疾風と正義の女神と正義の味方   作:たい焼き

9 / 10
クッソ難産でした


8話

 「アーチャー、ちょっと行きたいところがあるのですが、着いて来てくれないかしら?」

 

 丁度食べ終えた昼食の後片付けをしていた最中に掛けられた言葉だ。キュッと蛇口を捻って流れ出る水を止めて、アーチャーはアストレアに向き直る。

 

 「別に構わないが、どこに行くつもりだ?」

 

 「前に街に居たころから付き合いがある神に会いに行きます」

 

 約5年前。ダンジョンで起きた謎のモンスターの襲撃によって引き起こされたアストレア・ファミリア壊滅事件。それによって一名を残して団員は全員死亡。生き残った最後の一人は後にオラリオに根付いていた闇派閥の構成員を癒着していた商人やギルド職員、果てには一般人をも巻き込んでこれらを殲滅した。

 

 そんな偉業とも惨事とも言えるそれを成し遂げた生き残ったアストレア・ファミリアの冒険者は一時期ギルドのブラックリストに登録され、賞金まで掛けられていたが死亡説が流れたため現在は死亡している説が一般的となっている。

 

 実際にはとある冒険者向けの酒場のウェイトレスとして日々汗水垂らして働いているのだが、それは知っている人は知っている話だ。

 

 「では出発するとしよう。アストレア、準備は出来ているか?」

 

 「コレ(・・)を羽織って……。 はい、準備出来ましたよ」

 

 壁に掛けられていた緑色の外套を身につける。すると瞬く間にアストレアの身体が背景と同化していき、完全に視覚できなくなるまで透明化した。

 

 「便利な物ですね、これ」

 

 「ああ、それの持ち主を敵に回した時は非常に厄介だったと記録しているよ」

 

 自らの同一存在が体験したという月で行われた聖杯戦争。その聖杯戦争の第二試合でアーチャーが対峙したサーヴァントこそ、この外套の持ち主だった。

 

 真名『ロビンフッド』。圧政者であったジョン失地王に抵抗したオリジナルのロビンフッドではなく、複数存在したロビンフッドの集合体のサーヴァントであり『顔のない王』とも呼ばれていた男だ。そういう意味では同じ月の聖杯戦争に参加した自分と似た英霊であった。

 

 「では行きましょう」

 

 アストレアはそう言うと外に出る前に手を差し出し、アーチャーの手を握る。

 

 「ん? どうした?」

 

 「こうしないと姿が見えない私を見失いますよ」

 

 姿が完全に消えたアストレアの位置を確認することはかなり厳しい。ただ呼吸の音や気配までは消せるわけではないのでなんとなくそこにいることだけは分かる。

 

 「そうだな。その方が位置も分かるうえにいざというときに守りやすいか」

 

 差し出された手を取ってしっかりと握る。女性らしく柔らかく少し力を入れると折れてしまいそうなくらいか細い手だったが、見失うことの無いように優しくしっかりと握る。

 

 一方アストレアの方はというと、いつになくご機嫌な様子だった。

 

 こうしてまた誰かとオラリオの街を歩ける日が来るとは思っていなかったからだ。あの頃と比べて街並みは幾らか変わってしまったが人の営みは衰えていない。

 

 「おっ、旦那。いい魚が入ったんだけどよ、買ってってくれよ」

 

 「これは確かによく脂の乗ってそうないい魚だな。だが先に寄らなければならない場所があるから残っていたら買わせてもらうよ」

 

 「あらアーチャーさん、よかったら今日もお野菜買っていって頂戴」

 

 「今日は先に行くべき場所があるのでね。後で寄らせてもらうよ、神デメテル」

 

 大通りを歩いているとアーチャーがいつも食材を買っている店から声を掛けられることが屡々あった。

 

 「アストレア、ここはいいところだな」

 

 「そうでしょう? この街には私達も大変お世話になりました」

 

 まだアストレア・ファミリアがこの街に存在していた頃の話だ。当時のオラリオは闇派閥が蔓延り日常的にギルド間抗争やテロ行為が横行していた。それを鎮圧したり、取り締まる憲兵的な役割を担っており、オラリオに住む市民から慕われていた。

 

 特に市民達との交友があったのがアストレア・ファミリアと言ってもいい。アストレアも自身がオラリオから離れる前から存在していた店や人が今も健在で元気に暮らしている様子を見ていると嬉しくなる。

