疾風と正義の女神と正義の味方   作:たい焼き

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私の仕事が夜勤のときはこの時間の投稿になります

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4話

 「ただいま」

 

 買い物を済ませて仮の拠点へと帰宅する。安かったため少々買い過ぎたかもしれないなと思いながらも、今日の夕食や明日の弁当の献立をどうしようかと考えながら玄関の扉を開ける。

 

 家の中からの返事は無かった。普段ならば居間代わりに使っている部屋で小説や情報誌を読んでいるか、ベッドの上で寛いでいるかのどちらかだ。アーチャーが帰って来るとそれらを中断して『おかえりなさい』と出迎えてくる。

 

 そしてアーチャーが作った夕食を二人で食べながら、その日あった出来事の報告会を開くのがいつもの日課となっていた。

 

 「アストレア? いないのか?」

 

 「ああ、アーチャー……。帰っていたのですね」

 

 アーチャーの声に反応してアストレアの声が返ってくる。だがどうにも声色に元気が無い。どうやらベッドの上で眠っていたらしく、気怠そうに上体を起こしてこちらに歩き出そうとしていた。

 

 「どうしたアストレア? 具合が悪いのか?」

 

 「大丈夫です……。これくらい問題ありません」

 

 どう見ても大丈夫には見えなかった。血の気の無い蒼白な顔色で今にも倒れそうな様子で大丈夫と言われても安心できない。

 

 「すぐに何か食べやすい物を用意しよう。休んで待っていてくれ」

 

 「いえ、本当に大丈夫なのです。風邪とかではないのです」

 

 「たわけ。そんな辛そうな顔している君を放っておけるか」

 

 ふらふらと立ち上がろうとするアストレアを大人しく座らせて、キッチンに向かう。食材を調達する過程でたまたま見つけた米を用いて粥にする。オラリオの市場では前世でいうインディカ米やタイ米の方が比較的良く市場に出回っているが、今回見つけたのはアーチャーの故郷でよく食べられていたジャポニカ米にかなり近い米だ。

 

 お粥は風邪などで胃腸が弱っている時には最適の料理だ。前世の世界では離乳食や低カロリー料理としても食べられていた記憶がある。程よく塩を効かせたお粥を適度に冷まして完成だ。

 

 「ほら、できたぞ」

 

 「ああ、ありがとうございます。アーチャー」

 

 お粥の入った器を受け取ろうと手を差し出す。だがアーチャーは器をアストレアに渡そうとしない。

 

 「どうしたのです?」

 

 「いやなに、体調が悪そうに見えるからな。食べさせてやろう」

 

 「えっ、いえ、大丈夫です! ちゃんと一人で食べられます!」

 

 「そんなにフラフラな様では説得力の欠片も無いな。いいから大人しくしなさい」

 

 スプーンにお粥を一口分掬い取り、アストレアの口元に持っていく。アストレアも恥ずかしさで頬を紅く染めながらも、ついには観念してそれを受け入れた。

 

 「はふっ、美味しいです」

 

 「だろう? たまにはこういった薄味の食べやすい物もいい物だ」

 

 食欲はあったようで、元々少なめに作ったお粥は完食してしまった。食べ終わったのを確認してから、ベッドの近くに椅子を持ってきてアーチャーもそこに腰を掛けた。

 

 「さて、体調が悪いと言っていたが、何かあったのかね?」

 

 「えっと、あのね、言いにくいのだけど……」

 

 弱々しく、しかし今の心境を確かにアーチャーに伝えた。

 

 アストレアは未だに己の最後の眷属と再会することを怖れている。仲間を全て失い、アストレア自身をオラリオから遠ざけた彼女は己の内側から溢れ出る復讐心を抑えられず、一般人も巻き込んだ壮絶な復讐劇は当時存在していた闇派閥の殆どを殲滅するにまで至った。その後の【疾風】の所在は公には明らかになっていないが、彼女はこれによって冒険者の資格を剥奪されている。

