「ねぇ、幽霊が見えるって本当〜?」
彼と話したのは小学6年の頃。進級でクラスが変わって直ぐの事だった。
彼とは小学校が一緒だっただけで、一度も話した事は無かった。
そんな彼が突然話しかけてきた時は、酷く驚いたのを覚えている。
彼の事は以前から知っていた。
天才、問題児、様々な噂が飛び交う学校一の有名人。
そんな彼が自分に話し掛けて来られては、幽霊に話し掛けられるより驚いた。
その上、話の内容が自分の霊視についてだったのだから。
「クラスの奴が言うには、昔幽霊が見えるって君自身が言ってたらしいけど」
どうやら昔の噂を聞いて話しかけてきた様だ。
幽霊が見える事を隠す様になって随分と経つが、未だにこういう面白半分で来る奴がいる事実にうんざりする。
「幽霊なんて見えるわけないだろ」
だから、これまでの連中と同じ様にキッパリと否定してやった。
そうすればコイツも、他の連中と同じ様に帰るだろうと思っていた。
「見える訳ない、か。ま〜そうだよね。幽霊なんて見えるばずないよねぇ」
しかし、彼は他の連中とは違った。
「けど……」
――幽霊の存在は否定しないんだね
その言葉を聞いた時、心臓を掴まれた様な気分だった。
直ぐにその言葉を否定したかったが出来なかった。
頭が混乱して考えがまとまらず、出かかった声は喉に詰まる。
ただひたすらに、動揺を悟られない様、無反応を貫く事で精一杯だった。
「ふ〜ん。まあいいけど」
休み時間の終わりを告げるチャイムを聞いて、彼は自分の席へ戻っていった。
その時の顔はまるで、新しい玩具を見つけた時の子供の様だった。
それが彼との最初の出会いだった。
『おはよう! 崇道君!』
「……」
朝7時15分。
登校の為、家を出た崇道を元気良く待ち受けるあぐり。
反対に崇道の様子は朝から眠たそうな面持ちだ。
『どうしたの崇道君。寝不足? 駄目よ、夜更かしは程々にしなくちゃ』
「夢見が悪くてあんま寝付けなかったんだよ。最近どこぞの教師の幽霊が枕元に立つせいかもな」
あぐりの注意を崇道は適当な言い掛かりをつけて躱す。
確かにあぐりは崇道に憑りつく幽霊だが、常に憑りついている訳ではない。
崇道のプライバシーを守る為、崇道の部屋などには許可なく立ち入ったりはしない。
夜、崇道が就寝している時あぐりは外で夜空を漂っていたりする。
決して崇道の枕元に立ってなどいないのだが。
『うっ……。と、ところで夢見が悪かったて、一体どんな夢だったの?』
崇道の難癖に若干困った様な苦笑いを浮かべるあぐり。
話題をすり替える様に崇道の夢について尋ねる。
しかし、崇道の返答は……。
「……さあ、もう忘れた」
崇道の頭の中に夢の記憶は殆ど消えていた。
夢というのは見ている最中では脳に焼き付く程強烈な印象を受けるのに、目が覚めるとどうして靄がかかった様に忘れていくのだろう。
後に残ったのは夢で感じた嫌な予感。
それがいつまでも崇道の心を渦巻いていた。
「あっ、崇道君。おはよう」
「おっす崇道」
「ああ」
朝、教室に入ると渚と杉野の二人と挨拶を交わす。
ただ返事を返しただけだが、人との関わりを避けていた頃と比べると大した進歩だ。
『うんうん。やっぱり朝の挨拶は大事だよね、崇道君』
(うっせぇ)
教師として教え子が挨拶をする様になって嬉しいのか、後ろにいるあぐりは笑顔で頷く。
そんな中、崇道に声をかけるもう一つの声がした。
「おはよう! 崇道君!」
「?」
突然飛んできた女性の声に脳が疑問を覚える。
――――おはよう! 崇道君!
