暗殺教室 〜幽霊が見える生徒〜   作:稲葉 諸共

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幽霊教室 3限目 弱点の時間

 最近、崇道に対するクラスの見方が微妙に変わって来ている。

 それが行動として、最も顕著に表れているのが"潮田 渚"と"杉野 友人"この両名だ。

 先日の自爆テロや野球勝負を経て、二人は崇道に対して友情を感じる様になった。

 

 それからというもの、二人は良く崇道に話しかける様になっていた。

 クラスもその事を周知し始めていた。

 

「崇道君?」

「うん。最近、仲良いじゃん、渚と杉野君」

 

 その事に対して茅野カエデは興味を示した。

 今まで孤立していた為、崇道について詳しく語れる人は居なかった。

 これを機に崇道について、朝のホームルーム前に尋ねる事にした。

 

「と言っても僕らが勝手に話し掛けてるだけで、仲が良いかって言われると……」

「だよなぁ。俺ももう一回野球に誘ったりするんだけど、断られてさ」

「まあ、あの時は崇道君の方から声を掛けて来たから」

「え? 崇道君と野球したの?」

 

 崇道と野球をした事に驚く茅野。

 

「うん。日が暮れるまで杉野と勝負してたよ」

「へぇ〜。ちょっと意外かな。崇道君ってもっと冷めた人なのかなって思ってた」

「俺も驚いたよ。崇道って意外と熱い奴なんだなって」

 

「そうですねぇ。あの勝負は本当に熱かった。先生も思わず手に汗……、いえ、触手に汗を握りましたよ。」

 

 気づけば側にいる虫の様に突然現れた殺せんせー。

 流石に虫の様に嫌悪する訳では無いが、心臓に悪いという意味では似た様なものだ。

 

「殺せんせー。あれ、見てたのかよ」

「はい。夕陽をバックに野球で語り合う少年達。まさに青春の1ページでした」

 

 そういえば、と思い出したかの様に一個の野球ボールを取り出す殺せんせー。

 

「これがあの時に崇道君が打ち上げたボールです。後で崇道君にサインを書いてもらわなくては」

 

 

(((ホームランボールかよ!!!??? )))

 

 

 殺せんせーは崇道、もとい崇道に憑りついていた野球選手の幽霊、大塚が最後に打ち上げたホームランをキャッチしていたのだ。

 しかも打ち上げられるのを見た後に、わざわざ野球のユニフォームとグローブを取りに校舎に戻り、着替えてからホームランボールをキャッチするという離れ業まで熟していた。

 

「しかしそんな崇道君なんですが、暗殺の方はあまり積極的ではないのですよ。崇道君には是非、野球の時の様な情熱を先生にも向けて来て欲しいのですが……」

 

 自分を殺しに来る暗殺者の相手なら手慣れたものだが、自分に興味を持たない生徒とどう接するか。

 殺せんせー自身色々考えている所だった。

 

 そうこう話している内にホームルーム5分前。

 崇道が教室の引き戸を開けて入ってきた。

 それを見た殺せんせーは早速サインをねだりに行く。

 

「あ、崇道君! おはようございます! 早速で悪いのですが、先生このボールにサインを書いて欲しいのですが!」

「サイン?」

「はい、先日打った崇道君のホームランボールですよ」

「なっ!?」

 

 殺せんせーの言葉を聞いて、先日の野球勝負が見られていた事を知る崇道。

 

 ここで初めて、崇道は殺せんせーに対して危機感を覚える。

 野球勝負を見られた事自体は問題ではない。

 

 問題なのは見られた事ではなく、()()()()()()()()()事だ。

 

 こちらが認知せずに様子を見られたら、崇道の秘密がバレてしまう恐れがある。

 崇道は幽霊が見える事を周りに隠しているが、最近は常にあぐりが憑りつき、あぐりとの会話を迫られている。

 その様子を、虫の様にどこにでも現れるマッハ20の怪物に見られてしまえば、まず間違いなく怪しまれる。

 

 

――危険だ。この担任……はやく殺さなくては……

 

 

 殺せんせーを見る崇道の目に、確かな殺意が宿る。

 急に様子が変わった崇道を見て、殺せんせーは首傾げる。

 

「にゅ?」

 

 図らずも、崇道を殺る気にさせた殺せんせーであった。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 結局、朝は崇道の事を聞けなかった茅野カエデ。