 

 当時の何もかも変わってしまった今になって、アストレアは再び最後の眷属と向き合うことができるか、神でも分からないそれがアストレアはとても恐ろしい。

 

 「そうだったか、すまない。君には無理をさせてしまったな。もう少し時間が必要だったようだ」

 

 「いえ、連れて行って欲しいとお願いしたのは私です。なので謝らないでください」

 

 あれから時間が経ったからか部屋の中がかなり暗くなる。アーチャーが部屋に備えつけられた魔石を燃料としている灯りに火を灯す。

 

 「ふむ、やはり君をここに連れてくるにはまだ早かったようだ。オラリオを出ることにしようか」

 

 「えっ?」

 

 アストレアにとってもそれは意外な選択だった。てっきりアーチャーは困難から目を背けることを許さない性質の持ち主だと勝手に思い込んでいたからだ。

 

 「私としてはどちらでもいいんだ。君が【疾風】と再会しようがしまいがな。どちらを選んだとしても今の君から何かが変わるというのならそれでな。」

 

 「苦しければやめてもいいし逃げ出してもいい。だがそれは嫌だと思っている心が君の中のどこかに欠片程度でもあるのなら、私はそれに賭けたいと思う」

 

 夜も更けて来た。そろそろ就寝する時間だったため掛け布団をアストレアにかけてやる。

 

 「幸い時間制限は存在しない。君はとにかく自分自身が納得できる答えを探したまえ」

 

 子供を寝かしつける親のような、アーチャーの柔らかい笑みがアストレアの脳裏に焼き付く。

 

 納得できる答え。未だ不透明な答えを思考する暇も無く、アストレアの意識は睡魔によって眠りの中へ沈んで行った。

 

 

 

 ■

 

 

 

 それから数日が経った。アストレアはまだ答えを出せていない。それでも一歩づつ前には進めているのだろうと、アーチャーは感じていた。

 

 【疾風】の居場所が判明したあの日からも、目的は達成したにも関わらず弁当販売は可能な限り続けている。ガネーシャ・ファミリアの名で冒険者登録をしたため、ガネーシャ・ファミリアとしての業務を行いながらも時間を見つけては、情報収集は欠かしていない。

 

 最近ではかなりの数のリピーターも増えて来ており、そろそろ販売数を増やしていかなければ需要が供給を上回ってしまい、食べられない者が増えてしまうだろう。

 

 などと考えながらもアーチャーの足は一直線にある店に向かっていた。ダンジョンの真上に建っているバベルの4階から8階の全てを占めている武具屋だ。

 

 武具の販売で収益を得ている『ヘファイストス・ファミリア』の経営している店で、迷宮都市オラリオだけではなく世界クラスのブランド力を誇っている。その武具販売の収益は絶大で、オラリオ内で唯一ダンジョンからの収入が必要ないほどの利益を上げている。

 

 4階にはヘファイストスの名を入れることを許された武具達が並んでいる。素材もそれを加工する腕もいいのだろう。深層のミスリルやアダマンタイトを鍛え上げられた技術で加工した剣や槍、斧といった武具の数々は相手を傷付ける武器であるにも関わらず、同時に見る者を魅了する一種の芸術品のような美しさも放っている。

 

 「成る程、これならばこの値段だと言われても納得できる」

 

 ゼロが7個も8個も並ぶような値段は並の冒険者では到底届かない値段ではあるが、その性能は間違いなく一級品。武具の性能を10割以上引き出せる使い手が担えば、剣一本で一騎当千を果たすことも容易いだろう。ダンジョンの深層という素材を採取できる者も一握りしか居ないような物を潤沢につぎ込んだ結果がこの途轍もない高価というわけだが、それは致し方ないという物だ。

 

 この武具屋の中をアーチャーは一周しながら展示されている全ての武具に目を通していく。

 