その声に一瞬、あぐりの朝の挨拶がフラッシュバックしたのだ。
しかし、あぐりでは無い。
聞き間違いでなければ崇道は誰かに話し掛けられたという事になるが、渚と杉野とは既に挨拶を交わしているから二人のはずもない。
このクラスで二人の他に話し掛けてくる生徒の存在に思い当たらず、誰だと思い崇道は声の主に顔を向ける。
「あれ? ひょっとして崇道君。私の名前知らない? 私、茅野カエデ。よろしくね」
「いや、流石に名前は知ってる」
話し掛けてきたのは茅野カエデという少女だった。
同じクラスなのだから当然名前くらいは知っていた。
しかし何故彼女の声が一瞬あぐりと重なったのか、崇道の疑問は晴れなかった。
そんな崇道の心情をよそに茅野は会話を続けて来る。
「そうなんだ。良かった〜。さすがに名前まで知られてなかったらどうしようかと思ったよ」
「あ、ああ……」
「崇道君とは今まであんまり話した事なかったけど、最近渚や杉野君と仲良さそうだったし、これを機にクラスメイトとして仲良くしたいなって思ったの。だからこれからよろしくね」
「……」
表情豊かで人懐っこい彼女の人柄に戸惑ってしまう。
まして初めて話す相手に何と言葉を返せば良いのだろうかと思い悩む。
言葉を返そうと思案するが中々言葉が出てこず、これでは女の子を意識してまごつく思春期の男子の様ではないかとそんな不甲斐無い思いが募る。
「ヌルフフフ。友達付き合いは進歩した様ですが、女の子とのお喋りはまだまだの様ですね〜」
(殺す……)
突然耳打ちされた不愉快な言葉に殺意が湧く。
しかし衝動で降ったナイフが当たるはずも無く、その殺意は虚しく空を切った。
先程まで崇道の後ろには誰もいなかった筈なのに後ろから聞こえた声。
つまりその声の主はほんの一瞬で崇道の背後を取ったという事だ。
暗がりでも無い開けた空間の教室で、そんな芸当が出来るのは一人しかいない。
「残念。そんなんじゃ、先生は殺せませんね〜」
ターゲットであり担任の殺せんせー。
何故この教師はこうも人の殺意を煽るのが上手いのだろうか。
殺せんせーといい、あぐりといい、崇道は教師に対して苦手意識を感じてきた。
「チッ、このエロ本教師が……」
殺そうとしても殺せないこの教師に今できる抵抗は、精々相手を貶すぐらいだった。
「エロ本?」
その言葉に茅野カエデが反応した。
そう言えば自分と渚と杉野、そして幽霊のあぐりを除いては、この教師が学校でエロ本を読んでいる事はまだ知らていない情報なのを思い出す。
「にゅわわわ!? 崇道君! それは言わない約束でしょう! 違うんですよ茅野さん! 先生は決してその様な……」
女子生徒にエロ本の事を隠そうとする見っともない教師を横目に、渚と杉野、二人の会話に参加する。
「あははは。殺せんせー、必死だね……」
「ま、教師として生徒に知られる訳にはいかないよな」
「どうせあの様子じゃ近いうちにバレる」
殺せんせーの情けない姿に呆れ返る崇道。
何故あんな教師を未だに殺せないのだろうか憤りを感じる。
そんな憤りをよそに、杉野から話を振られる。
「そうだ崇道、また野球の相手してくれよ」
「や、野球……?」
「あれから一度もやってないんだし、次は打たせないぜ」
杉野達には崇道が野球経験者という事で話が通っているが、実際に野球なんてした事が無い崇道。
その事実を隠さなければならない事に焦りを覚える。
「ま、まぁ気が向いたらな……」
「「?」」
密かに野球の練習をしようと、崇道は心に決めたのであった。
そんな決意をよそに、今崇道はバットではなくナイフを振っていた。
現在烏間先生指導の元、体育の授業を行っている。
この暗殺教室において体育の授業とは暗殺のスキルアップが目的の為、普通の体育の様にサッカーや野球は基本行わない。
ナイフの素振りなどがメインだ。