 

 「久し振りに街をゆっくりと見て回れていますが、こんなにも人々の笑顔で溢れていたのですね」

 

 「ああ。そして、それを成したのはアストレア・ファミリア、つまり君たちの功績だ」

 

 「……そうですね」

 

 闇に覆われて笑顔や幸福が影に隠れていたかつてのオラリオからは想像出来ない。そしてこれから会う神物も、その頃から交友のある神の派閥だった。

 

 「さあ、ここですよ」

 

 到着したのはいかにも寂れた感じの漂う小さな商店だ。店は小さいが綺麗に清掃されており、ファミリアの紋章が掲げられてもいるがあまり繁盛している様子は見られない。

 

 「ここはミアハ・ファミリア。回復薬を扱う道具店を経営しているファミリアですよ」

 

 店の扉を開けて中に入る。店をひと目見てアーチャーが感じた評価は寂れているだった。大手のディアンケヒトと比べるのはアレだが、品数や規模は圧倒的に下回っていた。

 

 「おや、いらっしゃい。お客さんかな?」

 

 迎えたのはいかにも優しそうな好青年に見える人物だ。カウンターで店番をしていたところでこちらに気が付き挨拶をしてきた。

 

 「ああ、そんなところだ。用事があるのは私ではないがね」

 

 横に控えていたアストレアが外套のフードを取る。宝具の姿隠しの効力が消えて姿が顕になる。

 

 「おお、お主、まさかアストレアか? 本当に久しいな!!」

 

 「ええ。久しぶりですね、ミアハ」

 

 実に五年近くになる再会だ。ミアハの人柄もあってアストレア・ファミリアは良くこの店で回復薬などの補給をしていた。当時のオラリオではこのディアンケヒトとミアハの派閥が回復薬関係で利権を争っており、ディアンケヒト・ファミリアが一歩先に行っていたが決してミアハ・ファミリアも負けていなかった。

 

 「ミアハ様、今日のお夕飯なのですが……」

 

 「あっ、ナァーザちゃんだ。久し振りね」

 

 「えっ? アストレア……様?」

 

 店の奥から現れたのはおそらく犬人(シアンスロープ)の女性だ。左腕は半袖、それに対して右腕は長袖に手袋まではめた変わった上衣を着ている。そんな変わった格好の目的など右腕を隠したいからだと言っているようなものだ。

 

 「そちらは大変だったと噂は良く聞いているが、戻って来れるくらい落ち着いたのか?」

 

 「いえ、残念ながらまだ完全に落ち着いてはいませんが、私の子の様子が気になったので隠れて戻って来ました。このことを知っている貴方を除けばガネーシャくらいです」

 

 再会を喜ぶのも束の間、以前からこのファミリアのことを知っているアストレアはミアハ・ファミリアの違和感に気がつく。

 

 「もしかして今日はお休みでしたか? 以前ならこの時間帯はそれなりの客があったはずです。それに他の子達が見当たらないのですが、ダンジョンに潜っているのですか?」

 

 それを聞いて途端に顔に陰りが差す二人。なるほど、同じく訳ありかとアーチャーは察した。

 

 アストレアの過去と現在の規模で差が生じているのは今に至るまでの間で何か事件があったのだろう。

 

 「アストレア、誰か来る。顔を隠せ」

 

 店の外から人の気配が近づいて来るのをアーチャーが察知した。それを聞いてすぐさまアストレアはフードを被り再び姿を消す。

 

 「がはは!! 邪魔するぞミアハぁ!!」

 

 霊体化して全員の視界から姿を消していたアーチャーはその神物の顔を何度か見たことがある。神ディアンケヒト、オラリオの治療院では最大規模を誇るファミリアの主神だ。医術の腕は確かだが何より意地が悪いことで有名な神だ。

 

 「ディアンか。一体どうした? 今月の支払いは済ませているはずだが?」

 

 「今月は、だろうが!! 今まで支払いを待ってやったことが何度もあっただろう。なんとか一ヶ月分の金が用意できたからと言って調子に乗るんじゃあない!! 閑古鳥の鳴いてる貴様らのファミリアの様子を見に来てやっただけでもありがたいと思え!!」

 

 支払いという言葉が気になる。状況を察するにミアハ・ファミリアはディアンケヒト・ファミリアに借金か何かの借りがあるようだ。

 

