暗殺教室 〜幽霊が見える生徒〜   作:稲葉 諸共

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今回は野球の話。因みに作者は野球を全く知りません。


幽霊教室 2限目 野球の時間

早朝、朝6時。崇道 幽太は目を覚ました。

 

いつもの時間に目覚ましが鳴り、いつもの様に起床する。

 

そしていつもの様に自分の朝ご飯を作る。

 

崇道は両親と共に暮らしているが、親子の間に会話は無い。昔から不気味な事を言う息子に、両親の心は離れていった。今でこそ崇道は幽霊の事を人に言わないが、その時に生まれた両親との確執は今も続いている。

 

故に崇道と両親との間に会話は無い。最低限、息子に関わらない様に接している。

 

そんな訳で崇道は自分の事は自分でしなければならないのだ。

 

いつもの様に自分のご飯を作り、そして学校に行く。

 

ただ、いつもと違うのは……。

 

 

 

 

 

 

『おはよう! 崇道君』

 

「……」

 

最近、自分に付き纏ってくる幽霊が出来た事だ。

 

清々しく挨拶する雪村あぐりに対してうんざりした目をする崇道。あぐりと出会ってから毎日この調子だ。

 

「アンタいつまで、俺に憑くつもりだよ」

 

『だって……。私のこと見えるの崇道君だけだし……。一人だと退屈で』

 

心成しか清々しい太陽の光さえも鬱陶しく感じる。しかし、物心ついた時から幽霊が見えた崇道。さすがに慣れた様子で学校に向かう。

 

「だったらさっさと成仏すればいいだろ」

 

『うーん。成仏か〜。私も考えたんだけど……、成仏ってどうすればいいの?』

 

空中に浮遊しながら考える あぐり。真面目に考えているのか知らないが、ふよふよと浮かびながら考える姿は、少しバカっぽく見えた。

 

『私の他にも幽霊がいれば、話し相手になってくれたり、成仏の事とか色々相談できるんだけど。私まだ、自分以外の幽霊とあった事ないのよね〜。……ねえ崇道君、私の他に幽霊っていないの?』

 

辺りをキョロキョロと探す あぐりに、崇道は自分が知る幽霊の特性について語る。

 

「死んだ人間が必ず幽霊になる訳じゃない。なる奴もいれば、ならない奴もいる。それに幽霊ってのは、意外と直ぐ成仏するもんなんだよ」

 

『へえ〜。そうなんだ』

 

「だから、そこら辺に幽霊が溢れかえってるなんて事は……」

 

無い。そう続けようとした直後。

 

『うおおオオオオオ……』

 

突然、何かの呻き声が聞こえた。

 

「!」

 

『っ、な、何⁉︎』

 

この世のものとは思えない不気味な声に、崇道も あぐりも足を止める。

 

二人はその声の方をゆっくりと見てみると、そこには……、

 

 

 

絶望した様に項垂れる野球選手の幽霊がいた。

 

 

 

—————————————————————

 

 

 

『うおおおおオオオオオ……』

 

『ねえ、崇道君。あれって……』

 

「幽霊だな」

 

四つん這いになって、呻き声をあげる幽霊。ガッシリとした体に、野球のユニフォームを着て、メットを被る姿は正しく野球選手だ。

 

『あの〜』

 

「あっ、おい」

 

あぐりはその野球選手の幽霊に話しかける。崇道としては関わりたくないのだが。

 

『大丈夫ですか?』

 

『オオオ……オ? ア、アンタ、俺の事が見えるのか?』

 

『ええ。同じ幽霊ですから。私も』

 

野球選手の幽霊は項垂れていた首を起こして、あぐりを見上げる。

 

『幽霊? ああ、確かにアンタも体が透けてるな。俺以外にも幽霊って居たんだ……』

 

『はい。えーと、それで、どうしたんですか? 項垂れてるようですが』

 

幽霊になっても あぐりは教師だ。困ってる人(幽霊)は放って置けないのだろう。しかし……。

 

『……ふふ……、アンタに話しても……。俺のこの、どうしようもない≪未練≫は……、ふふふ……』

 

