「幽霊とでも話してんの?」
突然肩を叩かれ振り返ると、そこには赤い悪魔がいた。
「赤羽……」
「やあ崇道。こんな所で会うなんて奇遇だね」
まずい。あぐりとの会話を聞かれたかと警戒した。例え聞かれていても独り言として押し通せるが、自然とあぐりと会話する様になった迂闊な自分に腹が立った。
『大変、崇道君! 赤羽君が!』
(気づくのおせーよ)
役に立たないと心の中で幽霊に悪態をつく。赤羽は眉を顰めるこちらを揶揄う様に不敵な笑みを浮かべている。
「渚君から聞いたけど野球、上手いんだってね。崇道が野球に興味あったなんて知らなかったよ」
早速嫌な話題を振ってくる。何故なら崇道は野球が上手でもなければ、興味もないのだから。
「お前こそ。野球に興味がある様には思えないが」
「いや~、暗殺で使える物がないか探しに来たんだけど、野球用品のコーナーに見覚えのある顔があったからさぁ。何かボソボソ呟いてたみたいだったし、てっきり幽霊とでも話してんのかと思ってさ」
あいも変わらず幽霊関連のネタで人を揶揄ってくる赤羽に辟易とする。昔からこいつのデリカシーがなく無遠慮なところが心底迷惑で嫌いだった。
「またその話か……。人をおちょくってそんなに楽しいか?」
「そんなつもりはないさ。でも、あんな
「……幽霊なんている訳ないだろ。くだらない」
赤羽自身、幽霊の存在なんて本気で信じている訳ではないだろう。しかし何が楽しかったのか、こいつは小6の半年間ずっと付き纏ってきたのだと嫌な思い出が蘇る。
「ふ〜ん。まあ、今は幽霊よりもあの怪物殺さなきゃね〜。地球が破壊されて俺達自身が幽霊になったら笑えないし。それじゃあまた学校でね〜」
そう言って赤羽は楽しそうに去っていった。肩に入っていた力が抜ける。しかし、油断はできないと気を引き締め直す。
あの笑顔はあの時と同じだ。玩具で遊ぶ子供がそれを無邪気に壊してしまう様な。
あいつの興味は今、殺せんせーに向けられている。しかし、その興味が改めて自分に向けられた時。自分の秘密を暴かれてしまいそうな……。
そんな予感を感じられずにはいられなかった。
取り敢えず目的だった野球用品を買って帰路につく。その最中あぐりが話しかけてくる。
『崇道君……赤羽君と友達だったの?』
さっきのやり取りを見ていて、なぜそんな答えに行き着くのか。この教師は頭の中がお花畑で満たされているのだろうか。
「何でそうなる」
『だって気の置けない友達って感じがして仲良さそうに見えたよ』
「冗談じゃない。アイツは昔、俺が幽霊見えるって噂聞きつけてわざわざ揶揄に来ただけだ。さっきみたいにな。アイツのせいで噂は広がるわ、不良との喧嘩に巻き込まれるわで散々だった」
そう……。
思い返すのは小6の頃。あいつに初めて声をかけられた日から始まる。
「ねぇ、幽霊が見えるって本当〜?」
その質問に対し、崇道は当然の様に嘘をついた。
「幽霊なんて見える訳ないだろ」
「見える訳ない、か。ま〜そうだよね。幽霊なんて見えるばずないよねぇ。けど幽霊の存在は否定しないんだね」
そう言葉を残して、鳴り響くチャイムと共に彼は席に戻っていった。
放課後、下校途中に彼はまた話しかけて来た。
「やあ」
あまりにも気安いそれに崇道は無視を決め込んだ。
「ねえ。無視しないでよ。俺は幽霊じゃないだからさ〜」
「……」
その軽口に不快感を覚え、崇道はとことん無視を決め込んだ。それでも彼の軽口は続き、幽霊をネタにこちらを揶揄ってきた。家に着くまでそれは続き、次の日の下校時も、その次の日の下校時も彼は付き纏ってきた。
そんな日々が少し続いたある日。
横断歩道で信号待ちをしていたら、後ろから不良がぶつかってきた。不良は3人組で、前を歩く不良が後ろの2人と話す際、前を見ずに歩いていたのが原因だ。
「ッて。気ィつけろガキ」
あまりの横暴に顔をしかめると、こちらの態度が気に食わなかったのか、不良3人は大人気なく小6の崇道を囲んできた。
「ンだぁ? そのツラ。文句あんのか?」
相手にするのも嫌だったのでしょうがなく謝罪しようとすると、側にいた赤羽がすかさず口を出してきた。
「いやぁ、今のは前見てなかったお兄さんが悪いでしょ」