 「とにかく!! 来月の支払い期限も近づいているのは知っているな? 客の居ない店だがそれでも質には入れられるだろう? 次から支払いが遅れたら即刻貴様らを追い出しこのオンボロな本拠を売り払ってやるから覚悟しておけ!! 要件はそれだけだ。帰るぞアミッド」

 

 「はい。ディアンケヒト様」

 

 高笑いを残してディアンケヒトが店を出る。ペコリとお辞儀を残して先日縁のあったアミッドも去っていった。

 

 残されたナァーザとミアハの二人はその後ろ姿を音が聴こえそうな程に歯を噛み締めて見送っていた。

 

 「あれは、借金を拵えてしまった、ということですか?」

 

 部外者の居なくなった店内に再びアストレアの姿が現れる。

 

 「……ふう。ディアンケヒトとは天界に居た頃から折り合いが良くなかったのは知っているだろう?」

 

 そこからぽつぽつとだが事情を話してくれた。下界に降りた後も活動内容が被っていたこともあり、二柱の神はよく衝突していたのは覚えている。

 

 アストレアがオラリオが離れてからしばらく後、ダンジョンに潜っていたミアハ・ファミリアのパーティが唐突な怪物の宴に遭遇してナァーザが命に関わる重症を負った。

 

 「あの日、私は戦闘中に失敗して右腕をモンスターに食べられました」

 

 隠していた右腕の袖を捲くるとそこにあったのは肌色の人の腕ではなく、研ぎ澄まされた剣の如く輝く義手だった。人の腕に限りなく近づけて機能を人のそれと何ら変わりがないように動けるようにする。神経までも繋げて動かせるようにしたものだ。

 

 「金属の義手、銀の腕(アガートラム)か」

 

 一度ディアンケヒト・ファミリアに飾ってあるのを見たことがある。冒険者の要求に応じてディアンケヒト・ファミリアが創り出した移植後すぐに戦闘に復帰できるような腕だ。そして必要な素材が素材なだけあって恐ろしく高い産物なのだ。

 

 「うむ。当時の我々には借金をしてこれを買う他にナァーザの右腕を復活させる手段はなかった。多くの団員に反対されたのだがな、ナァーザを見捨てることができなかった」

 

 当時のナァーザは精神的に相当な苦痛を負っていた。生きたまま右腕を喰われる苦しみを味わったのだ。命が助かってそれを認識したとしてもその絶望を拭い去ることはできない。勿論買わずに隻腕でもナァーザが生きるだけならば問題はなかっただろう。だがトラウマを抱えたまま生きる苦しみは想像を絶する。夜は深く眠れずフラッシュバックする悪夢にうなされるし、無くなったはずの腕が痛む『幻肢痛(ファントムペイン)』もあると経験者が語っていたのを聞いたことがある。

 

 「それまで居た団員達は皆借金を負ったミアハ様を見限って出ていってしまった。残ったのはモンスターと碌に戦えない元冒険者と莫大な借金だけ」

 

 溜め込んでいた負の感情を吐き出したせいか瞳いっぱいに涙を浮かべるナァーザ。うわ言のように自分のせいだと自分を責め続ける姿は痛ましい以外の何物でもない。

 

 「大丈夫よナァーザちゃん。貴女は悪くないから」

 

 確かに深刻な問題だ。閑古鳥が鳴いているこの店で借金の返済できるだけの金銭を稼ぐのは相当厳しいだろう。

 

 「……ミアハ、その借金とは幾ら残っているのですか?」

 

 「まさかアストレア、お主……」

 

 正義と秩序を司る女神は、ただ何年も前に交友があっただけのファミリアが抱えた借金を肩代わりする気だった。

 

 「アーチャー。完済できるだけのお金を集めて来ていただけますか?」

 

 「できなくはないだろうが、本気か?」

 

 アーチャーとて困っている者は積極的に助けるべきだと思っている。だが同時に手を差し伸べるだけでは自己満足以外の何者でもない。救われた者が心の底から救われたと思わなければそれは偽善でしかないのだから。

 

 「はい、本気ですよ」

 

 「……こうなった原因が分からないわけではないのにか?」

 

 「ええ、どうやら私はこの生き方しかできないみたいです」

 

 屈託のない笑みを浮かべる。過去の凄惨な事件を知っている者からすれば痛々しいが、アストレアの瞳は覚悟を決めた者が持つ力強い光を放っていた。

 

