身を隠しておかなければならない。正義の派閥を疎ましく思っている者達も多い。だがそこの彼は冒険者になりたいが登録するときにファミリアも申告する必要があり、そこからアストレアの名が露見するのを防ぎたい。だから表向きにはうちのファミリアの眷属として登録し、実際はアストレアのために動けるようにしたい。簡単に言えばガネーシャ・ファミリアの名前だけを貸して欲しいということだな?」

 

 「ええ、理解が早くて助かります。それが1件目です。もう一つは彼そのものについてです」

 

 「彼がどうしたというのだ?ごく普通の人間だろう?」

 

 「ああ、私はごく普通の人間だ」

 

 アーチャーが口を開く。ただ普通に受け答えただけなのに、仮面の下のガネーシャの顔が驚きで歪む。

 

 「嘘かどうか判断つかない。つまりそういうことなのだな?」

 

 神は下界の者の嘘を見抜くことができる。天界に住む神々にとって下界に住む者は全て自らの創造物である。故に下界の人間による神殺しは禁忌とされていたり、ある程度の上位権限もある。子供からの嘘を見抜くのもその内の一つだ。

 

 「お初にお目にかかる。私はアーチャーのクラスを与えられたサーヴァント。既に自分の生を終えてなお人類を守護する英霊だ。人々からの信仰心で祀り上げられて世界の法則から解き放たれているから下界の存在に当てはまらないのだろう。概念としては精霊に一番近いだろうか」

 

 最も、アーチャーは厳密に言えばそれとはまた違う方法で英霊の座に登録された亜種に当たるのだが、ここでは割愛してよいだろう。

 

 「おお、これはまたとんでもない者が出てきたようだ。こちらこそよろしく頼むよアーチャーくん」

 

 アーチャーとガネーシャが握手を交わす。

 

 「しかし良いのかね? 得体のしれない者をそう簡単に信用しても。もしかしたら後ろから刺されるかもしれないぞ」

 

 「ふっ、俺はガネーシャだ。子供達の嘘が見抜けなければ相手の本質を読めなくなる程目が曇ったつもりは無いとも。それに何よりアストレアが君を信頼しているんだ。それだけで信用するに値する」

 

 成る程、神々の中でも一、二を争う神格者だというのも誇張表現ではないらしい。これほどの傑物は長い歴史の中にもそうは居ない。

 

 「では我々の頼みを聞いてくれるのですね?」

 

 「うむ。ガネーシャの名、好きに使ってくれ」

 

 ガネーシャとの会談も順調に終わった。特にこれといった揉め事も無く済んだ。

 

 「私はガネーシャ・ファミリアの団長を努めているシャクティ・ヴァルマだ。以後協力することもあるかもしれない。これからよろしく頼む、アーチャー殿」

 

 「アーチャーで構わんよ。こちらこそよろしく頼むよ、シャクティ」

 

 互いに握手を交わす。

 

 こうしてアストレアの派閥はオラリオ一の巨大派閥という後ろ盾を得ることに成功し、着々と基盤を固めていくことになる。

 

 

 

 ■

 

 

 

 翌日、アーチャーは再びギルドに訪れていた。ギルドの中は主に冒険者と思われる人々でごった返し、今日も変わらず賑わっていた。最早日課になりつつある依頼の掲示板の張り紙に目を通して行くが、どうにも都合の合いそうな依頼は張り出されていない。

 

 冒険者向けのクエストならば余るほど発注されているが、ギルドを通してクエストという形で成立している以上、ギルドを通さなければ依頼を受けることすらできない。依頼は冒険者であれば誰でも受けることができる。当然だがギルドと依頼主から腕を買われて契約が成立するため、失敗すればその冒険者やファミリアの信用の低下にも直結する。だがそれでも報酬が良い依頼が張り出される可能性があるため、金策としては中々良いと言っていい。

 

 冒険者向けの依頼としてどんな物があるか、例として上げるならば権力者や商人達の護衛や警備などダンジョンの外が現場となる依頼や、ダンジョン内でのみ産出される純度の高い鉱石や特定のモンスターのドロップアイテムや価値の高い宝石等の採取を目的とする依頼、もしくは一時的なパーティーメンバーの募集の依頼だったりと、その種類は多岐に渡る。

 

 アーチャーは羊皮紙を手にギルドのカウンターへと足を運ぶ。

 

 「取り込み中すまないが、冒険者登録を頼む」

 

 「は、はい。少々お待ち下さい」

 

 やはり冒険者としての登録と身分証明は必要だと思い、急遽ギルドを訪れることにした。ちなみに結局『神の恩恵』は受け取っていない。

 