それを聞いて不良は標的をこちらから赤羽に移した。いくら相手が間違っているといっても、不良3人も相手に反論してどう収拾つけるつもりかと思った。
「なんだぁ、このガキ。あんま調子のってっと──」
目線を合わせてメンチを切ってきた不良に、彼は先手必勝とばかりに顔面を殴った。あまりの思い切りの良さに思わず「えぇ……」と声が漏れた。
そのまま驚いて固まっていた隣の不良の股目掛けて、彼は足を振り抜き、金的された不良はもんどり打つ様に倒れた。
最後の不良は痛がる仲間2人を心配して隙を見せたところ、赤羽にケツを蹴り飛ばされて倒れ込んでいた。
「あはは! 走るよ!」
不良達が倒れている様を楽しそうに嘲笑って走り出す赤羽。今にも起き上がりそうな不良達から逃げる様に赤羽を追いかけた。
この日、初めて崇道は自分から赤羽に着いて行った。
「はあ、はぁ、はぁ」
思い返せばいつぶりだろう。こんな必死に走ったのは。肩で息をしている崇道と違って赤羽はもう呼吸を整えていた。
「お前喧嘩っ早過ぎ」
「だってムカつくじゃん。ああいう連中」
赤羽は気にも留めない様子で言い捨てる。
「どうするつもりだ? 絶対目ェ付けられたぞ」
「問題ないよ、あんな連中。また返り討ちにすれば良いだけだし」
どこまでも傍若無人なその様子に、崇道は諦めた様に項垂れた。
「それに幽霊と比べればあんな連中怖くも無いでしょ」
「はぁ……。知るかよ」
面倒な奴に目をつけられたものだと思った。でも悪い奴では無いのだろうとも思った。不良から助けてくれて、赤羽を見る目が少し変わる。
久しぶりに全力で走った空は清々しい程に空気が澄んでいて美味しかった。
翌日から崇道は赤羽と話す様になっていた。次第に交流は増え、放課後は家に直帰せず、ランドセルを背負ったまま寄り道したりして。コンビニで漫画を立ち読みし、たまに出会しそうになる不良達から隠れるのはスパイ気分で少し楽しかった。
赤羽経由で同級生とも話す機会が少し増えた。
しかし、それも長くは続かなかった。
赤羽はとにかく目立つ奴で、影響力というのが凄かったのだ。そんな赤羽と最近つるんでいる崇道は学校でよく話題に上がる様になり、その結果、昔の話を掘り返してくる奴も増えた。
まだ人間的に未熟な小学生は実にくだらない話が好きで、人を揶揄って楽しむ傾向が強い。鎮火したはずの噂話が瞬く間に広がり、崇道はまた色んな奴から幽霊の事で揶揄われる様になった。
『うっわ。今時幽霊見えるとか馬鹿じゃん』
────うるさい。
『お前幽霊見えんだろ? 目っていうか頭大丈夫?』
────黙れ。
『はい〜。嘘つき罪で刑務所行き〜』
────消えろ。
気が付けば気にならなくなっていた赤羽の冗談も、他の連中の揶揄と同じく自分を嘲笑していると感じるようになってしまって……。
『ねえ』
それが酷く屈辱的で……。
『幽霊が見えるって本当〜?』
だから赤羽についこう言ってしまった……。
────死ね、と。
それから赤羽とは疎遠になった。しつこく付き纏ってきたあの頃が夢だったみたいに。
そして現在。
赤羽を警戒していた崇道の心配は杞憂だった。
最初こそ殺せんせーを翻弄していた赤羽だったが、赤羽を徹底的に警戒した殺せんせーは彼の暗殺を尽く躱していった。その度に手入れと称しておちょくられる始末。
次第に赤羽からは余裕がなくなり、彼の顔に張り付いて離れなかったあの挑発的な笑みは消え、もはや崇道の事など忘れて躍起になって暗殺を繰り返している。
自分にターゲットが向かない事を崇道は安堵しつつ、それと同時に赤羽の意外な一面に少し驚いた。
あんな赤羽を見るのは初めてだった。
疎遠になって久しいから気づかなかったけど、改めて考えると以前の赤羽とは何か違う気がした。昔はもっと無邪気に滅茶苦茶しでかすって印象だったが、今は何だか生き急いでいるというか。上手くいかない事にムキになる事にはあれど、ああも焦燥に駆られているのを見るのは初めてだった。
またもや暗殺が失敗に終わり、校舎から出て山林に入って行く赤羽。それを遠くから眺めていると、あぐりが我慢を切らした様に聞いてきた。
『話しかけないの?』
「誰に? 赤羽にか? 何で俺がアイツに話しかけるんだよ」
『だって……心配そうに見てたよ』
心配? 俺が? アイツを?