 まあ、これから聞く機会などいくらでもあるだろう。

 今はそれよりも暗殺のチャンスだ。

 

 殺せんせーは今、生徒が手入れをしていた花壇を荒らした罰としてハンディキャップ暗殺大会を開催していた。

 自ら縄で拘束され、木に吊るされるというハンデ状態で生徒の暗殺から逃れようというのだ。

 

 茅野もそれに参加すべく準備を完了させ、急ぎ足で屋外に出た所。

 防衛省の烏間 惟臣(からすま ただおみ)と遭遇した。

 

「あ、烏間さん。こんにちは」

 

 急いでいても挨拶を忘れない茅野。

 元気よく挨拶するその姿からは、彼女の人柄の良さが見て取れた。

 

「こんにちは。明日からは俺も教師として、君たちを手伝う」

「そうなんだ」

「よろしく頼む」

 

 烏間は大人として、仕事として、必要最低限の挨拶を茅野に返した。

 

「じゃあ、これからは烏間先生だ」

 

そんな烏間に対し、茅野は太陽に向かって咲き誇る向日葵の様に真っ直ぐと笑顔を向けた。

 

「……」

 

 烏間が教師になるのは殺せんせーを殺す為、地球を守る為であり、任務だからだ。

 彼の本職はあくまで防衛省だし、彼自身もそう思っている。

 だからこそ、突然先生と呼ばれた事になんともこそばゆさを感じてしまう。

 

自分が教師になるのだと改めて感じていたタイミングで、一人の生徒が烏間に声をかけた。

 

「烏間さん」

「君は……崇道 幽太君。――どうした?」

 

 烏間は崇道と話すのは初めてだ。

 しかし、明日からはここの教師となる身。

 生徒全員の顔と名前は当然記憶している。

 

「ここに書いた物を、急いで用意して欲しいんですけど」

 

 そういって崇道は一枚の白い紙を手渡す。

 

「これは……」

 

 その内容を見て、烏間は目を見開いた。

 烏間の驚いた様子を見た茅野は、崇道が渡した紙の内容に興味を持った。

 

「??」

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 その後、学校が終わり家に帰った崇道は自室であぐりと話していた。

 

「あの怪物を殺す。その為に、アンタには怪物の行動を監視してもらう」

『ええ!? 監視ってどういう事、崇道君!』

 

 殺せんせー暗殺計画に乗り出した崇道は、あぐりに殺せんせーの行動を見張れと命令する。

 

「この前は、アンタの頼みを聞いてやったんだ。今度はそっちが俺に協力すべきだろ」

『うぅぅ……。それは』

 

 先日のプロ野球選手の件、崇道はあぐりに貸しがあると考えている。

 その事を引き合いに出されると、あぐりとしても断れなかった。

 

「そもそも相手は地球を滅ぼそうとしている怪物。いくら幽霊とはいえ、アンタは人類の一員として協力すべきなんじゃないのか」

 

 正論であぐりを促す崇道。

 確かにあぐりは崇道の申し出を断る理由が無い。

 むしろ積極的に協力すべきなのだろう。

 

 ただ、監視するにしても一つだけ懸念がある。

 

『でも、マッハで動ける相手を監視なんて出来ないと思うけど……』

 

 それは幽霊は高速で移動することが出来ない事だ。

 空中に浮遊しても、せいぜい人間の走る速度しか出せないであろう。

 そんな幽霊が、コンビニ気分で南極に行く殺せんせーについて行けないのは当然だ。

 

 もちろん幽霊の事に、誰よりも詳しい崇道がそれに気づかないわけがない。

 

「別にあの怪物にピッタリ張り付いて見張れって言ってるんじゃない。夜、学校にいる時だけでいい」

『どうして夜に?』

 

 そこには崇道なりの考え、持論があった。

 

「人は誰にも見られていない時こそ、油断し、弱点を晒す。それは獣も、あの怪物も同じはずだ。アイツが夜、一人で何をしているのか。それを観察してくれればいい」

 

 幽霊が見える事を周囲に隠している崇道だからこその考え。

 

 どっちにしろ夜は暇なんだろと、付け加える崇道。

 確かに崇道が就寝する夜になると、眠らない幽霊であるあぐりは暇を持て余す。

 崇道にしてみれば、アンタも暇をつぶせて丁度いいだろと、言わんばかりだった。

 