 アーチャーはこれでもかなりの武器マニアだ。自身の魔術の属性も相まって特に剣のカテゴリーについては桁違いのこだわりという物がある。彼の祖国で昔使われていた刀ならば有名どころから無銘の刀も全て貯蔵している。西洋に絞ってもロングソード、ショートソード、レイピア、エストック、サーベルと宝具も宝具でない物も含めればその数は軽く千を超えている。

 

 その上自分に取って異世界に当たるこの地では、自分の世界には無い概念を持った武器もあるのではないかと、こうして武具を見ては片っ端から複製し貯蔵を繰り返している。

 

 「また貴方なの? 来るのは構わないのだけど、来たならせめて何か買って行って欲しいわね」

 

 不意に後ろから声をかけられる。右目を眼帯で隠した赤髪の女性だが、その気配は人間のそれではない。

 

 「ああ、それは悪かった。何分まだオラリオに来たばかりの身でね。武具防具を買うどころか日々の生活費にすら困っている有様なのさ。だが見るだけならタダではないのかね?」

 

 「それでも冷やかし紛いのことはやめなさいと言ってるのよ」

 

 これまで何度かこの店を訪れては同じことを繰り返していたせいで目をつけられたらしい。

 

 「でも貴方の剣を見る目は他人とは違うみたいね。値段や見た目だけじゃなく、性能や打った鍛冶師の魂も見抜いているのかしら」

 

 「まあ、そうだな。武器の解析は得意分野だ」

 

 魂を込めて打った武器や長年使い込まれた武器には鍛冶師や担い手の意思が宿る。アーチャー固有の魔術はそういった経験や記憶ごと武器を投影する。

 

 「なら貴方から見て一番良い武器はどれかしら」

 

 「そうだな……」

 

 アーチャーはしばらく考える。どれも鍛冶師の誇りが込められた良い武器だが、優劣を付けるというのならばコレだろう。

 

 「まずはコレだな」

 

 製作者名は『椿・コルブランド』ヘファイストス・ファミリアの団長であり、名実ともにオラリオ一の鍛冶師だ。刀剣に掛ける情熱は他の追従を許さないらしく、殆どの時間を自らの工房に篭っているそうだ。

 

 数多くの名剣や宝剣を目にしてきたアーチャーでも、彼女の剣は間違いなく一級品に届いていると言えるだろう。

 

 「あとはこの前新人達の武器を販売しているエリアで見た軽鎧だな。技術に関してはステイタスの関係上仕方ないだろうが、君のいう魂という奴はこれと同等以上に込められていたな」

 

 確か製作者は『ヴェルフ・クロッゾ』といったか。鍛冶のアビリティが無いレベル1では仕方がない。

 

 「へぇ。意外にしっかりと見えてるじゃない」

 

 「このくらい経験を積んだ者ならある程度理解できるはずだろう? 始めから試すつもりで声をかけてきたことくらい理解しているとも」

 

 「ねぇ、貴方は鍛冶には興味無い? 良かったらウチのファミリアに入らないかしら。貴方って結構見どころあるわよ」

 

 数いる鍛冶の神の中でも最上級の技量を持つヘファイストスに腕を見込まれる。鍛冶師を志す子供達にとって何物にも代えがたい最上級の誇りとなるだろう。

 

 「その誘いは魅力的だな。だが私には既に仕える主がいる。悪いが他を当たって欲しい」

 

 「そう、残念だわ」

 

 「まあ鍛冶に興味が無いわけではないさ。私の真髄に通ずる物もあるのでね」

 

 「貴方の真髄、ねぇ」

 

 「己の理想とする物に全身全霊を持って到達する。その理想に答えなんて無かったとしても追い求め続けること。いや、これに限っては私だけではなく、全ての人間に通じている物だろうさ」

 

 外を見るともう夕焼けが差していた。そろそろ戻らなければアストレアを待たせてしまう。

 

 「それでは私はお暇させてもらうよ。待ち人がいるのでね」

 

 結局、ヘファイストス・ファミリアのテナント全てに目を通して何も買わずに帰宅することにした。


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