中野六海は中二病である。   作:フルゥチヱ

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第4話 絶体絶命終末(ラグナロク)

 ある日の放課後。

 風太郎、四葉、六海の三人は図書室に集まって勉強会をしていた。

 

「だから何回言ったら分かるんだ! ライスはLiceじゃなくてRice! お前はシラミを食うのか!? それから売るはbendじゃなくてvendだ! 商品を曲げるな!」

「あわわわ……!」

「ここもだ! 開花はbroomじゃなくてbloom──っておい四葉。なんで怒られてんのにニコニコしてんだ?」

「えへへ。家庭教師の日でもないのに上杉さんが勉強を見てくれてるんですよ? 嬉しくって。それに今日は六海もいますしね!」

「ふんっ。勘違いするなよ上杉風太郎。今日はこの間の借りを返すために出席しているだけだ。明日からは出ない」

「えーっ!? なんで!? 一緒に勉強しようよー!」

「ああもうくっつかないでよ四葉姉ぇ! 暑苦しいからぁっ!」

「……馬鹿二人が集まるとこうも騒がしいのか」

 

 その結果、二人のどうしようもなさに風太郎は呆れを通り越してもはや感心すら覚えていた。

 四葉はスペルミスやケアレスミスがすこぶる目立つ。一応ある程度は書けていることから努力の痕跡は見て取れるのだが、注意力散漫で落としてしまっていては意味がない。

 六海はとにかく記述が遅い。彼女の達筆さに風太郎は幾度となく驚かされたが、緩慢な動きで書くことになってしまっては本末転倒だ。だからこそ、風太郎は六海にこんな苦言を呈した。

 

「字の綺麗さは認めるがテストの点には反映されない。多少汚くてもいいから、速く書くことを意識してみろ」

「ふむ。貴様の意見に従うのは癪だが、一理あるな。いいだろう、見せてやる! 我が神速の自動書記(オートマティスム)を!」

「六海、ファイトだよっ!」

 

 鉛筆を握り直す六海の姿はとても様になっていた。流石、美術に傾倒しているだけのことはある。

 

「はあああああっ!」

「っ!? なんて速さだ!? 手元が見えないレベルだぞ!?」

「凄いよ六海!」

「ふははははっ! この程度、私の能力(チカラ)を以てすれば造作もないことだ!」

 

 一瞬にして解答欄が埋め尽くされていく。風太郎が全力で解いたとしてもここまでの速度は不可能だろう。風太郎は驚愕と期待で目を見開いていた。もしかしたら俺は、とんでもない原石を発掘してしまったのではないだろうか。

 

「できたぞ上杉風太郎! 採点を頼む!」

「ああ、任せろ!」

 

 ドヤ顔を浮かべて解答用紙を差し出す六海と、ウキウキで赤ペンを取り出す風太郎。

 六海が相手なのでまずは名前欄を確認する。

 そこには『なかの むつみ』と記入されていた。

 

「……六海、これはなんだ?」

「フッ、見て分からぬか上杉風太郎よ。察しの悪い男だ」

「見た上で分かんねぇから訊いてんだよ」

 

 とりあえず突っ込むのは後回しにして、その下の問題にも目を落とす。書き慣れてる名前だからこそ、逆に崩れてしまったという可能性も考えられたからだ。

 しかし、書かれていたのは『問1:だてまさむね』という解答。一問見た段階で、風太郎は答案用紙を握り潰した。

 

「本当に馬鹿だなお前! 多少汚くても良いとは言ったが、限度があるだろ限度が! どうしてそんなに極端なんだよ……!」

「痛い痛いっ! なんで真面目に解いたのに怒られなくちゃならないのだっ!」

「真面目にやってこれなのか!? 四葉、お前の妹はどうなってやがる!?」

「六海はお茶目さんだなぁ」

「そうだった! こいつも馬鹿だった!」

 

 周りに馬鹿しかいないという現実に頭を抱える風太郎。

 そんな騒がしい彼らのもとに、一人の少女がやってきた。

 

「フータロー、図書室では静かにしたほうがいいと思う」

「み、三玖! 来てくれたのか?」

「……まあ、一応」

 

 三玖は気恥ずかしそうに目を逸らして前髪を弄っている。

 だが三玖の存在は、おバカ二人を手に余らせていた風太郎にとってまさに地獄に仏だった。

 そして、それは六海にとっても同じである。やってきた頼れる姉の背後に隠れ、六海は風太郎をビシッと指差す。

 

「三玖姉ぇ! あいつが私を虐めるんだ! 今日だけでもう三回も眼帯を叩きつけられたんだぞっ!」

「仲が良いんだね」

「どこがっ!? そんなわけないだろう! 被害者と加害者が仲良くできるもんかっ!」

 

 うがーっと抗議を捲し立てる六海を宥めながら、三玖は思わず笑みを浮かべてしまう。

 三玖は先日の出来事で、風太郎のことを少し理解し始めていた。リアリストに見えるが、実際は結構ロマンチストなのかも知れない。武将しりとりに付き合ってくれたり、石田三成の逸話を引用して意趣返しをしてきたり。