消え入りそうな声で、今度は天を仰ぎ見る幽霊。魂でも抜けたかのような様子に あぐりは困ったように崇道に助けを求める。ここは幽霊のエキスパートに意見を仰ごう。

 

『うーん、どうしよう崇道君。この人、悩んでるみたいだけど』

 

「放っとけばいいだろ」

 

取り付く島もない。崇道としては面倒事に関わりたくなかったのだ。しかし、それなら崇道は幽霊(あぐり)の問い掛けに答えるべきではなかった。

 

『……ん? 君、今……幽霊と会話したか!?』

 

「げっ……」

 

『ひょっとして俺の声も聞こえているのか⁉︎ まさか、君も幽霊……、いや違う、君の体は透けてない。間違いなく生きている! なのに幽霊を認識しているのか!』

 

いつもの調子で あぐりと会話してしまったのが運の尽き。関わりたくないのなら、この場は無視して学校に行くべきだったのだ。

 

『やっぱり、幽霊と会話できる人間はいたんだ! 君、俺の話を聞いてくれ!!!!』

 

崇道はいつも通りの日常がまた一歩遠ざかるのを感じ、ここ最近で一番大きな溜め息を吐いた。

 

 

———————————————————

 

 

さすがに住宅街で幽霊の話しを聞くのも不味いだろう。誰もいない空間に一人で話し掛けている所を見られれば、頭のおかしい人と認識される。昔、その事で散々な思いをした崇道だ。場所を移動する事にした。

 

幸い学校の方はまだ余裕がある。親との気まずい空気が嫌で、いつも早めに家を出ているから。

 

移動した先は、まだ誰も居ない河川敷の野球グラウンド。ここなら見晴らしが良く、誰かが近づいて来てもこちらが先に気づくだろう。何より、幽霊からの熱い要望があった。

 

『自己紹介がまだでしたね。俺は大塚 翔(おおつか かける)。生前はプロ野球選手でした』

 

さっきまでの情け無い姿と打って変わって真面目な自己紹介。見た感じ20代前半の男。幽霊とはいえ少しは社会人としての自覚があるらしい。

 

『ご丁寧にどうも。私は雪村 あぐりです。生前は教師をしてました。で、こっちが……』

 

「ふん……」

 

対してこっちは中学生の問題児。相手が幽霊ともあれば、礼儀なと有るはずもない。

 

『す、崇道君。自己紹介されたんだから、こっちも自己紹介しないと……』

 

教師として、元担任として、一応注意する あぐり。だが、現在のヒエラルキーは完全に崇道が上。言う事を聞くはずもなかった。

 

『いえ、良いんです。こっちが無理言って、話を聞いてもらってるんですから』

 

大塚は野球コートを見渡して、静かに言葉を紡ぎ始める。

 

『俺、プロ野球選手って言いましたけど、実は一度もプロとしてグラウンドに立っていないんです』

 

『え?』

 

『子供の頃からプロ野球選手になるのが夢だったんです。ありきたりですけど、昔見たとある野球選手に憧れて。メジャーに行って、プロを相手に野球がしたかった』

 

そう言って大塚は子供の頃を思い出す。父に連れられ、初めて観にいったプロ野球。観客席からグラウンドは遠くて、野球選手たちなんて米粒くらいにしか見えなかったけど。けど、そんな距離を吹き飛ばす様な、特大のホームランが上がった。自分の側まで飛んで来た野球ボール。自分もあの選手の様に、こんな遠くまでボールを飛ばせるだろうかと……。

 

『高校ではあまり活躍出来なかったんですけど、大学出てしばらく、ようやくプロになれたんです』

 

『でも、プロ野球に出る前に交通事故に巻き込まれて……。このままじゃあんまりだ。一度だけで良いんだ! プロとして野球がしたい』

 

拳を握り締め、大塚は自分の思いを打ち明ける。

 

『でも今の俺じゃあバットもグローブも持てない。そこで君の体を貸して欲しいんだ! 君に乗り移って野球をさせてくれ!』

 