 事前にアストレア・ファミリアと共に活動していたこともあるガネーシャ・ファミリアに事情を説明し、偽のステイタスを書いた羊皮紙をでっちあげ、先日の取り決め通りにガネーシャの名を刻んだ恩恵を受けている、とでっち上げる。レベルは1でステイタスはオール0、スキルも魔法も発現していない。他の冒険者と変わらない状態で冒険者登録を行う。

 

 「はい。確認が取れました。これで冒険者登録は終了です。ダンジョンについての知識を学べる研修も受けられますが、いかがでしょうか?」

 

 「そういう物もあるのか。折角なので受けるとしよう」

 

 長くとも1時間くらいで終わると思って受けた講習だったが、担当になったギルド職員の女性がかなり熱心に教鞭を執ったため予想以上の時間を拘束されてしまった。だがそのおかげもあってダンジョンという物がサーヴァントでも油断ならない場所であることが分かった。それに稼ぎの良い素材がある場所も把握できた。

 

 早速アーチャーはダンジョンに潜ることにした。バベルの地下1階に作られたダンジョンへの入り口を下りながら、他の冒険者から目立たないように目的地に向かう。レベル1で登録した以上、レベル1相応の動きをしなければ怪しまれて目立ってしまう。ファミリアには所属する冒険者のレベルに応じて相応の税金を支払う義務が課せられている。故意にレベルを低く申告すればその分脱税できるが、発覚してしまえば多額の罰則金を支払う必要が出てきてしまう。

 

 目的地はダンジョンの7階層の食料庫と呼ばれる場所。その名の通りダンジョンから生まれたモンスターに食事を提供するためだけの場所だ。ここには食事を求めて多くのモンスターが集まってくる。そんな場でモンスターを狩ろうとするならば生半可な実力では囲まれて逆に嬲られて死ぬことになる。

 

 だがそれ以上の実力を持った者ならば、勝手にモンスターが寄って来る絶好の狩場となる。

 

 「フッ……!」

 

 姿を隠しながら食事のために隙を晒したニードルラビットの魔石を後ろから矢で撃ち抜く。容易く貫通した矢はその向こう側に居た2体のニードルラビットの脳天もついでに撃ち抜いた。相手がこちらを認識する前に一方的に遠距離攻撃で殲滅するのは大昔から戦場において有効な戦術だ。

 

 モンスターが寄って来るとはいえ、周期が決まっているわけでもなければ一度に来る数にもムラがある。故にモンスターが来なければ待ちの時間になるが、弓の英霊にも選ばれるアーチャーに取って標的を撃つ絶好の機会を弓を構えたまま待ち続けるのは慣れている。長ければ何日もの間を絶好の機会というものを待ち続けるのは並ならぬ神経を擦り減らすが、アーチャーを名乗るのであれば必須の技能だ。

 

 そのまま30分程で目的のモンスターがやってきた。『ブルー・パピリオ』というモンスターはモンスターにも関わらず透き通る青い四枚の翅で淡く輝く鱗粉を撒きながら飛ぶ蛾のような美しいモンスターだ。同じ階層で出現する『パープル・モス』という似たモンスターもいるが、ブルー・パピリオのドロップアイテムである翅はその希少価値と美しい見た目から装飾品等として高値で取引されている。

 

 翅を落とす確率を上げるには、翅を傷つけずにブルー・パピリオを殺す必要があるが、アーチャーにとっては容易いことだ。

 

 「……シッ!」

 

 細いレイピアを矢に改造した。針のように細くなった矢を数十匹の群れで現れたブルー・パピリオに向けて射る。一息の間に全てのブルー・パピリオに矢を放つ早業を披露し、魔石のある部位だけを綺麗に撃ち抜かれたブルー・パピリオはあっという間に全滅し、灰と翅を残してこの世から消え失せた。

 

 「こんなものか……」

 

 およそ8割程の数の翅を拾い集める。これだけでも数万ヴァリスは下らないらしい。収益としては今日までの中で一番の額だ。

 

 この辺りで引き上げようとするが、出口を塞ぐように先程のブルー・パピリオの群れよりも多い数のキラーアントが現れる。ギチギチと顎を鳴らしながら外敵のアーチャーを見据えている。どうやらそう簡単には帰してくれないらしい。

 

 「面倒だがやるしかあるまい」

 

 弓を捨て、代わりに剣を投影する。キラーアントは絶命した時に仲間を呼ぶフェロモンを分泌する。まともに相手をしていれば囲まれて大量のキラーアントにすり潰されるだけなのは目に見えている。それでもアーチャーが持ちうる火力を叩き込めば全てのキラーアントを殲滅できるであろうが、あまり目立ちたくないうえに外の時刻も夕方に近づいている。