『はぁ。……わかりました』

 

 実はあぐり、崇道に内緒で夜な夜な出かけている場所があるのだが。

 

 それについて、今は話さないあぐりだった。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 殺せんせーは国家機密の存在。

 よって世間からは隠れて過ごしている。

 その為、3年E組旧校舎の宿直室で寝泊まりしているそうだ。

 

 そして今日も、殺せんせーは夜の学校に一人でいるのだろう。

 

 夜9時。

 殺せんせーを見張る為、あぐりはE組の校舎に来ていた。

 生前していた事を、死後、霊体になってからもするはめになるとは思わなかった。

 

 でも、嫌ではなかった。彼との時間はあぐりにとって、まさに心休まる楽しい一時だったから。

 

『お邪魔しま〜す……』

 

 宿直室に入ったあぐりは、聞こえるはずもない挨拶をした。

 別に部屋に入る時、挨拶をするのは礼儀とか、そんな事を思ってのことじゃない。

 ただ、殺せんせーに会いに行く。

 彼に会いに行く。

 

 それが少し気恥ずかしくて、誤魔化しただけのことだ。

 

 部屋に入ると彼がいた。

 大きな体に、黄色い皮膚。丸い顔にウネウネとした触手。

 ところが彼は微動だにしていなかった。

 ただひたすらに、一心不乱に何かを見ていた。

 

『? 何をしているのかしら』

 

 ――――人は誰にも見られていない時こそ、油断し、弱点を晒す。

 

 そんな崇道の言葉が脳裏をよぎった。

 

『まさか、本当に――』

 

 弱点を晒しているのだろうか。

 そう思い、彼の手元を覗き込むと――。

 

 

「ヌルフフフ////」

 

 エロ本を眺めている彼がいた。

 

『……』

 

 エロ本、特に巨乳を凝視している彼。

 良く見ると、黄色い顔はピンクに染まり、見ての通りのスケベ顔を晒していた。

 その姿を見て、彼と同じように顔を赤く染めるあぐり。

 確かにこれは、男の弱点というべき所なのだろうけど。

 

 こんな事、生徒である崇道に何て説明すれば良いのか。

 頭を悩ませるあぐりであった。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 後日、殺せんせーの行動を報告するあぐり。

 彼は授業に必要なプリント作成や、教材を大量に読み漁るなど、教師としての行動が主で、弱点らしい弱点はなかったと。

 

「本当に他には何も無かったんだな?」

『……うん。コレデ全部ダヨ……崇道クン……』

 

 流石にエロ本の事は隠す事すあぐりだが……。

 

「……嘘だな」

『うっ……』

 

 崇道に嘘は通用しなかった。

 以前、崇道の嘘をあぐりが見破った様に、崇道もあぐりの嘘が何となく分かる様になっていたのだ。

 その程度には二人の仲は深まっているという事だ。

 

 まぁ、それを除いても今回のあぐりの嘘は分かりやすかった。

 エロ本という、どこか真剣になれない隠し事のせいだろう。

 

「何隠している? キリキリ話せ」

 

 おおよそ教師に投げかける言葉では無いのだが、それは逆に崇道にとって気兼ねなく話せる相手だという証拠。

 最近、崇道が少し心を開いてくれていると感じていたあぐりだが、今回はその事で葛藤する羽目になる。

 

『うぅぅぅぅ……。その……』

 

 教師として、生徒の信頼を裏切りたくは無い。

 しかし女として、エロ本の事を口にするのは憚られる。

 

 散々悩んだ末、あぐりが出した結論は……。

 

『エッチな本……見てたました。……一人で……』

「はぁ?」

 

 あぐりは生徒の信頼を取る事にした。

 その顔は羞恥で真っ赤に染まっていた。

 まさかの情報に崇道も言葉に詰まる。

 

「…………」

『…………』

 

 教師と生徒。二人の間に気まずい沈黙が訪れる。

 

 意外と初心な二人であった。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 そのまま数日様子を見たが弱点らしい弱点は見つからず、崇道はこのまま暗殺に乗り出す事にした。

 

 この日、崇道は体育倉庫で待ち伏せしていた。

 次の授業は体育。ターゲットが準備の為、体育倉庫に訪れた所を狙う算段だ。

 薄暗く、物が圧迫する狭い空間は、崇道の暗殺には持って来いの場所。

 