その言葉を聞いて、あぐりは疑問に思った事を口にする。

 

『崇道君。幽霊って人に乗り移れるの?』

 

「……無理に決まってんだろ」

 

『ええ⁉︎ 無理なのか!』

 

もし幽霊が自分勝手に人に乗り移れたら世界はもっと混乱に満ちているだろう。

 

「何で乗り移れると思ったんだよ」

 

『だって、漫画とかだとよく……』

 

「漫画の見過ぎだ。もっと現実見ろ」

 

幽霊が見えるという非現実的な少年が幽霊に対して現実を説いている。その光景に あぐりは違和感を感じる。

 

『そんな……』

 

再び項垂れる大塚。最後の望みを断たれ、大きなショックを受けたのだろう。

 

「仮に、俺に乗り移れたとして。プロ野球なんてできるわけないだろ」

 

当然だ。崇道は中学生、ましてや野球なんてした事もない。彼に乗り移った所で、精々そこらの草野球チームに参加するぐらいしか出来ないだろう。

 

「それとも何だ? まさか俺にプロになれとか言うんじゃないだろうな。……無理に決まってるだろ。そんな未練捨てて、さっさと成仏するんだな」

 

そう吐き捨てて崇道は学校へ向かう。

 

『ちょ、崇道君……』

 

あぐりは崇道を追いかけ様としたが、項垂れている野球選手を放っておく事が出来なかった。

 

 

————————————————————

 

 

 

「何で連れて来たんだ」

 

『だって放っておけなくて……』

 

あの後、あぐりは項垂れ続ける大塚を学校まで連れて来た。

 

因みに今は放課後。崇道と あぐりは人の居ない草木が鬱蒼と生い茂る山の中で話をしている。大塚は少し離れたところで項垂れていて、あの様子なら二人の会話も聞いてはいないだろう。

 

それはともかく、あぐりが彼を連れて来たのにはいくつか理由がある。

 

幽霊とは孤独なものだ。最初は自分が幽霊である事に興奮する者もいる。しかし、それは初めだけ。誰にも認識されず、何にも触れられず、そこにあるのは只々孤独。自分と崇道が居なくなれば、彼は本当に孤独になってしまう。あぐりはそんな存在を放ってはおけなかったのだ。正に教師らしい理由だ。崇道にしてみれば良い迷惑だが。

 

そしてもう一つ、あぐりには朝の崇道の言動に思う所があった。

 

『崇道君。嘘ついたでしょ』

 

「嘘?」

 

『幽霊が人に取り憑けないって言ったの。あれは嘘だよね』

 

思わぬ問い掛けに、崇道はあぐりを睨む。それに対し、あぐりは崇道の目を正面から見つめ返した。この発言は割と確信があってのものだったからだ。

 

あぐりは教師として人をよく見る観察眼がある。生前なら人をジロジロ見るのは失礼で憚られるものだが、霊体になって人目を気にしなくなった分、生きていた頃よりも観察力は上がっているだろう。ましてや教え子の、それもここ最近はしょっちゅう一緒にいたのだ。崇道の嘘など何となく分かる様になっていた。

 

——崇道君。幽霊って人に乗り移れるの?——

 

——……無理に決まってんだろ——

 

あぐりは崇道のこの返答に対して、一瞬何か迷った様に感じた。事実、崇道は あぐりや大塚に対してある情報を隠そうとした。

 

「嘘じゃない。事実アンタが聞いてきた、"幽霊が人に乗り移る"なんて事は出来ない。……その逆は出来るけどな」

 

『逆?』

 

そう、これは屁理屈だ。あぐりの質問に対する答えの様に、幽霊がその辺にいる人に自分勝手に乗り移ったりする事は出来ない。出来てしまえば、普通に暮らしてる人が急におかしな行動を取り始めたりしてしまう。そうなれば軽いパニックだ。

 

しかし、崇道の場合は別だ。彼は幽霊を認識している。そのせいか崇道が望みさえすれば幽霊に体を貸す事が出来る。つまり幽霊主体で乗り移るか、崇道主体で乗り移させるかの違いである。