心の中で否定した。だってアイツは──。
『友達……なんでしょ?』
「……」
追いかけると赤羽は高さ何十メートルあるのだろうかという崖端から突き出した木の上に座り込んでいた。なんて危ない所で物思いにふけっているのだろうかと呆れてしまう。
「おい」
こちらから呼びかけると、赤羽は少し驚いた顔をしてこちらを一瞥したが、すぐ顔を戻してしまう。
「……珍しいじゃん。崇道の方から俺に話しかけてくるなんて」
「俺だって好きで話しかけるかよ。ただ随分とらしくないなって思ってな」
「らしくない? 俺の事? へぇ〜。君に俺の何がわかるの? 別段大した仲でもないでしょ俺らって」
突き放す様な刺々しい返事だったが、無理もないと思った。今赤羽は余裕が無いし、昔の事とはいえ赤羽に対し死ねとまで言ったのだから。
崇道も今更仲直りがしたい訳ではなかったが、隣に浮かぶ幽霊に囃し立てられて、つい追いかけてきてしまった。あぐりを恨めしそうに睨みながら後悔する崇道。
気まずい沈黙の中、言葉を探していると渚がやって来る。
「あれ? 崇道君も一緒?」
どうやら渚も思い詰めてる赤羽を心配して様子を見に来た様だ。イライラして自分の爪を噛んでいる赤羽に彼は
「カルマ君。焦らないで皆と一緒にやっていこうよ。殺せんせーにマークされちゃったら、どんな手を使っても1人じゃ殺せない。普通の
「先生……ねぇ」
渚が発した先生という単語に赤羽は妙な反応を示す。
「やだね。俺が
あくまでも自分1人で殺す事に固執する赤羽。彼には何か先生という存在に対して並々ならぬ感情を抱いている様に感じ取れた。
そこに丁度良く
「カルマ君。今日は沢山先生に手入れされましたねぇ。まだまだ殺しに来ても良いですよ。もっとピカピカに磨いてあげます〜」
わざわざ挑発に来たのだろうか。それとも思い詰めている赤羽に対し、これが殺せんせーなりの激励なのだろうか。内心に何を秘めているのかわからない2人のやり取りを崇道は黙って見守っていた。
「確認したいんだけど、殺せんせーって先生だよね? 先生ってさ命を賭けて生徒を守ってくれる人?」
「もちろん。先生ですから」
殺せんせーの返事を聞いて赤羽は何かを決意した様に見えた。
「そっか。良かった。……なら殺せるよ」
何を考えているのだろうか。その様子を訝しんでいると、赤羽が急に話しかけてきた。
「ねえ崇道。……人って死んだらどうなるのかな?」
──君は知ってるの?
そう問いかけられた気がした。
その質問に言葉を返す間もなく赤羽は崖から飛び降りた。
落ちて行く最中、赤羽は走馬灯を見ていた。
思い出されるのは先生の記憶。
どんな時でも自分を信じてくれていたあの先生。
『お前が間違わない限り、俺はお前の味方だ』
そう言ってくれた先生を赤羽は心から信頼していた。
ある日、赤羽は虐められてる先輩を助けた。虐めていた相手には怪我を負わせたが、多少過激でも自分は今日も正しい事をした。先生も分かってくれる。そう信じてた。
でも────。
『いいや赤羽。お前が悪い』
虐められていたのは
味方と言ってくれたのは赤羽が成績だけは優秀な生徒だったからで、結局あの先生は最初から自分の評価や経歴の事しか考えてなかったのだと知った。
──この瞬間、赤羽の中で先生が死んだ。
あの怪物はどうだろうか。生徒を命懸けで守るといったあの先生は。
赤羽を助ける為には音速で動けない。音速で助けようとしたら赤羽の体はバラバラになってしまう。かと言ってゆっくり助けたら、そこを赤羽に殺される。
殺せんせーは生徒と自分の命どっちを選ぶのか。
見捨てられたら赤羽は死ぬ。
──死ぬ。
────死ぬ。
───────死。
────死ね。
死を覚悟した時、赤羽はかつて崇道に言われた事を思い出した。
死ねと言われたあの時の事を。
あの時、アイツは……。
結局のところ、自分の命をも利用した赤羽の暗殺は失敗に終わった。殺せんせーの触手は何と粘着質になる事ができ、蜘蛛の糸に獲物が拘束される様に赤羽を動けなくした状態で助けたのだ。
赤羽が何を考えてあんな無茶をしたのかは崇道には分からない。先生という存在に対してどんな感情を持っていたのかも。