 (来た……)

 

 ターゲットが体育倉庫に入る。それを確認してから、崇道は手に持っていた物を起爆させる。

 

 

 ――――次の瞬間、倉庫内が光と爆音に包まれた。

 

 

 

 

 

 崇道が使ったのは、アメリカ陸軍でも使われている閃光発音筒。

 いわゆるスタングレネードと言われる物だ。

 

 この狭い体育倉庫ならどこで起爆させようと、部屋全体を光で埋め尽くす事が可能だ。

 崇道自身はスタングレネード用に用意した特別なゴーグルと耳栓で防護している為、自身が麻痺する事は無い。

 

 なぜ殺傷能力の無い非致死性兵器を使ったのか。それにはいくつかの理由がある。

 

 そもそもマッハ20で動く怪物をナイフや銃で殺すのは土台無理な話だ。

 基本性能が違い過ぎる。

 なら動けない様に捕らえてしまえば良いというのが崇道の考えだ。

 

 しかし普通に捕らえるんじゃ逃げられる為、まずは逃げられない状況を作る事にした。

 

 その為に用意したのがスタングレネードだ。

 スタングレネードによって発生する閃光で相手の視覚情報を奪う。

 如何にマッハ20の怪物でも、光からは逃れる事は出来ない。

 

 さらに光と同時に起きる爆音で相手の聴覚をも奪う事が出来る。

 光と音による感覚器官の一時的な麻痺。

 視覚情報と聴覚情報、この二つを失えば、如何に超生物といえど隙が生じるはずだ。

 その隙に対先生物質の檻で捕まえてしまえば、後は簡単。

 

 スタングレネードを起爆した後直ぐに、崇道は用意していた止め金を外す。

 すると倉庫に仕掛けていた、対先生物質で出来た捕獲用シートが一瞬で殺せんせーを捕らえる。

 

 これが崇道の暗殺計画の全貌だ。

 

 崇道は止めを刺す為、殺せんせーを捕まえたであろうシートに近づく。

 そこで気づいた。

 

「――いない!?」

「ヌルフフフ。残念でしたねぇ、崇道君」

 

 突然ゴーグルと耳栓が外される。

 驚いて背後を振り向くと、人を揶揄う様に笑う殺せんせーが立っていた。

 

「どうして……まさか、スタングレネードを避けたのか?」

「いえ、流石に先生と言えど、光からは逃げれる事は出来ません。物体が光の速度を超える事は不可能ですから。そこを狙った君のアイディアは確かに良かった」

 

 しかし、と付け加える殺せんせー。

 

「先生、視覚や聴覚の他に、嗅覚も優れているのですよ。君がこの体育倉庫に潜んでいる事は、匂いで初めから分かっていました」

 

 情報不足。

 まさか殺せんせーの嗅覚が犬並みに優れているとは思わなかった。

 中々弱点を見せない相手に、功を焦った崇道のミスだ。

 

 そのまま授業を行うかの様に崇道の疑問を解いていく殺せんせー。

 崇道は黙ってそれを聞くしかなかった。

 

「君のスタングレネードは確かに、先生の目と耳を一瞬麻痺させた。しかし、それだけです。殺しに来ると分かっていれば、慌てる事は無い。落ち着いて体育倉庫から脱出するだけです」

 

 警戒されれば暗殺の成功率はグッと落ちる。

 そこに隠れているとバレれば、奇襲は奇襲の意味を為さない。

 いくら目と耳を奪おうと、マッハで動ける事に変わりは無いのだ。

 

 目と耳が機能しない状態でも、音速で体育倉庫から抜け出すくらい殺せんせーには簡単という事なのだろう。

 おまけにこうして話をしているという事は、既に視覚と聴覚、共に回復しているという事。

 末恐ろしい回復速度だ。

 

「何よりも君の失敗は、私に殺意を悟られた事です。ここ数日、君から向けられていた殺気には気づいていました。他の生徒達と比べ、あまり暗殺に積極的ではなかった君が明確な殺意を持った事で、先生は他の生徒達以上に君を警戒する様になりました」

 

 間の抜けた表情をしていても、殺せんせーはここ数日の崇道の殺気をハッキリ捕らえていた。

 