 

『つまり崇道君なら大塚さんに体を貸せるってこと?』

 

「ああ」

 

『それなら……』

 

「貸してどうする? 朝言った様にアイツのやりたかったプロ野球なんて出来るはずないだろ」

 

『……』

 

あぐりも勿論理解している。崇道の体を借りてもプロ野球が出来る訳じゃない。それでも……。

 

 

 

『それでも崇道君なら……大塚さんの力になってあげられるんじゃないかな』

 

 

 

「…………はぁ」

 

傍で項垂れる大塚を見て崇道は溜め息を零した。

 

 

 

————————————————————

 

ところ変わってE組の教室。潮田 渚はカバンに教科書を仕舞い、帰る支度をしていた。するとそこに声を掛けてくる人物が一人。

 

「おーい、渚。帰る前に、ちょっと練習付き合ってくれよ」

 

「杉野。いいよ、変化球の練習だよね」

 

三年E組、杉野 友人(すぎの ともひと)。彼は根っからの野球少年だ。

 

「おう。殺せんせーに言われた俺の武器。手首や腕の柔軟性を鍛えようと思ってな」

 

彼は最近まで自分には野球の才能なんて無いんだと思っていた。実際、彼の投げる球は遅かった。メジャーの有名な選手の投球を真似してみても球速は全然変わらなかった。しかし、担任であり、ターゲットであり、何より人知を超えた力を持つ殺せんせーのアドバイスにより考えを改めた。人にはそれぞれ得意分野があり、自分には自分の才能があると。

 

それからこうして渚によく変化球の練習を付き合って貰っている。

 

早速二人はグラウンドに出て変化球の練習をし始めた。

 

「本当に良く曲がる様になったね、杉野」

 

杉野のボールを受けて渚は改めてそう思う。実際ボールを取ろうとしても取りこぼしがあるくらいだ。

 

「だろ? でも、そろそろ実践で使えるのか試してみたくってさー」

 

「実践? 試合でバッター相手にって事?」

 

「まあ、試合で投げられるなら、それが一番なんだろうけどさ」

 

それを聞いて渚は自分がバッターとして打つのはどうだろうと考えた。だが直ぐに考え直す。野球なんてそんなにした事無いし、正直杉野の練習相手にはならないだろうと。なら他に居ないだろうかと考える。クラスの中で野球をしていて、杉野の良い練習相手になってくれそうな人……。

 

「おい」

 

そんな人居ないだろうと考えた時、渚は後ろから声を掛けられた。そこには……。

 

 

苦虫を噛み潰した様な表情の崇道 幽太がいた。

 

 

 

————————————————————

 

少し時間は遡る。

 

「俺の体を貸してやる」

 

『本当か!』

 

崇道は大塚に体を貸す事にした。いつまでも自分の周りで鬱陶しく項垂れ続けられるのはこちらとしても迷惑だからだ。

 

『なんだ、やっぱり出来るんじゃないか、乗り移り』

 

「言っとくけどプロ野球なんて出来ると思うなよ。アンタに体を貸すのは今回だけだ。これから時間を掛けて、俺をプロにしようなんて考えても無駄だからな」

 

その言葉に大塚は少し押し黙った。事実、大塚は自分が見える崇道に体を貸して貰い、プロ野球選手を目指そうと考えていた。幽霊と幽霊が見える少年がタッグを組んでプロを目指す。そんな漫画みたいな展開を大塚は少し期待していた。だが……。

 

『……わかった。これは俺の我儘だ。君の人生を縛り付ける権利なんて、俺には無い』

 

崇道は野球好きじゃない。そんな崇道に、自分の野球に対する思いを押し付けようとは思わない。

 

「あと、これからアンタがするのは試合じゃない。ちょっとした練習相手だ」

 

『えっ⁉︎』

 

「草野球のチームなんて入りたくないからな。クラスメイトがやってる練習に混ぜて貰うだけだ。それで満足しない様なら、俺はもう知らん」

 

『ううぅぅぅ……。わかった……。それで我慢しよう』

 