今しがたクラスで運動神経が良いチャラ男の前原と学級委員の磯貝が二人掛かりで烏間先生にナイフを当てようとしていたところだ。
しかし二人の攻撃は烏間先生にことごとく捌かれる。
最低限烏間先生にナイフを当てられたる様にならなければ殺せんせーにナイフを当てる事はほぼ皆無だ。
クラスに課せられた合格ラインを提示されたところで今日の体育は終了した。
皆が校舎に戻ろうとした時、一人の生徒が高台からこちらを俯瞰する様に立っている事にクラスの皆が気づいた。
その生徒はこちらが気づいた事を確認すると、真っ先に渚に話しかけた。
「久しぶり、渚君」
「カルマ君……。帰ってきたんだ」
赤羽カルマ。
彼の姿を見て、崇道は朝見た夢の内容を思い出す。
――――あの時と同じだ。こちらを面白そうに見下ろすあの顔。
――――あの時もアイツはこんな風に突然現れた。
「先生って案外チョロい人~?」
「ぐぬぬぬぬ……」
E組に来て早々、赤羽カルマは殺せんせーに暗殺を試みた。
暗殺自体は躱されたが、カルマはこの暗殺教室始まって以来、初めて殺せんせーにダメージを与える事に成功した。
カルマの挑発に殺せんせーは顔を真っ赤にして悔しがっていた。
「渚。カルマ君ってどんな人?」
その様子をE組の生徒達が固唾を飲んで見守る中、茅野は渚にカルマの事について聞いていた。
三年になるこの時期に転入してきた茅野は赤羽について詳しく知らなかった。
「うん。1年、2年が同じクラスだったんだけど、2年の時続け様に暴力沙汰で停学くらって、このE組みにはそういう生徒も落とされるから……。でも、今この場所なら優等生かもしれない」
「どういう事?」
「凶器とか騙し討ちとかなら、多分カルマ君が群を抜いてる」
ナイフを巧みに弄ぶその様子から、カルマが凶器の扱いに長けている事がうかがえる。
すると、思い出したかの様に渚は崇道に向き直る。
「あれ? そういえば崇道君って、カルマ君と同じ小学校だったけ?」
「……」
渚の疑問に崇道は答えなかった。
崇道の心情は今複雑な思いで溢れている。
――――幽霊が見えるって本当〜?
赤羽カルマ。彼の登場に冷や汗を流したのは殺せんせーだけではない。
放課後、崇道は家に帰らずスポーツショップに立ち寄っていた。
普段スポーツショップなどに足を運ばない崇道故、あぐりは疑問に思う。
『それで? 崇道君。スポーツショップに寄って何買うの?』
「野球用品」
『えっ! 崇道君、野球始めるの?』
崇道の言葉にあぐりは驚いた。
あの崇道が野球を始めるというのだから。
「ボロが出ない様に最低限、練習するだけだ」
『そっか、杉野君ともっと仲良くなる為に……』
「違う。かってに人の気持ちを都合よく解釈するな。これはあくまでも幽霊が見える事を隠す為だ。流石に野球の経験有無だけでバレるとは思わないが、念には念をだ」
崇道はそう言っていたが、あぐりは理解していた。
念には念をともっともらしい事を言っていても、実際に野球経験の有無だけで霊視の事実がバレる訳は無い。
杉野の誘いをわざわざ受ける必要は無いのだ。
それでも杉野の野球の誘いを受けるという事は、せっかく出来た杉野のとの友情を憂いての事だった。
野球用品が並ぶ棚の前に来ると、思った以上の品数に二人は考え込む。
「野球のグローブっつても色々あるな、何買えばいいんだ」
『大塚さんがいれば、色々教えて貰えたんだけど』
「そもそもアイツがいなかったらこんな苦労してねーよ」
グローブの良し悪しなど考えた所で分かるはずも無く、一番安い物で良いかと考え商品に手を伸ばした時……、
――――突然肩を叩かれた。
「幽霊とでも話してんの?」
――――そこには彼がいた。
「赤羽……」
「やあ崇道。こんな所で会うなんて奇遇だね」
4月から一人暮らししてる。流石に慣れたし、休みの日は楽しいけど平日が……。
ああ、明日は月曜か……。