ただ、殺せんせーに助けられた赤羽の顔は何か憑き物が落ちた様にも見えた。あの変態教師と話して、自分と同じ様に気付けた何かがあるのだろうと静かに推し量る。
崇道と赤羽。お互い少しは何か変わったのだろうが、2人の仲は何も変化していない。あの後も特に会話は無かった。
そうして迎えた放課後。崇道は下校途中にバッティングセンターに寄っていた。野球経験者だという嘘を誤魔化す為に、少しでも野球の練習をしようと思っての事だ。
崇道が施設に入り受付を済ますと、突然肩を叩かれる。
そこには何と赤い悪魔がいた。
「やあ。奇遇だね」
「つけてたのか?」
「まさか。本当に偶然だよ」
「どうだかな……」
あぐりをチラッと見ると彼女は驚いた様子もなく、薄っすらと微笑みを浮かべていた。今度はちゃんと赤羽の存在に気づいていたのに何も言わなかったなと洞察する。いったい何を考えているのか。いや何を期待しているのか。どうせ頭の中はお花畑なんだろうなと、またも心の中で悪態をついておく。
昔みたいに赤羽を無視して、そのままバッターボックスに立つ。後はフロントで貰ったカードを入れれば開始だという所で、崇道はつい赤羽に質問してしまう。
「どうして飛び降りたんだ? 死んでたかもしれないのに」
自殺紛いの事をした赤羽。死ぬ事が怖くはなかったのだろうかと純粋に問いかける。
「さあ? あれが1番殺せると思ったし、殺せんせーを殺す事しか考えてなかったから」
「死んだらどうするつもりだったんだ」
それを聞いて赤羽は崇道を試す様な質問を投げかける。
「死んだらそれまでじゃん。死んだ後の事を気にするなんて。ねえ崇道。君は知ってんの? 死んだ人間が死んだ後どうなるのか」
あいも変わらず霊視ネタを擦ってくる赤羽に、やっぱり根っこは変わってないなぁ、と崇道は呆れつつもそれがコイツらしいと焦りではなく安心を覚えた。
「……さぁな。仮に知ってたとして、それを聞いてどうするつもりだ。死んで幽霊になってやりたい事でもあるのか? くだらない。人は死んだら死ぬだけだし、どうせいつかは死ぬんだ」
────赤羽……。命は大切にな。
その言葉に赤羽は少し驚いた。以前の崇道なら、こんな事は言わなかっただろう。
(命は大切に……か。何か変わったな〜。崇道も……)
崇道からこんなストレートに心配されるとは思ってもなかった赤羽。昔の話とはいえ、死ねとまで言われた相手にだ。
思い返すのは小6の頃。崇道に初めて話しかける
実は赤羽は崇道が幽霊と会話している所に偶然居合わせていたのだ。赤羽から見れば崇道が何も無い空間に向かって1人喋っている様にも見えたが、崇道のその様子はとても一人芝居をしている様には見えなかった。
幽霊が見えるという彼の噂話を聞いたのはそれからだ。
赤羽も小学6年生の男の子。科学で証明できない超常現象に心踊らせる年頃。赤羽は隠れて崇道を観察する様になった。そして観察すればする程、その噂は本当なんじゃないかと思う様になっていった。
だから崇道に声をかけた。
だって幽霊が見える人間なんて面白いに決まってるじゃん、と。
崇道が本当に幽霊を見る事が出来るのかは定かではなかったが、赤羽は割と崇道の霊視を信じていた。
しかし崇道が学校の皆から揶揄われる様になってしまい、それが少し申し訳なかった。
自分の好奇心で嫌な思いをさせてしまった事。
それを強く後悔したのは崇道に死ねと言われた時だ。
────あの時、崇道は泣いていた。
正直泣くとは思ってなかった。崇道にとってはそれだけ触れられたく無い事だったのだろう。本当に辛そうで、苦しそうで、だから付き纏うのを止めた。今更だとは思ったが、それがせめてもの謝罪だと赤羽は考えた。
でも今思えば、それも無責任な行動だったなと反省する。友達として、もっと出来る事があったんじゃないかと。もっと寄り添う事が出来たんじゃないかと。
「それで、いつまでいるんだよ?」
「暇だからさ。俺もちょっと付き合おうと思って」
「……」
「野球に」
「……好きにしろ」
この日から崇道と赤羽は野球の練習を共にする様になった。少しだけ昔に戻ったみたいに感じる2人。
空振りする崇道を揶揄う赤羽。
後ろの教師はそれを嬉しそうに眺めていた。