 そして──ロマンチストでもなければ、六人で合計100点なんて普通は気付かないだろう。まあ六海は0点だったのだが。

 

「じゃあ、加害者くんには責任を取ってもらわないとね」

「そうだそうだ! 責任を取れ! 謝罪しろ上杉風太郎っ!」

 

 風太郎を見つめて微笑む三玖と、その後ろで太鼓持ちのように拳を突き上げる六海。

 ああ、お前ら姉妹は本当に──

 

「めんどくせぇ奴らだよ全く……」

 

 こうして風太郎の勉強会に、騒がしくないおバカが一人増えた。

 

第4話

絶体絶命終末(ラグナロク)

 

 数日後の週末。

 家庭教師のために中野家を訪れた風太郎の前に、思いもよらぬ壁が立ちはだかっていた。マンション一階のエントランスにあるオートロックである。

 ガラス張りの扉をペタペタしてみたり、監視カメラに声をかけてみたりするが、一向に開く気配がない。

 

「あーはっはっは! 随分と無様な姿だな、上杉風太郎!」

「今どきオートロックも知らないんだ」

 

 オートロックを前にして立ち往生している姿を、買い物から帰ってきた三玖と六海に目撃されてしまった。いきなりの前途多難だ。嫌な予感が風太郎の脳裏を過る。

 三玖と六海に案内され(六海にはずっとオートロックの件を煽られ続けた)、彼女たちの住む最上階の一室に入る。すると意外なことに、リビングには二乃以外の全員が集合していた。

 五月や六海は反抗的ではあるものの、出席はしてくれている。彼女たちだって人の子だ。優しく接すればきっと理解し合える。まずはやれることから一歩ずつやっていこうと決意を改める風太郎。だが、そんな意志は明確な悪意によって邪魔されることとなる。

 

「四葉、バスケ部が臨時メンバーを探してるらしいわよ?」

「上杉さんすみません!」

「一花、二時からバイトって言ってなかった?」

「あ、忘れてた」

「五月、図書館とかでやったほうがいいんじゃない?」

「それもそうですね」

「六海、今日ってアンタの好きなアニメの発売日でしょ?」

「そうだった! 必ずや特装版を手に入れなくては……!」

 

 風太郎の制止を歯牙にもかけず、四人は部屋を出ていってしまう。

 

「よーし、授業を始めるぞー。ちゃんと教科書を見ろー」

「フータローはちゃんと現実を見て」

 

 残ってくれたのは三玖のみだった。

 二乃は満足したのか、上の階から風太郎を見下ろして意地の悪い笑みを浮かべている。

 

(……毎度邪魔しやがって。何が目的なんだ?)

 

 結局その日は夕方になっても他の姉妹が帰ってこなかったので、三玖と二人で勉強をして解散と相成った。

 だが、その帰路の途中で風太郎は気付く。

 

「いっけね、財布忘れた……」

 

 大した金額は入っていないし、クレジットカードも持ち歩いていないが、それでも財布は財布だ。取りに戻るべきだろう。

 面倒だが来た道を引き返し、そして再び忌々しいオートロックの通行止めを食らう。二乃が出ないことを祈りながらインターホンを押すと、応答したのは三玖だった。

 

「忘れ物? シャワー浴びてるからご自由にどうぞ」

 

 年頃の女の子がそれでいいのだろうか。

 エレベーターで再び最上階まで上がり、ドアを開いた。三玖が開けてくれていたらしく、鍵はかかっていない。なんだか空き巣になった気分だ。尤も、取るのは自分の財布なのだが。

 何故か足音を立てないようにそろりそろりと廊下を進む風太郎。

 リビングに通じる扉に手を掛け、ゆっくりと開く。同時に、向こう側から巨大なモーター音が響いてきた。金持ちの家なだけあって、すごい防音性だと一瞬感心しそうになる。が、風太郎の優秀な頭脳は即座にリビングに誰かがいるという結論を導き出していた。

 そこには濡れた髪をタオルで拭う、オーバーサイズのシャツを羽織っただけの眼帯少女、中野六海がいた。

 

「なっ、なんで貴様が──もがっ!?」

 

 風太郎の行動は早かった。叫び声を上げようとした六海の口を即座に手で塞ぎ、もう片方の手で眼帯で覆われていない方の目を塞ぐ。

 

「!?!??!?」

 

 視界と声の両方を奪われた六海はその場でジタバタと暴れ始める。それと同時に、けたたましいドライヤーの送風音が止んだ。

 

「六海、どうしたの? もしかして転んだ? 大丈夫?」

 

 蝶柄のリボンを付けながら優しい声でそう尋ねるのは、中野姉妹の次女・中野二乃である。彼女の視線の先には暴れる六海とそれを取り押さえる風太郎の姿があるのだが、それに気付く素振りがない。

 

「悪いんだけど、コンタクトを取ってくれない? いつもの棚に入ってるから」

 