「後、俺の体を使って変な事したら問答無用で叩き出す。……あっ、後人前では極力しゃべるなよ。それから……」

 

こうして崇道は渚と杉野の練習に入れて貰う羽目になった。

 

 

————————————————————

 

そして現在。崇道はバッターとして杉野の前に立っている。

 

「驚いたよ。まさか、崇道君が野球やってたなんて」

 

崇道の後ろでキャッチャーとしてグローブを構える渚がそう話しかけてくる。知らなくて当然だ。崇道は野球なんてやった事が無い。しかし、今、崇道の体に入っているのは、プロ野球選手。素人がバンバン杉野の球を打ったら面倒な事になる。杉野の自信喪失にも繋がるだろう。

 

そういう訳で、崇道は野球経験があるという事で話が進んでいる。

 

(しかし、まさか崇道が練習に加わるなんてな)

 

目の前で構える崇道を見て、杉野は彼の印象について考えていた。今までは極力、人と接しようとしなかった崇道が、まさか自分から野球の練習に加えて欲しいと言ってきた事に、杉野は至極驚いた。

 

先日、渚が起こした自爆テロで渚を庇う為に飛び出して来た崇道。その事から彼の認識を改めた杉野だったが。今回の事で更に認識を改める事になった。

 

(ま、無口なのは変わらないけど)

「それじゃあ、行くぞ」

 

杉野はボールを構え、投球フォームに入った。それに対して崇道(大塚)も杉野から投げられるボールを見切ろうと目をこらえる。

 

そして一球見送った。見送ったボールはヌルッと曲がり、渚のグローブに収まった。

 

(なるほど。確かに良い変化球だ。中学生にしてはだが……)

 

大塚は杉野の球を分析する。一方で、杉野は一球見送られた事を警戒していた。

 

(全く動かなかった。最初から見る前提だったな。これって崇道もかなり本気って事だよな)

 

「『……次』」

 

そう言って崇道(大塚)はバットを構え直す。その動作は野球選手として、かなり様になっていた。その為、杉野はまるで試合中の様な緊張感を感じ始める。

 

「よっしゃ。行くぜ」

 

再び放たれた杉野の投球。崇道(大塚)も今度はちゃんと打とうとバットを振る。

 

しかし、大塚のバットはボールをすり抜けた。

 

「『あれ?』」

 

その事実に誰よりも驚いたのは大塚である。

 

(どうした? 何かおかしい事でもあったのか)

 

(いや……変だな)

 

大塚は心の中で崇道と会話するも同様が隠せない。今のは本気で打つつもりだった。だが結果として、バットはボールに掠りもせず渚のミットに収まった。おかしいなと思い、再びバットを構え直す。

 

「『次』」

 

こうして杉野と大塚の長い勝負が始まった。

 

—————————————————————

 

それからしばらくして日も暮れて来た頃。気づけば自分の影が自分の身長を追い越していた。

 

大塚は苦戦していた。確かに杉野はいい球を投げる。しかし、腐ってもプロ野球選手。ここまで打てないなんて事は無い。ならば何故打てないのか。

 

それは元々の自分の体と崇道の体との差異が原因だろう。

 

当然、大人と子供とでは体格も違う。リーチも、体重も、筋力も、全てが違っている。その為、大塚は生前の様に打っても当たらないのだろう。

 

しかし、流石はプロ野球選手。崇道の体を徐々に使い熟し始めていた。

 

一方、杉野も徐々に合わされ始めて焦っていた。けれどもそれ以上に嬉しかった。こんなにも本気で戦える相手がいて。まさか崇道がここまで野球に熱い奴だなんて思わなかった。

 

この時間をもっと味わっていたい。そう思う程……。

 

しかし、二人ともかなり消耗しており、そろそろ終わりが見え始めた。

 

その前に……。

 

 

 

「『なぁ、お前。プロ野球選手、目指してるのか?』」

 

「え?」

 

急に崇道(大塚)が話し始めた。

 

(おい、あんまり喋るなって言っただろ)

 