 

 故に迅速に進路を阻む邪魔な敵だけ斬り伏せて撤退する。

 

 「行くぞ」

 

 後には血溜まりと弾け飛んだ甲殻のみが食料庫の中に残された。

 

 

 

 ■

 

 

 

 「アストレア、ご飯だぞ」

 

 ダイニングテーブルの上に並べられた料理は昨日までとは質が違った。昨日までの料理も美味しかったのは間違いないだろうけど、どこか質素なイメージは残っていた。だが今日の夕食はどうだろう。大きくて立派な魚の塩焼きに鶏のソテー。具沢山のスープに瑞々しい野菜のサラダ。高級料理店で出されるような料理の数々に思わず喉が鳴った。

 

 「どうしたんですか? これらは」

 

 「ブルー・パピリオを乱獲して得た翅が思いの外高く売れたのでね。今日くらいは奮発してもバチは当たらんだろう」

 

 運良く稼げれば一攫千金も狙える冒険者が憧れの対象になる理由も良く分かる。死や取り返しのつかない大怪我の危険はあるが、その分得られる金は他の仕事よりも圧倒的に多い。

 

 「さぁ、食べようか」

 

 「えぇ。いただきます」

 

 食前に手のひらを合わせて『いただきます』と言うのが彼の生前の食事の時のマナーらしい。彼の生前の故郷は今のこの世界には存在しない国らしい。似たようなルールは極東の方にもあるらしいからきっと彼もそちらの方の出身なのだろう。

 

 「美味しいですね」

 

 「そうか。慣れない食材もあったから口に合うようで良かったよ」

 

 「それに誰かと食べる食事はやっぱり良い。あの頃を思い出します」

 

 「私もそういう思い出があったな」

 

 「そうなの? 良かったら聞かせて欲しいわ」

 

 「そうだな……。本当に、あの頃は良かったなと今でも思えるよ」

 

 アーチャーにもきっと彼を支えてくれる仲間が居たのだろう。かつての私の眷属達みたいに辛いことを分かち合ったり、支え合って導き合えるような仲間が。

 

 「特に三人で食べる食事がよくあった。大人数も良いが三人が一番落ち着いて食事できたと思う」

 

 「三人ですか。私とアーチャーとリューできっかり三人ですね」

 

 「ふっ、そうだな」

 

 アーチャーが微笑む。いつも顔をしかめているか小馬鹿に笑って皮肉な台詞を吐くことが多い彼にしては珍しい表情だと思う。

 

 「それにしても、一体リューはどこにいるのでしょうか……。私達はここでこんなに美味しい物を食べてますよ、リュー」

 

 「流石に聞こえていないとは思うが、想いだけでも届くといいな」

 

 談笑しながら夜も更けていく。明日もこんな日になればいいなと祈ることにしましょう。

 

 

 

 ■

 

 

 

 「……くしゅん」

 

 皿洗いをしている最中、唐突にくしゃみが出てしまい、危うく皿を割ってしまうところをなんとか割れる前に受け止めることに成功する。

 

 「大丈夫、リュー?」

 

 「ええ。大丈夫です、シル」

 

 同僚のシルが心配して駆け寄って来る。最初は割ってしまった皿洗いだったが、5年も続ければいい加減慣れてくる。

 

 私も手伝うよ、と言ってシルも手伝ってくれたおかげで思いの外早めに皿洗いも終わった。店も既に閉店して残っていた皿洗いも終わった。今日の業務も何事もなく終了したということだ。

 

 「そういえば明日ってリューも久し振りのお休みだったよね?」

 

 「はい。ということはシルもですか?」

 

 「そうなの。あっそうだ。よかったら明日一緒にどこかに買い物とか行かない?」

 

 「……そうですね。折角ですし行きましょうか」

 

 私がそう返すとシルは喜び、じゃあ明日の朝迎えに来るね、と言って上機嫌で店を出ていった。気づけば私が最後だったようで、店の明かりを落として寝泊まりしている店の離れの私の部屋へ戻り、シャワーを浴びて早めに就寝することにする。

 

 まさか明日が私にとっての転機になるなんて、この時の私には思いにもよらないことだった。




序盤のガネーシャの辺りはちょっと強引かなって思いながら書いてましたね。どうでしょうか?

アーチャーの食事の時の三人がというのは、衛宮士郎だった時に最も多かったと思われる人数を参考にしてます。士郎・藤ねえ・切嗣、士郎・藤ねえ・桜、士郎・藤ねえ・セイバー、士郎・セイバー・凛、みたいな感じで。

昔どこかの小説を読んだ時に書かれていた覚えがあります

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