「ここは暗殺教室。誰もが先生に対し、殺意を隠し持っています。その中で君は自分の殺気を隠す事を怠った。他の生徒達との協調性の無さが、それを浮き彫りにしてしまったのです」

 

 いつも一人でいる事が、ここに来て暗殺の弊害となっている事に崇道は気づかされた。

 

「君はもっと他の生徒と協力すべきでした。そうすれば君の殺気は他の生徒達の殺気に紛れ、先生にここまで警戒される事は無かったでしょう」

 

 殺せんせーの言っている事は、理解はできる。納得も。

 しかし、それは崇道には出来ない相談だ。

 幽霊が見える事を隠している崇道にとって、他人との繋がりは一番敬遠している事だからだ。

 その事については、殺せんせーも薄々勘付いていた。

 

「君が何かを隠している事は知っています。その為、必要以上に人を避けている事も。しかし、他人は決して敵ではない。付き合い方次第で心強い味方にもなるのです」

「味方?」

 

 味方という言葉に疑問を覚える。

 崇道にとって、味方は自分だけだった。

 父も母も、誰一人として自分を理解してはくれなかったのだから。

 

「人は皆、弱みを他人に見せない様に隠している。しかし、秘密(弱点)が露見する事を恐れて、他人を拒絶してはいけない。今回の様に、人を避ける事で弱点(秘密)が浮き彫りになる事もあれば、人と繋がる事で逆に弱点(秘密)を隠す事ができるのですから。今の君に必要なのは、周りの環境に適応する力」

「味方と言っておきながら、それを利用すると?」

「世の中に無償の関係などありません。友情も愛情も全てギブアンドテイクで成り立っています」

 

 暗殺に限らず、何事においても一人で出来る事には限りがある。

 このまま進んでいけば遅かれ早かれ、崇道はその難題にぶつかっていただろう。

 殺せんせーは、暗殺者として、人として大切なものを伝えようとしていた。

 

 暗殺という名の授業で……。

 

 殺せんせーの話の趣旨は理解した。

 なればこそと、崇道は思う。

 

 幽霊が見える自分は普通の人間ではない。

 そしてそれは、殺せんせーにも言える事。

 普通の人間に当て嵌まる定義が、自分たちにも当て嵌まるのかと。

 少し、遠回しに尋ねた。

 

「アンタはどうなんだ? 周りなんて関係なく、一人で世界を相手に戦えてるアンタには、弱点なんて何処にもない」

「いえいえ、先生こう見えても弱点だらけですよ。それを巧みに隠しているだけです」

 

 弱くありたいと、そう願ったのは他でもない、この怪物なのだから……。

 

 しかし、事情を知らない崇道には分からなかった。

 マッハで動ける身体能力、暗殺を巧みに躱す高度な知能。

 こんな怪物に、本当に弱点なんてあるのだろうか。

 

 そう考えた時、ふと、潮田渚の弱点メモを思い出した。

 

 崇道は渚が殺せんせーの弱点を綴ったメモを書いていると小耳にはさんだ。

 内容はお世辞にも役に立つか不安になる様なものだったが。

 

 そういえば崇道は、自分も殺せんせーの秘密を一つだけ知っている事を思い出す。

 

「弱点……。アンタが夜な夜な学校でエロ本読んでる事とか?」

「にゅや!? す、崇道君、どうしてそれを!?」

 

 あまりのもくだらない秘密で、弱点というには甚だ疑問だ。

 自分の抱える秘密と同列に扱うのは釈然としないが、この情け無くも立派な教師を見て、少し考えを改めた。

 

 思えば、こんな怪物がちゃんと教師をしているのだ。

 徐々に生徒達との信頼も築き始めている。

 

 それに対して自分はどうだろう。

 幽霊が見えるだけの自分が、他人と分かり合えないなんて決めつけるのは、ただの逃げではないだろうか。

 

 隠す為に他人から離れた自分だが、隠す為に他人と繋がる事が出来ると教えられた時。

 自分が一人なのは、決して幽霊の所為ではないのだと。

 そう言われている様に感じた。

 

「ふふ……」

『崇道君……?』

 

 静かに笑う崇道を見て、あぐりは彼の心境に変化が起こった事を悟った。

 

 ここまで言われたからには、黙ってられない。

 崇道は挑戦を叩きつける様に、不敵な笑み浮かべて言い放った。

 

「為になる授業をありがとう殺せんせー。次はちゃんと殺してやるよ」

 