(すまない。少しで良いから喋らしてくれ)

 

そんな大塚を止めようと心で会話する崇道だったが、大塚は止まらなかった。

 

急に話し掛けられて驚く杉野だったが、少し考えて自分の思いを口にしだした。

 

「……正直、プロ野球選手なんてなれるか分かんねー。俺には才能なんて無いんだって、何度も思った。けど俺やっぱ野球好きだから、好きならやっぱり目指したいなって、そう思うよ」

 

その言葉に今度は大塚が自分の思いを口にする。

 

「『なれるよ。お前。良いプロ野球投手に……』」

 

「……っ!」

 

掛け値ない賞賛。それは大塚の紛れも無い本心だった。

 

「へへっ、なんだよ。嬉しい事言ってくれるじゃん。それじゃ次で終わりにするか」

 

「『ああ』」

 

 

杉野はボールを構える。

 

 

———けど、今は

 

 

そして投球フォームに入り……、

 

 

————先輩として

 

 

ボールは杉野の手から放たれた。

 

 

————超えるべき壁として

 

 

大塚はボールをしっかり見極めて……

 

 

——————君の前に立ちはだかろう

 

 

 

大きく、フルスイングした。

 

 

 

———————————————————-

 

 

 

 

『ありがとう崇道君。君のおかけで俺の中の未練もすっぱり消えたよ』

 

杉野たちと別れた後、崇道たちは朝の河川敷に居た。沈んでいく夕日が妙に眩しくて崇道は目を細める。

 

「……いいのかよ? プロとしてプロ野球がしたかったんだろ? 」

 

『もう満足さ。未来のプロ野球選手と勝負できたんだから……』

 

「あっそ……」

 

まあこれで消えてくれるならどうでも良いかと、崇道は心の中で納得する。しかし、その後の大塚の発言には納得出来なかった。

 

『崇道君……。君は優しいな』

 

まただ。また、心が痛む。優しいと言われると心がズキズキ痛む。

 

『不良振っていても良く分かる。わざわざこんな俺に付き合ってくれて。本当に感謝している』

 

「別に。アンタが目障りで、さっさと消えて欲しかっただけだ」

 

『そうか……。そういう事にしておこう』

 

ありがとう。それだけ言い残して大塚は成仏していった。消えていった大塚を見届けて、崇道は自分の心をそっと撫でた。

 

 

優しいと言われると心が痛む。

 

 

 

 

—————嬉しいと感じると、心が痛むんだ。

 

 

 

 

———————————————————-

 

 

 

 

『お疲れ様。崇道君』

 

帰り道、にこやかに笑いかけてくる あぐりを見て少し腹が立った崇道は一つ、幽霊についての情報を教えてやろうと考えた。

 

「アンタ。朝に成仏ってどうすれば良いのか聞いて来たよな。……教えてやるよ。幽霊ってのはみんな≪未練≫があって現世に留まる。その未練を無くせば、成仏していく」

 

ただ……。

 

 

 

———幽霊なんて、意外と直ぐに成仏するものだ———

 

 

 

正に今回のケースがそうだ。大塚の未練はプロ野球をしたいという願いだったが、何だかんだ杉野との野球勝負で満足して消えていった。未練を無くすというのは必ずしも願いを成就させてやるという事では無い。

 

未練を諦めれば、いつでも成仏できるのだ。

 

「アンタは一体……どんな未練があるんだ」

 

『……』

 

その問いに あぐりは答える事が出来なかった。自分でも分からないのか、それとも分かっているからこそ答えられないのか。崇道には判断つかない事だったが。

 

「ま、今回みたいに、適当な所で満足して消えてくれ」

 

 

面倒事に巻き込んでくれたお返しとして、精一杯の皮肉を投げかけておく事にする。

 

『……ふふ』

 

そんな崇道を見て、逆に崇道らしいと笑みをこぼしてしまう あぐりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちなみに後日談だが、崇道は杉野に野球好きだと勘違いされ、良く草野球チームに誘われる様になった。

 




暗殺教室なのに、まったく暗殺出てこないなー。
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