 そんな二乃の言葉。彼女は目が悪く、風太郎を視認できていないのだ。そのことに気付き、最悪の事態だけはまだ逃れているということに風太郎は安堵する。しかしこの状況は偶然が重なった結果、薄氷の上で成り立っているだけだ。

 風太郎は手を放し、六海の視界を解放した。

 

「六海、取引をしよう。俺を助けてくれ」

 

 耳打ちすると、六海は首をブンブンと横に振る。まあそうだろうな。風太郎にも予想できた反応だ。だからこその取引である。

 

「もし俺を助けてくれたら、代わりにお前の命令を一つだけなんでも聞いてやる」

「……!?」

 

 六海の目の色が明らかに変わる。なんでも聞くなんて危険極まりない交渉材料だが、背に腹は代えられない。不法侵入と覗きの冤罪をかけられるよりは遥かにマシだ。六海が一つ頷いたので、風太郎は彼女の口を塞いでいた手を放す。

 

「ぷはぁっ! …………今の言葉、本当だろうな?」

「あ、ああ。俺にできる範囲でだが……」

「……いいだろう。貴様はソファーの陰でじっとしていろ。もし二乃姉ぇにバレたら、間違いなく大変なことになるからな」

 

 ごくり、と生唾を飲み込む風太郎。

 

「……その場合、俺はどうなるんだ?」

「血の雨……いや最悪の場合、終末(ラグナロク)が訪れる……!」

 

 そう告げる彼女の声に冗談の響きは皆無である。風太郎は心の底から恐怖に震えた。

 

「というか、どうしてお前と二乃は同じタイミングで風呂上がりなんだよ」

「そんなの決まっているだろう。一緒に入っていたのだ。洗いっこもしたぞ」

「えっ、その歳で姉妹一緒に風呂……?」

「なんだ。何か文句でもあるのか?」

「いや……」

 

 たまに妹のらいはを風呂に入れてやる風太郎に、何か言う資格などなかった。

 

「くっくっく、貴様は二乃姉ぇに嫌われているからな。大方、二乃姉ぇと仲良しの私が羨ましいのだろう?」

「いや別に」

「そう隠す必要もあるまい。だって二乃姉ぇ美人だもん。いくら貴様が下劣な品性しか持ち合わせていない凡骨と云えども、憧憬を抱いてしまうのは無理からぬことだ」

 

 本当に違うからと風太郎が返すよりも先に、六海は立ち上がってソファーの陰から出ていく。ダイニングから椅子を一つ持って戸棚の前に運ぶと、その上に乗って棚の中を漁り始めた。見るからに不安定で滑りそうな足場である。ソファーの陰から見守る風太郎は気が気じゃなかった。

 

「二乃姉ぇ、ソフトレンズのやつでいいのか?」

「ええ。ハードレンズは痛いから苦手なのよ」

「承知した。確かこの辺に──うあっ」

 

 棚の奥に手を伸ばそうとつま先立ちになった瞬間。

 間の抜けた声とともに、六海はその足を滑らせていた。

 

「言わんこっちゃない!」

 

 風太郎はほぼ反射的にソファーを飛び出していた。そして、重力に導かれ落下する六海を受け止めるように両手を広げる。

 

(間に合え……っ!)

 

 耐え難い激痛が襲ってくることを覚悟して目を瞑る。

 だが、やってきたのは床に背中を打ちつける衝撃くらいのもので、痛みそのものは大したことなかった。いや実際のところは、かなりの痛みが走っていたのだろう。ただ別の衝撃に気を取られて、そっちを気にしている余裕がなかったのだ。

 具体的に言うと──なんだか柔らかい感触が、風太郎の掌を押し返していた。

 

「んあ?」

「な、なっ、なぁ……っ!」

 

 瞼を開くと、そこには頬をこれでもかと紅潮させた六海の顔と。

 そんな彼女の胸を包み込む、己の右手があった。

 

「……」

 

 風太郎は一周回って極めて冷静になっていた。時計の秒針が進む音が、やけに大きく聞こえる。

 何なら窓の外に目を向ける余裕すらあった。

 ああ、今日はいい天気だ。

 

「ふ、ふふっ、くくくッ……!」

「む、六海……?」

 

 ──この時、俺はまだ理解していなかった。

 

「上杉君、六海に何をしているのですか……?」

「い、五月!? こ、これは……!」

「最低……」

 

 こいつら馬鹿姉妹と向き合うことの難しさを。

 

「上杉ですって!? あ、アンタまさか、不法侵入っ!?」

「ち、違う! 誤解だっ!」

 

 そして、俺も教わることとなる。

 

「む、六海っ! お前からも言ってやってくれ! これは不幸な事故なんだって!」

「く……」

「く?」

 

 俺もまた、こいつらと同じ大馬鹿野郎なのだということを!

 

「くたばれぇぇーっ!」

「ぐはぁっ!?」

 

 ゴツン! と。

 六海から強烈な頭突きを脳天にお見舞いされ、風太郎はその場で意識を失って倒れた。

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