 次こそは殺してやる。

 その言葉は、自分の秘密を隠しつつ、他人とも向き合うという。

 崇道自身に向けての挑戦でもあった。

 

「はい。次はちゃんと、()()()で殺しに来てください」

 

 その挑戦を大胆不敵に笑う事で、自信満々に受け止めた殺せんせーであった。

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「渚。何してんだ?」

「杉野……。いや、殺せんせーの弱点が中々見つからないなと思って」

 

 休み時間中、渚は自分が書いた弱点メモを見返していた。

 まだ書き始めたばかりだが、中々発見が少なく滞っていた。

 

(まあ、そんな簡単には見つからないよね……)

 

 どこかに弱点が転がってないかと探している渚。

 そして、それは意外な所から転がり込んで来た。

 

「アイツの弱点なら一つ知ってるぞ」

 

「――っ崇道君」

「――っ崇道」

 

 急に話しかけてきた崇道に驚く二人。

 ある意味、殺せんせーが突然出て来る時より驚いた。

 

 崇道とはあの野球以来、あまり話をしておらず、あの時感じた友情はこちらの思い込みなのかと疑問に感じていた2人。

 

 それが急に話し掛けて来ては、驚くなという方が無理だろう。

 そして何よりその内容に耳を引っ張られる。

 殺せんせーの弱点を知っているとは一体。

 

「殺せんせーの弱点って、崇道君それ本当?」

「まじかよ。何なんだよそれって?」

 

「それは……」

 

 崇道からの情報を、ゴクリと生唾を飲んで待つ二人。

 

「エロ本だ」

 

 

 

「「……は?」」 

 

「宇宙人みたいな見た目してる癖に、普通の人間と変わらず性欲があるらしい。特に巨乳ものを好んで見ている」

 

 まさか崇道の口からエロ本という単語が出て来るとは。

 崇道からもたらされる情報に身構えていたが、かなり拍子抜けした。

 

「……」

「……」

 

 だが、なんだろう。

 こうして崇道とエロ本の話が出来る事に喜びを感じる二人。

 

 だって、こんな頭の悪そうな会話、()()としか出来ないんだから。

 

「じゃあ今度、殺せんせーにエロ本見せて、食い付いて来たところを狙うか。エロ本の調達は岡島あたりに頼んで」

「エロ本で世界が救われるなんて、なんか凄い情け無い話だけどね……」

 

 殺せんせーの弱点の話は置いといて、今はこうして友達との会話を楽しもう。

 そう思った渚と杉野だった。

 

 

 

「それと、アイツの嗅覚は犬並みだ。匂いを残せば感づかれるから気を付けろ」

 

 そっちの情報の方が重要なのでは? と思わずにはいられない渚であった。

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 その日の夜。町を彩る電気が闇夜に消える時間帯。

 雲が三日月を覆い隠し、重くのしかかって来る不気味な空。

 茅野カエデは自宅の洗面所で鏡に映る自分を見ていた。

 

「今日の暗殺……使えそう」

 

 今日、崇道が行った暗殺。

 実は茅野は隠れて見ていたのだ。

 崇道が烏間に渡した紙を盗み見た茅野は、暗殺にスタングレネードが使われる事を知っていた。

 そこで自分も特殊なゴーグルと耳栓を身に着け、少し離れた所から、その瞬間をじっくり観察していた。

 

 結果は失敗だったが、それなりに有効であったと茅野は感じていた。

 

「待ってて、お姉ちゃん。必ず仇は取るから」

 

 鏡に映る茅野の顔は、普段の彼女からは想像できない程、冷たく憎悪に満ちていた。

 殺せんせーにすら、その憎悪を悟らせない茅野の隠匿スキル。

 

 しかし誰も見ていない今、その完璧な演技は崩れ去る。

 

 一人を確信している人間は弱点(秘密)を晒す。

 その崇道の考えはまさに正しかった。

 茅野の中に燻る憎悪を表現する様に、彼女のうなじからは禍々しい触手が唸っていた。

 

 

 

 

『…………』

 

 

 そんな茅野を心配そうに、影から見つめる幽霊が一人。

 

 茅野は自分が一人では無い事に気づかない。

 

 

 




 もともと見切り発車で書いたこの作品。ここから先の展開なんて考えてる訳も無く。ネタが尽きた……。


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