軍曹。そう呼ばれるリーダーに先導され、広々とした部屋に辿り着く。怪物は基地全土に広がっているわけではないのか、この場所に非常事態の気配はなかった。
フライトユニットを備えた従軍者は“ウイングダイバー”と呼ばれ、専用の武器で戦闘を行うらしい。手渡された物の重みに、ごくりと喉が鳴った。軍曹に指導され、2種の武器を手になじませていく。
「そうか、飛行ショーの出演者だったのか。災難だったな。今日はもう見学ツアーどころではない」
プラズマ・キャノンの発砲音、軍曹の声、私の返事が順番に空間を揺らす。
*
「すまないが、これしか用意できなくてな」
武器より先に手渡されたのは、若干煤けたダスタークロスだった。
「水道はそこにある。少しでも血を拭うといい」
ダスターも水道も、明らかにこの武器庫を清掃・点検するためのもので、汚れていると言ってしまえばそれまでだけど、なぜか無性に嬉しかった。お礼を言って存分にそれらを使わせてもらった。血とファンデーションとラメの粒子が、布に奇妙な絵を描いた。
「民間人を守るのが軍人の務め。守ってやる・・・と言いたいが、敵の正体が分からない以上、約束はできない」
血糊のキャンバスをさりげなく私の手から取り上げ、代わりに持たされたのがこの武器だった。
*
短期訓練の末に、なんとか照準を合わせ、発射し、身をかわす一連の動作を身に付けた。先程の隊員らと合流し、私は彼らに追随する形で地上を目指す。ここを押すと発射、こっちが再装填、プラズマ・キャノンのチャージは・・・
「民間人!」
私を呼ぶ声がする。どうも武器を扱うことに身体が馴染まなかった。この肉体を得る前も、この肉体が作られた後も、きっと“私”は戦いとは無縁だったのだ・・・どうだろう。まだ、よく分からない。
「自分の身は自分で守れ、いいな!」
「分かりました」
またもやキッパリと言いきられる。分かりました。思わず言葉が思考を先行する。
死なないために生きる。生きるために戦う。なんてシンプルなのだろう。
「民間人!遅れるなよ。生き延びたければ俺から離れるな!」
4人の小隊に周りを固められる。フライトユニットのジェットも交えつつ、遅れを取らないよう着いて行った。
「非常事態だ。民間人も働いてくれよな」
右隣でニヤリと口元を笑わせる人も居れば、
「戦えないやつは、ヤツらのエサにしちまうぞ!」
左側で脅しをかけてくる陽気な兵士もいる。
「そう言うな。できるだけ俺たちが守る」
かと思うと、前方からそれを宥めてくれる声もあった。
誰に返事をしたものかと4人を見回すと、彼らは軽口を叩いた次の瞬間には警戒態勢をとり、真剣な表情を貼り付けていた。
「銃を持ったのは初めてか?」
問いかけられて、控えめにハイと返事をする。
改めて2つの武器の存在を実感する。死なないために、生きるために。心の中で自分に言い聞かせる。
「隔壁のロックを解除する!」
軍曹が言い終わるな否や、先程と同じような怪物が数を増して眼前に現れる。人間の数倍の体長、肉を食む恐ろしい牙。捕食者。それも機械的に、本能的にこちらの命を食いつぶす。怪物が行うのは、そういった動作だった。
「助けてくれええええ!!」
男の悲鳴が響き渡る。思い出すのは、さっきまで228基地を案内してくれたあの人。軍曹たちは銃を構え、迷いなく怪物を狙い撃つ。リロードは瞬時に。トドメを刺したら振り返らずに。
天井を駆け巡る個体はプラズマ・キャノンで破壊する。立ちはだかる怪物には“レイピア”でプラズマアーク刃を撃ち込み、殺す。
覚悟を決めた私は2つの武器をなんとか使い分け、行き交う銃弾と怪物の猛攻を必死にかわし続けた。吐出される液体は酸だった。そして、どの通路、どの部屋に辿り着いても、そこには必ず巨大な影が群れをなして私たちに襲いかかる。
合流できた人もいれば、できなかった人もいる。アテにしていたマシンも壊れて使うことができない。それでも、それでも彼らは“地上に出られれば”と私を励ましてくれた。真っ赤な非常ランプの光に照らされた笑顔で。
不思議だった。生きる力。生かそうとしてくれる力。今や私の役割は飛行ショー出演者から、この人たちと共に戦う民間人となった。プラズマ・キャノンのグリップを握る。身体が熱い。
「隔壁を開け!」
軍曹の合図、イエス・サーの返答、隔壁が開かれると、押し出されるように怪物の群れが迫ってきた。
度重なる戦闘で武器の扱い方には多少慣れてきたけれど、高斜度の通路を駆け回り萎えた脚から崩れ落ちそうになる。それでも私の目の前で怪物は破片と化す。体液がこびり付く。酸が床を焦がす音が耳にまとわりつく。
プラズマアーク刃はリロードが適切であれば無尽蔵に射出される。終わることのない戦いを暗示しているかのような戦闘兵器の駆動音は、私を次第に焦らせる。
「おい!危ねぇ!」
ひときわ太い怒号が響く。兵士は私を見てそう言った。背後に何かを感じる。影。怪物ー・・・
ダァン・・・!銃声がひとつ鳴り、背中に生ぬるい液体の感触。振り向くと怪物一行最後の1匹がバラバラに崩れてゆくのがスローモーションで見えた。狙撃した軍曹のアサルトライフルはリロードされ満腹になる。
「出口はすぐそこだ。地上へ出れば助かる!」
折れそうな脚を奮い立たせ、駆け出した彼らの後を追う。心臓は強く早く脈打っている・・・強く早く脈打っていて、身体が内側から熱くなる。
「ありがとうございます、先ほどは」
「大丈夫だ。お前はよくやっている。なかなか素質がありそうだ」
軍曹はやはり大真面目な顔をしていた。飛行ショーと戦場。どちらに適性があるだろうか。
横から隊員さんが同意を示してこんなことを言う。
「ここを出たら伍長のところに行け。入隊手続きをしてくれる」
茶化しているのか、本気なのか、どちらにせよとまどってしまう。聞いていた軍曹が、そうだな、と呟くものだから一瞬身構えた。
「それはそれとして、伍長と合流できるのならばしておきたい・・・出口だ」
白い光と外気の熱が全身をじわりと抱き留める。外の世界。私は私について、ここでどうやって知っていけばいいだろう。
でも、散々な戦闘を経験した今なら、めげずに頑張ることができるかもしれない。逆光を受けながら、軍曹が私を真っ直ぐ見つめ言った。
「民間人、もう安全だ」
希望の光はあまねく降り注ぐ。みんな少しだけ、笑っていた。
前話も含め、お読みいただきありがとうございます。