 「……わかった。やろうじゃないか」

 

 ため息を付きながらもアーチャーはアストレアの頼みを了承した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「金が用意できた。確認してくれ」

 

 あの日から数日、再びミアハ・ファミリアの本拠を訪ねたアーチャーから借金を返済できるだけの金を用意できたと知らされた。

 

 「……本当に?」

 

 まさかこれほど短時間であれだけの金額を集めて来るとは思っておらずナァーザから驚く声が上がった。ドサッと音を立てて置かれた袋から溢れる大量のヴァリス硬貨が机の上に散らばる。ひと目見ただけで返済額を超えていると分かる。

 

 「一体どうやってこんな短期間でこれだけのお金を?」

 

 ダンジョンなら大金を稼ぎやすいとしても義手の借金は数日ダンジョンに潜った程度では集めきれない程膨れ上がっている。そんなに簡単に集められるならば返済にここまで苦労していない。

 

 「武器を作って売った。戦う存在がいる以上、武器の需要は常にあるからな」

 

 「でも鍛冶師でもそんなポンポンと高く売れる剣は打てないはず。良い武器を作るのにもそれなりに日数がかかる」

 

 「まあ、その辺りは少しタネや仕掛けがあるがね」

 

 触れられないはずの魔力がアーチャーの手によって形を作る。仄かに光った次の瞬間にはアーチャーの手には一振りのナイフが握られていた。

 

 「これが私の魔術、まあ魔法のような物だ。簡単に言えば『解析して記憶している物を複製する』魔術だ。魔力さえあればいくらでも複製できる」

 「これでヘファイストス・ファミリアやゴブニュ・ファミリアで販売されているような性能の保証がある魔剣を複製して都市外へ出る商人に流した。魔剣ならば使えば粉々に砕けて証拠が残らないからな。勿論刻印を誤魔化せる物を選んださ」

 

 一本100万ヴァリスは下らないとされる魔剣をいくらでも複製できるのならばこれだけの大金を集めるのも簡単だっただろう。

 

 魔法が使えなくとも振るうだけで魔法を放つことができる魔剣。太古の昔にコレを打つことができる鍛冶師の一族が今も存在しているラキア王国に売り込み、一財と貴族の地位を得た。魔剣を末端の兵にまで行き渡らせたラキア王国は周辺諸国との戦争で常勝無敗を誇ったという。

 

 「複数人の商人に少しづつ武器を売れば足がつく可能性も低くなる。魔剣を欲しがる冒険者はオラリオの中も外も変わらず多いからな」

 

 「そう、でも本当にいいの? こんな大金、私達にはすぐに返せる宛はないよ」

 

 「別に構わないとも。 どれだけ掛かったとしてもいつか返してくれればいい」

 

 それが両ファミリア間で結ばれた約定だ。利子も期限も無い圧倒的にミアハ・ファミリア側が有利な内容だが、アストレアは当初は返済の必要はないと言っていたが、ミアハがそれを頑なに断った。どれだけ掛かっても必ず返すとの一点張りを貫いた。

 

 「でもなんで? なんでこんな私達を助けてくれるの?」

 

 「理由か? そうだな」

 

 少し考えて答える。

 

 「強いていうなら『君たちが頑張っているから』だろうか。君たちが現状を受け入れて諦めていたならば何かしてやりたいという気持ちも起きなかっただろうな」

 

 「……それだけ?」

 

 「そうだな。見返りを求めるわけでも損得勘定をしたわけでもない。それはアストレアも同じだろうな」

 

 それは今まで借金返済のために苦しい遣り繰りを続けていたナァーザにとって不可解な理由ではあったが、間違ってはいない。そう思える言葉だった。

 

 「それより、今後はどうするんだ? 何か打開策でもあるのか?」

 

 「あるにはある。だけどまだ構想の段階でそれもまだまだ、だから」

 

 「ではその時は力になろう」

 

 後日、ミアハ・ファミリアはディアンケヒト・ファミリアでも成し遂げられなかった画期的な新薬の開発に成功する。この出会いはそれに関わる重要な出来事かもしれない。

リューとの再開編、どっちがいいですか?

  • 平和ルート。特に何事も起こらず
  • ひと悶着ありルート。幸運:Eじゃ仕方ない

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。